第2話 凡人と天才
「それで、今日はどんな風に
「意地汚くとか言うなよ。作戦だ作戦」
ルイーゼたちとのいざこざがあった日の午後。昼食を取った俺とエレノアは、予定通り校舎の裏側に建てられた闘技場の控室に来ていた。
壁には小さな鳥が目から投射した映像が流れている。
映像の中で、六人の生徒たちが二チームに分かれて戦っていた。
決闘トーナメント予選リーグ。
毎年学院で開催されている、最強の魔術師を決める大会、その予選のリーグ戦だ。
年度の初めから三ヶ月かけて行われており、新入生にとっては歓迎に、在学生にとっては自分たちの力をアピールする場所でもある。
基本的に自由参加なのだが、一年生の参加者は非常に少ない。それも当然で、入学したての一年生と、少なくとも一年以上真剣に魔術師としての力を
それでもトーナメントに挑む一年生は毎年いるが、本戦に勝ち進めた生徒はいないらしい。
だが、今年に限れば違った。
「今日の結果は本戦出場に大きく関わってくるからな。絶対に落とせないぞ」
「そうはいっても、相手はお姫様のチームだぞ? 入学してすぐ、去年のトーナメント覇者の四年生にも勝ってる」
入学したばかりの一年生が、模擬戦とはいえ単騎で昨年の優勝チームを打ち倒したのだ。しかも今は、一年生の中で飛び抜けて優秀な二人の生徒とチームを組んでいる。
「誰が誰に勝とうが関係ねえよ。魔術師の世界、三段論法なんて通用しないんだ」
「と言うと、本当にかつ算段があるようだな」
「まあな。一週間前に決まってたんだ。無策で挑むほど馬鹿じゃねえよ」
「では聞こうか。その作戦とやらを」
俺はエレノアに作戦を伝える。それを聞いたエレノアが愉快そうに笑った。
「いいな、それは。あのお姫様の醜態が見られるぞ」
暫くすると、俺たちの前の試合が終わったようだ。少しの休憩を挟んで俺たちの試合が始まる。俺とエレノアは、控室を出て闘技場に向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺とエレノアは闘技場で本日の対戦相手と向き合う。
相手は学院最強と名高い魔術師が率いる最強のチームだ。
アリス・ヨト・ルノール・ペルシアット。
青みがかった銀髪を腰まで伸ばし、サファイアをそのまま眼窩にはめ込んだような綺麗な瞳の、美しい少女だ。
その名前にある通り、学院が存在するペルシアット王国王家の者で、王位継承権第四位の王女様。
規定通り着ているだけ制服も、彼女が身に
絵本に出てくるお姫様を地で行くアリスの脇には、二人の女子生徒が立っている。アリスには及ばないが、どちらも一年生の中ではひときわ優秀な魔術師だ。
この決闘リーグは一名でも参加できるが、三名までのチームを組んで出場することも出来る。
ちなみに、
そもそも、白紙の《原典》なんて落ちこぼれとしか思えない俺と、チームを組んでくれる奴などそうはいない。
なぜ白紙なのだろうか。そんな興味を持って組んでくれたエレノアがいただけで十分奇跡だ。
『両チーム、準備は良いですか?』
魔法によって遠くから届けられた、審判を務める講師の声。
俺たち五人が頷くと。
『それでは試合を開始します』
そう宣言された。
それと同時、俺は回転式拳銃を腰に巻いたベルトから抜き、連続してトリガーを引く。
普通の銃弾ではない。特殊な環境で生成された魔法の力を蓄えた魔石でできた銃弾だ。
試合用に威力は落としているが、当たれば気を失う程度の威力はある。
炎の尾を引く銃弾が三発、相手チームメンバーに一発ずつ向かう。
それに対し、アリスチームの三人は冷静に、眼前に結界を張ることでその銃弾を弾いた。
だが俺もこんなおもちゃでアリスたちに勝てるとは
この銃撃はあくまで次の一手を打つための時間稼ぎだ。
「今だ、エレノア!」
