第82話 鳴子
身分確認の後開けられた扉の向こうには、近衛騎士と思われる甲冑姿の男達が等間隔に並んでいる。
政府高官と思われる男の後に従って歩くが、兜を被った騎士の前を歩くのは視線を確認出来ないので気味が悪い。
扉の左右に四人、向かいの扉にも四人の騎士が立つ前で頷く男。
こりゃー本命だわ。
〈マラメ・エイメン宰相閣下です〉扉の脇に立つ騎士が声を張り上げる。
開かれた扉に一礼し室内に足を運ぶ男の後を、続いて入ろうとして思わず足が止まる。
鋭い視線が俺に突き刺さるのを感じ冷や汗が出る。
「どうかなされたか、騎士団長」
「なにやら不思議な気配が、宰相殿の背後に感じられる」
後ろのサランに合図をして静かに下がり、ジャンプして屋根の上に出る。
「騎士団長と呼ばれていましたが、中々の手練れの様ですね」
「ああ、隠蔽魔法で判らない筈なのに、俺の気配を感じる奴なんて初めてだよ。部屋の場所は判ったので、国王陛下のご尊顔だけでも見物しておくか」
一度庭に飛び降り、3階の部屋のバルコニーにジャンプする。
〈カラーン、カラーン、カラーン〉???
室内の騎士達が俺達のいるバルコニーに殺到してくる。
荒々しくバルコニーに繋がるガラス戸が開けられ、抜き身の剣を持った騎士が飛び出して来る。
どんな仕掛けか知らないが、俺達の存在と場所がバレているのは間違いない。
もう一度庭に飛び降り、何故バレたのかと考えていると上のバルコニーで騒ぐ騎士の声が教えてくれた。
〈見ろ! 足跡が有るぞ!〉
〈鳴子に繋がる紐も外れています!〉
〈足跡は二人分です・・・が・・・〉
〈どうした?〉
〈それが・・・足跡は有るのですが、突然現れた様な・・・〉
〈馬鹿! 転移魔法使いの仕業だ!〉
〈陛下の傍を離れるな!〉
鳴子って、脱力ものの仕掛けをしていると思ったが、転移魔法使いを暗殺に使うのなら、自分も襲われない為の用心にそれ位はするか。
此処で国王を逃がして、人混みに紛れられたり隠れられては面倒になる。
サランに飛び込むぞと一言告げて、バルコニーの手すりへジャンプすると騒ぐ騎士を突き飛ばす。
突然突き飛ばされた騎士が驚きの声を上げ、他の騎士が気を取られている隙に室内に侵入する。
騎士が一塊の円陣になり、剣を外側に向けて構えている。
手近な壺や椅子などを掴み、円陣に向けて投げつけると〈何だ!〉〈馬鹿な〉〈陛下を守れ!〉等と大騒ぎになる。
サランも反対方向から、長椅子やテーブルを力任せに投げている。
先程気配で俺達の存在を知った男が、無言で斬り付けてくるが椅子を投げた瞬間場所を移動しているので空振りに終わる。
バルコニーに居た騎士達が、椅子やテーブルが浮き上がり円陣に向かって飛ぶのを見て殺到してくるが、その時には移動して俺達は居ない。
此処まで騒ぎになったら国王を何が何でも捕まえる。
長剣を引き抜き身構えているが、騒ぎの為に気配を感じられず戸惑っている騎士団長に、ステルスソードを突き立てる。
胸に突き立てられた見えない剣に、驚愕の表情のまま跪く騎士団長を横目に円陣を組む騎士達に斬りかかる。
騒ぎを聞きつけ通路からも騎士達が雪崩れ込んでくるのを〈アイスバレットで吹き飛ばせ!〉と怒鳴り、円陣の切り崩しに専念する。
周囲では〈ドーン〉とか〈ドカーン〉〈ギャーァァ〉とか煩いが、サランにお任せだ。
切り伏せられる騎士を見て、姿は見えないが俺の位置を予測して殺到し切り込んで来るが、全て空振り。
まさか結界魔法で作られた、3mの見えない剣で斬り付けられているとは思うまい。
すかさず反対側にジャンプすると、見えない俺に意識が集中して背後が疎かになり、俺の推測位置に向かって半円に囲み後ろの男を庇っている。
身形は上等、と言うより簡素な服装ながら悠然と構えている姿には風格がある。
その男の襟首を掴み〈跳べ!〉とサランに怒鳴ってジャンプする。
サランと俺の攻撃が無くなると同時に〈跳べ!〉と俺の怒鳴り声を背後に聞いた騎士が振り返る。
〈えっ・・・陛下!〉
〈オイ! 陛下は何処だ!〉
〈何故陛下が居ない!〉
蜂の巣を突いたような騒ぎになるが、誰にも国王の行方が判らない。
〈跳べって聞こえたが・・・賊は転移魔法使いなのか?〉
〈姿が見えない魔法なんて聞いたことが無いぞ!〉
〈だが、姿の見えない敵に大勢の者が斬り倒されているではないか〉
〈馬鹿! 其れより治癒魔法師を呼べ!〉
屋根の上にジャンプして国王の腹を蹴る。
くの字になる国王の首に素早く奴隷の首輪を装着して支配の呪文を呟く。
まったく、背が低いと首輪一つ付けるにも、一々腹を蹴って俯かせるのは面倒だ。
支配の呪文の後は俺に逆らうな、から始まる何時ものお経を唱えてから尋問開始だ。
「名前は」
寸前の修羅場から、屋根の上の平穏に対する変化について来られず、ぼうっと周囲を見ている男。
姿を現した俺の問いかけが聞こえなかった様だが、奴隷の首輪には関係なかった。
〈ぐわぁぁぁ 止めろ・・・苦しい〉
「お前の名前を聞いているんだ。名前を言えば苦しみは収まるぞ」
頭を抱えて呻き声を上げる男に教えて、再度名前を聞く。
〈マラ・・・マライド・パンタナルだ!〉
「ふむ、マライド・パンタナルね。なら俺が誰だか判るよな」
痛みから解放された男が、呆けた顔で俺をマジマジと見てくる。
「いや・・・まさか。聞いていた髪色と違うが、頭一つ背の高い女を従えている」
頭にくるなぁ、どうせサランは俺より背が高いよ。
ブツブツ呟く男に首輪の説明をしてやる。
「お前の首に嵌まっているのは奴隷の首輪だ、そしてそれを防御障壁で包んでいる」
そう言って左腕だけを隠蔽魔法で見えなくして、右手の剣でコンコンと叩いて見せる。
「防御障壁だと・・・結界魔法使いにそんな事が出来るのか? いやフランガからの報告では無類の強度を誇る結界魔法で見えないと書いてあったな」
オイオイ、首輪の心配をしろよ。
「取り敢えず跪け!」
「なにいぃぃぃ!」
反抗的な返事をした瞬間、頭を抱えて悲鳴を上げた。
「面倒な奴だな、跪けと言ったんだよ。命令に従わない限り苦しみは続くから好きにしろ」
必死になってその場に跪きハアハア言っている。
「奴隷の首輪を嵌められた以上、主人で在る俺の命令には逆らえないのが理解出来たか」
何とも言えない顔で俺を睨み付けていたが、俺の問いかけに返事をしなかったので再び苦しみ出す。
〈判った、わかったから止めてくれ!〉
「言っておくが、その首輪は誰にも見えていないぞ。俺の左腕同様にな」
そう告げて左腕の隠蔽を解除すると、俺の剣を奴に手渡す。
何気なく受け取った剣を手に戸惑う国王へ、俺に斬りかかれと命じる。
何を言われたのか理解出来ず、棒立ちの男が再び頭を抱えて苦しみだしたので阿呆らしくなる。
「言われたことが判らないのか? 俺を斬り捨てろと言ったんだ」
苦しみから解放されようと、落とした剣を拾い上げ俺に斬りかかってくるが、俺は衝撃で身体が揺れるも傷一つ付かない。
驚きながら何度も何度も切り込んでくるが、平気な顔で見ている俺を見て顔を真っ赤にさせ、体当たりを仕掛けてきたので吹き飛ばされた。
倒れた俺を大上段から斬り下ろしてくるが、笑って見ていると数度切り込んで諦めた。
〈まさか、此ほどの結界魔法が存在するなんて〉と、ブツブツ呟いて居るので脚色して防御障壁の種明かしをしてやる。
「此は結界魔法の一種で防御障壁だ、此を最高度に強化するとこうなる」
そう言って奴の前から姿を消して見せる。
「お前の首に嵌めた奴隷の首輪も、同じ状態にしているので破壊は無理だ。そもそも奴隷のお前に、首輪を破壊する行為自体出来ないけどな。今からお前を下に戻してやるが、騒ぎを静めろ」
「判った」
「あ~ん、奴隷の分際で、ご主人様に対する口の利き方を知らないのか?」
「わっ・・・判りました」
「さっきの部屋は執務室か」
「いや、サロンだ・・・サロンです」
「執務室は無いのか?」
「隣が執務室です、通路から見て右隣です」
大分素直になったな、話は今夜ゆっくりすることにして一度下に下ろすのだが、人の居ない場所を聞いても判らないと答える。
一番無人の確率の高い場所、トイレに下ろすことにした。
再び姿を消すが、国王の姿も消して声を出すなと命令してから、位置の判っている執務室にジャンプする。
消えた国王を探して家捜し同然に各所の確認をしている騎士達を避け、トイレにジャンプする。
今回はトイレにご縁があるようで、ラベンダーの芳香剤が恋しくなる。
騒ぎを静めること、俺達の事は話さないで今夜執務室に一人で居ろと命令した後、国王の隠蔽を解除して俺達は消えたように装う。
* * * * * * *
アラドから解放された国王は首に手をやり首輪を確認する。
手触りには間違いなく首輪の感触が有るが、鏡に映る自分の首にそれは無い。
試しにアラド達が居たことを知らせ様としたが、頭を抱えて唸る羽目になり諦めて命じられた騒ぎを静めることにした。
其れを見て、俺達は教会の塒に戻って一休みすることにした。
* * * * * * *
トイレから出ると、驚いた騎士達が駆け寄ってくる。
〈陛下、ご無事でしたか〉
〈おい! 陛下が見つかったぞ!〉
〈皆に知らせろ!〉
暫くするとエイメン宰相が駆け込んで来て無事を喜んでくれた。
「いきなり姿が消えたと聞きましたが、どう為されたのですか」
「それが、予もよく判らぬ。いきなり騒ぎの中から屋根の上に居たのだが、どうやって下りようかと考えているとトイレに居た。何が何だかさっぱり判らんのだ。何が起こったのだ」
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