第79話 国境の町

 王都ハイマンから国境の町クリンザの一つ手前、トルソンの街迄馬車で28日の距離を僅か7日で移動してしまった。

 転移魔法恐るべし、もっとも紆余曲折を道にした様な街道なので直線距離にするとどの程度の距離になるのかさっぱり判らない。

 オボエ二領トルソンの領主ゴルノフ・ラリエラ伯爵が、国境の町クリンザを含む一帯を収めている。

 徒歩でトルソンの街に入るが、身分証はサブラン公爵の物を使用する。


 辺境の街の衛兵達はサブラン公爵の身分証を見て判断がつかず、どうしたものかと迷っているので責任者を呼べと横柄に言いつける。

 やって来た衛兵隊長に、身分証の確認方法を知っているのかと尋ねたが首を捻っている。

 仕方がないので、懐からゴルノフ・ラリエラ伯爵宛の書状を取り出し、サブラン公爵様よりラリエラ伯爵様への書状を届けに来たと告げて、伯爵邸への道案内を頼む。


 身分証の確認は出来ないが、領主様宛の書状となれば無視する訳にもいかないので馬車を用意してくれた。

 固い座席に尻を痛めながらラリエラ伯爵邸に到着、執事に睨まれながらサブラン公爵発行の身分証を示す。


 サブラン公爵様から、領主ラリエラ伯爵宛の書状を預かっていると言いながら、たった一人でのこのこ歩いてきた男をおいそれとは信用出来ないよな。

 例のゴニョゴニョ呪文を呟き漸く身分証が本物だと認められ、書状をラリエラ伯爵に手渡す為に邸内に招き入れられた。


 執事に連れられラリエラ伯爵の前に立つが、一礼して書状を差し出す。

 伯爵の背後に控える護衛が〈伯爵様の御前である! 跪け!〉なんて喚いているが無視する。


 「サブラン公爵様より、ラリエラ伯爵様への書状で御座います。この場で御一読願います」


 むっとした顔になるラリエラ伯爵だが、公爵からの書状を届けた男の言を無視する訳にはいかず黙って開封する。


 「此れは?」


 顔に驚愕の表情が浮かび、言葉が続かない。

 そりゃそうだ、開封した書面の中にもう一通書状が有り表には〔真紅の輪に交差する槍と剣に吠えるドラゴン〕王家の紋章が描かれているのだ。


 「お読みになる前に、お人払いを願います」


 固まっている伯爵様に声を掛け、人払いを要求する。

 ギクシャクと顔を上げて俺を見るが、言葉が出ない様なので再度人払いを要求する。


 「お前達は下がっていろ」


 伯爵に命じられ、此奴は何者なんだって顔で不満げに執務室を出て行く騎士と執事。


 「この書状は本物なんだろうな!」


 「お読みになれば判りますよ。サブラン公爵様の身分証も本物だと執事が確認していますし、彼に見せなかったもう一つが此れです」


 そう言って王国発行の身分証を見せる。


 グルマン宰相曰く、宰相閣下の代理人権限を有する物だってね。

 再度ラリエラ伯爵が凍り付く。


 「確認して下さい」


 俺に確認を要求されて、ゴニョゴニョ呪文を呟き王家発行の身分証と確認して態度が変わった。


 「先ず書状を読んで貰えますか」


 無言で書状に目を走らせるが意味が良く判らない様だ。

 当然だろう、書状にはパンタナル王国へ派遣大使の交代要員を送るが、新たな指示が有るまでは当地にて待機するので、彼等の安全を期せとしか書かれていない。


 困惑顔で俺に問いかけて来るが、伯爵に派遣大使一行の受け入れ準備を整え到着を待てとしか言わなかった。

 詳しい事は、交代要員の派遣大使と随員が知っている事だが、俺に其れを話す権限は無いと惚ける。

 宰相代理人権限の身分証を示しながら、話す権限が無いと惚ける俺にこれ以上聞いても無駄だと悟り今宵の部屋を用意させますと執事を呼ぶ。


 呼び戻した執事と護衛の騎士に対し、俺に対する態度に粗相の無い様キツく申し渡している。

 主人の態度と言葉から、サブラン公爵様より派遣された冒険者では無く、重要人物だと思ったのか以後伯爵との話し合いに対しても無表情を貫いている。


 と言っても、重点的に聞いたのは国境の町クリンザの現状と、小川を挟んだ対岸の町バドナルの現状についてだ。

 大して意味は無いのだが、さも重要な事の様に彼此聞きだし満足気に礼を言っておく。


 旅で疲れているのでと断り、用意された客室に移り一休み。


 ・・・・・・


 メイドに案内されて客室にアラドが向かうと、暫し考え込んでいたラリエラ伯爵は執務机に向かい何かを書き始めた。


 ホーランド王家より、宰相代理人権限を有する男が現れたこと。

 パンタナル王国に派遣されている大使の、交代要員が遠からずトルソンの街に到着し別命有るまで待機することを記す。

 現れた宰相代理人権限を有する男の名はアラド、手配の男に間違いないものと思われるが、従えている女の姿は無い。


