第87話 信じちゃくれないよな

 「アラドさん、大変よ!」


 朝食後のんびりしていると、リーナとザンドが慌てふためいて飛んできた。

 他の面々も興味津々で集まって来る。


 「表に凄い数の騎士と豪華な馬車が・・・」


 「まったく、グルマン宰相もこっそり来られないものかね」


 「宰相! 宰相って、お城の?」


 「まぁ宰相ってのは、お城にしか居ないけどな、あっ跪く必要は無いからね。カリンガル侯爵様と同じ対応で良いよ」


 「アラド様、グルマン宰相閣下が・・・」


 何時も冷静なザンドが顔色を変えて言い淀む。


 「ん? グルマン宰相が何だって」


 「その・・・国王陛下がお忍びでお越しとの事で御座います」


 興味津々で俺の周りに集まっていた暁の星と雷鳴の牙の面々も、ザンドの発した国王陛下の言葉に凍り付く。

 〈ヒェー〉何て悲鳴も聞こえる。


 「どう致しましょ。入っても良いかと宰相閣下が申されていますが」


 「ああ、俺が行くよ。ザンドはお茶の用意をしておいてくれ。後の者は物陰にでも隠れていれば良いよ」


 「なりません! 国王陛下のお越しとなれば、主人から使用人に至るまで全員でお迎えするものです」


 ザンドが血相を変えて言いつのるが、此処で押し問答をする訳にもいかない。

 面倒だねぇ、仕方がないので玄関ホールの壁際にでも並んでいろと言って迎えに行く。


 階段を下りると歩道を挟んだ街路に停まる馬車のドアには〔真紅の輪に交差する剣と槍に吠えるドラゴン〕の紋章入り。

 周囲には近衛騎士がずらりと並び、通行止めまでしていやがる。


 「困りますねぇ、もう少し静かに来られないのですか」


 馬車に問いかけると、周囲の近衛騎士から殺意の籠もった視線が飛んでくる。


 そのへんの弱小貴族より良いお仕着せを着た従者が、踏み台を置き恭しく扉を開ける。


 「済まないね。陛下がどうしても君と話がしたいと言われたのでお騒がせする」


 グルマン宰相が、言い訳をしながら扉の横に立ち一礼する。


 〈国王陛下である! 跪け!〉


 「喧しい! 気に入らないなら帰れ!!! グルマン宰相、何故こんな奴等をゾロゾロ引き連れて来たんですか。一戦交えようなんて考えてませんよね?」


 「いやいや、アラド殿失礼した。その方等は黙っておれと言われなかったのか、無様な真似をするでない!」


 〈しっ、然し〉


 〈下がれ!〉


 「王家の威信も、近衛騎士には通用しない様ですね」


 「面目ない。陛下を案内しても宜しいかな」


 「余り近衛騎士をゾロゾロ中に入れないで下さいね。家の警備は冒険者達に任せていますので」


 「済まないな、アラド殿」


 「まあ、陛下宛の親書ですからお城に届けても良いのですが、城門辺りで一悶着起きるのは目に見えていますのでね。その為にカリンガル侯爵様にお願いして、グルマン宰相に連絡をしたのですが」


