第80話 芋蔓式

 少々臭いがトイレに同伴して確保することにしたが、幸い教皇様のトイレは広々としていて、庶民の俺では広すぎて心安らかに用が足せない気がする場所だった。 用を足し終わりほっとしている所を後頭部に一撃、素早く首輪を装着して馴れた呪文を唱えると、口にボロ布を押し込んでから治癒魔法を使って怪我を治してやる。


 「お前の首に付けた物は奴隷の首輪だ、以後俺の命に従わねば地獄の苦しみが待っているので覚えておけ。判ったら頷け!」


 教皇様、まさか自室のトイレで襲われると思っていなかったようで、硬直して返事が出来ない。


 〈ヴゥアァァァ〉口にボロ布を詰め込まれているので、くぐもった悲鳴しか上げられず頭を抱えて座り込んでいる。


 「判っただろう、お前の首に有るのは奴隷の首輪だ。以後俺の命に逆らわず素直にした方が身の為だぞ。判ったら頷け」


 〈ヴゥアァァァ〉学習しない爺さんだな。


 「命令に従わないと何時までも痛みは続くぞ」


 頭を抱えて呻き声を上げながら必死で頷いている。


 「寝室に戻ったら、護衛も添い寝の女も全て部屋から追い出せ」


 呆然としていて俺の言葉に反応しないが、又も苦痛の呻きを上げて蹲る馬鹿。


 「聞こえなかったのか、ご主人様の言葉を聞き逃すな分かったか?」


 必死でウンウンと頷くので、再び同じ命令を下す。


 トイレからよろよろと寝室に戻る姿は病人のようで、護衛の騎士が心配そうに駆け寄り支えようとする。


 「出て行け! お前達は部屋から出て行け!」


 〈教皇様、大丈夫で御座いますか? お加減が悪いようでしたら治癒魔法師を〉


 「黙って出て行け! お前もだ!」


 指差された護衛が吃驚して後ずさりしている。


 そうそう、その調子で全員部屋から追い出してね。

 護衛の騎士二人と添い寝の美女二人を部屋から追い出し、ベッドの上でゼイゼイ言っている教皇様。

 日頃の不摂生が身体にダメージを与えていますね。


 そんな教皇様に明日から俺の指示に従って行動して貰うが、従わなければどうなるのか忘れるなよと言ってベッドに入らせる。

 朝になり、恐る恐る部屋付の美女と護衛の騎士が起こしに来たが、教皇様は何時もの如く横柄に対応している。


 * * * * * * *


 「マリンダ教皇様、お呼びでしょうか」


 「おお、ヤンザ大教主どの、朝早く呼び出して済まないね」


 やって来た大教主を招き入れると、護衛の騎士や世話係の者達を大事な話が有ると言って部屋から追い出した。


 「何事ですかな? マリンダ教・・・」


 問いかけの言葉は、後頭部への一撃で途切れた。

 首に違和感を感じて目覚めたヤンザ大教主は、教皇と並んで立つ男女を訝しげに見る。


 後頭部の痛みに耐え、教皇に尋ねる。


 「その二人は誰ですか? マリンダ教皇様答えて頂きたい!」


 「首を触って見ろ、それは奴隷の首輪だ。教皇の首にも嵌められているが見えないだろう」


 言われて無意識に首に手をやり、首輪の感触に驚いている。


 「以後、俺と隣に立つサランには無条件に従えよ。俺達二人に対する造反は死を持って報いるので覚悟をしておけ!」


 「小僧がー・・・〈ウギャァァァ〉」


 「煩い、黙れ!」


 呻き続ける大教主に、黙らなければ痛みは続くぞと教えると、やっと静かななった。


 「俺達に危害を加えようなどと考えるなよ、お返事は?」


 「おのれ等はぁぁぁ・・・〈ウギャァァァ〉」又頭を抱えて七転八倒する大教主様。


 「従いたくなければ何時までも苦しんでいろ!」


 「判りました従います。従いますので、お許し下さい」


 ドロルテ、マトバ大教主も同様に呼び出して、奴隷の首輪をプレゼントして制圧完了。

 後はホーランド王国の教会に対して行った魔法使い解放と同じ手法を使うことにした。


 突きつけた要求に目を剥く四人に、ホーランド王国の教会本部は従ったぞと言ったときの顔ったら、初めてホーランド王国の教会本部で起きた事を理解した様だった。


 パンタナル王国教会は、治癒魔法使いや収納魔法使い鑑定魔法使いのみならず、攻撃魔法使いも多数抱え込んでいた。

 魔法部隊に関しては、王国の軍とも互角に戦える戦力と自慢している。


 先ず始めに、教会に所属する魔法使い全ての額に、インド人女性が付けているビンディと同じ目印の刺青を付けることを命じた。

 刺青は両眉を挟んだ正三角形の頂点の位置に朱で付けること、治癒魔法使いは頂点と1cm下がった位置の二つと決めた。

 全ての魔法使いは朱の刺青が有り、教会や貴族・豪商達の好き勝手が出来ない様にしてやる。


 特に治癒魔法使いは縦に二つの朱の刺青で誰にでも判り、能力は判らなくても助けを求める目安にはなる。

 ホーランド王国が同様な方法を行うなら、俺も同様な目印を付けることを厭わないつもりだが、保護を目的の為なので俺達には必要無さそうだ。


