第74話 勧誘
朝の散歩に出掛けようとすると、正面階段の両脇に護衛の兵が二人立っている。
昨日までは居なかったのだがと思いヘイズに確認すると、この手の家には必ず家を守る護衛が最低でも6~10名は必要と言われた。
大きな家は自分で安全を守るのも努めだと、街の警備兵だけに頼っていては安全を守れない。
小さな家なら戸締まりだけで良いが、それなりの家に住むって事は自分の家の安全と共に、周囲に異変があれば協力する体制も必要ですと言われる。
俺達二人は大丈夫でも、家の安全を図らねば使用人達が安心して働けませんと言われて降参。
安易に家が欲しいと言った事を、今更ながらに後悔した。
道理で此の世界では、出入り口一つの集合住宅や賃貸住宅が多い訳だ。
階段一つで上がり、各戸のドアを開けて自宅に入るのはその為か。
何か騒ぎが起きれば、その階段を使う全戸に知れ渡り、助けを呼ぶことが出来る様になっているとはね。
生家がホテルであった為、そんな常識も知らなかったのは迂闊であった。
でも目に付く所に立たれるのは嫌なので、階段正面でなく2階の最上段に居て下を監視する様に配置を換えさせた。
護衛の数は最低12名は欲しいのですがと言われたが、カリンガル侯爵邸から12名も引き抜くと何かと障りがあり無理なのでと頭を悩ませている。
信頼出来そうな冒険者なら一つ知っているので、声を掛けてみるよとヘイズに言い、散歩を変更して冒険者ギルドに向かう。
朝の冒険者ギルドは混み合っている、混み合って居るのは依頼掲示板と食堂だけだけど。
サランと二人、普通の市民より少し良い服に見える格好なのでジロジロと見られるが、絡んでは来ない。
俺は一応ショートソードを下げているが、サランはパンツにチェニック風な平服なので、目付きの悪い奴等が獲物を見る目で見てくる。
冒険者の格好なら見慣れぬ奴とちょっかい掛けてくるかも知れないが、市民にこんな所で絡んだら、ギルドカードを取り上げられるので見てくるだけに留まる。
依頼掲示板周辺には居ない、食堂を覗くと雷鳴の牙の6人が朝食を食べているのを見付けた。
エールを片手に彼等のテーブルに近づくと、周囲から視線の集中砲火を浴びる。
「あら! サランちゃんどうしたの」
「おう、アラドじゃねえか。冒険者を廃業したのか?」
「いや、冒険者は続けているけど、頼みたい事が有って来たんだ」
「又、森の案内なら歓迎するわ」
「ああ、あんなに楽で稼げる仕事は無いからな」
「いや、森じゃ無くて護衛の話だよ。部屋と三食付きの護衛だな」
「部屋と三食付きって事は、何処か分限者の家の警護か?」
自分の鼻を指差し、「俺の家」と伝えると〈エエェーーー〉と一斉に驚きの声があがる。
〈アラドって、そんなに稼いでいたのかよ〉
〈もう家一軒買うだけ稼いだのかよ〉
〈蜜を採りに行って、ブルーリザルドやゴールデンベアを序でに狩って来る奴だったのを忘れてたわ〉
〈何処に家を買ったんだ?〉
「皆、声がでかすぎだよ」
〈ようブリムス、景気の良い話をしているじゃねぇか。俺達にも一枚噛ませろよ〉
「止めとけよランドス、あんた達〔血の祝杯〕が太刀打ち出来る相手じゃ無いぞ」
「そうよ、二人だけでレッドビーの蜜を採りに行き、序でにブルーリザルドやゴールデンベアを狩ってくる相手に絡んでも怪我をするだけよ」
ブリムスとフロムの二人が、何気に諫める口調で煽っているのが可笑しい。
流石は夫婦だ、息がぴったり合っている。
「二人とも止めてよね。面倒事は嫌いなの知ってるだろう」
「嫌いって言いながら、前のギルマスを虚仮にしてたじゃない」
「あれは正論だよ、ギルマスだって何も反論しなかっただろう」
〈お前等! 俺を無視しておちょくってるのか!〉
「嫌だなぁ、私達雷鳴の牙は精々シルバーランクの集まり、それに比べ血の祝杯はゴールドにプラチナも一人居るんでしょう。そんな恐いことはしません。気に障ったのなら謝るわ、御免なさい」
フロムがイスに座ったまま頭を下げるが、怒りが収まらない様だ。
俺とサランを交互に見てくるが、小僧と痩せた小娘と見て嫌な笑いを浮かべる。
「よう兄さん、そのブルーリザルドやゴールデンベアを討伐した腕前を披露してくれよ」
「御免ねー、俺達二人ともシルバーなので、ゴールドやプラチナランク相手には勝てないよー」
完璧な棒読みで返事をする。
おーぉ、憤怒の形相ってこれかって思わせる顔に変わったよ。
〈おのれ等、舐めくさっていやがるな。嫌でもお前等の腕を披露して貰うぞ〉
「それって、模擬戦をしようってのかな。どうでも良いけど治療費は持っているのか?」
小首を傾げて可愛く、懐は大丈夫かと聞いてみた。
俺達を囲んでいる血の祝杯のメンバーが笑っている。
流石はゴールドとプラチナランカーのパーティーだ、余裕だねぇ。
「ランドスって言ったっけ、模擬戦をしたいのはあんた一人なの、他のメンバーは見物?」
〈ああ、俺達は見物させて貰うよ〉
