第2話不眠のお嬢様



 部屋にラベンダーを吊っていたせいか、いつもより深く眠っていたみたいだ。


 擬似ぎじラベンダー畑効果ということだろうか、目覚めも良かったのでラベンダーの時期以外にも同じようにしたいところ。


 ラベンダーでできたエッセンシャルオイルを寝る前に枕や枕元におくアロマストーンに垂らすなんて方法があったはずだ。


 自分用としても商品としても良さそうなのでメモしておこう。


 身体の疲れも全くないので今日は朝から丁寧にご飯を作りたい!


 流石に朝からカツは無理なのでそれは昼か夜にまわして、朝はゆで卵を刻んで自家製マヨネーズと混ぜ合わせたものを薄めに切って焼いた食パンにたっぷりと塗って卵サンドの完成!


 この世界では鳥が産む卵と卵の木になる卵があって濃厚で美味しいのは前者だが、衛生的で生食できるものは後者となっている。


 いつかは新鮮で濃厚な卵で卵かけご飯を食べたいのでニワトリの飼育を視野に入れているところだ…。


 卵サンド1つでは足りないのでレタスとトマト、カリカリに焼いたベーコンを挟んだサンドイッチと昨日のサラダの残り、デザートに朝市で買ってきたオレンジを切って、朝食の完成だ!!


「今日も美味しい!!」


 現在時刻午前8時、実はすでに昨日収穫したラベンダーを30束ほど依頼されていたところへ配達に行ってきたのだ。

 一仕事終えた後の朝食は美味い!


 残りのラベンダーは全部乾燥させてから使うのでこのまま吊るしておく。


 大体2週間ほどで完全に乾燥するはずだ。


 朝食を食べ終えるとちょうど8時半過ぎ、俺の店はお客さんが来た時間が開店時間という大変自由な営業だ。

 自宅兼店のため道路に面した一室にドアを取り付け店舗としている。


 実際は採集したものを他の店に納品する仕事が主で店をあまり開けていないので閑古鳥がよく鳴いている。


 家兼店自体の立地も町外れであまり良くないせいかもしれない。


 実際は、季節ごとの目玉商品はもっと街の中心に建つ懇意にしている大店の一角を借りて販売しているので、売上自体はいい方だ。


「でも、作るのに時間がかかりすぎるんだよなぁ。」


 そろそろ、自分で作るだけでは間に合わないくらいに売れている。

 大店の店主も場所を貸すから売れるなら売れるだけ置くといいと言ってくれているが…。


「生産ギルドにレシピを売るのもありか?」


 この世界にはギルドという組織があり、主に冒険者をまとめる冒険ギルド、採集物の買取やレシピの登録ができる生産ギルドの2つに分けられる。


 俺は生産ギルドに登録している採集師でたまにギルドで依頼を受けて採集にいくこともある。


「これもまぁおいおい、ってことで」


 あぁ、師匠にもよく怒られた後回しにする癖が出ている。

 レシピを生産ギルドに登録するのにも色々な審査があり結構な時間がかかるのだ。

 提出する書類も多いため、今日ではないんだよなぁ。


 めんどくさい審査の代わりにレシピ登録の恩恵は大きく、登録後10年はレシピ使用料が登録者には支払われるというものだ。

 不労所得ふろうしょとくがあるというのは本当に大きい!


 審査に時間がかかるなら明日書類を作ろう、早めに持っていくにこしたことはないんだし。


 自分に言い聞かせつつ今からはお客さんが来るまで作業を進める。

 残っているリトルボアの肉を3キロほど残して全て燻製肉にする。


 普段は肉屋で買うことが多かったが、燻製用の魔道具を買ったので最近は手作りしている。


 使い方は簡単で肉をいくつかのブロックに分けて塩漬け、塩漬けし終わったものから塩抜きをし燻製器に入れるだけ、これだけ!!


