第5話 お姫様と語らう
シャーロットの助言をもとに考えた、俺が強くなる方法。それは、独自の魔法道具の開発だ。
設計図は完成させたので、必要なのは材料だ。加工し
王都の中央を真っすぐ走る
そんな市場で、俺は馴染の魔法道具屋に来ていた。
古い木造建築の入り口に吊るされたのれんをくぐると、店内には様々な魔法道具の類が所狭しと並べられていた。
カウンターのガラスショーケースの中には大小さまざまな
壁に設置された棚には、魔力増強剤として有名な液体【ポーション】とその原料と思わしき薬草が植木鉢ごと置かれていた。
どれも一級品の魔法道具だが、今日の俺の目的は別の物だ。
店の奥にいると思われる店主を大きな声で呼ぶ。
「おーいおっさん、来たぞー!」
俺の声に反応するように、野太い返事と共に男が奥から出て来た。
出て来たのは、俺の二回りはあろうかという屈強な男だった。
適当に結ばれた長い髪と、もみあげに繋がるもじゃもじゃの顎髭。分厚過ぎる胸板、一般人の足より太い腕。
剛腕で名を馳せた戦士と見まがうほどの体躯を誇る凶悪な面をした男だ。
実際、初めてこの店に来たときは強盗か何かと疑ったものだ。
それでいて異常なほど手先が器用なのだからおかしな話だ。
「おお、フェイトか。待ってたぞ」
髭を触りながらそう言った店主は、懐から綺麗な銀色の塊を取り出した。
「初めてだぞ、
神鉄とは、王都から馬を走らせて三日の場所にある、スルトー鉱山にてとれる特殊な金属である。
非常に採掘量が少なく、その上通常の技術では加工ができない。そのため一般の社会に出回ることはほとんどない。
しかし、俺たち魔術師にとっては喉から手が出るほど欲しい鉱物でもある。
魔法によってしか加工できないが、その代わりに魔力の伝導率が異常に高く、かつ魔法への耐性が高いため少々のことでは壊れることはない。
俺が作ろうとしているものにはこれ以上ないほど適切な材料だ。
「手に入れるのに苦労したぞ。知り合いの鉱夫に片っ端から連絡してようやく見つかったんだ」
「悪かったよ。その分代金は色付けていいからさ」
「あったりめーだ。ったく……」
俺と店主はカウンターの上でそれぞれ金貨と神鉄の塊を交換し店を出た。早速寮に帰って製作を開始したい。私服のズボンのポケットに神銀を突っ込んで歩き出す。
最短距離で寮に向かう俺の目に、一人の少女が映った。
白を基調とした高級そうなローブを羽織り、フードを目深にかぶっている。
その少女は、どうもキョロキョロとあたりを見回している。
そして、俺はその少女の姿に見覚えがあった。
「なにしてんだよ、アリス」
キョロつく少女に近づき、周りの人間に聞こえないように耳元で彼女の名を呼んだ。
「フェ、フェイト!?」
ばっと振り向いたアリスは、驚いた表情で俺を見た。
しかし、すぐに平静を取り戻すと、いつもの落ち着いたトーンで
「貴方こそ、こんなところで何を?」
「俺は近くの魔法道具屋に買い物」
「魔法道具屋?」
アリスが俺の言葉にしばし疑問を示す。
しかし、俺が無意識にポケットに手を伸ばしたのを見るとすぐに切り替えて。
「いえ、それを詮索するのはマナー違反ですね。私たちはお互い決闘リーグで優勝を目指す身ですから」
「助かるよ。言っておくが、ルール違反はしてないぜ」
「でしょうね。どれだけ卑怯で汚くても、一線は越えないのがあなたですから」
アリスからの妙な信頼に照れ臭くなった俺は話を変えた。
「それで、お姫様がこんな所で何してんだ? その恰好、お忍びで逢引きか?」
「いえ、そういったわけでは……」
言い淀むアリスに、俺は助け舟を出した。
「どこか行きたいとこがあるなら案内するぞ」
その言葉に、アリスは俯いた顔にパッと花を咲かせた。
「いいんですか!?」
「そうしないと迷子になりそうだったからな」
「ま、迷子だなんて……」
俺の言葉を受け、アリスは可愛らしくほっぺを膨らませ、むっとした表情を作った。
「それで、どこに行きたいんだ?」
「『サリーナ・ブレイン』というところなんですが……知ってますか?」
「知ってはいるが……そこはアクセサリーショップだぞ? どうしてそんなとこに」
気安く話しているため忘れがちだ、アリスはこの国の王族。宮殿のベランダから手を振って黄色い歓声を貰ったり、長いテーブルで料理を食べたりするような身分の人間だ。
装飾品が欲しいなら、わざわざ迷うような王都まで買いに来ずとも使用人か何かに買いに行かせればいいはずだ。
そんな俺の考えを察したのか、アリスが先んじて言った。
「ロナの、チームメイトの誕生日プレゼントを買いに来たんです。友達への贈り物を、自分で買いに行かないというのも変でしょう?」
「ご苦労なこった」
俺は目当ての店に歩きながら、そう言った。
「これくらいのこと、何でもありませんよ。貴方の苦労に比べれば」
その後ろをアリスがついて来る。
「俺の苦労?」
「ええ。フェイト、貴方シャーロットからもらったお金には手を付けず、バイトで学費や日々の生活費を賄っているのでしょう?」
