第75話 訪問者
「アラド、さっき金貨五枚で治すと言ったな」
「一人金貨五枚ね」
「お前が、例のアラドとはね」
余計な事を喋るなよと、ギルマスを睨み付ける。
「来てくれ、治るのなら金は払うと言っている」
まっ良いか、エール代だと思って立ち上がると、雷鳴の牙の全員が立ち上がりサランが慌てている。
直ぐに戻るからとサランを座らせて訓練場に戻る。
「アラドって治癒魔法も使えたの」
「治癒魔法ってもっと金が掛かるんじゃないの?」
「俺は格安料金で治しているよ。魔法で治すんだから元手は掛からないしね。金貨五枚でもぼったくりだと思うけど、他の治癒魔法師との兼ね合いもあるから金貨五枚にしてるんだ」
「へぇー、優しいんだね」
「主な稼ぎの場が冒険者ギルドなので、ギルドが貸せる限度額一杯にしているんだ」
「それって、500,000ダーラ借金させて、払わなきゃ借金奴隷落ちじゃないの」
「悪辣よねー」
「なんて優しいんだと思った俺が、馬鹿だった」
「冒険者ギルドで絡んで来るので叩きのめすと、もれなくギルマスが治してくれと言ってくるんだよ。仕方がないから治してやってるんだ。優しいだろう」
「アラドの言うとおり、魔法ってゴニョゴニョ言ってるだけで金貨五枚って良い稼ぎよねぇ。私も治癒魔法を授かっていれば、今頃気楽な生活が出来ていたかも」
「魔法を授けてくれなかった、創造神ウルブァ様を恨むんだな」
馬鹿話をしながら訓練場に行くと、青い顔をしたランドスと気絶から目覚めたのかふらふらのエゴルスが待っていた。
エゴルスは顔からスライディングしたのでべったりと血と泥が付いている。
「治療してくれって話だが、金貨五枚払えるのか?」
「治るのなら、借金してでも払うよ」
「俺も綺麗に治るのなら払うぜ」
言質は取った、払わなければ再度叩きのめして放置だ。
(ヒール!)(ヒール!)と連続2回で治療終わり。
あっけにとられている二人の前に手を差し出す。
ギルマスに借金を申し込んでいるので、俺のカードを渡して口座に振り込んでおいてくれと言って食堂に向かう。
〈たったあれだけで治るの!〉
〈凄い、貴族お抱えの治癒魔法師でも長い詠唱をしてからじゃなきゃ無理ね。それにあんなに綺麗に治らないよ〉
〈ああ、何回も何回も治療を続けてやっと治るって聞いたが、たった一言だぜ〉
〈あの一言で金貨五枚は酷いよねー〉
「フロム、余計な事を言ってると、いざという時に治してやらないからな」
「アラド様素敵な治癒魔法ですねー♪ あやかりたいわー」
棒読みで褒められても、嬉しくも何ともない。
食堂ではサランが一人で料理をパクついていたが、誰も近づいていない。
と言うより、遠巻きにして小声で話し合っている。
今食堂に居る冒険者で、サランに絡もうなんて強者はいない様だ。
ギルマスがカードを返しにきて、ランクアップを勧めて来たが断る。
気まぐれ冒険者にはシルバーで十分だし、ランクを上げた所で有り難みはない。
ブリムス達からブーイングが出そうだが、金は十分以上に稼いでいるので必要ない。
皆でエールを楽しんでからラグナツ市場に向かった。
「エルギシ通りと言えば一等地とは言わないけど、結構な身分の方達の住まいが多い場所よ。そんな所に家を買うなんて幾ら稼いだのよ」
「人の財布を気にしても始まらないわよ。私達は半年のお仕事を貰う立場よ。ねっ、ご主人様♪」
「止めて、此れからもアラドでお願いね。それと言っておくけど、相手が貴族でも跪く事はしないので覚えておいてね」
エルギシ通りの家に着くと、6人共呆気にとられて家を見ている。
「これって本当にアラドの家なの?」
「アラドって、お貴族様の一族なの」
「マジかよー」
色々言っているが、付き合いきれないので正面階段から上がって行き、警備の者に警備要員の冒険者6人を連れてきたと告げる。
恐る恐る上がって来た6人を、強引に玄関ホールに押し込み三階の俺達の居間に連れて行く。
やって来たヘイズに雷鳴の牙6人を紹介して、取り敢えず半年間護衛任務に就いて貰うと伝えておく。
メイドの入れたお茶を目の前に、カチンコチンの6人にエコライ伯爵の地下室から掻っ払った酒を振る舞い、緊張をほぐしてやる。
「此れだけの家と警備兵がいれば、俺達は必要無い気がするんだが」
「俺も言われたんだが、使用人や家を守る為に必要だとさ。今のところカリンガル侯爵家から6人借りているのだが、最低でも後6人欲しいってヘイズに言われてしまったんだ」
「ちょっと待て! 今カリンガル侯爵って言ったのか?」
〈アラドって、カリンガル侯爵様の一族なの?〉
〈おー、流石は貴族の一員だ。強い訳だよな〉
