第77話 裏切り

 「このハイマンに、何人のパンタナル王国所属の魔法部隊の者が侵入しているんだ」


 首輪の意味が判らず、ぼんやり俺を見ていた男が頭を抱えて呻きだした。


 「質問に答えろ! 黙っていては痛みが続くだけだぞ」


 「37人だ!」


 必死に声を絞り出して、痛みから解放された男が驚愕の表情を浮かべる。


 「パンタナル王国派遣大使に面会したな」


 驚いた顔のまま俺の質問を聞き逃したのか、またもや痛みに苦痛の声を上げる。


 「大使に面会したのかと聞いているんだ、答えろよ」


 「しました!」


 「大使の名前は?」


 「ボルゾイ、ボルゾイ・バルゼン伯爵だ!」


 此れだけ聞けば下っ端に用はない、奴隷の首輪を解除して全員を縛り上げると3階の空き部屋に連れて行く。


 〈二人とも転移魔法が使えるのか〉

 〈そんな話は聞いて無いぞ!〉


 「騒ぐなよ、お前達はホーランド王国に預ける。事が終わったら、帰りたい奴は国に帰らせてやるよ」


 「何故だ?」


 「ん、お前達は命令されて実行しただけだろう。俺は命令した奴に仕返しをするつもりだ。殴られたら殴り返す、たっぷり利子を付けてな」


 ブリムス達を呼んで見張らせて、グルマン宰相宛てに本日二度目の書状を認める。


 * * * * * * *


 グルマン宰相はアラドからの書状を読んで吃驚した。

 パンタナル王国魔法部隊の者が、37人も王都ハイマンに侵入していた事。

 それも。パンタナル王国派遣大使の手引きによりと書かれていて、怒りに身体が震える。

 襲撃者の内、捕らえた11人を預けるが尋問などは不要にて何れ引き取りにいくとあった。


 国王陛下に報告するも暫し考えた後、「あの男なら今夜辺り派遣大使の館に侵入するだろう」と答えただけだった。


 又残り26人は襲撃が失敗した以上逃げ出すだろう。

 パンタナル王国魔法部隊の者は、全員右眉の上に黒子状の入れ墨が有ると書かれている。


 これって捕まえろって事かと考え込んでしまったが、他国の魔法部隊が冒険者を相手とは言え、我が王都内で無法を働いたのだ見逃す訳にもいかないと捕縛命令を出した。


 * * * * * * *


 「失敗しましただと! 己はそれでも魔法部隊の指揮官か! 何故差し違えても奴を殺さなかった」


 「ですが大使閣下、魔法の一斉攻撃で確かに吹き飛んだのですが、奴は怪我一つしていませんでした。付き従う女もです。監視役の報告では二人とも転移魔法を自在に使い、仲間が次々と拉致されるに及んで逃げ出すしか方法が無かったのです。我々が聞かされていた事と違いすぎます。あんな化け物相手に闘えと言うのは無茶です」