 燻製器が勝手に加熱と風乾ふうかんをしてくれるのでつぎに出てくるとき肉はすでに燻製肉となっている優れものだ。


 燻製器に全て入れ終えた頃には11時となっていた、お昼までもう少しあるし他に何かやることは…と、なんて考えていると店舗のドアにつけているベルがカランカランと鳴った。

 お客さんが来たのだ。


「こんにちは!ユーリ、いらっしゃるかしら?」


「いますよ!リーゼロッテさん、こんにちは!」


 常連のリーゼロッテさんだったようだ。

 リーゼロッテさんは隣町のエルバム魔法学院に通う貴族のお嬢様らしいが家名を教えてもらえない。

 俺のためにあえて家名を教えない元気で心優しい「自称平民」のお嬢様だ。


「今日はどうされましたか?」


「一昨日からうちの学院が夏季休業に入ったの。今日は空いていて良かったわ!昨日来た時はお留守だったから。

 いつも買っているものと…あとは、少し相談させてもらってもいいかしら?」


「わかりました、とりあえずこちらのソファに座ってお待ち下さい。先にいつもの物をご用意してきますね!」


 店に置いているソファに案内した後、リーゼロッテさんに紅茶とクッキーを出して裏に戻る。



「えっと、いつものやつは…」


 リーゼロッテさんがいつも買っていくのはヘアオイルと洗顔石鹸。

 最低でも1月に一回は来店する常連さんだ。


 洗顔石鹸は刺激の少ないもの、ヘアオイルはその時の季節の香りを楽しむために俺セレクトでお願いされている。


 ヘアオイルの土台となるキャリアオイルには、夏なので感触をさっぱりさせるためにブドウの種から作ったグレープシードオイルを使用する。


 精油にはゼラニウムにしようかな、紫外線や頭皮のベタつきに良いとされているので夏に最適だ。


 初めて使うものだし一度香りを確かめてもらおう、香りは好みじゃないとストレスの原因になるしな。


「すいません、お待たせしました。こちらいつもの石鹸とヘアオイルに入れる精油せいゆはゼラニウムの香りでも大丈夫でしょうか?」


 そういいリーゼロッテさんに精油を落とした紙を手渡す。


「ありがとう、ユーリ。紅茶もクッキーもとても美味しかったわ!

 こちらの香りも初めて嗅いだ香りだけどとてもいい香りね。

 ローズっぽいけどミントっぽくもあるわ、お花の香りかしら?これでお願い。」


「えぇ、ゼラニウムの花の精油なんです。さすがリーゼロッテさんですね!」


「ふふふ、伊達だてにこの店の常連をやってないわ!香りについては学院一と言っても過言じゃないの!」


 たしかに俺がこの街に越してきて店を開いてすぐからずっと来店してくれる常連さんの中の常連さんだ、美容品については女性であるリーゼロッテさんから学ぶことも多いのでとても助けられている。


「そういえば相談事はなんですか?植物くらいしかお力になれないかもしれませんが、お話だけでも聞かせてください。」


「ごめんなさいね。そんなに大仰おおぎょうな話ではないのだけどここ一月ほどあまり眠れてないの…。寝ていてもすぐに目が覚めてしまって…。」


 来店した時から顔色があまり優れていなかったのはそのせいか…。


 一度寝ると朝まで雷が落ちても目が覚めないと言っていたくらいだ、いつも元気なリーゼロッテさんでもこれは体調も悪くなる。


「顔色が優れませんね、うーんストレスが原因でしょうか?」


「学院もお休みに入ったし、休み前のテストも上手くいったわ…。

 お友達とも遊ぶ予定をたててすごく楽しみなことがたくさんのはずなのに…。」


 リーゼロッテさんの話ぶりだとストレスが原因ではなさそう…。

 呪いとかだと俺の手にはおえないし…。


「では、最近新しく買ったものやもらったものはありますか?

 すいません、縁起でもないことなのですが呪いが原因だと俺には解決できそうにないので…。」


「呪い…、たしかに呪いが原因もあり得ますわね…。

 私、道端の怪しい露店でいかにもな物を買うのが趣味なの。

 最近買った怪しいものなんてあったかしら…試験期間だっから買い物は控えていたのよね…。」


「リーゼロッテさん?!お、思い出してください!」


 お嬢様!!困ります!

 いかにも貴族のお嬢様がいかにも怪しい店でいかにも呪いが憑いてそうな物を買うのはいけない!

 お付きの者は止めないのか?!