「止めろ! 俺は田舎町のホテルの息子で、四男坊の穀潰しだ! まぁ、カリンガル侯爵様と、サブラン公爵様から身分証を与えられてはいるけどな」
そう言って、カリンガル侯爵様とサブラン公爵様から預かった身分証を6人に見せる。
サランと俺が見せた身分証を交互に見て、〈アラド達って何者?〉って声が聞こえる。
「さっきも言ったが、四男坊の穀潰しだ。16才の巣立ちの儀が終わった瞬間、二度と帰って来るなと言って家を放り出された冒険者だよ」
「四男坊かぁ~」
カスタドがぼそりと呟くと、他の三人も事情は良く判るって顔で頷く。
「それはどうでも良いが、前回同様俺達を守る必要はない。此の家の警備と使用人達を守る事が仕事だな。使用人達の買い物の護衛もして貰うかも知れないが、命を賭ける必要はない。守るべき者を逃がしたら、自分達も逃げて結構だ」
1階の馬車の出入り口二つと、内階段の踊り場には鉄格子の扉が付いている。 階段を上りきった場所で見張っていれば侵入者は防げるのでそれ程難しい仕事ではない筈だ。
「とっても楽な仕事の様だけど、12人も護衛が必要なの?」
「交代要員も含めれば、最低でも12名は必要だとヘイズに言われたよ。現在護衛として借りている6人も、何時までも借りてはいられないのさ。取り敢えず護衛方法や家の警備の要点を彼等から教わっておいてくれ」
ヘイズを呼んで彼等の部屋を用意させたが、部屋が広すぎると文句を言われるとは思わなかった。
カリンガル侯爵様から派遣されている兵達は、一室にベッドを並べて生活しているのでそれで良いと思っていた。
しかし、冒険者用のホテル住まいからすれば確かに広いだろうと思い至ったので、屋根裏部屋を二人ずつ使って貰うことにした。
夫婦と夫婦同然に男二人で丁度良いが、部屋が余っていて使いようがないのでヘイズが困っている。
* * * * * * *
街路側の3部屋の強化という名の要塞化も終わり、内壁や天井も板壁で覆い寝所に使い始めて間もない頃、珍しい客がやって来た。
ヘイズが客の訪問を告げたが、通常なら用件だけ聞いて帰すのだがその日は俺に来客を引き合わせた。
「ククルス商会・・・宝石商のか?」
「はい、王都が本店で手広く商いを致しております。その店の商会長が、ぜひアラド様のお耳に入れたき事が有ると申しております」
セイオスがグランド侯爵とマトラを脅して以来、音沙汰なかったククルス商会が何故と思ったが、興味が湧いたので会ってみることにした。
客間で向かい合った男ククルス商会長は、丁寧な物言いで話を切り出した。
「アラド様、突然の訪問をお許し下さい」
「ククルス商会の会長様ですよね。私の耳に入れたい事とは何でしょうか」
「私は宝石商で、王都ハイマンが本店で各地に支店が御座います。されどホーランド王国以外にもいくつかの支店を設けています。例えばパンタナル王国にもです」
「面白そうな話だな」
「面白いかどうかは受取手にも依りますが、相手は相当ご立腹の様です」
「何が望みだ?」
「望みなどとはとんでも御座いません。以前マトラがご無礼を働き、大変申し訳なく思っておりました。貴方様の居場所が定まらず、お詫びに参上出来なかった事への手土産代わりで御座います。マトラの所業をお許しいただけますのなら、以後お取引の際には一言お声を掛けて下されば幸いです」
成る程ね、情報料として魔玉石の取引に加わらせろって事か。
手広く宝石商をしていれば、取引相手は豪商や王侯貴族達だ、耳に入る情報も貴重なものが多いのだろう。
此奴も、俺が魔玉石を作れると知っていやがる。
別に隠す気もなかったので気にせず手放したが、鼻が利くねぇ。
「極々偶に手放すだけだから、何時とは確約出来ないが一度位は声を掛けましょう」
にっこり笑って一礼して喋り始めたが、中々の情報だ。
「去年の暮れ、パンタナルの王都ボルドが俄に慌ただしくなりました。原因は、王都ボルドより遠く離れたフランガの街に現れた一人の・・・二人の冒険者です。フランガの領主がもたらした情報では、その冒険者の結界魔法は無類の強度を誇り、40人掛かりで責め立ててびくともしなかったそうです。ただ、その冒険者の特徴と申しますか風体は・・・」
そう言って、ちらりと俺とサランに目を走らせる。
「パンタナル王国の重鎮達は、その特徴から貴方様と断定したようです」
「面白そうな話だが、吟遊詩人の唄のさわりにもならないな。本編を聞こうか」
にっこり笑って話を続けたが、相当な狸だね。
「アラド様と断定しましたが、遠く他国の冒険者が何故僻地のフランガに現れたのか、その目的は何かと大変な議論になりました。されど在る日を境に、騒ぎは沈静化しました」
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