第81話 捜索

 急使がもたらしたバルゼン派遣大使の密書を読んで、エイメン宰相は仰天した。


 魔法部隊の奇襲攻撃は見事にアラドとサランを捕らえたが、結界魔法に守られた二人に怪我一つ無く、逆襲を受けて魔法部隊の者11名が囚われの身となった。

 問題の二人は結界魔法どころか転移魔法を駆使して、逃げる魔法部隊の者を次々と捕獲したと報告してきた。


 そして報告書の末尾には、この騒ぎでホーランド王国宰相グルマンとアラド達を交えた会合の最中、転移魔法使いで構成された暗殺部隊の襲撃を受け危うく死ぬ所であったと書かれていた。

 突如会談場所に現れた暗殺部隊は、手当たり次第に攻撃を始めたがアラド達と護衛騎士により数分で切り伏せられた、と皮肉交じりに締め括られていた。


 書面からは、捨て駒にされたバルゼン伯爵の恨みが伺える文章に苦笑いが出るが、攻撃が失敗した時点ではアラド達はホーランド王国の王都に居たことになる。

 それなのに、我が王都ボルドで教会を相手に暗躍して居るかも知れないのは何故だ。

 由々しき事態に慌てて国王陛下の下へ報告に向かう。


 * * * * * * *


 「何か、奴等は魔法部隊の攻撃を受けた時点ではホーランド王国の王都に居たはずが、急送文書よりも早く我が国に侵入して教会相手に何やら工作していた可能性が有るだと?」


 「そうでなければ、教会本部で起きている異変の説明がつきません。どの様な手段を使い、ホーランド王国の王都と我が国の王都間を移動したのか検討がつきませんが、万が一の対策は取っておくべきです」


 「どうすれば良い、奴等は転移魔法まで使うと知らせてきたのであろう」


 「はい、二人とも自在に使い熟したとあります。その為に、11名の魔法部隊の者が転移魔法で捕獲されたとあります」


 「11人を連続して転移魔法で運んだと言うのか! 有りえんぞ! 子飼いの転移魔法使い共の一番優秀な者でも、詠唱して跳んでも数回が限度で精々20~30m跳ぶのがやっとだ」


 「報告では次々と捕獲したとありますので短縮詠唱か・・・あるいは無詠唱ではないかと思われます」


 「無詠唱などお伽噺の類いだぞ、信じられんわ!」


 * * * * * * *


 トルソンに到着した交代の派遣大使一行が、ラリエラ伯爵の館に入る。

 迎えに出たゴルノフ・ラリエラ伯爵の挨拶を受け、執務室で向かい合ったがアラドからと一通の書状を渡された。


 派遣大使一行の代表、モリソン・クルマン伯爵が其れを受け取り読み進むが、段々顔が引き攣ってくる。

 クルマン伯爵は軽く咳払いをして「ラリエラ伯爵・・・スカーフを取って貰えるかな」と呟く。


 覚悟は出来ていたラリエラ伯爵が、硬い表情でスカーフを取り去ると奴隷の首輪がその場にいる者達の目に映る。


 「此処に居る執事と、背後の護衛四人も同じかな?」


 「はい、皆スカーフを外せ」


 力なく呟くラリエラ伯爵の命に、執事と護衛の騎士達がスカーフを外す。


 「アラド殿より貴方方が見えられたら、貴方方の指揮下に入れと命じられています」


 「ああ、この書状にもそう書かれているし、奴隷の首輪解除の呪文も書かれている。王都のグルマン宰相にも連絡しているので、追って沙汰が来るともな。それでアラド殿からの連絡は来たのか」