そう。学院に入学するにあたり、学費や毎月の生活費などはシャーロットが援助してくれるといったのだが、俺を全く使っていない。
それには、人に、特にアリスには決して言えない理由があるのだが。
「なんでそれを知ってるんだ?」
「私のおか、いえ、女王はシャーロット様と昔から交友があったらしく、今でもたまに二人でお茶をする仲なのですよ。その際耳にしただけです」
「あいつ、余計なことを」
「そのせいで日を跨いで働いていると聞きました。課題と訓練だけでも、普通の生徒はついて来るのがやっとの学院で……あなたその内死にますよ?」
確かに、ここ最近は決闘トーナメントに出場するための準備やらなにやらで頻度を減らしているが、それでも寝不足の疲れは取れない。
加えて今回の出費が重なったため当分は節約する必要もあるだろう。
「まあ、私が何を言っても貴方は自分を曲げないでしょう? 変わりませんね、昔から」
「それは俺のセリフだ」
俺とアリスはお互いの過去を知っているかのような言葉を交わした。
学院の生徒には絶対に秘密だが、実は俺とアリスは幼い頃からお互いに交友がある。
現ペルシアット国王と俺の父親が学院時代の同級生だとかで、よくお忍びで遊びに来ていたのだ。
「貴方はどうして学院に入ったのですか?」
目的地も近くなってきたころ、アリスがそんなことを聞いてきた。
先程まで明るく笑っていたアリスが、いつになく真剣な表情をしている。
「どうしてって……」
どう返答すべきかしばし考えていると、アリスの方から語り始めた。
彼女が学院に入学した理由を。
「私は将来、王国魔術師団に入団しようと思っています」
「王国魔術師団?」
王国魔術師団とは、この国に所属する魔術師の中でも
「ええ。王家の血や権力、この国の政治は兄と二人の姉が繋いでくれるでしょう。私には戦いの才しかない。私がこの国にできることはそれくらいなのです」
王女の王国魔術師団入団。聞いたことのない事例だが、アリスならそれも可能だろう。
なにせ現時点で学院最強の魔術師だ。きっと、華々しい活躍をすることになるだろう。
「学院の入学試験の難易度は半端ではありません。それを突破したのですから、何かしらの目的があるのでしょう?」
確かに、アリスの言う通りだ。学院に入学してくるのは、誰もが高い志を持った魔術師の卵だ。
「もし決めていないなら、貴方も魔術師団を目指しませんんか?」
「冗談だろ? あそこはゴリゴリの実戦派魔術師の集団だぞ。俺みたいな凡人が入れるかよ」
「魔術師団の一番の目標は、『聖典魔導協会』の撲滅です」
その単語に、俺は自分の顔が強張ったのが分かった。
それはアリスも感じたのだろう。一瞬続けるか迷うかのような表情をした。しかし、彼女は続ける。
「あの事件から六年経ちました。ですが、未だに犯人は捕まっていません」
「何が言いたい?」
俺は声のトーンを下げて言った。それ以上、不用意に俺の事情に踏み込むな。
そんな拒絶を込めて放った言葉を、アリスは正面から受け止めて。
「貴方の両親と双子の弟、トーリが殺害された事件。あの事件が聖典魔導協会が起こしたものであることは、貴方も調べているでしょう?」
しかし、彼女は言葉を続け、明確な一言を放った。
「貴方の目的は、家族の敵討ちではないのですか?」
「はっ。王女様が敵討ちなんか勧めていいのか?」
「それが法に則たものなら、私は止めません」
「それこそ無理だ。王国が百年以上倒せてない組織だぜ? 俺程度の魔術師がどうにかできるものかよ」
俺のその言葉に、アリスの顔が曇る。
「もしかしたら、私は貴方に抱いた罪悪感を消したいだけなのかもしれません」
重々しそうに、アリスは続ける。
「あの日、彼らの本来の目的は私で、貴方の家族はそれに巻き込まれ―—「それは違うぞ、アリス」
アリスが最後まで言い切る前に、被せるように否定をした。
「断じて言う。それは違う」
アリスに気を使ったのではない。確かな確証をもって言った。
「そうですか。理由は、言ってくれないのですか?」
その表情はすこし悲しそうだった。
「ああ。悪いがそれは言えない」
「そうですか……けれど、貴方が言うのなら信じましょう」
少しだけ、楽になったようなアリス。
「それにな、アリス。もし俺たちがお前に巻き込まれたとして、今の俺に罪悪感を覚える必要なんて一つもないんだ」
「それは、どういう……」
歩みを止めず、俺は言った。
「金が無いのも、才能がないのに魔術師になったのも、全部俺の決断だ。俺が選んだ道なんだ」
「……」
「別に俺は、あいつらに復讐したいわけじゃない。ただ、突き止めたいことがあるだけだ。理由を言わないのは、お前を巻き込まないためだ。俺は俺の事情で動く。それだけだ」
その言葉を最後に、俺たちの間に会話はなくなった。
だが、俺たちの間に先程の様な重苦しい雰囲気はない。沈黙を嫌がって、無粋な言葉を交わすなんてことが必要なくなっただけなのだ。
アリスを目的のアクセサリーショップへ送った後、俺は寮に向かって再び歩き出した。
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