第70話 転移魔法
騒ぐ彼等を黙らせると、しっかり口を閉じて声を出すなと命じる。
夜明けの風のリーダーであるザンドに、此れから暗がりの中に見える大木の横に転移するから、絶対に声を出すなとキツく言いつける。
〈てんい・・・てんいって何だ〉
「転移魔法だよ、知らないのか」
〈あれって、お伽噺だろう〉
「グダグダ言うな! 判っているな、声を出すなよ」
サランに暗がりの中に見える大木の横へ、ザンドを連れてジャンプする様に指示する。
次の瞬間、ザンドの腕を掴んだサランとザンドの姿が消えた。
〈えっ!〉
〈嘘ッ!〉
〈馬鹿な!〉
騒ぐ彼等の横にサランが現れるが、皆が騒いで連れていけない。
腹へ一発パンチを入れて黙らせてから、腕を掴んでジャンプする。
大木の後ろではザンドが呆けた顔で座り込んでいるが、構わず次々とドームと大木の間を往復し全員連れだした。
体力の落ちている二人を担架に乗せて静かに移動開始、ドームの回りは攻撃の為に騒々しくて俺達の移動に気付かない。
代わりに騒ぎに気付いた野獣達が、俺達の前にも現れるがサランがアイスバレットで追い払う。
新しいドームの中にジャンプして落ち着くと、全員興奮状態で煩い。
〈本当に瞬間的に移動するのね〉
〈転移魔法って凄いのね〉
〈アラドとサランの二人なら、暗殺家業で稼ぎ放題だな〉
〈いやいや、お貴族様の宝物庫に忍び込んでお宝がっぽりで悠々自適な生活だぞ〉
たく、考えることは皆同じか。
夜明け前に移動するからさっさと寝ろと言って黙らせる。
俺とサランは交代で仮眠を取る、助けた相手が善人とは限らないので、二人して眠り込む度胸は無い。
自分の周囲に防御障壁を張っていても、油断は禁物だ。
外が薄明るくなると移動を開始する。
此処から近い、フランガの街の出入り口とは反対側で、此処に居る兵士達と出会う確率の低い門の方向にかう。
怪我人は体力が落ちているとはいえ、一週間から十日もすれば普通に歩ける筈だ。
其れ迄はドームの中に居させて体力回復をはかり、その後は体調不良とでも言って街に帰り休養させろと言っておく。
一気に目的地までは行けないので、朝夕の薄暮時に移動しては休憩を繰り返す。
合間合間に、周辺から薬草を採取したりヘッジホッグやホーンラビットを狩り、彼等が街に帰ったときのアリバイ工作をしておく。
知り合いの冒険者がいたら、積極的に話をさせて事件現場とは別の場所にいた証明出来る工作も怠らない。
俺は時々最初のドームに戻り、周囲を厳重に囲む兵士を相手に揶揄って遊んでおく。
結界の中に潜んでないで出てこいと喚く馬鹿には、出て行ったら追い回されるから嫌だと言って剣を振り回しては、ドームに逃げ込んだ様に見せかける。
* * * * * * *
怪我を負ったときの服も綺麗に繕い、多少窶れた顔も食あたりで弱っていると誤魔化せる様になったので、彼等をフランガの街まで送っていく。
フランガの街の見物と、万が一彼等が疑われて逃げ出すことになった時の援護の為だが、何の疑いも持たれずに街に戻っていった。
姿の消える防御障壁だと思わせているので、彼等が街に入る為の行列にならんでいる横を通って中に入る。
彼等が無事に通過したので、静かに別れの挨拶をして聞いていた市場の方向に向かった。
話に聞いた通り、カーゴパンツにジャケットと言った何の変哲も無い服装だが、殆どの冒険者が同じ格好なのでちょっと異様な感じがする。
此れなら異端者は目立つし、目立ちたくなければ決められた服装になる。
学校の制服と同じで、皆と同じ格好なら没個性で目立たないし集団の一員だと直ぐに判るって事だな。
目立てば嫌がらせを受けたり集られるってのも、飴と鞭を使い分ける良い方法だ。
好戦的だが、丸っきりの馬鹿が統治している訳でもなさそうだ。
スープや串焼き肉等は一つの店で大量には買えないので、取り敢えずパンを買い込んでおく。
菓子や肉を挟んだサンドイッチも味見もせず、手当たり次第に買い込むので目立った様だ。
〈おい、お前達二人見掛けない顔だな〉
「当たり前だ! 王都ボルドから、クアバ・サントス男爵様に書状を届けに来たんだからな」
街を巡回している警備兵に目を付けられたが、横柄に対応すると声を掛けて来た男の腰が引ける。
身分証を見せろと言ったら、即行で逃げだそうと思っていたがそれ以上何も言わずに離れていった。
主人に届け物を持って来たと言われたら、あれこれ追求も出来まい。
適当に食糧を仕入れたらこんな街とはおさらばだ。
* * * * * * *
アラド達がランゲルの街から姿を消して暫く経った頃、王城より近衛騎士や王国騎士団の部隊に護衛された馬車が旅立って行った。