「分かっているさ」
先の一瞬で、エレノアは地面に魔法陣を
本の表紙にはリーガイズ文字で『地獄の蓋を開ける者』と題名が書かれていた。
契約した悪魔を召喚し、使役することが彼女の《原典》に記された魔法だ。
魔法陣が光ると、エレノアの目の前には家を一軒丸々包み込むほどの昆虫の大群が現れた。
「さぁて、お姫様はどんな悲鳴を上げるのかなあ!」
エレノアの瞳は好奇心に満ちていた。
昆虫の大群が、アリスたち三人に襲いかかる。
なんて悪趣味な奴なんだ。作戦を提案したのは俺だが、まさか虫を召喚するとは。
「アッハッハッハ! 見てるか学友諸君、お姫様が虫に怯える醜態が見られるぞ!」
決闘トーナメントは予選リーグの段階から観客が入っての観戦ができる。きっと今頃、闘技場の観客は気分を害されているだろう。
「キャァァ!」
亜麻色の髪の少女が迫りくる虫の大群に怯え、悲鳴を上げている。
「ちょっ、待ちなさいフェイト・レイノーン。卑劣よ!」
巨乳で有名な法医院の娘が、虫を召喚したエレノアではなく俺の名前を叫んだ。彼女が放つ炎が虫を焼くが、その程度では大した量を減らせない。
なんで俺なんだ、という気持ちは呑み込んで俺は言った。
「へっ。上品に戦って勝つだけが魔術師じゃねえんだよ!」
しかし、三人を襲う気色の悪い虫たちは————突如視界を横に走った一筋の光に飲み込まれ、一斉に消滅した。
その正体は、アリスが手にした剣によって発生した光だった。
「相変わらず神々しいね、あいつの剣は」
「まあ、正真正銘本物の聖剣だからね」
アリスの横には彼女の《原典》が浮かんでいる。
その表題は『剣に選ばれし者』。時間と場所を飛び越えて、ありとあらゆる聖剣を召喚することができる魔法が記されている。
『聖剣』。
いつの世にも、歴史のページを進める存在がいる。
異次元から来た大罪の魔女を討伐した勇者。世界の崩壊を命を賭して止めた魔術師。
アリスが召喚するのは、そんな英傑たちが実際に振るっていた剣だ。
十分驚異的な能力だが、アリスが恐ろしいのはそんなことじゃない。
「『剣に選ばれた者』か……」
ポツリと呟いた俺の言葉を聞き逃さなかったエレノア。
「羨ましいか? 君と違って才能にあふれた人間が」
聖剣とは本来、限られた人間にしか扱えない武器だ。人が聖剣を選ぶのではない。聖剣自身が、自らを扱うに足る人間を選ぶのだ。
つまり、いくら無限に聖剣を召喚できたところで、聖剣に認められなければ宝の持ち腐れでしかない。
だが、アリスは数多の聖剣を振るっている。
彼女はあらゆる聖剣を召喚するだけではなく、それら全てに認められているのだ。
自らを振るう資格がある人間だと。
「まさか。才能なんかを言い訳にしたところで意味はねえ」
「ふふっ。君らしい言葉だ」
エレノアがそう言ったのと同時、俺はアリスたちに向かって真っすぐ走り出した。
身体能力を強化する魔法を使い、馬より早く駆ける俺の両脇をエレノアが召喚した悪魔たちが固めてくれる。
そのまま接近し、俺がアリスを、悪魔がアリスのチームメイトの相手をする。
「よおアリス、タイマン勝負と行こうか」
「構いませんが、怪我をしないように気をつけてくださいね」
至近距離から銃を連射する。炎、風、雷の魔石でできた銃弾がアリスを襲うが。
カンッという音が三度響きアリスの聖剣によって全て弾かれた。
火薬の量と種類を調節することで威力を抑えているが、それでも人間が剣で打ち払える速度ではない。
アリスが身体能力強化の魔法を使った様子もない。恐らく、彼女が振るう聖剣にそういった能力があるのだろう。
青い剣柄と金色の鍔、眩く光る剣身。
神が天界に閉じこもった直後、人の時代の少し前。天使と悪魔によって行われた