 さすがに一月も不眠が続くのは良くない…。なんならもっと早くに誰かに相談すべきだったくらいだ。


「あ、そうだわ。買ったものではないのだけど最近人から綺麗な花を頂いたの、インソニアの花というのだけど知っている?」


「インソニアの花というと紫色で花びらが6枚のものであっていますか?本物は見たことがなくて…。」


 インソニアの花…たしかに知っている。本物は見たことがないが師匠から教えてもらったことがある花だ。


 特定の魔物の死骸の上でだけ育つとされている植物で夏から秋にかけて綺麗な花を咲かせる魔法植物なんだが…。


「もしかしたら不眠は、その花のせいかもしれません…。

 リーゼロッテさんが呪いのアイテムを持っているなら別なのですが。

 インソニアの花は花粉に不眠の状態異常をつける効果がある魔法植物なんです。

 精製してないものだとあまり強い効果ではありませんが、枕元に飾るには向いていませんね。」


 本来この花を鑑賞用かんしょうようとするならばガラスケースに入れて飾る。

 花自体は綺麗な期間が長く、香りもいいのだが花粉の効果が鑑賞用向きではない。


「まぁ、それは大変、寮の自室の枕元に飾っていましたわ。数日前に実家に帰る時も持ち帰ってきましたの!」


「飾る場合は植物のを入れている花瓶ごとガラスケースで覆ってしまうのがいいですよ。生産ギルドでも販売しているのでおすすめです。」


 生産ギルドでは植物に被せるためのガラスケースもデザインを色々取り揃えていた。。

 貴族の邸宅ていたく向けにオーダーメイド品も扱っていたはず。


 学院の寮はどんな身分の人でも使用人の連れこみを禁止し一人暮らしをさせることで有名だ。

 まぁ、大体は使用人の子供が学生として一緒に入学することが多いらしいのであまり関係ないが。


 リーゼロッテさんは使用人を連れていかずに寮で1人暮らしをしていたので花の性質に気づく人がいなかったのだろう。


「まぁ、じゃあすぐに解決するわね!

 でも、このお花頂き物なのよ…。

 贈ってくれた方にも教えて差し上げたほうがいいかしらね。」


「普通は買った場所でガラスケースを薦められるはずなので不眠効果は知っているとは思うのですが…。」


 貴族間だとただ不注意で鑑賞方法を伝え忘れていたということはないだろう…。


 誰からもらった物なのかわからないが、相手は悪意を持って贈っているはずだ。

 なんとも気持ちのタチの悪い話だな。


「えぇ、やはりそうですわよね、贈ってくださった方と私はあまり仲が良ろしくないの。


 派閥の関係で仲が良ろしくないだけでいつかはお友達になれるかしら、と思っていたけど向こうはそうじゃないみたいだわ…。


 悔しいですわ、私の知識がないばかりに後手に回ってしまったということね…。

 夏季休業に入ってしまうと仕返しすら出来やしないじゃない!


 今日はありがとう、ユーリ。私、急用ができてしまったようだわ。」


 リーゼロッテさん宅に呪いのアイテムがないとは言い切れないが、一応の原因がわかってよかった。


「よかったです、少しでもお力になれて。

 でもリーゼロッテさん、急用をこなす前にリーゼロッテさんは不眠で溜まった疲れを取るために休養をしてくださいね。


 頑張りすぎて体を壊してしまうと相手の思う壺なんですから。」


「そうよね、少し熱くなりすぎましたわ。

 元気になって、不眠で荒れたお肌も髪もピカピカにしなくてはいけないわね!

 どんな時でも乙女の戦は起こっているのよ、ユーリ!」


 おわかりかしら?!と聞いてくるリーゼロッテさんに曖昧な返事をしつつ、ゼラニウムの精油入りのヘアオイルを完成させる。


 完成したヘアオイルと石鹸を紙袋に入れ店のロゴのシーリングスタンプで封をする。


 ちなみにユーリ=ユリ=百合という安易な考えで決めた百合の花のロゴだ。


「えぇ、乙女の戦のために早く元気になって下さい。来月にはラベンダーの香りのヘアオイルも作れるので楽しみにしていてくださいね。」


 リーゼロッテさんに紙袋を渡して店の外までお見送りをする。


 どれくらい待っていたのか、店の外にはリーゼロッテさんを迎えにきた馬車とお付きの方がいたので会釈をしておく。


「ラベンダーが楽しみだわ!近々またお邪魔しますわ。今日はありがとう、ユーリ。」


「はい、またお待ちしております!」



 そうしてリーゼロッテさんは帰って行った。

 毎度のことながら嵐のようなお嬢様だが何故だかこちらも元気になる。


「今は何時かな?そろそろお昼ご飯の時間だな…。」


 時刻はあと5分で1時になるという頃。

 あんなにモリモリクッキーを食べていたがリーゼロッテさんはお昼ご飯が食べられるのだろうか?


 なんとなく遠くから「デザートは別腹でしてよ!!」と聞こえた気がしたが気のせい気のせい。



「お昼を食べたら午後も頑張るか!」

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