第72話 商業ギルド

 アラドとサランの二人が、ランゲルの街に現れたとの報告がグランド侯爵からもたらされたのは、6月になってからの事だった。

 魔玉石を引き渡してから、ランゲルに行ったきり姿を消したので、実に一年近く消息不明とはと、グルマン宰相も呆れてしまった。


 莫大なオークションの代金も、アラドにとっては大して魅力が無いのだろう。

 エコライ伯爵の件で多額の金貨を手に入れているので、生活に困ることが無いのは判っているが、気まぐれも度が過ぎると考えて頭が痛い。


 そんなグルマン宰相の元に、ケルビス・オーラン男爵から報告書と共に壺が二つ贈られてきた。

 報告書はアラドとサランが訪ねて来て、森の奥で採れた果実や茸を多数貰い数日宿泊して王都に向かったとの知らせだった。

 問題は壺の方だった、娘達への土産としてサランより花を貰ったので、半数の二壺を王家に献上するとあった。


 報告書と共に、テーブルに置かれた壺は蓋をされたままだが馥郁たる香りが漏れている。

 まさかと思い、急ぎ薬師を呼び付けて花を確認させる。


 「花の色と大きさにこの香り、〔ランジャカ〕に間違い御座いません」


 「此れを処理すれば、どれ位の間香りを保てるのだ」


 「此れほどみずみずしい物は初めて見ましたので何とも。押し花と乾燥させて確かめるしか方法が御座いませんが、おそらく4~5年は香ると思います」


 「陛下にご覧頂いた後、処理を頼む」


 一礼して下がる薬師に背を向け、従者に壺を持たせ国王陛下の居室に向かう。


 * * * * * * *


 「一年ぶりに姿を現したらこれか」


 「この花が咲く所は、ドラゴンの生息地と重なるとか、その奥ともいわれております」


 「この花を、オーラン男爵の娘に土産として渡したとは、サランも欲がなさそうだな。二人のエラーか・・・その後エラーと判定された者は見つかったか?」


 「一名見付けましたが、予想通り聖刻盤には反応せずです。鑑定使いに鑑定させましたが、結果は同じく魔法を授かって無いそうです。勿論魔力も有りませんでした」


 「創造神様もそうそう失敗はしないという事か。いや、エラーと判定されたのだからウルブァ様の手違いか。アラドが望んだ家の手配は出来ているな」


 「既にカリンガル侯爵殿が手入れて何時でも住める様にして、管理しております」


 一人見つかったエラーの話はそれで終わり、国王と宰相から忘れられた。


 エラーを鑑定した鑑定使いは王家でも指折りと言われた者で、鑑定結果を問われたとき言わなかったことがある。

 鑑定使いが確かめた鑑定結果は〔女・病弱・***〕、***の意味は判らないが魔法名が無いので知らない模様のことには口にしなかった。


 それは、王家でも指折りと言われる自身の鑑定能力を傷付けるものだからで、問われた魔法の有無には正直に答えている。

 ***が何たるか知らずとも問題あるまいと思い、それっきりになった。


 * * * * * * *


 王都に到着後カリンガル侯爵邸に向かった。

 通用門から入り、執事のセグロスを呼んで貰うと即座に執務室に案内され、たが、侯爵様からは漸くお越し願えましたねと皮肉交じりに言われてしまった。

 1~2ヶ月のつもりが一年近くになったので、返す言葉も無い。


 セグロスが数枚の書類を持って来て説明を始めた。

 オークションの落札価格と手数料2割を差し引いた金額の入金書類。

 落札価格金貨6,370枚、実に637,000,000ダーラ、手数料2割を差し引いた509,600,000万ダーラが、商業ギルドの俺の口座に振り込まれた証明書。

 それに加えて、王家より落札価格の五倍3,185,000,000ダーラの、振り込み証明書。


 それとは別に、頼んでいた家の譲渡証明書が一枚と、支払い明細書が添付されている。

 お家の価格600,000,000ダーラ、豪商の隠居所だった所を買い上げたと言われた。


 振り込まれた3,687,400,000ダーラより、家の代金600,000,000ダーラを差し引いたと言われたが、金額がでかすぎる。

 それに豪商の隠居所だったって・・・豪邸確実だ。

 サランと俺の王都での宿代わりで、調理人と面倒事をあしらえる人間が住まう程度の家と、はっきり言うべきだった。

 空き部屋多数の幽霊屋敷になりそうな予感がする。


 ブラックタイガーの魔石で作った、赤玉のオークション価格は、637,000,000ダーラ

 手数料20%、127,400,000ダーラを引いて、残金509,600,000ダーラ


 王家引き渡し分、637,000,000ダーラ×5=3,185,000,000ダーラ

 3,185,000,000ダーラ+509,600,000ダーラ=計3,694,600,000ダーラ

 家の代金、600,000,000ダーラを引けば、残金3,094,600,000ダーラ


 あ~、面倒くさい。


 * * * * * * *


 王都一のラグナツ市場から一本離れた大通り、エルギシ通りに建つ3階建ての家へ馬車が滑り込んで行く。

