第73話 執り成し

 「アラド様で御座いましょうか」


 「その手に持っているのは、俺のギルドカードじゃないのか。商業ギルドは身分確認すらまともに出来ないのかな」


 「失礼しました。此れほどの金額となりますと確認は慎重になりますので、申し訳在りません。然し、一度に此れだけの金貨の用意が直ぐには出来ません。日を改めて貰えないでしょうか」


 「此処は商業ギルドで間違いないよな」


 張り子の虎宜しく、首をコクコクと振る男二人。


 「預けている金の半分を、彼女の口座を開設して移したいと言ったら、冒険者ギルドの口座のままで良いとその男に言われたんだ。冒険者ギルドの口座には既に100,000,000ダーラ以上預けていて、そこへ1,500,000,000ダーラを移す意味が無い。俺の金も半分は彼女の物だから移したいのだが、口座の開設すら出来ないのなら預けておく意味が無い。依って解約して金は全て引き上げるだけだが、預けた金を引き出すのに条件を付けるとはどうしてだ」


 受付の男が老人の後ろで震えているが、こんな男を甚振るつもりは無い。

 金さえ引き出せれば、其れで黙って帰るだけだ。


 何も言わない老人と震える男に確かめてみた。


 「まさかと思うが、商業ギルドは預けた金を返す気が無いのか?」


 「滅相も御座いません。ただ余りにも大量の金貨を直ぐにはご用意出来ないのも事実です」


 「では、何時までに用意出来るのだ、それさえはっきりしてくれたら今日は引き上げよう」


 「せめて、一月のご猶予をいただければ・・・」


 「若いと思って馬鹿にしてないか、30,000枚程度の金貨ならその辺の豪商でも直ぐに用意出来る金額だぞ。支払いが出来ないのなら、俺は王家にその金額を要求する事になるが良いか」


 老人が〈ヘッ〉と小さく声を漏らして俺の顔を見る。


 「見たとおり俺は冒険者だ。王家の依頼に応えた謝礼として、口座に有る金が振り込まれた。其れが移動も引き出しも出来ないとなれば、本当に王家は代金を支払ったのか確認する必要が有る」


 「お待ち下さい。お待ち下さいアラド様! この男の不手際は如何様にもお詫び致します、ご依頼通り直ぐに口座も開設致しますのでご容赦下さい!」


 「遅いよ。あんたが出てきた時点でそう言えば、それで終わる話だったんだ。その男もあんたも、信頼に値しないと行動で示してくれた。故に商業ギルドも信頼に値しない。金の話は王家と直接する、邪魔したな」


