第88話 返書
「ガドラ頭が高い! 国王陛下で在らせられる!」
サブラン公爵に窘められ、慌てて跪くガドラと呼ばれた男。
「よい、サブラン。少し喉が渇いたので茶を貰いに来た」
国王陛下の出現に驚き跪いたサブラン公爵が、自分は何を聞いたのかと疑問の表情で顔を上げる。
「アラドとサランに連れてきて貰った故、供も連れずの忍びじゃ。茶の一杯も振る舞ってもらえれば、直ぐに退散する」
言われている言葉は理解出来るが、意味が理解出来ないのか返答に窮する公爵様。
「ガドラさん、お茶の用意をお願い出来るかな。それと公爵様、表の警備兵に下がる様に言って貰えませんか。突然の訪問で、不審者扱いになっていますので」
俺にそう言われて開け放たれた扉を見ると、抜刀した警備兵がサランに襲い掛かろうとして吹き飛ばされている。
それを見た公爵様は、顔面蒼白になり扉に向かって駆け出す。
* * * * * * *
「いやまさか、陛下が転移魔法で此の地を訪れるとは。転移魔法とはそれ程なのですか」
「アラド殿の家を出てから、未だ30分も経っていないはずです」
「アラド、疑って悪かった。王都だと言われ次々と街の名を告げられる度に景色が変わり、あっという間にこの屋敷の上に居たからのう」
信用されないと思っていたので、侯爵様と宰相の二人をアスフォールの街まで連れて行こうと思っていたのだが、結果オーライって事で良しとする。
お茶を飲み暫く談笑した後、公爵様のサロンから上空にジャンプして王都に帰還する。
客間に跳び込むと、グルマン宰相のほっとした顔が目に飛び込んできた。
「如何でした、陛下」
「うむ、サブラン公爵の領地の屋敷で茶を馳走になってきた。如何ほどの時間が経った?」
「未だ45分程です。通常、王都とオルデン迄は馬車で五日の距離です。往復とお茶を飲まれる時間を含めて45分とは驚異的です。誰に話しても信じて貰えないでしょう。親書の返事を届けても、パンタナル国王が信じるでしょうか?」
「グルマン宰相、此は依頼を受けて届けたのですよ。返書も依頼があれば届けるつもりです。金貨700枚でね」
「アラド殿、少々お高いのではないかな」
「カリンガル侯爵様、通常なら片道二月半近く掛かるものが4~5日で届くんですよ。時間と経費を考えれば格安だと思いますね。不可侵条約を受け入れるのであれば、その返書は届けますがそれ以後の細部の詰めは関与する気はありません。細部を詰める為に交渉団を派遣して、国境地帯で交渉する事になるのでしょうが、金貨700枚程度じゃ足りませんよ」
「確かに、交渉団を編成して内容を摺り合わせて署名となれば、1年や2年では足りないだろうな」
「だが交渉する価値は有る。予は受け入れるぞ」
「ではアラド殿、不可侵条約の受け入れの書状と原案を作るので暫し王都に居て貰えますかな」
「宜しいですが、一度だけですよ」
* * * * * * *
「いやー、緊張しちゃいましたねー」
「アラドと居ると、突拍子もない事が時々起きるからなぁ」
〈本当よねー、宰相様でもびっくりなのに、国王陛下って何よ!」
「お前、本当は貴族の出って事はないよな」
「そうだな、ホテルの四男坊で穀潰しって言ってる割に、どことなく育ちの良さが有るのが不思議なんだよなぁ」
「アラド様、もう陛下がお越しになる事は無いですよね」
「ヘイズ、俺が呼んだんじゃないんで聞かれても困るよ。呼んだのは侯爵様と宰相だけだったのに」
「聞いたか、侯爵様と宰相閣下を呼び付けたってよ」
「もう聞きたくない、心臓に悪すぎるぜ」
「あー、じゃあ今日は気晴らしに皆で飲もう。オークキングのお肉と、極悪貴族から掻っ払った秘蔵の酒を出すぞ」
「オークキングの肉なんて持っているのか!」
「素敵♪ アラドの仕事は文字通り美味しいよねぇ」
「最後の一塊だ、此の件が落ち着いたら狩りに行きたいな」
「出せ! オークキングの肉なんて初めてだぜ」
「ヘイズさん、厨房に声を掛けて、今日はオークキングのステーキ三昧で頼むと言ってよ」
* * * * * * *
グルマン宰相が親書に対する返書と、不可侵条約に関する叩き台を持って来たのは3週間後であった。
「随分時間が掛かりましたね」
「いやもう喧々囂々でね、パンタナル王国を信用しない者が多くて大変だったよ。それに加えて新国王の事を教えたら、そんな話は聞いた事が無いと言い出す者までいて、王国の最新情報だと一喝してしまったよ」
いるよねー、俺は聞いてない! とか言い出して大物気取りの奴。
「それで返書を届ける序でに、届けて欲しいものが有るのだが可能かね」
「序でなら構いませんよ。物は何です?」
