第76話 騒動

 「暫くして、王都ボルドから魔法部隊精鋭の姿が消えた、という噂が立ちました。それが今年の春先のことで御座います。この王都に居た魔法部隊、つまり王家直属の魔法部隊の者は、眉の上に目印が御座います。王家や王国の魔法部隊に属する者は右眉に黒子の様な入れ墨が、貴族に所属する魔法部隊の者は左眉に黒子の入れ墨が施されています。これは彼等が逃げ出しても判る様に、又彼等を不当に雇ったり拘束出来ない様になっています」


 面白い仕組みだ、ホーランド王国の保護する魔法使いにも応用出来るなと考えていると、ククルスの声が一層低くなった。


 「パンタナル王国派遣大使の館に、最近右眉に黒子の有る男女が増えています。正確には出入りしていますが明らかに数が増えています」


 「標的は俺だと?」


 「一連の流れから見れば間違いないかと」


 「王家には?」


 「伝えていません、狙いが貴方様なら王家は動かないと思いましたから」


 「何故?」


 「伝えた所で、他国の派遣大使の館に乗り込むことはしないでしょう。又それらしき者達を捕らえたところで、自国に無関係と惚けられて終わりです。精々警備の者を増やすだけでしょうし」


 「だが、知っていて何も教えなかったと思われたら、商売に障りが出るのではないか」


 「貴方様に伝えた2~3日後に、グルマン宰相に書簡を差し上げる所存です」


 成る程ね、情報を伝えるのも順番が在るって事か。

 情報ね、情の入ったお報せとは良く言ったものだ。

 前世日本の様に、情報操作の末に出来上がった報道を見聞きさせられるのと違い、利益に直結している分価値が高いってことか。

 そう言えば経済欄のコメントは読むな、示された数字だけを見ろって言ってたのは誰だったかな。

 魔玉石に此ほどの価値が在るとは、知らなかったなぁ。


 ククルスが帰った後で警備の者を集め、襲撃の恐れが有ることを伝えるが使用人の安全を優先し無理して闘うなと言っておく。


 「アラド達はどうするんだ」


 「街中で襲って来る事はないと思う。襲撃の恐れと言っても万が一の事で用心だけしていてくれたら良いと思う」


 「俺達は昼間は草原に出ることにするから、後はヘイズの指示に従ってくれ」


 ククルスの話を聞く限り、魔法部隊での一斉攻撃が行われる確率が高い。

 此の家を攻撃するのなら街路の向かいに魔法部隊を並べる事になるが、室内に居る俺達を確実に殺せる確率は低い。

 魔法攻撃後に切り込み部隊を投入しても、裏口から逃げ出したり部屋に籠もられたら討ち漏らすだろう。

 ぐずぐずすれば警備隊が来て捕まる公算が高くなる。

 俺達が王都の外に出た時を襲うのが一番倒しやすいし、攻撃と逃走も簡単だ。


 それにククルスの話しを、全面的に信用した訳でもない。

 草原に出て敵を引き付ける前に調べる事がある。

 パンタナル王国派遣大使の屋敷に忍び込んで、話が確実かどうか準備はどの程度出来ているのかの確認だ。

 上手くやれば騒ぎが起きる前に潰してしまえるだろう。


 だが、事態は思ったよりも早く動いた。

 翌朝、日課の散歩に行こうと階段を下りたところで呼び止められた。


 「アラド、見違えたぞ。立派な家に住んでいるな」


 何でこんな所に糞野郎が居るのだ、何かおかしい。

 笑顔で近づいて来る奴を睨み付ける。


 「自分の息子を奴隷同然の扱いをし、無一文で放り出したのを忘れたのか。二度と帰って来るなと言ったお前が、何故王都迄会いに来た」


 「いっいや、お前が冒険者として大成功していて・・・其れで、お前を紹介してくれと高貴な・・・」


 突然周囲が真っ赤に染まり、爆発音が響とく同時に吹き飛ばされた。


 階段に叩き付けられたが、防御障壁のお陰で怪我は無し。

 糞親爺と立っていた場所を見ると、ストーンアローとストーンランスが降り注ぎ、アイスランスの砕ける音が響き渡る。

 一拍の間をおいて再びファイヤーボールの一斉攻撃が来た。


 サランの姿が見えないが、取り敢えず向かいの建物の屋根にジャンプして攻撃者の位置を探す。

 建物の陰や停められている馬車の後ろに陣取り、再度一斉攻撃の準備をしている。

 3度目の攻撃が始まる前に、物陰から攻撃している奴等の後ろにジャンプし太股にライトサーベルを突き立てていく。


 「アラド様!」


 「サラン、ひっ捕まえた奴等は石室に放り込んでおけ!」


 厩の下に作った出入り口さえない地下室、外部と繋がっているのは空気取り入れ孔のみ。

 サランが頷くと、攻撃を終わらせて逃走を始めた男の背後にジャンプし、襟首を掴むとそのまま消えた。


 俺もサランを見習って足止めをせず、腕や髪の毛を掴んでジャンプして石室に放り込んでいく。

 三度のジャンプから屋根に戻ると、騒ぎを聞きつけて多数の人が集まり始めて敵が誰だか判らない。

 足を傷付けた奴等が必死に逃げようとしているのを見付け、全て石室に放り込んでから状況確認をする。


 糞親爺は即死、と言うより原型を留めぬほどに焼けズタボロで横たわっている。