 縋り付く老人と男を一喝して、商業ギルドを後にした。

 王城に乗り込んで代金の取り立てをしてやろうかと思ったが、金なら懐にたっぷり有るので急ぐ必要も無い。


 取り敢えずマイホームが有るので家に帰り今後の事を考えることにする。

 食糧を買い込んで家に帰ると、セグロスの補佐役だった男が出迎えてくれた。


 「ヘイズと申します。カリンガル侯爵様に命じられ、お屋敷の管理をさせていただきます」


 「宜しく頼む。三階に上がった左の6室を俺達専用で使うから、後は任せた。家の運営費を渡しておくので来てくれ」


 三階の自分達専用に決めた部屋に連れて行き、街路側の3部屋の内装を全て外す様に手配して貰う。

 此方はサランの土魔法で徹底的に強化して、使用人も入らせない。

 入らせないと言うより入れなくなるのが正しい。

 3室の左右の扉を封鎖し、中央の扉を頑丈なものに変更するからだ。

 其れも鍵とは別に閂を掛け、転移魔法で無ければ出入り出来ない作りにする予定。


 街路と反対側の部屋3部屋が通常使う居間と食堂に見かけ上の寝室になるが、寝るのは強化した要塞内で寝る事になる。

 居間に使う部屋で、当面の資金として金貨の袋20個を渡しておく。


 俺の名で商業ギルドの口座から、ヘイズの口座に入金したいが信用出来ないので手渡しになってしまった。

 金の管理も含めヘイズに丸投げし、報告書だけ提出する様に言い置く。

 俺の家で働く者達には、侯爵様から支払われる給金とは別に、毎月ヘイズに金貨一枚、他の使用人には銀貨五枚を支給する様にすると伝える。


 此れで料理人が揃えば食糧調達が楽になる、もっとも王都に居る間だけのことだけど。


 ・・・・・・


 カリンガル侯爵は、商業ギルドの会長モルガノが至急侯爵様にお会いしたいと言って来ている、とセグロスから告げられた。

 商業ギルドの会長が至急会いたいとは何事かと執務室に迎え入れた。


 「カリンガル侯爵様、突然の訪問をお許し下さい。実は侯爵様と懇意なアラド様にお執り成しのお願いに参りました」


 アラドとの執り成しとな・・・又何かやったのかと思ったが、やったのは商業ギルドの方だろうと思いなおした。

 この慌てようから、尋常の揉め事と違う様だが話を聞いてみなければ返事のしようが無い。


 「モルガノ殿、詳しい内容を聞いてからでないと返事のしようが有りませんぞ」


 モルガノが汗を拭きふき、事の一部始終を話すが、何と間抜けな対応だと吹き出しそうになった。

 一言謝罪をして、サランの口座開設をすれば済む話なのに、商業ギルドの支配人まで出てきて話を拗らせている。


 然も、商業ギルドなら王家から大金が入金された相手のことくらい調べておくべきなのに、ギルドカードを見てなお気づきもしなかったとは、お粗末極まりない。

 アラドなら金貨の30,000枚くらい、黙って収納に仕舞ってしれっとしている事だろう。

 正確には知らないが、今も金貨の袋を200や300くらいは持っていそうだ。


 「確かに、王家に直談判されたら商業ギルドの面子丸潰れですな。そちらが口座開設を拒んだ以上、彼も貴方達ギルドに金を預けておく意味が有りませんからな。然し、商業ギルドに、金貨30,000枚程度の手持ちも無いとはね。必要ならお貸ししましょうか?」


 「いえ、地下金庫には有ったのですが、私が不在であった為に出せなかったのです。其れを支配人のブルセンが失態を恐れ、アラド様に伝えず支払いの確約もしなかったのです。口座開設でも金貨の引き渡しでも、望むままに致しますのでお執り成しをお願い致します」


 「王家が支払った代金が、受取人の自由にならないとなれば大問題ですな」


 平身低頭する商業ギルド会長を見ながら、少しは恩を売っておくかと考えるカリンガル侯爵。


 翌日アラドの家に同行し、執り成すことを約束して会長のモルガノを帰らせた。

 次いでアラドの家に居るヘイズに使いを出し、自分と商業ギルドの会長が訪問すると知らせておく。


 ・・・・・・


 カリンガル侯爵様と共に現れた、商業ギルド会長のモルガノの平身低頭の謝罪を受け入れ、サランの口座を開設する事にした。

 実際に300個以上の革袋を持ち込まれたら、一々空間収納に入れるのが面倒くさいと考えた結果、謝罪を受け入れたのが本音だ。


 日を改めて商業ギルドに出向いたが、今回は最敬礼で迎えられて口座開設もさくさく行われた。

 取り敢えず俺の口座よりサランの口座に1,500,000,000ダーラを移動させておく。

 サランはお金はこれ以上いらないと渋い顔だが、万が一の時の為に持っておけと言って了承させる。

 俺だってこれ以上金が増えても困る、山海の珍味を並べた酒池肉林の世界には興味が無いので使い道が無い。

 まぁ、サランも腹一杯食事が出来ればそれ以上の望みもなさそうだから、似た様なものか。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 「陛下、パンタナル王国派遣大使館の、使用人達の動きが少し気になります」


 「あの国の派遣大使が、またぞろ何かを企んでいるのか?」


 「以前より、アラドの事を調べていましたが、一層活発にアラドの行動や出没地などでの情報収集を強化させています。今回はグレート領ホルムの街にも人を派遣した様です」


 「ホルムとは、アラドの生まれ育った街だったな。あの国がそれ程アラドに興味を示すとはな」


 「オルト・サブランの件で、我が国に翻弄されて以来アラドには注目していた様ですが・・・」


 「あの国にアラドを扱える訳がないが、何をやり出すか知れないので目は離すなよ」


 アラド達が森を突き抜けてパンタナル王国に行っていた事を、グルマン宰相も国王も知らないので話はそれで終わった。


 だが、パンタナル王国側はフランガの街に現れ、領主の兵を殺し翻弄したことを重大視していた。

 冒険者が貴族の兵を殺すなど、有ってはならない事で有る。

 他国に住まう冒険者と言えども許し難い上に、以前ホーランド王国内が荒れていると知り、侵攻作戦の準備が整い国境を越える寸前までいった。


 それが直前に状況が変わり、侵攻作戦が頓挫した原因の一端と見られる男と同一だと判り、激怒していた。

 アラド許すまじの思いは強く、出兵頓挫の原因を調べている者達からアラドの情報が大量に送られてきていた。

 そして、アラドとサランが使い熟す魔法の報告を詳細に調べている者達から、二人は王国にとって危険だとの意見が高まっていった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 森の奥、パンタナル王国から帰って四ヶ月、王都の森も秋の気配が訪れていた。

 家に料理人が居るってのは良いことで、収穫してきた根菜や獲物を様々な調理で食べさせてくれる。

 同時に日々作る料理とは別に、備蓄用の料理も作ってくれるので楽で良い。

 サランには食事前に必ず鑑定して食べろ、備蓄食料も鑑定を忘れるなとキツく言ってあるので安心して食べられる。


 権力者を信用するのは危険だと、常々言い聞かせているので素直に言いつけを守ってくれている。

 唯の冒険者ならこんな心配は無いが、中世ヨーロッパや中国と日本の戦国時代の歴史を多少とも知る者として、如何なる時も権力者は信じるなだ。

 たとえ権力者が信頼に値しても、周囲の独断専行は阻止出来ないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る