「カリンガル侯爵を、パンタナル王国の王都迄送って欲しいのだが」
「物って、人間の方ですか」
「カリンガル侯爵殿を、不可侵条約交渉の全権大使として派遣する事が決まった。君の言うとおり時間と金の節約じゃよ」
グルマン宰相、ウインクしたところでかわいさの欠片も無いぞ。
多数の人間が交渉するより、責任者どうしで話し合えば早いわな。
カリンガル侯爵様一人運ぶくらいは何でも無い。
しかし3~4日とはいえ、侯爵様を野営専用の小屋の中に寝かせる事になるけど良いのかねぇ。
確認の為に侯爵邸に出向き、小屋を見せるとほうほう言いながら感心している。
侯爵様も、若い頃は訓練の為に森で野営などをしていたので、問題ないと気にしていない様子だ。
交渉の為に暫く国に居なくなる為、後をセイオスに託すそうだ。
従者はどうするのかとの問いに、ホーランド王国派遣大使の従者を借りるから問題ないと、しれっとして言われた。
必要な物は全てマジックポーチに収まっているので、出発は何時でも良いと言われたので翌朝出発する事にした。
朝食後サロンに家族一同集まり「セイオス、後は頼むぞ」と侯爵様の言葉を合図にサランに頷く。
* * * * * * *
サランがアラドと父の手を取り、父の「後を頼むぞ」の言葉が終わると共に姿が消えた。
「まぁ・・・本当に姿が消えたわ」
「あれはサランの転移魔法なの?」
「二人とも転移魔法が使えるらしいが、私も初めて知ったのです」
「あれ程貴方とは因縁が有るのに、知らなかったの?」
「常々言われている事ですが、アラド殿は冒険者です。どんなに親しくても手の内は晒しません。ましてや我々は貴族です。サランがどれ程の魔法が使えるのかすら知る者はいないのです」
「でも、冒険者として腕利きでもねぇ」
「そうですわ、お父様も信用しすぎるのは問題です」
「母上と姉上に言っておきますが、彼等を侮る事は身の破滅と肝に銘じておいて下さい。父上も私も彼等に恩義があり、侮る者を許す気は有りませんので」
セイオスの冷たい言葉に、無表情な視線を向ける二人。
「あの二人を侮った為に、廃嫡されたオルザ兄上や貴族位剥奪、隠居、降格された者が多数います。母上や姉上達が貴族としてのプライドから、彼等を見下しているのは知っています。くれぐれも、王家の通達をお忘れ無き様お願いします」
自分の家族ながら貴族とは厄介な存在だと、二人と関わる事によって良く判ったセイオスだった。
* * * * * * *
カリンガル侯爵の空の旅は物珍しさは一時の事で、後は12月の寒空のなか震えながら我慢の3日間となった。
パンタナル王国の王都ボルド、ホーランド王国派遣大使の館に到着した時には、二度と冬の空は飛びたくないと思っていた。
クラウゼ派遣大使とは顔見知りで在った為に、比較的すんなりと面会出来た。
一人でやって来たカリンガル侯爵様を不審がるが、詳しい事は話さずに新宰相のゴドラン・ホーヘンに宛てて書状を認めて届けて貰う。
クラウゼ派遣大使に届けさせた書状の返事は、何時なりと王城にお越し下さいというものであった。
翌日クラウゼ派遣大使の馬車で王城に向かい、城門で大使がホーヘン宰相との面会の約束を伝えると直ぐに案内の者がやって来る。
「お待ち下さい、その二人は?」
衛兵に声を掛けられたが、大使の返答の前に預かっている身分証を見せる。
身分証をマジマジと見つめ、俺とサランと身分証を三度見直してから〈バシーン〉と踵をならして敬礼する。
〈失礼しました! お通り下さい〉
「アラド殿、相当恐れられている様ですが」
「侯爵様、この身分証を出したのは初めてです。親書を預かったときに自由に使ってくれと言われましたが、通達は徹底しているようですね」
「相当身分の高い者の身分証と思われるが・・・」
「ゴドラン・ホーヘン宰相と同格だと言われました」
「アラド殿は、それ程の高位の方だったのですか? いやしかし・・・アラド殿はホーランド王国の・・・」
クラウゼ派遣大使は訳が判らずに、一人でブツブツと呟いている。
すんなりとゴドラン・ホーヘン宰相の応接室に通されたので、親書の返事を持って来たので国王陛下にお取り次ぎ下さいと伝える。
〈えっ・・・まさか〉と、呟く宰相閣下、そうなるよな。
メリザン・パンタナル直筆の親書とナザル・ホーランド国王直筆の返書を取り出してホーヘン宰相に渡す。
「依頼通り、親書をホーランド国王陛下に渡して受け取りの署名を貰っています。ご確認を」
パンタナル王国の紋章入り親書と、ホーランド王国の紋章入り返書を手にフリーズしちゃたね。
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