魔に属するあらゆる存在に対して天敵となる権能を持っており、エレノアが召喚した大量の虫の悪魔をたった一振りで消滅させたのはその力だ。
悪魔を召喚して戦う俺とエレノアのチームにとっては相性がよくない。
だから俺はその剣を召喚させた。
残弾を全て吐き出し、弾切れになった銃を腰のベルトに戻す。
そして、俺はローブで背中に隠していた剣を引き抜いた。特に名剣でも宝剣でも聖剣でもない。
それ一本で戦局を決定づけるようなことは決してない、平凡な剣。
しかし、先程まで無かった選択肢が突然現れれば防御に戸惑うまはだ。現に、観客席からどよめきの声が聞こえてくる。
そして、俺はその剣をアリス目掛けて大上段から振り下ろした。
アリスは俺が剣をつかえることを知らないはず。
取った。
俺がそう思ったのも束の間。
キンッ―—と甲高い音が闘技場内に響く。
突然剣戟を仕掛けてきた俺に驚くこともなく、アリスは聖剣でもって冷静に対処したのだ。
だが、一撃防がれた程度では諦めない。
俺はそのままアリスと剣の間合いを保つ。
「「へっ!?」」
アリスのチームメイトである二人の少女は、少し離れた場所でエレノアが続けて召喚した悪魔を相手取りながら、俺の予想外の戦法に素っ
彼女たちが驚くのも無理はない。俺は今までの八試合で剣を使ってこなかった。この日の為、というわけではないが、奥の手として取っておいたのだ。
そして何より、聖剣を振るうアリスに接近戦を、ましてや剣の勝負を挑むなんてこと、誰もしてこなかった。
どんな剣も魔法も、アリスの聖剣とこの距離で渡り合うことなど不可能。踏み込んだ瞬間倒される。そんな前提が、暗黙の内に共有されていたのだ。
だからこそ、そこに勝機がある。
俺にアリスの聖剣とタメを張る火力はない。生徒の多くは距離を置いて絡め手を使っていたが、それをするにはあと一人欲しい。
そうなると、俺たちが取れる作戦は限られている。
だが、俺はなにもやけくそになったわけでも勝負を投げたわけでもない。
実際、俺たちは最初の一手でこの状況を作り出すことに成功した。
悪魔に襲われれば、反射的に悪魔祓いの聖剣を召喚するだろう。そう想定して、エレノアに虫の大群の悪魔を召喚させた。
眩い光と強力な
悪魔があの光に触れればたちまち消滅してしまうが、俺たち人間にとっては眩しいだけだ。
そもそも、アリスの《原典》の恐ろしさは強力な聖剣を一本召喚できることではない。
一本で強力な聖剣を、状況に合わせて立て続けに召喚できることだ。
つまり、次の聖剣さえ召喚させなければこの距離での戦いにも勝機はある。
そして、アリスは今まで一度も剣の技量を用いて戦ったことはない。彼女の戦法は聖剣が持つ圧倒的な火力による圧殺なのだ。
アリスが空中の《原典》に手を伸ばすが。
「シィィィッ」
それより早く俺は《原典》を蹴り飛ばした。
特定のページに触れることが、アリスが聖剣を召喚する条件であることは既に調査済み。
続けて攻撃を仕掛ける。
低い姿勢で飛び込み、下段から斬りかかる。
アリスはそれを弾くが、その勢いを利用して回転斬り。突き、
そこいらの剣士なら魔法無しでも勝てると自負している俺の剣を、しかしアリスは涼しい顔をしたまま全て防いだ。
冗談だろ。
「しっかり反応すんのかよ」
アリスにここまでの剣の技量があるのは想定外だった。今まで見せてこなかった、というより見せる必要がなかっただけで、どこかで習っていたのだろう。
「以前父から教わりましたので」
「
一応俺は真剣に剣術を学んだんだが、どうやら才能にあふれたお姫様は
「それにしても驚かされました。まさかこの私に剣の勝負を挑んでくるとは」
「完全に防がれたけどな」
「危うく
「うぜぇ」
くすくすと笑いながら、アリスは言う。
「それで、あなたの作戦はこれだけですか? フェイト・レイノーン」
なぜか楽しそうな表情をするアリスに、俺は強がりでも笑いながら言った。
「もちろん、他にもあるぜ」
正直、先の打ち合いで勝負を決めたかった。
つくづく嫌になる。何年も努力した道を、天才たちが一歩で踏み越えていく光景は。
だが、今はそんなことを嘆いても仕方がない。
俺はローブの中から小さな球を取り出した。ぐるぐるにまかれた糸でできた球の内側に、ころころとした感触がある。
俺はその球を地面に投げると、すぐに空いた手で両目を隠す。
「っ? なにを——」
アリスが言い切る前に、転がした球が弾け、アリスの聖剣から発せられる光よりもさらに強い光が広がった。
ただの目くらまし。目を閉じてしまえば何の効果もないが、不意を突けば嫌がらせぐらいにはなる。
流石に判断が早い。アリスは目を抑え、その場から飛びのいた。
俺が感心していると。
「卑怯な!」「魔術師なら魔法で勝負しろ!」「プライドはないのか!」なんて声が観客席から聞こえた。
最初に放った虫の大群や魔術師らしからぬ剣術戦でフラストレーションが溜まっていたのだろう。
そこに目くらましの小道具まで登場すれば、非難も来るだろう。
「アリス様!」
悪魔を相手取りながら、亜麻色の少女が憎らしい目で見て来たが無視する。
ここが勝負のタイミングだと思った俺は、迷いなくアリスに斬りかかる。
剣にはあらかじめ魔法がかけれているため、実際に身体が両断されるようなことはない。
それでも首や頭部に当たれば気絶くらいするだろう。そう思いながら振り下ろした剣は。
「アッチィ!」
身体を焼かれる痛みによって阻まれ、アリスを捉えることはなかった。
「どういうことだ!?」
後ろに飛び退いた俺の目の前には、灼熱の炎の壁紙そびえ立っていた。
何が起きたのか分からなかった。アリスのあの聖剣に、こんな宿っていなかったはずだ。アリス自身が魔法を使う様子もなかった。
ふと、上空に強力な力の気配を感じた。
俺が見上げると、先程までは何もなかった空に、真っ赤な剣身を持つ剣が浮かんでいた。
極東の島国『輪の国』の剣士が好んで使うと言われている刀と呼ばれる剣だ。
大陸の剣が両刃なのに対し、独特の反りがある片刃によって強烈な切れ味を誇っている。
空に浮かぶ刀から火の粉が舞っている。離れていても、その刀身から圧倒的な熱量が伝わってきた。
俺が手を出せずにいる間に、先の目くらましの効果が切れた。
炎の壁がなくなると、アリスの青い瞳と目が合う。
どういうことだ? アリスが聖剣を召喚するには《原典》に触れる必要があるはずだ。
「侮ってはいませんでしたが、貴方相手にこの魔法を使うことになるとは……」
クソっ。そういうことかッ!
「《原典》に触るのはブラフかよ」
「最近やっとできるようになったんですよ。これは」
そう言うと、闘技場の空に大量の黄金の魔法陣が発生した。
魔法陣の中から聖剣が現れる。現れたときに天を向いていた聖剣は、くるりと回転し、その切っ先を地に向けた。正確には、地に立つ俺に。
俺も観客も、おそらく遠隔でこの試合を見ている他の生徒たちも
たった一本で戦局を決定づける聖剣が、数えきれないほど現れた超常の光景に。
もしもあの聖剣が降り注いで来たらと考えるだけで背筋が凍る。
「ここらで降参したらどうです?」
続ける意味はないだろう、と言外にそう伝えてたアリス。
俺がエレノアの方を見ると、聖剣に囲まれ動きを封じられた彼女は、肩をすくめて苦笑いしていた。
「チッ、これだから嫌なんだよ。天才ってやつは」
『そこまで。ただ今の試合、ペルシアットチームの勝利とする!』
審判を務める講師の声により、試合終了が告げられた。
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