馬車は東方の隣国カイゼル王国の、エルザン・カイゼル王太子婚礼祝いの品を乗せている。
ホーランド国王は散々悩んだ末に、真紅の炎が風に揺れ、時に雷光が走る魔玉石と揺れるエメラルドグリーンの中で煌めきが踊る魔玉石を選んだ。
友好国カイゼル王国王太子婚礼祝いの品だ、二つの魔玉石と揃いのペンダント二つずつ、これ以上の品はあるまいと自信を持って贈る事にした。
* * * * * * *
オークションに出品された魔玉石は、紹介文に煽られてオークション参加者が多数内覧に訪れて、現物を見た者達が世に二つと無き逸品だと沸き立った。
必ず落札すると意気込む者、主人から必ず落札せよと檄が飛ぶ者と様々だが、まさか、王家が絶対に落札すると意気込んでいるとは、夢にも思っていなかった。
アラドとの約束で出品者がアラドとは伏せられている、王家の名も出せないのでカリンガル侯爵の名で出品されたのだ。
オークション参加者の王家代理人は、サブラン公爵が命じられた。
王家より必ず落札せよと命じられて、サブラン公爵は身が震えた。
その際グルマン宰相より、資金は王家が出すので何も気にせず、相手より高値を告げる時には冷静沈着にしていろと指示された。
オークション開催当日、殆どの商品が落札された頃にサブラン公爵が悠然と会場に現れると、一つだけ空いていた指定席に座る。
最後の品が展示台に置かれる、透き通る様な赤い炎が揺れ金色の煌めきが踊るそれはオークション参加者の目を嫌でも引き付ける。
オークショニアが魔玉石の紹介を始めるが由来来歴共に不明、カリンガル侯爵が代理人として出品したと告げる。
この一言で、カリンガル侯爵陞爵祝いに訪れた人々の脳裏に一人の男が浮かぶが、彼に手を出すことは誰にとっても鬼門だと頭を振り記憶から消し去る。
簡単な紹介の後、開始価格金貨500枚からオークションが開始されたが、最初の一声で金貨1000枚と声が掛かった。
響めく会場の中に次々と高値を更新する声が響く。1,100、1,200、1,300と一瞬の遅滞も無く値上がりを続け、金貨2,500になった時に初めて一拍の間が開いた。
その一瞬の静寂を破る様に、静かに成り行きを見守っていたサブラン公爵が声を上げる。
その声に釣られて、余りの高騰に逡巡していた者達が再び声を上げる。
目を血走らせ、金貨10枚単位で値を吊り上げる者、紅潮した顔に脂汗を流しながら唇を噛み崩れ落ちる者。
次々と脱落していくなか固唾を呑んで見守る人の目に、唯一人サブラン公爵が淡々と上値を付けていくのが映る。
最終落札価格金貨6,370枚、実に637,000,000ダーラ、魔玉石としては前代未聞の価格になった。
金に糸目は付けないと言っても、魔玉石に出せる金額には限度がある。
それをサブラン公爵は淡々と上値を付け続けたので、皆は良くそこ迄の値を付けたという思いでサブラン公爵を見ていた。
* * * * * * *
フランガの街を離れる日に、最後の挨拶にと兵に囲まれたドームに行き、見張りの気が緩んでいる深夜にドームから逃げ出した。
その際、故意に物音を立てて見張りに見つかり、暗がりに逃げ込んでからジャンプして追っ手を振り切る。
と言っても近くの巨木の上に腰を据えただけだった。
夜明けと共に、ドームを囲んでいる兵士達が俺を追う為に準備を始めているのを見ながら、ドーム内にジャンプしてドームの魔力を抜き消滅させる。
見えない結界のドームに馴れきった兵士達は、俺の追跡に参加しない兵士達がドームに凭れて雑談をしている
それなのに、俺が結界の魔力を抜きドームを消滅させたものだから、見事に転倒してしまった。
其れを見て大騒ぎになり、隊長らしき男が飛んでくる。
〈何をした! 何故消滅した!〉
倒れた男がしどろもどろに言い訳を始めるが、判る訳がない。
防御障壁を消し隠蔽魔法を施した俺は、怒鳴る隊長らしき男の傍を別れの挨拶に手を振りながら通り過ぎる。
ランゲルの街を出てザンド達に出会うまでに40日以上、それから半月は過ぎている。
また森を突っ切って帰れば、12月か1月にはランゲルに帰れるだろう。
王家に依頼した家も一度は見てみたいし、サランもルビックに住まうカエラやミラーネに会いたがっている。
ランゲルから近いし、寄ってみても良いかも。
ウインザの街でイヴァンロから救い出して以来、殆ど自分のやりたいことを言わないサランが会いたいと言い出すのは、良い傾向だ。
サランの願いを叶える為に、カエラやミラーネに渡す土産でも探しながら帰るとするか。
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