 「未だです」


 アラド達と同時に王都ハイマンを出立したが、二人は先行すると言って直ぐに自分達と別れたが、とっくにトルソンに到着して一仕事済ませていたようだ。

 道中グルマン宰相に宛てた書状をもった急使とすれ違っているので、連絡を待って半月は此の地で待機する事になってしまった。

 ホーランド王国を裏切り、奴隷の首輪を嵌めた同格の貴族の屋敷で待機とは、憂鬱な日々になりそうである。


 * * * * * * *


 王城内に在るウルブァ神教教会へ、一週間毎に交代する神父の供としてパンタナル王国の城に潜入する。

 こんな面倒な事をする必要は無いが、此から暫くは王城内に在る教会が俺達の探索拠点になる予定なので案内は必要だ。

 神父の付き人の身形になり、フードを被って俯き加減に城門を通過する。

 衛兵に身分証と顔を見せるのだが、髪色を薬草でくすんだ色に染めているのですんなりと通された。


 城内の教会に到着して前任の神父に教皇猊下からの指示書ですと手渡すと神妙な顔で受け取り読み進む。

 指示書には俺達が教皇猊下の密命を受け、交代要員に紛れて来ているが如何なる場所でも二人の事は口外厳禁と書かれている。

 一礼して帰って行く神父を見送ると、教会内の一室を俺達の専用部屋として占拠する。


 バルゼン派遣大使に書かせた略図とグルマン宰相に提供させた図面を元に、サランと二人でパンタナル王城ツアーを開始する。

 ホーランド王国の城内も複雑怪奇に曲がりくねった通路だったが、この城も負けず劣らずの複雑さである。


 この城って名前が有るのかな、日本の城には白鷺城とか青葉城の様な別名が有るのが普通だがどうなんだろう。

 城に興味が無かったので、城内を彷徨きだして初めて気になってきた。


 大広間や貴族の控え室が並ぶメイン通路から奥に、役所じみた場所の奥へと行くにつれ各所に衛兵の姿が多くなる。

 時に護衛の騎士を背後に従えた貴族ともすれ違うが、お上りさん宜しくジロジロと見てしまう。

 俺達の姿は相手に見えていないのが判っているので、気楽に見物出来る。


 遊びに来たのではないので、護衛を引き連れた偉そうな奴の後を付いて行くこと数度、皆侍従の先導を受けて歩いているが重要区画に向かう者はなし。

 散々歩き回ったが、その日は無駄足に終わり教会の一室で見取り図を見て考える。


 翌日は少し視点を変える事にして王城の庭に出て上空へジャンプする。

 上空から俯瞰すると王城の配置がよく判る。

 城門から幾度か曲がり本丸へ、本丸の背後には枝分かれするように通路で結ばれた庭園と、大小様々な建物が点在している。

 その周囲は塀で囲われそれぞれの建物も生け垣や用水で隔てられている。

 しかも、その外側には兵の訓練場や宿舎などが建ち並び、迂闊に近づけない様になっている。


 王族達の住まいに間違いなさそうなので、其処を探索目標に定めて少し大きめの建物の屋根に下りる。

 少し大きめの建物って、サブラン公爵邸と変わらない大きさで、瀟洒な作りと多数のメイドの数から王族の住まいに間違いないだろう。

 護衛の騎士の中に、騎士服を着た女性が多数混じっているが、江戸時代の別式女と似た様なものか、高貴な婦女子の護衛といった感じである。 


 窓から内部を確認して無人の部屋にジャンプ、気配を探って無人の廊下に出ると住人を探して歩く。

 行き交うのはメイドや女騎士達のみで、主人とみられる人物の姿がない。

 三軒ほど見て回ったが何処も同じで収穫無し、変だ。


 立派なお仕着せを着た、執事と思しき男の執務室に忍び込み夜を待つことにした。

 夜遅くまで部下への指示や書類仕事を済ませると、大きく伸びをして自室に戻る男の後を付いて行く。


 ソファーに座りグラスに注いだ酒の芳醇な香りを楽しみ、グラスを傾け一口含んだ男の前に座る。

 軽い軋み音を上げたソファーを目にして、男の動きが止まる。

 完璧なフリーズ、その目は信じられないものを見た怯えが伺える。


 「静かにしていれば恐れることはない」


 俺がそう言ったとき、サランがおとこの背後から抜き身の魔鋼鉄製の剣を首に当てる。


 「声を上げれば、君の人生が終わりを告げる事になる。判るよな」


 頷く男は、もう一度驚くことになった。

 首に何かが嵌められた。

 サランが素早く支配の呪文を唱え、俺が説明をしてやる。


 「それは奴隷の首輪だ、以後俺達に不利な言動は禁止する。問われた事には嘘偽り無く答えよ。この館の主は誰だ?」


 言い淀む男を激痛が襲い悲鳴を上げるが、サランに口を塞がれてくぐもった悲鳴にしかならない。


 「返事をしろ、返事をしなければ痛みは何時までも続くぞ」


 「おう、王女殿下です。エレーナ・パンタナル第三王女殿下です」


 「第三・・・何処に居る?」


 「わっ、判りません。二日前、突如国王陛下の命により移動を命じられました。側仕えの侍女のみを連れて出て行かれたのです」


 「行き先は判らないと言ったが、行き先の心当たりは?」


 「貴族の屋敷に暫し滞在する事になる様です」


 「貴族の屋敷って事は貴族街の中の一つってことか?」


 「その様です」


 「国王の住居は何処だ」


 「王城の中に御座います。此方のお住まいはご家族の方々や側室のお住まいです」


 バルゼンに書かせた書簡かラリエラ伯爵の書簡が到着して、危険を感じて家族を避難させたようだが、全ての王子と第一第三王女を避難させて残りはそのままらしい。

 お気に入りのみを避難させると、残りは囮に使う様だ。


 国王は政務が有るので王城の居室にいるはずだとの答えに、居室と執務室の場所を訪ねたが知らなかった。

 まぁそうだよな、国王の居室や執務室の場所をホイホイ知り得る訳も無いか。


 此方の館から王城に続く通路を逆にたどれば、国王の居室に近い場所には行けるはずだ。

 男の首から奴隷の首輪を外して、口止めだけはしておく。


 「首輪を外したが、死にたくなければ俺達の事を喋らない方が良いぞ。理由は判るよな」


 青い顔のままうんうんと頷く男を残して、教会内の塒に戻る。

 あの男が喋ろうが喋るまいが、国王は俺達の接近に気付いているか用心しているのは間違いない。

 警備の厳重な場所が国王の居場所だ、急送文書の効き目が出た様だ。


 翌日からは目星を付けた通路から入り城内を調べると、極めて警戒厳重な一角を発見。

 通路の途中に扉が有り、両脇に槍を立てた衛兵が立っている。

 此処からは先は迂闊にジャンプして中に入る事を控えて、人の通過を待って後を付いて行くことにしたが正解。

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