 そのカリンガル侯爵様は苦笑いしているじゃないの。

 国王陛下を案内して2階の玄関フロアに上がると、玄関ホールの扉が全開になりザンド以下の使用人と、警備の冒険者達がずらりと並んで最敬礼をしている。

 こんな事になるから嫌なんだよね。

 周辺の建物の窓という窓全てから、好奇心丸出しの顔がずらりと並んでいたので、明日から朝の散歩が煩わしい事になりそうだ。


 取り敢えずソファーに座って貰い、預かっていた親書をグルマン宰相に手渡す。

 受け取ったグルマン宰相が表書きの紋章を確認して、恭しく国王陛下に差し出す。


 読み進む国王の顔に不審な表情が浮かぶ。


 「アラド・・・殿、メリザン・パンタナル国王となっているが・・・彼は現国王の弟君ではなかったかな?」


 「マライド・パンタナル国王なら一月半程前に病死しました」


 「一月半前・・・そんな連絡は来ていないが」


 グルマン宰相がカリンガル侯爵と顔を見合わせながら呟く。

 当然だろう、急使の早馬でも一月以上掛かる距離だし、他国領内をホーランド王国の早馬を走らせる事も出来ない。


 「まっ、信用出来ないなら其れもよし。取り敢えず返事だけは出しておいて下さいね。依頼を受けて届けた物ですので、無事に届けた証明が必要ですから」


 国王から親書を受け取り、内容を確認していたグルマン宰相が疑問の声を上げる。


 「待ってくれ、アラド殿・・・この親書の日付が五日前の物だが、此を本物だと言われるのか!」


 そうだろうな、国王は気付かなかったが流石は宰相閣下だ。


 「信じられないのは無理もないが、紛れもない本物だし、パンタナル王国の現国王はメリザン・パンタナルですよ」


 「それを信じろと言われるのか!」


 信じさせるには体験して貰うしかないが、宰相と侯爵様だけならまだしも、国王を連れ出したら大騒ぎになるからなぁ。


 「信じて貰う方法が一つ有ります。陛下には暫く待ってもらい、グルマン宰相とカリンガル侯爵様はちょっと付き合って貰えますか」


 「何をする気かな」


 「パンタナル王国の王都ボルドとハイマンを三日で移動した方法を体験して貰うだけですよ」


 二人に立ってもらい、耳が痛くなったら唾を飲み込む様に言い含める。

 行き先を王城の中庭と定めて、サランに侯爵様を頼みグルマン宰相の腕を掴むと一気に上空へジャンプする。


 〈ヒョウゥゥー〉変な悲鳴が聞こえるが直径20mの結界を張りゆっくり降下させる。

 隣にサランの結界が見えて、侯爵様が硬直しているのが判る。


 「王城の中庭に跳びます」


 そう告げると、一気に王城上空にジャンプして眼下の中庭に降りる。


 「グルマン宰相、王城の中庭に間違いないですか」


 隣に侯爵様の腕を掴んだサランが現れたが、侯爵様は硬直したままで脂汗を流している。

 侯爵様は高所恐怖症かな。

 グルマン宰相も俺の言葉が理解出来ないのか、目をパチクリさせてキョドっている。


 「お二人とも周囲をよく見て下さい。此処が何処だか判りますか?」


 「王城の中庭の様だが・・・此が転移魔法か、いやしかし、此ほどの距離を飛べる筈がない。精々数十mと聞いたが・・・」


 「こんなに早く王城に着くとは、いやはや転移魔法とは便利なものだな」


 「帰りましょうか、国王陛下が待っていますので」


 再び一瞬の空中浮遊の後、我が家の客間に跳び込むと国王陛下も護衛の近衛騎士達も呆気にとられている。


 「どうです。先程のは短距離転移ですが、状況次第では二つ程先の街まで跳べますよ。転移魔法で連続して飛べば、国境の町クリンザ迄一日半程度で到着します」


 「先程の転移魔法も、丸っきり詠唱をしていなかったが、無詠唱で連続して魔法を発動させるなど聞いた事も無いぞ」


 「アラドは王城の中庭と言ったが、本当に行って来たのか?」


 「はい陛下、確かに王城の中庭でした。間違い御座いません」

 「王城を上から見る事になるとは思いも依りませんでしたが、確かに周囲の建物からして王城の中でした」


 「信じられん、予の知る転移魔法は長い詠唱の後やっと数十mの転移を為すのに・・・」


 「グルマン宰相、サブラン公爵様はどちらに居られますか」


 「サブラン公爵殿は領地に帰っているはずだが」


 「では陛下、サブラン公爵様の領地まで行ってみますか。なに30分も掛かりませんよ」


 「グルマン、本当に一瞬で王城の中庭に居たのか」


 「正確には街の上から王城の上に行き、気付いた時には中庭に降りたっていました。その間一言も詠唱の類いのものを聞いておりません」

 「陛下、私も同じです。出来れば、もう一度体験してみたいと思います」


 「判った、予をサブラン公爵の領地まで運んでみせよ」


 〈陛下! なりません!〉

 〈万が一の事を、お考え下さい〉

 〈妖しき転移魔法などでもしもの事が在れば・・・〉


 「グルマン、待っておれ。見事サブランの屋敷に到着したら、その親書を信じ不可侵条約を結ぼう」


 「グルマン宰相、一時間ほどで帰ってきますから」


 「そんなに掛かるのか?」


 「サブラン公爵邸でお茶を飲んでから帰れば、その程度の時間は必要ですよ」


 国王陛下に立って貰い、先程と同じく腕を掴んで上空にジャンプする。


 〈ウオォォォォー〉


 豪快な悲鳴だねぇ。


 「陛下、下を見て下さい、王都です。そして遠くに見えるあれがタルスの街です」


 そう言った瞬間、タルスの街上空に跳び、次の街ラッペンを指差す。

 そうやって次の街を示しながら順にサブオリ、リンナ、オルデンの街に到着しサブラン公爵邸の上空でホバリング。


 「サブラン公爵邸です。降りますよ」


 サブラン公爵邸正面玄関前に降りると、俺達に気付いた警備兵が抜刀して駆けてくる。


 〈誰だ! 妖しい奴め〉

 〈何処から進入した!〉

 〈警報を出せ!〉


 駆けつけて来ると問答無用で斬りかかって来るが、結界に阻まれて届かない。

 サブラン公爵様から預かった身分証を取り出し、興奮状態の警備兵に見せるがまるっきり目に入らない様で困った。


 「サラン、風魔法で押し返せ」


 サランが頷くと同時に俺達の周囲に強風が巻き起こり、斬りかかって来る警備兵を吹き飛ばしてしまう。

 正面玄関扉を押し開けると、奥から騒ぎを聞きつけた執事らしき男が駆けてくる所であった。


 〈誰だ! お前達は〉との問いかけに、黙ってサブラン公爵様の身分証を見せ「アラドがオルト・サブラン公爵様に、大切な客人を連れて会いに来たと伝えてくれ」と告げる。


 俺の後ろに控えるカリンガル侯爵様を見て驚きの表情になり、〈カリンガル様〉と言ったきり、礼もせず慌てて引き返して行く。


 「アラド様、又来ましたが数が増えています」


 「もう少しの間近づけないでくれ」


 執事らしき男の後を、不信感も露わなサブラン公爵が現れたがカリンガル侯爵を認めて足が止まる。

 軽く頭を下げるカリンガル侯爵と、傍らに立つ国王を見て驚きながらも慌てて跪いた。

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