第71話 帰還

 アラドに逃げられ、結界が消滅してしまって指揮官のオルソンが慌てた。

 領主のサントス男爵からは、ふざけた冒険者を必ず捕らえて連れて来いと命じられている。

 それが逃げられましたでは面目が立たないが、40人以上の兵を与えられていて知らぬ顔も出来ない。


 三日目にアラド捜索を諦めて街に戻り、サントス男爵の元へ報告に向かった。

 報告を受けた男爵は激怒したが、報告で人相風体は判っているので、街道警備の兵と街の警備兵にも通達を出し、不審者が逃げ込んでいないか捜索させた。

 緑の瞳に紫の髪、身長約165センチ程度の小柄な男で冒険者用の服も着ていない。

 街に侵入していれば直ぐに探し出せるだろうと思っていた。


 警備兵達に触れを出して二日後、以前巡回中にそれらしき男を見掛けたと報告がきた。

 但し、手配の様な男には頭一つ背の高い女が付き従っていたが、街で見掛けなくなったのでもう居ないのではないかと言われた。


 今度はサントス男爵が慌てる番だ、王都ボルドの魔法部隊の指揮官には、優秀な結界魔法使いを見つけたと報告している。

 逃げられました、行方が判りませんでは無能の誹りを受ける。


 自分の失態を隠す為には出来うる限り正確な情報を送り、逃げた男が如何に優秀だったか、部下の失態を庇う様に工作しながら身の安全を図る。

 集められた多数の情報の中に僅かに嘘を混ぜて王都の魔法部隊や周辺貴族の協力を仰ぐ様に工作する。


 曰く、件の男は緑の瞳に紫の髪、身長約165センチ程度の小柄な男で年齢17~18才位、頭一つ背の高い痩せた女連れと。

 40名にも及ぶ包囲網を脱し、王都ボルド方面に逃走した模様だと報告した。


 此処でサントス男爵は大きな失態を犯したが、誰も気付かぬままアラド捜索網が敷かれることになった。

 それは結界魔法の包囲陣から逃げ出した日と、市場で見掛けられた日時が合わない事に気付かなかった為に起きた事だ。


 オルソンが、アラドに逃げられて三日目に街に戻り報告したのが翌日の昼前、街の警備隊からの報告は其れから二日後の夕刻である。

 報告もオルソンが先で、警備隊の報告はその後となり、アラドがちょくちょくドームを抜け出し、街で食糧の買い出しをしていた事が知られる事は無かった。


 フランガの街から王都ボルド迄、早馬でも13日を要する。

 王都の魔法部隊指揮官がアラド捜索の指示を出した時には、アラドがフランガの街を去ってから20日以上の刻が過ぎていた。


 報告書を読み返し、此れほど優秀な結界魔法使いは王国には存在しない。

 王国を挙げて捜索し、王家の魔法部隊に組み込むべきだと考えた指揮官は、エイメン宰相に報告し相談した。


 報告書を見せられ相談を受けた、エイメン宰相の顔色が段々悪くなっていくのを、魔法部隊指揮官は気付かなかった。


 〔緑の瞳に紫の髪、身長約165センチ程度の小柄な男で年齢17~18才位、頭一つ背の高い痩せぎすの女連れ〕


 サブラン公爵の領地で、嫡男ブレッド・サブランが放埒の限りを尽くし、此れを押さえる為に内戦勃発かとの知らせが来た。

 騒乱に乗じて、ホーランド王国の一角を切り取る準備をしたが、出兵寸前で頓挫した。

 その原因が、アラドと名乗る冒険者と背の高い女だとは、随分経ってから派遣大使の通信文が知らせてきた。


 其れ迄アラドなる冒険者の事など知る由も無かったが、内戦寸前の状態を一瞬で鎮めた手腕は極秘の筈だったが、ホーランド王国内で密かに噂が広まっていた。

 一冒険者を王家が後見していると囁かれているのは、パンタナル王国の派遣大使も知っていたのだが、唯の噂話だと思っていたのだ。


 その事件をきっかけに、パンタナル王国はアラドの情報収集を重点的に始めた。

 その男が、よりにも寄って我が国に侵入していた。

 あの出兵が頓挫した事をホーランド王国は全て知っていて、笑って見ていたと報告を受けた時の屈辱を、エイメン宰相は思い出した。

 そして、そんな危険な男が辺境とは言え我が国に侵入してきた謂れを考え、急ぎ国王陛下の元へ報告に向かった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 秋の実りの残り物を探しながらランゲルを目指すが、見覚えの無い景色の中を淡々と進む、何時もながらサランの方向感覚はどうなっているのか不思議。