 不幸中の幸いと言うべきか、案内された家は周囲の家と比べても見劣りしないが格段に大きい訳でもなかった。

 建物の左右に馬車の出入り口が有り、一階は馬車置き場や厩舎になっている便利な作りだ。


 馬車を降りると、内階段で中二階程の高さの踊り場に出て、表通りからの階段と合流して二階の玄関ホールに上がる。

 ホールの左右と正面に部屋が別れていて、二階右手に厨房と食料庫に使用人達の控え室、左手に応接間や客間に食堂など7室。

 三階に13室の間取りになり屋根裏部屋へと続く使用人用の階段は、1階の馬車置き場まで繋がる隠し階段になっていた。


 案内してくれた執事のセグロスの言葉によれば、壁や床に天井は全て石造りで、腕の良い土魔法使いに作らせた頑丈極まりない物だそうだ。

 その石壁や床に天井を厚板で覆い、見掛けは外壁のみ石造りの木造に見える凝った建物ですと言われる。


 金持ちの隠居ならそれ位の事はしそうだと思ったが、好都合なので後でサランに頼んで壁や床を強化してもらい要塞化しておこう。

 三階の左側6室を俺達の居室にして他は使用人達に自由に使わせることにする。

 屋根裏部屋と7室有れば、家令に料理人とメイド数名では余裕で余ると思う。


 * * * * * * *


 一度侯爵邸に戻り、侯爵様に貴族の横暴とも渡り合える者を紹介してくれる様に頼もうと思ったが考えを変えた。


 「何かね、私の家に仕えている者を貸せと言うのかね」


 「はい、貴族や豪商達を相手に出来る人材の紹介を、お願いしようと思っていました。しかし、其れなりの地位の有る方に仕えている者を、冒険者の使用人として雇うのは無理があります。なら侯爵家にお仕えする使用人の方をお借りした方が、お互いの為にも楽だろうと思いまして」


 あんたも俺の動向を知るには好都合だし、俺も厄介な連中の防壁が居てくれたら助かるんだよ。

 と、それとなく伝えると。侯爵様は苦笑いをしながら考え込んでいる。


 「派遣していただけるのなら、それらの者の給金は侯爵様にお支払いしますし、来て貰える者には毎月の給金に幾許かを上乗せをしましょう。所属は侯爵様に、働く所は俺の家って事になります。侯爵家に仕えたまま給金が上がるので、希望者は居ると思います」


 「良く、そんな事を思いつくね」


 日本じゃ席を親会社に残したままで、子会社とか別会社に派遣出向なんて当たり前だったからね。

 侯爵様は考え込んでいたが、直ぐに受け入れてくれたので一安心。


 使用人の事が片付いたので、商業ギルドにお出掛けだ。


 * * * * * * *


 サランの口座開設を依頼すると、「冒険者の方は冒険者ギルドの口座のままで宜しいのでは。無理に開設しなくても出し入れは出来ますので」と、係の男が冷たく言う。

 動かす金貨の数が多いから来てるんだよと言わず、黙って自分のギルドカードを提示する。


 「どうしても必要ですか」


 「取り敢えず、俺の口座から半分程度を移動させるのに必要なんだ。出来ないってのなら、現在商業ギルドに預けている俺の資金は全て引き揚げるので、用意してくれ」


 そう言って、提示した商業ギルド発行の身分証を差し出す。

 カウンターに置かれたギルドカードをちらりと見て、面倒くさそうに手に取ると奥の出納係の所に持って行く。


 カードを受け取った係の者が、説明を聞いて残高確認をしていた様だが動きが止まった。

 直ぐに男の動きも止まってしまった。


 俺の口座には現在3,094,600,000ダーラの金が振り込まれている筈だ。

 30,946枚の金貨を、直ぐには用意するのは大変だろうと思う。

 だが、俺とサランの空間収納なら、それ位の金は楽々納まるので引き出すと言ったのだ。


 現在俺の空間収納には、20,000枚の金貨が眠っていて、これ以上持っていたくないので預けているのに面倒な奴。

 ギクシャクとした動きで男が引き返して来たが、顔が引き攣り冷や汗を流している。


 「あっあのあの・・・此れを全て引き出すと・・・」


 「当然だろう、移動させられないなら預けておく意味が無い。全て引き上げて現物で分けるので早くしてくれ」


 「しょしょ、しょしょお待ちくらさい」


 そう言うと、足を縺れさせながらも奥へ走って行ってしまった。

 おいおい、先程の面倒そうな態度と口調はどうした、舌は回ってないし素早く動けるじゃないか。

 出納係の者がそれを唖然とした顔で見送る。


 男の姿が奥に消えてから、10分が過ぎても戻って来ない。

 出納係の者を手招きして呼び寄せて、何時まで待てば良いのか確認している所に男が帰ってきた。

 その後ろから青い顔をした老人がやって来る。


 * * * * * * *


 此れより数話、ゴブリンキラーとよく似た話になりますので、突っ込みはご遠慮願います。

 早い話、黙って嫁・・・読め!

 以後の物語の都合上必要と思いますので、乞うご期待。

 て、程の話でもないか(笑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る