 階段上で見張りをしていた二人は、ファイヤーボールの爆風で吹き飛ばされアイスランスの破片を浴びて重傷だが意識は有る。


 治癒魔法で治療を施した後、二人を連れて扉の後ろへジャンプしてヘイズやブリムスに預け、駆けつけて来るであろう警備隊を待つ。

 疑問が確信に変わるが、未だ確認が取れていない。


 駆けつけて来た警備兵の一人、隊長と思しき者が丁寧な言葉で何が起きたのかを尋ねてきた。

 王国から俺達の事に対する指示が出ているのだろう。

 火魔法・土魔法・氷結魔法の攻撃を受けた事を伝え、警備隊の責任者を呼んで貰う。

 やって来た警備隊責任者に、グルマン宰相宛の走り書きを渡し何もする必要はないと伝える。


 売られた喧嘩は高値で買ってやる。


 ・・・・・・


 警備隊責任者は、アラドの書状を持って直接王城へ報告に上がった。

 アラドとサランに関する事は、直接グルマン宰相に報告する様に指示が出ていたので、即座に宰相執務室に通された。


 アラドからの書状を受け取ったグルマン宰相は、読み進むうち隣国との戦争も覚悟した。

 然し、アラドが自分達が売られた喧嘩なので自分達で処理するとの一文を読んで迷い、取り敢えず国王陛下に報告すべく陛下の執務室に向かった。


 「何と、火魔法・土魔法・氷結魔法の一斉攻撃を受けて耐え抜いたのか」


 「彼の防御障壁と称するものの耐久力は、以前魔法部隊に攻撃させた結界魔法や、騎士団員に施した防御障壁で実証済みです」


 「だが、あの時は騎士一人に一人の火魔法使いのファイヤーボールだったのだぞ、一斉攻撃など戦場でもなければ行われない強力なものだ。然もあの時の騎士は、ファイヤーボールを受け手吹き飛んだではないか」


 「でも彼は、何事も無く立ち上がっていましたよ」


 「どうする。我が王都で好き勝手をされては見逃す訳にはいかない。派遣大使の館を押さえ、パンタナル王国に攻め込むか」


 「アラドからの報告だけでそれは出来ません。確たる証拠が無い以上、魔法使い達の乱闘騒ぎとでも発表するしか在りません。それとアラドが売られた喧嘩と書いて寄越しましたので、彼に任せた方が得策かと思われます。彼等は姿を消し、何処にでも進入出来ることをお忘れですか」


 そう言われて思い出した、王城で魔法部隊を集めたときに、サランの姿は彼が声を掛けるまで見えなかった事を。

 同時に、ブレッド・サブラン制圧に関する彼の手際の良さも同時に思い出した。


 「彼が何かを望んだときには、全面的に協力する準備はしておけ」


 ・・・・・・


 窓も出入り口もない地下室で、11人の人間が自分達に起きた事について話し合っていた。


 〈あれは転移魔法だと思う〉

 〈転移魔法って精々壁抜けとか数十メートルの移動が限界じゃないのか〉

 〈俺は後ろから太股を刺されて歩けなかったのに〉

 〈俺もだ、此処に来たときに(ヒール!)って声を聞いたら治ってたぞ〉

 〈まさか、あのアラドって男が治してくれたのか〉

 〈それより、あの男は結界魔法と治癒魔法の使い手とは聞いているが、転移魔法は使えない筈だぞ〉

 〈私は、あんたの姿が消える前に、女があんたの腕を掴むのを見たわ〉


 〈と言うことは、俺達の攻撃が効いてなかったって事だよな〉

 〈あの一斉攻撃に、耐えられる訳がないだろう。俺達が攻撃したのは囮だったのではないのか?〉


 「囮なんて居ないぞ、見事な一斉攻撃だが威力が弱すぎたな」


 〈誰だ!〉

 〈誰かいるのか?〉

 〈何処からか見られている様だな。余計な事は喋るなよ〉


 「全員、王家直属の魔法部隊の者だな」


 そう言って、彼等の前に姿を現して見せた。


 〈何で姿が見えなかったんだ〉

 〈嘘だろう〉

 〈その瞳と髪の色・・・アラドだな〉


 11人分のライトが浮かんでいれば、瞳の色も髪色もよく見えるよな。


 「パンタナル王国から遙々やって来て、派手な暗殺とはね。まぁお前達は命令されてのこのこやって来たんだろうから、拷問なんて面倒な事はしないよ」


 〈何故、俺達がパンタナル王国の者だって言うんだ〉


 「惚けなくても良いよ。右眉の上に付けられた黒子の様な入れ墨の意味を知っているんだから。少しだけ質問に答えて貰おうか、王都ハイマンに来た魔法部隊は何名だ」


 皆が顔を見合わせているが、誰も喋ろうとしない。

 手荒なことは面倒だし、魔法世界の利器を使わせて貰おう。

 一番身体が大きい男を指差し「サランこの男を蹴り飛ばせ」と命令する。

 何を言っているんだといった顔になる11人、指差された男が腹を蹴られてくの字になり倒れ込む。


 素早く奴隷の首輪を装着し(我アラドが命じる、以後我の命に従え)と口内で呟く。


 「お前の首に嵌めた物は奴隷の首輪だ。以後俺に忠誠を誓い俺が望む事に従い、問われた事に答えよ!」


 男は何が起きているのか理解出来ず、ぼんやりと俺を見ている。

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