 此処まで書いて暫し考えてから用紙を丸め、用意の筒に収めると執事に渡して「何時もの様に」と一言。

 受け取った執事が一礼して背を向けたが、突然前のめりに倒れ込んだ。

 何事かと、倒れた執事に近づく騎士も執事に重なる様に倒れたことで、異変を察知した残りの騎士が剣を抜いた。

 然し、三人とも腕を折られ剣を取り落とし、後頭部を殴られて昏倒する。


 「なっ、なな、何だ!」


 立ち上がった伯爵は、腹に衝撃を受けて執務机に倒れ込んだ。


 ・・・・・・


 「アラド様、全員を縛り上げておきました」


 ソファーにふんぞり返ってお茶を飲む俺の前に、サランが姿を現す。

 差し出された筒状の物を受け取り、中を改めると思ったとおりの展開だ。

 国境の街を治める領主なら、石部金吉でも無ければ相手国とも通じているのは当然だ。

 情報を得ようとすれば対価がいる、情報には情報で補うか金で補うかの違いはあれど、ラリエラ伯爵は最重要情報である筈の俺の事を、簡単に売り渡す気だ。

 完全にパンタナル王国に飼い慣らされているのだろう。


 伯爵の執務室にジャンプして、伯爵様の首に奴隷の首輪をプレゼントする。

 執事と騎士を一カ所に集めて放置し、伯爵様を手荒く叩き起こす。


 「お休みの所を申し訳ないが、どの程度俺の事を教えられているのだ?」


 戒めは解いているが、目覚まし代わりに強烈なビンタを複数回貰った衝撃からか、目の焦点が合っていない。


 「首を触って見ろ、それは奴隷の首輪だ。其れが何を意味するのかは知っているよな」


 段々目の焦点が合ってくると共に俺の言葉の意味が理解出来た様で、奴隷の首輪を手で触れて顔が青ざめる。


 「女も居たのか、でも・・・どうして」


 「残念だったな、此の地に来たのが俺一人だと思ったのか。お前がパンタナル王国に尻尾を振っているのは判ったから、此れとは別の書状を送って貰おうか」


 先程執事に手渡した筒を目の前で振って見せる。

 奴隷の首輪に痛めつけられ、無条件で俺の言葉に従うまでに5分も掛からなかった。

 人間素直なのは良いことだと諭しながらペンを持たせ口述筆記させる。


 「アラドに対する魔法攻撃は悉く失敗、転移魔法部隊による奇襲攻撃も撃退されて全滅した。この二度にわたる攻撃に対し、アラドはパンタナル王家を攻撃する為にホーランド王国を旅立った。現在地は不明なれどフランガの街に向かったとの情報有り。尚、ホーランド王国と王家には目立った動きがない事を、ホーランド王家に送り込んでいる耳が知らせてきた。アラドと彼に従う女は、ホーランド王国内では無敵の存在らしく彼等を敵に回す貴族は存在しない。十分注意されたし」


 喋っていてちょっと恥ずかしかったが、派遣大使バルゼンの書状と会わせれば信憑性が増すだろう。

 警戒厳重な中を素通りして、国王の横っ面を張り飛ばしてやらなきゃ気が済まない。


 記述させた書面を取り上げた筒に治めて、目覚めた執事に渡して何時もの様に送れと命令する。

 伯爵と執事に護衛の騎士4人の首に奴隷の首輪を使ったので、手持ちが40個を切ってしまった。


 彼等に奴隷の首輪が使用人に見られない様にスカーフを巻き、パンタナル王国へ向かう派遣大使の到着を待てと命令する。

 到着した派遣大使の責任者に渡す書状を持たせ、俺達は国境の町クリンザに向かう事にした。


 急送文を読んだパンタナル王国の反応を見て、王家乗っ取りの手筈を決める予定にしている。

 あまり早く事を進めても後続の支援部隊が来なければ、サランと二人でやるのは無理なので時間調整もしなければならない。


 国境を越えて最初の町がバドナル、この街から王都ボルドまで通常馬車で34日以上掛かるらしいが、俺達は空の旅を楽しむことにした。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ウルブァ神教大神殿・・・こんな看板が有るのを初めて見た、て言うか此れって正式名称なの?

 まぁ、何でも良いけどね。


 王都ボルドの一角に建つ大神殿、配置や作りがホーランド王国の其れによく似ているのは助かる。

 防御障壁に隠蔽魔法を纏い、教会本部内を彼方此方と首を突っ込み見学して歩く。

 大教主様の住居の造りもホーランドと同じだし、病人を受け入れている建物の配置も同じとはね。

 教会騎士の服装もホーランドと同じなので国別に分かれているとは言え、創造神様で一儲けしているのは同じ仕組みの様だ。


 先ず教皇様から始める為に、真っ昼間から教皇様の住居をくまなく調べ一人になる時を待つ。

 寝室の中にすら護衛が居るし、ベッドの中にも添い寝の美女を侍らせる絶倫爺とは恐れ入った。

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