 刺青を入れた者から順に、謝罪金やお財布ポーチの支給をさせる。

 その支給条件も同じだが、パンタナル王国制圧に時間が掛かるので1年間は教会に所属させるが、それ以降は自由にさせることにした。


 「アラド様、それでは教会が立ち行かなくなります」


 「心配するな、正当な対価を払い契約すれば教会に残る者もいる。現にホーランド王国の教会はやっているぞ。ウルブァ様の名を騙っての好き勝手が遣り難くなるだけだ」


 情けない顔をしているが、お前達を失脚させる事はしないので贅沢を楽しめ。

 翌日から魔法使い達の解放手続きが始まったが、遅々として進まない。

 四人を教皇の部屋に集め、解放と保証などの手続き専門のチームを作らせて、最低毎日10人の手続きを完了させろと命令する。


 「俺の望みを全力で遂行しろ! 出来なければ、お前達が味わっていた贅沢を暴露して失脚させるぞ。そうなれば、後にどんなことが待っているのか判るよな」


 この一言は効いた、奴隷の首輪をしているとは言え、今までどおりの生活が続けられている。俺の命令も解釈次第でどうにでもなると考えている様だが、そうは問屋が卸さない。


 上に政策有れば、下に対策有り・・・逆も又然り。

 下手な対策は、身の破滅だと教えておく。


 * * * * * * *


 「陛下、ウルブァ神教の大神殿で異変が起きているようです」


 「異変とは?」


 「教皇と大教主三人が協議して、教会に繋いでいる魔法使い共に金を渡して解放する準備をしています」


 「ふむ、其れは王国や貴族の魔法使いに対して影響が出る恐れがあるな」


 「御意、兵士と同等の金子で飼い慣らしていた者達が、不満を抱き反乱の芽が出来ます。それと此の教会のやり方は、先年ホーランド王国の教会が行った改革によく似ています」


 「はっきり言え!」


 「ホーランド王国の、ウルブァ神教大神殿の異変を覚えておいででしょうか。あの後で魔法使い共を解放しました。あれは問題の二人が、裏で糸を引いていたとも噂されています」


 「待て! それでは送った魔法部隊は」


 「未だ、連絡は来ていません。ホーランド王国に彼等は居ないのではないでしょうか。我々がホーランド王国に魔法部隊を送っている間に、我が王都に侵入されていたのではないかと思われます」


 「そうなると面倒だぞ、表だって教会と争う訳にはいかない。解放する準備と言っても解放はしていないんだな」


 「未だ暫くは教会に留めておく様です」


 「では魔法使い共は、教会の手から離れたら王国の部隊に組み込め。それとアラドとサランと申したな、全力を挙げて二人の行方を探せ! 特に教会の教皇共を中心にな」


 「御意」


 一礼して国王の前から下がる、エイメン宰相は教会に送り込んでいる草達の中に、教皇達に近い者がいないのでどうすべきか頭を悩ませる。


 * * * * * * *


 王都と周辺の街々に点在する教会関係の魔法使い達は、王都に呼び寄せて解放手続きをすれば良いが、遠隔地の者を呼び寄せるのは大変だ。

 聞けば此の国の教会も統括教主制度が存在するので、此を利用することにした。

 各地方を統括する教主の交代要員に、奴隷の首輪を嵌めて送り出し現在の統括教主を全て王都に呼び戻させた。


 送り出した統括教主は任期2年、奴隷の首輪の監視下に置かれるので反旗を翻すことはないだろう。

 任期の間は、教会傘下の魔法使いを解放して、適正な対価を払って雇うことに専念して貰う。

 その間、赴任地の貴族の動向を逐一報告する義務を負う事になる。


 基本的には、王家支配下後の魔法使いや冒険者に対する扱いの公正さと、王家の通達を守っているかの報告が主体になるだろう。

 此処まで教会に対する工作を済ませたので、ぼちぼち王城に侵入して王家を支配下に置く手筈を整える事にした。


 ホーランド王国を旅立って約40日程経った、準備期間を入れれば60日を超える。

 そろそろハイマンを旅立った交代の派遣大使一行がトルソンの街に到着する頃だろう。


 派遣代理大使のバルゼン伯爵に書かせた急送文書は、ホーランド王国内では早馬は使えないので、パンタナル王国に入ったら早馬を使って知らせてくる頃だ。

 トルソンの領主であるラリエラ伯爵に書かせた書状とどちらが早く届くか、そろそろパンタナル王家に奇襲攻撃失敗の知らせが届く頃でも有る。


 教皇達には、ホーランド王国の派遣大使なる人物が面会を求めて来るので、求めに応じて他を交えず面会するように命じている。

 同時にトルソンの領主ラリエラ伯爵宛の書状を渡し、パンタナル王家や貴族に悟られること無く急ぎ届けろと命じる。

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