〈だな、こんなちっこいの二人だ、ランドス一人で十分だが怪我だけじゃ済まないぞ〉
余裕だね、サランを見ると頷いている。
誰かが呼んだのか、黒熊みたいなおっさんが面倒くさそうにやって来た。
「血の祝杯と遣り合おうってのは、雷鳴の牙か?」
「冗談じゃ無いよギルマス、あたし達じゃ勝てないよ」
「やるのはランドスっておっさんと、サランだよ」
「はぁ~、お前はこんな小娘と遣り合おうってのか?」
「おい! 逃げる気か小僧!」
「うん、サランの方が俺より強いんだから、当然模擬戦担当はサランだよ。それに其方は一人だろう、俺が出て2対1じゃ不公平だからね♪」
可愛く答える俺の言葉に、フロムやベネスが噴き出しそうになっている。
他の面々も、サランがどんな闘いをするのか興味津々な様子。
「こんな模擬戦は認められんな。ギルマス権限で禁止する」
〈待てよギルマス、その二人はブルーリザルドとゴールデンベアを討伐したと言ってるんだぜ。雷鳴の牙の連中もそれを認めているんだ、遣らせろよ!〉
「・・・以前のギルマスの時に、レッドビーの蜜で揉めた二人か」
「ギルマス、俺達はその時の案内人だ。二人からブルーリザルドやゴールデンベアを見せて貰ったよ」
「ハイオーク三頭を一分も掛からず倒したしね」
「ありゃー、全て一突きで終わったからなぁ」
雷鳴の牙の連中が、思い出話にかこつけて煽りまくってるよ。
「・・・良いだろう、模擬戦を認める」
「ギルマス、俺も参加するぜ。小僧2対2で遣ろうや」
仕方がないね、肩を竦めて了承し立ち上がると、静まりかえっていた食堂に歓声が沸き上がる。
〈前のギルマスを虚仮にした二人と、血の祝杯の二人だぜ〉
〈畜生、どちらに賭けるか迷うな〉
〈そりゃーランドスとエゴルスにだろう〉
〈エゴルスはプラチナランカーだから、負ける要素が無いしな〉
〈アラド、俺達はあんた達に賭けるからな〉
〈全財産賭けるから頼むよ!〉
〈サランちゃんお願いねー♪〉
朝っぱらからお祭り騒ぎになっちゃってるよ。
訓練場で向かい合い、久々に木剣を取り出し素振りをする隣でサランも軽く木剣を振っている。
俺達の振る木剣がヒュンヒュン音を立てるのを見た二人の顔に緊張が走る。
いいねぇ、舐めきって相手をされるよりも闘いがいが有るってものだが、喧嘩を売った代償は払って貰うよ。
ギルマスの声でランドスとサランが向かい合い、〈始め!〉の声と共にランドスが踏み込んでいく。
〈カン!〉乾いた木と木が打ち合う音が響き、サランが打ち込んで来た木剣を横に弾き、木剣が横に流れて隙だらけの腕に打ち込む。
その一合で勝負がつき、ランドスが腕を押さえて蹲った。
〈エッ〉
〈なにッ〉
〈嘘だろう〉
〈馬鹿な!〉
魔力を纏って闘う、サランの動きについて行ける訳がない。
何せオークキング相手に、正面から突っ込んで一突きで倒すサランに、ゴールドランク程度で勝てる筈が無い。
プラチナランカーと言われるエゴルスの顔が紅潮している。
森で出会った、蛇を思わせる目付きで睨んでくるのが恐いねー。
さっさと終わらせて、エールで験直しをしようっと。
向かい合い〈始め!〉の声でゆっくりと近づいて来るエルゴス。
一欠片の油断も無いのは判るが、魔力を纏った俺から見れば何時でも打ち込める動きだ。
剣先が触れあう瞬間、踏み込み突きを放ってきたが、木剣を滑らせて跳ね上げ柄で鳩尾を突き上げる。
〈ゲッ〉と一声漏らして身体が浮き上がり、踏み込んで来た勢いのまま俺を飛び越えて大地に滑り込んだ。
倒れたエルゴスを、ギルマスがぼんやり見ている。
「ギルマス、終わったよ。あの二人、怪我を治したければ金貨五枚で治してやると言っといて」
〈すっげぇー〉
〈マジかよー、プラチナランカーを一瞬だぜ〉
〈奴って、シルバーランクって言ってなかったか?〉
〈二人ともシルバーランクだって言ってたの、俺は聞いたぜ〉
〈シルバーがゴールドとプラチナを瞬殺かよ!〉
「噂になったオルデンの冒険者ギルドに、ゴールデンベアやブラックベア等多数を持ち込んだのお前達か?」
黙って肩を竦めて訓練場を後に、食堂に戻ってエールの飲み直しだ。
〈大儲け♪〉
〈いやー、サランちゃん有り難うねぇ~〉
〈アラド達に賭けた奴は殆ど居なかったから、大儲けだぜ〉
〈魔法無しでも無敵だねぇ〉
俺達に賭けて荒稼ぎしたブリムス達はご機嫌である。
「で、どうする? 護衛の仕事」
「私は遣りたいなー、て言うかアラドのお家見てみたいよ」
「そうそう、どんだけ稼いだのか知らないけど、護衛が必要ってのなら相当大きな家だと思うし。興味あるわー」
「アラドなら支払いを渋る様な事も無さそうだし、俺も良いぜ」
「取り敢えず半年以上、雷鳴の牙に対して一日金貨一枚で良いかな」
「判った。其れで良いぜ受けるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます