第89話 二度目の証明
良く判るよ、往復なら5ヶ月以上掛かる道程を、半月で返事を持って来たのが理解出来ない事を。
しかし、その2通は紛う事なき本物だぜ。
その証明の為にグルマン宰相の申し出を受けて、カリンガル侯爵様を連れてきたのだから。
フリーズしたままのホーヘン宰相に声を掛けて、お目覚め願う。
「ホーヘン宰相、取り敢えずその2通を持って国王陛下に俺がやってきたと伝えて貰えませんか。その後で、こんなに早く返書が届いた理由を説明します」
ホーヘン宰相フリーズから解凍したけど、ギクシャクとした動きで部屋を出て行ったね。
親書の返事と聞き、今度はクラウゼ派遣大使がフリーズしてしまった。
凍結防止剤でも振り掛けてやろうかしら。
程なくして従者がやって来ると「国王陛下がお会いになられます」と言って深々と頭を下げる。
国王の執務室に入ると、挨拶もそこそこにメリザンが「アラド殿、此は真ですか」と性急に問いかけて来る。
「親書の末尾に、受け取った証明に日時と署名をして貰いました。その日付に間違い有りません」
「親書を預けて、五日でホーランド王国国王の手に渡っている事になるのだが・・・」
「それは後ほど証明します。ホーランド国王陛下にも納得して貰いました」
「どうやって?」
「馬車で五日の距離を転移魔法で跳び、証明したのですよ。その後カリンガル侯爵様を、ホーランドの王都からお連れしました。パンタナル国王陛下も、ご希望が有れば知り合いのいる街まで跳んで見せますよ」
俺が転移魔法が使える事は知っているが、パンタナルとホーランドの王都間を、三日で跳べるとは夢にも思っていなかったのだろう。
〈ウムムム〉と言って腕組みをして考え込んでしまった。
注意を引き戻す為にカリンガル侯爵様を紹介する。
「ご紹介します。不可侵条約の全権大使であるカリンガル侯爵様です。ホーランド王国としては、交渉団を派遣しての交渉は時間が掛かり過ぎるとの思いから、責任者同士の話し合いにしたい意向のようです」
「メリザン・パンタナル国王陛下、ホーランド王国国王陛下の臣フォルタ・カリンガルで御座います。侯爵位を賜っております。パンタナル国王陛下のご提案なされた、不可侵条約の交渉に対する全権大使を任ぜられて当パンタナル王国に参りました。不可侵条約の草案を持参致しております」
「判った。ゴドラン・ホーヘン宰相に交渉の全権を預けるので、二人で細部を詰めてくれ。アラド殿、明日にでも三日で王都間を跳んだ転移魔法の片鱗でも見せて貰えるかな」
そう言われて、軽く一礼しておく。
交渉場所はパンタナル王城内、ホーランド王国派遣大使控えの間を使う事になり、カリンガル侯爵様は王国の賓客として泊まることになった。
クラウゼ派遣大使に、従者を2~3名差し出せとやんわり要請して快諾された。
俺とサランは翌日の再訪を約束して、クラウゼ派遣大使と共に王城から引き上げる。
「いやー、驚きましたねぇ・・・」
「他言無用に願いますよ。それと従者の手配をお願いします」
* * * * * * *
翌日派遣大使の馬車を借りて、王城に出向くと従者が待機していて国王陛下の執務室に案内された。
パンタナル国王とホーヘン宰相に、カリンガル侯爵様がお茶を飲んでいる。
「行き先はお決まりですか?」
「王都より馬車で10日の距離マライナだが良いかな。それとホーヘンも頼みたい」
「問題ありません。簡易な物で良いので地図は有りますか。方角と地理が判らないと迷子になりますので」
用意されていた地図を見るが、街と街を結ぶ点と線といった感じで方位と距離・・・というより馬車での時間単位が記載されている。
三角測量はどうなっているのやら。
もっと精緻な地図が有る筈だが、カリンガル侯爵様が居ては見せられないのかな。
まっ、方角と位置さえ判ればサランにお任せだ。
「良い空の旅をお楽しみ下さい」
にっこり笑ってお見送りする侯爵様、ちょっと顔が悪いな。
多分、自分が味わった驚きと恐怖を味わえ! って、ところかな。
サランがホーヘン宰相の腕を取り、俺がメリザンの腕を掴むと近衛騎士の気配が変わるが身動ぎ一つしない。
中々教育が行き届いているね。
カリンガル侯爵様に頷き、一気に上空にジャンプ。
〈うおぉぉぉ〉驚愕の声と共にジタバタするメリザンに、「暴れると落ちるよ」と、一言忠告する。
ピタリと動きが止まり、フリーズというよりかっちんこっちんの姿勢で冷や汗を流している。
落とす訳ないだろうと思うが、動かれても面倒なので黙っている。
少し離れた所ではホーヘン宰相が恐怖の余りサランにしがみ付いている。
おっさん、それセクハラだぞ、って聞こえないだろうなぁ。
困惑顔のサランに頷き、目的の街マライナに向かってジャンプを繰り返す。
「国王陛下、目は開いてますか。見てないと何処を飛んでいるのか判りませんよ」
「み、見ているが、此処が何処やらさっぱり判らない」
そらそうだろうな。鳥瞰図なんて概念や代物が有るとも思えないし、目だけ開けて転移魔法で移動していることを実感して貰えればそれで良し。
各街の上空を一つずつ移動して目的の街に到着、領主の館と思しき場所の門前に降りる。
今度はいきなり警備兵に斬りかかられるヘマはしないぞ。
とは言っても、突然現れた俺達四人に衛兵が緊張して槍を構える。
俺が身分証を示すと、「ヘイエン・グロームは居るか」なんてメリザンが声を掛けるから事態が悪化する。
「メリザン、黙ってて!」
突然現れた俺達は不審者なのに、この辺は王族だよな。
〈御領主様を呼び捨てとは何奴!〉
「その前に、身分証を確認しろ!」
此処は何時もの様に、上から目線で横柄に命じる。
俺とサランの身形は何時もの冒険者スタイルだが、国王と宰相は見るからに上等な衣服なので、身分証を確認して驚愕している。
「誰だっけ?」
「ヘイエン・グロームだ」
「爵位は?」
「我の名はアラド、ヘイエン・グローム伯爵様にお目通り願いたい。身分証を預けるので伯爵様に確認して貰え」
尊大に言って身分証を差し出す。
まったく、此の世界の身分制度は面倒極まりない。
暫く待たされた後、駆け戻ってきた衛兵に案内されて邸宅の玄関に向かう。
全開の扉の前で佇む貴族らしき男が、いきなり跪いた。
「メリザン殿下・・・陛下。何故この様な場所に?」
「ヘイエン、突然で済まない。詳しい事は中で話そう、茶を貰えるかな」
サロンのソファーに座るが二人とも顔色が悪いので、グラスを取り出しエコライ伯爵秘蔵の酒を振る舞う。
血色の戻った二人が伯爵に説明するが、信じられないといった顔で俺とサランを見つめる。
「信じられないだろうから、即刻王都に向かい予を訪ねてみよ。証拠にそのスカーフを止めている宝石を預かろう」
メリザンに言われて、首元から宝石を外して恭しく差し出す。
少しの間、茶を飲み思い出話をした後別れを告げて、再び俺とサランに腕を取られて王城へ向かった。
* * * * * * *
国王陛下とホーヘン宰相の腕を、二人の冒険者が掴むと一瞬で姿が消えた。
〈エッ〉聞いてはいたが、目の前で姿が消えたのを見て思わず声が出る。
それは護衛の騎士達や執事も同様で、キョロキョロと室内を見回して姿を探している。
暫しの沈黙の後、グローム伯爵は執事に怒鳴りつける。
「馬の用意をしろ! 王都に向かうぞ!」
「馬で御座いますか? 馬車では・・・」
「馬鹿を申すな! 陛下は王都より此の地まで10分も掛からずに到着したと申された。先程『即刻王都に向かい予を訪ねてみよ』と言われた。王都迄早駆けで行くので護衛達も軽鎧のみにさせろ!」
確かに目の前から消えたので転移魔法に違いないが、本当に王都から来たのか確かめる必要がある。
王城まで三日で駆けてみせると決意を胸に、引き出された馬に跨がり護衛の騎士達と共に駆けだした。
* * * * * * *
執務室では、カリンガル侯爵様がのんびりとお茶を飲み寛いでいた。
突然現れた俺達に響めく近衛騎士を無視して「如何でしたか」と、悠然とメリザンに問いかけている。
転移魔法など馴れて居ると言わんばかりの態度に、流石は抜け目のないお貴族様だと感心する。
「いやいや、マライナ迄あっと言うまでした。確かに転移魔法にてホーランド王国迄親書を届け、確認の返書も持ち帰られた事を信じます」
「転移魔法が此ほど有用だとは、思いもしなかった」
「マライド様は、盗賊か暗殺部隊にしか使えないと仰ってましたからな」
「所でアラド殿、此は依頼ではなくお願いだが聞いて貰えないかな」
「まぁ、聞くだけならな」
「こんなに早く交渉が出来るとは思っていませんでした。責任者同士の話し合いなら大筋は簡単に決められるし、細部を詰めるのもそう時間は掛からないと思います。不可侵条約調印の、立ち会いをお願いしたい。重要案件の取り決めは、普通第三国の立ち会いの下で調印され、本国で承認されて発効するものです。両国を自由に行き来出来て、尚且つ一国の軍事力をも凌駕するお二人のその力。パンタナルとホーランド両国が結ぶ、不可侵条約の立会人に相応しいと思います」
「私からもお願いするよ。国王陛下も否とは言わないだろう。君達なくしてこの条約の話は出なかっただろうし、見届けて欲しい」
そう言って侯爵様が深々と頭を下げ、メリンザ国王とホーヘン宰相が其れにならって頭を下げる。
壁際の近衛騎士達が驚愕しているが、断れる状況ではないので渋々承諾する。
「判りました。断れそうもありませんし、此で条約締結が流れたら寝覚めが悪くなりそうなので。但し交渉成立までの間パンタナル王国内を旅していますので、署名が必要になったら王国内の各冒険者ギルドに、用意が出来たと私宛の伝言を残しておいて下さい」
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