 もっともジャンプを多用するので、通り過ぎた景色の記憶も殆ど無いに等しいので行く先々が初めての場所で興味深い。


 ひたすらジャンプしての移動は直ぐに飽きるので、景色の良い所とか鑑定で薬草と出た珍しい植物を集めたりしながらランゲルを目指す。

香りの良い花や、蜜をたっぷり蓄えた瓢箪型の果実・・・果実って言うより果汁の入れ物。

 毬の無い栗に似ているが一粒が拳大の木の実など、市場では見たことも無い物がたっぷり採れて大満足。

 特に茸類は鑑定して食用と結果が出た物は全て採取し、煮たり焼いたりして味を確かめる為に前に進めない日も多々あった。


 ランゲルの街に到着したのは、春も終わり少し熱くなり始めた頃だった。

 先ず冒険者ギルドに直行し、オークキング2頭の解体を頼むが魔石も肉も引き取ると伝えると、解体責任者にガックリされてしまった。


 珍しい野獣も幾つが持っているが、騒ぎになりそうなので出さない。

 狩るつもりが無くても、ジャンプした先でいきなり襲われたので思わず反撃して倒してしまった物だ。

 防御障壁が有っても、襲われると防衛本能が働いて反撃してしまうので、珍しい物だけ空間収納に保管している。


 待望のエールを飲み、摘まみの串焼き肉に舌鼓を打つ。

 サランも一心不乱に食べている。

 何せ備蓄食料が少なかったので現地調達で野獣の肉ばかり食べていたから、手の込んだ料理に飢えていたのだ。

 パンだけは大量に仕入れていたが、約半年に及ぶ森の生活ではとても足りなかった。

 その点お茶とビスケットだけは、サランが王都でしこたま買い込んでいたので、蜂蜜と共に文化的生活の維持に一役買ってくれた。


 山盛りの料理を一心不乱に食べるサランを、ジロジロと見たり女と見てちょっかい掛けようとしてくる奴が居るが、周囲の者に止められている。


 たまにしか姿を見せないが、俺達がやって来たときは大物を多数出すので有名になっているらしい。

 絡んでこようとした奴を止めた者達が、何故止めたのかを声高に説明している。

 然も俺は、ギルマスからも一目置かれているし、御領主様から招待される様な身分らしいと真しやかに伝えている。


 興味本位の妄想がダダ漏れですよ、と言ってやりたいが聞こえぬふりをしてエールを楽しむ。


 「よう、今度は何を持ってきたんだ」

 〈サランちゃん、おひさー♪〉


 「リーナさん、お久し振りです~♪」


 「ねねっ、今度は何を持ってきたの」


 「オークキング2頭だけだよ」


 〈2頭だけだよってのが、オークキングかよ〉


 そう言っている所に、査定用紙を持って解体係の親爺がやって来るが、後ろにギルマスがついてきている。


 「アラド、頼むから一体分の肉を置いていってくれよ。最近ギルドに大物が持ち込まれないので肉屋が煩いんだよ」


 「だ~め、オークキングの肉は譲れないね。代わりに森の奥で獲った牛はどう」


 「牛?」


 「そう、茶色と黒の縞模様で軍馬位の大きさの奴」


 「ひょっとしてタテガミの有る奴か」


 頷くと腕を掴まれて解体場に連行された。

 興奮するギルマスと嬉しそうな解体主任、ロンド達暁の星の皆も興味津々でついてきている。


 「さっ、勿体ぶらずに出せ!」


 商売熱心なギルマスだねぇ。

 言わなきゃ良かった気がするが、口が滑ってしまったのが運の尽きだな。

 片付けられた解体場に、牛の巨体をドンと置く。

 巨大な角と黒いタテガミで縞模様の牛は、結構迫力がある。


 「ブラウンバッファローだ、見事な角とタテガミだな。お前達相当奥まで行ったな」


 森を突き抜けた事は黙っていよう。


 「此奴の生息地の奥には、ドラゴンの住処があると言われいるんだ。お前達も気を付けろよ」


 蜥蜴の一大生息地ね、知ってるけど素直に頷いておく。

 魔石以外全て売ると伝えて食堂に戻ると、サランとリーナがお喋りしながら食事を続けていた。

 獲物より食事が大事って事ね、俺ももう一杯エールを頼んで暁の星と久々の再会を祝す。


 お肉とブラウンバッファローの魔石は、翌日の昼過ぎに引き取りに来ると伝えてギルドを後にする。

 久し振りに食糧確保の為に市場に向かうが、今回の事で備蓄食糧は俺とサランが二月分ずつ確保しておくことにした。

 サラン一人に食糧備蓄を任せていたのは大失敗だ、二人で最低4ヶ月分の食糧を備蓄する事にした。


 ・・・・・・


 オークキングの肉塊16個とブラウンバッファローの魔石を受け取る。

 代金は全てサランの口座に入れ、オークキングとブラウンバッファローの魔石はサランが持ちお肉は半分ずつ保管する。


 ほくほく顔のギルマスに見送られ、市場に戻って食糧確保に励むが買い占めにならない様に気を使う。

 10日分の食糧を確保してから、オーラン男爵の領地ルビックの街に向かった。


 ・・・・・・


 久し振りにカエラとミラーネに会ってご機嫌なサランは森で集めたお土産をきゃいきゃい言いながら渡している。

 俺はオーラン男爵に突然の訪問を詫び、手土産代わりのレッドビーの壺を差し出す。

 嫡男のクロードも交え、サランがお土産だと言ってテーブルに並べた果物の品評会と言う名の試食会だ。


 お土産で一番喜ばれたのが花である。

 草丈30センチ程の竜胆に似た大振りの花が数個付いた物を6本ほど壺に入れて取ってきた。

 花自体も薄紫で綺麗なのだが、特筆すべきはその香りだ。

 馥郁たる香りとは此の事かと、無粋な俺でもそう思う香りがサロンに広がる。


 一本一本を細長い壺に入れ、香りが逃げぬ様に蓋をして持って帰って来たの物だ。

 沢山の茸や果実と共に、花の壺四つを姉妹に渡してオーラン邸を後に王都に向かう事にした。

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