 大使閣下、頭から湯気を上げて怒り狂ってますが、自分の心配をしろよと忠告してやりたい。


 警備隊の者に、パンタナル王国派遣大使の館に案内させてから、一切の監視や包囲は不要と言って帰らせた。

 隠蔽魔法と転移魔法を駆使して館内を捜索し、魔法部隊の者が隠れていないか確認してから大使の執務室に侵入して話を聞いていた。


 護衛騎士6人はサランに片付けさせて、俺は魔法部隊指揮官の後頭部に一撃を入れて昏倒させる。

 護衛が血を流して倒れ、魔法部隊の指揮官もいきなり倒れたので大使の怒声が止まる。


 大使の腹を蹴り、くの字になった所で奴隷の首輪を装着して呪文を唱え、俺の姿を見せてやる。


 「ボルゾイ・バルゼンだな、自己紹介の必要は無いと思うが聞きたいか?」


 「まさか・・・何故こんな所に・・・」


 「さっきこの男が言っていたじゃないか、俺は何処にでも侵入出来るんだよ。座れ!」


 俺の命令が理解出来ず、棒立ちの大使がいきなり苦しみ出す。


 「お前の首に嵌まっているのは奴隷の首輪だ、命令に従え! 座れ!」


 ひいひい言いながら絨毯の上に跪く大使に問いかける。


 「俺の住居を誰から聞いた? 何故あの家に俺が居るのを確かめた?」


 バルゼン大使が言い淀み、又地獄の苦しみに悶えながら答える事になった。


 「ククルス、宝石商のククルスです。貴方があの家に居ると伝えてきました」


 「何時だ?」


 「昨日の夜です。住居は以前知らせてきていましたが、あの家に貴方が居るのか不明でしたので奴が確かめに行きました」


 やっぱりね、俺の所在確認に来ていたんだ。

 先ずパンタナル王国に情報を売り、次ぎに俺に漏らして金儲けの糸口を付け、その後ホーランド王国に知らせてアリバイ工作と身の安全を図る。

 ホーランドとパンタナル両国で商売するには、其れなりの才覚が要るのだろう。

 だが、三方に情報を売るつもりで、俺を金儲けの種に使ったのはちょっと不味かったな。


 マトラの件でしくじったのなら、多少でも俺の事を調べるべきだったが侮ったか。

 俺を食い物にするには、すこぶる丈夫な歯が必要だと判るはずなのに、いきなり来て重要情報をペラペラ喋った時点で罠と疑われているんだよ。

 まぁ、ククルスのお仕置きはグルマン宰相にでも任せるか。

 奴の本支店会わせれば相当な資産が見込めるので、王国の金庫も潤う筈なので喜ばれるだろう。


 「俺の親爺を囮に使ったが、どうやって王都迄呼び寄せたんだ?」


 「貴方が冒険者として大成功していると教えました。その上で我が国に招聘したいので、紹介してくれたら謝礼として金貨100枚を約束しました」


 そんな事だろうと思ったが、欲に釣られた馬鹿の事はどうでも良い。


 本国からの指示書が有る筈だと思い、それ等を提出させると俺に関する調査報告書も大量に出てきた。

 こりゃー、相当前から俺の事を調べていた様だ。

 パンタナル王国からの命令書は、俺の住居確認とククルスを使って在宅確認後、魔法部隊での全力攻撃を仕掛ける事。

 目的達成後は速やかにホーランド王国の王都より脱出して、パンタナル王国の痕跡を消せとなっている。


 逃げた魔法部隊の奴等は、下手をすれば口封じの為に皆殺しの憂き目を見ることになるな。

 まっ、逃げた奴等はグルマン宰相が何とかするだろう、俺はパンタナル王国の屑のお仕置きだ。

 殺した護衛をマジックポーチに入れ、バルゼン大使の首輪に隠蔽魔法を掛けて見えなくする。


 魔法部隊の指揮官も放置する訳にもいかず奴隷の首輪をプレゼントして俺の家に連れて行くことにした。


 「バルゼン、護衛6人には極秘任務を与えたとでも言って誤魔化せ、此れからも何事も無かった様に普段通り振るまえ。明日の昼過ぎに俺の家へ訪ねてこい」


 泣きそうな顔のバルゼン大使を残して、一旦家に帰ることにする。


 * * * * * * *


 ヘイズから知らせを受けたカリンガル侯爵様が、夜更けに訪ねて来た。


 「何かお手伝い出来る事はありますか」


 しれっと言うが、俺達の心配はしてない様だ。


 「売られた喧嘩は無条件で買いますが、相手を殲滅してそれで終わりにすれば、彼国に内乱が起きるでしょう。明日の昼過ぎ、パンタナル王国派遣大使に此処へ来る様に命じています。グルマン宰相共々お越し願えますか」


 カリンガル侯爵様は驚愕の表情のまま頷き、ヘイズに何事かを告げて帰って行った。


 * * * * * * *


 アラドの家を出たカリンガル侯爵は、御者に王城へ向かう様に指示する。


 「火急の用なればご容赦願いたい」


 グルマン宰相に断りを入れて、アラドとの短い会話の内容を伝える。


 「彼は派遣大使を呼び付けていると言ったのですか」


 「正確には『命じている』と言ったのです。多分派遣大使公邸はアラド殿に制圧されているのでしょう。その上で『相手を殲滅してそれで終わりにすれば、彼国に内乱が起きる』とも言いました。パンタナル王国を制圧して支配下に置くつもりのようですが、グルマン殿共々お越し下さいと言われました」


 二人で言葉の意味を考えていたが、国王陛下に報告して如何なる事態になろうとも対処出来る様に、万全を期する事にした。


 * * * * * * *


 2階の客間で派遣大使のバルゼン伯爵と向かい合い、左右にカリンガル侯爵とグルマン宰相が座りバルゼン大使を見ている。


 「グルマン宰相とカリンガル侯爵は知っているよな」


 「存じております」


 「以後、お二人の質問には包み隠さず全て答えろ」


 「承知致しました」


 主従関係の様な俺とバルゼン大使の遣り取りを見て、カリンガル侯爵とグルマン宰相が俺達を交互に見て驚いている。

 俺に対する攻撃命令を下した、パンタナル王家の制圧と現国王を退け誰を後釜に据えるのが良策か、バルゼンの意見を聞く。


 「国王陛下には三人のご兄弟が存命です。性格穏やかにして公平なのは、五番目の王子殿下であられるメリザン・パンタナル様です」


 「その男を王に据えて国は治まるか?」


 「現国王陛下、マライド・パンタナル様の熱烈な信奉者である宰相や軍部の重鎮達とパンタナル公爵家を筆頭とする上位貴族の集団が従いません」


 「お前は、現国王を信奉していない様な口振りだな」


 バルゼン大使が肩を竦めて答える。


 「国王陛下の覚え目出度き身なれば、此の国への派遣大使などにされていません」


 そりゃそうか、何時侵攻して戦争状態になるかも知れぬ国へ派遣される大使など、斬り捨て要員の最たるものだ。


 「では、現国王と国王の信奉者の名簿を作成して貰おうか。名を知らなければ役職名でも良い。貴族も隠居させ後継者に相応しいと思う者がいればその名も書き出せ」


 「アラド殿、何をなさるおつもりか?」


 「パンタナル王国の乗っ取りですよ。乗っ取りと言うか、俺を殺せと命じた奴とその一統の首のすげ替えです。私は去年の暮れに、パンタナル王国のフランガの街に居ました。そこで冒険者に対する貴族の横暴と、王家や教会が魔法を授かった者達を都合良く支配下に置いているのを、見聞きして来ました。他国に侵攻するパンタナル王国の力の一端は、魔法使いを支配下に置ける法とそれを組み込んだ軍事力にあります。現国王派を潰して、王家と貴族の力を少し削ればあの国も大人しくなります」

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