第66話 蛇とゴキ

 モルデ・グランド侯爵邸、正面玄関に滑り込んだ馬車を出迎えたのは、ゲインズと名乗った執事。

 執事の挨拶の後、直ぐにモルデ・グランド侯爵の執務室に案内された。


 以前の醜態など忘れた様に、執事から俺の名を告げられて鷹揚に頷くグランド侯爵。

 跪く気はないが、侯爵の背後で苦々しげに睨む騎士の手前、一応挨拶をすべきかと悩む。


 「良くお越し下された、アラド殿。さるお方より、書状を預かっております。一読後お返事を貰えますかな」


 にこやかなグランド侯爵の言葉に、背後の騎士達が面食らっている。


 手渡された書状は国王からの物で、東の隣国カイゼル王国でエルザン・カイゼル皇太子の婚礼が一年後の6月に挙行される。

 ホーランド王国として祝いの品を持たせた使者を送るが、カリンガル侯爵に贈られた見事な魔玉石に劣らぬ物を用意したい。

 同等程度かそれ以上の品を持っているのなら譲って欲しいとの事だった。


 王家の頼みを聞いてやる義理は無いが、通達のお陰で何かと自由に行動出来ているのも事実だ。

 あんな石っころは何時でも用意出来るが、元となる魔石の手持ちが無い。

 冒険者を名乗っているので、たまには素直に依頼を受けてみるかと気が向いた。


 来年の6月となると1年2ヶ月後で、ランゲルから王都ハイマン迄馬車で約13日掛かる。

 王都の森に行って帰るだけで約一ヶ月、獲物を探すとなると10日は必要になる。

 余裕を見て三月、7月の末迄返事を待って貰えるなら受けても良い。

 それ迄に間に合わなければ、他の物を手配して貰うしかない。


 「グランド侯爵様、依頼の内容は承知したと。但し三月後、7月の終わりまでに依頼の品が到着しなければ、手に入らなかったものと御理解下さい。とお伝え下さい」


 役目が無事終わったと緊張の解けた顔になり、ほっとして頷くグランド侯爵に馬車の拝借を申し出る。

 背後の騎士達の顔こそ見物だったが、彼等は侯爵様の返答に更に驚くことになった。


 一冒険者が、天下の侯爵様に馬車の提供を要求しているのだから。

 だが、グランド侯爵は二つ返事で自分の馬車の提供を承諾したので、それを断り尻の痛くならない程度の馬車にしてもらった。


 執事に馬車の用意を命じる侯爵様に、謝礼としてレッドビーの蜜の壺二つを提供すると、満面の笑みで受け取ってもらえた。


 心残りは、注文した魔鋼鉄の剣の受け取りが、暫くお預けになりそうなことだ。

 場合によっては冒険者を雇い、居着いた先に贈ってもらうことになりそうだ。


 * * * * * * *


 王都に到着後、三日程食糧調達の為にホテルに滞在したが、冒険者ギルドには行かない。


 * * * * * * *


 王都の南門から出て街道を横切り、ひたすら南に向かう。

 以前、雷鳴の牙と歩いた森を南に向かって歩き続けるが、サランに迷いは無い。

 流石は方角さえ判れば大丈夫と、自信満々で言うだけの事はある。

 俺とは方向感覚が全然違う、俺の方向感覚と帰巣本能では永遠に森の迷子になるのは確実だ。


 取り合えず目指すはレッドビーの巣が有った場所で、その周辺で熊さんハイオーク等を数頭ずつ狩ることにしている。

 今回は二人だけなので移動は転移魔法を使い、魔力消費を常に把握しながらジャンプを繰り返す。


 俺もサランも魔力が200を越えているので、魔力消費が100を越えたら結界のドームでお茶を飲みながら魔力の回復を待つ。

 サランも俺も魔力切れから完全回復まで約2時間程、魔力を半分使っても1時間もあれば回復するのでお茶休憩には丁度良い。


 金色熊さん4頭、茶色と黒の熊さんが4頭と3頭に、見事な角の山羊が1頭。

 斑模様の蛇と緑色の蛇はパス、サランは蛇と相対した瞬間硬直してしまい、俺が腕を掴んでジャンプして逃げた。


 あの蛇の目を見たら、結界を張るって発想も浮かばなかった。

 小さいニョロでも余り好きでは無いのに、巨大な蛇はご勘弁をだ。

 しかし、蛇を見て恐いからと逃げるのは、冒険者として情けないので1匹は討伐してみることにした。


 野営のドーム内でサランと協議するが、嫌そうなサランにお説教だ。

 蛇と出会って硬直していたことを思い出させる。

 どんなに魔法が使えても、怖さで硬直していては確実に死ぬ。

 苦手でも一度は闘い、硬直して後れを取ることの無い様にすべきだと、その上でどうやって倒すのが最良かを検討する。


 ストーンランスもアイスランスもあの鱗で弾かれそうだし、ファイヤーボールも効き目がなさそう。

 風魔法が効くとは思えない、竜巻で巻き上げても周囲の木に巻き付かれてしまいそうだ。


 口の中にファイヤーボールを打ち込んでと思ったが、ブラックタイガーと同じく凍らせようと思いついた。

 あの時は未だサランとも出会っていなかったので、詳しく説明する。

 蛇の場合、攻撃で致命傷を与えても暫くは胴体が暴れて危険極まりない。

 しかし、蛇や蜥蜴の爬虫類は、身体が冷えれば動きが鈍り最終的には動けなくなる事を教える。


 そして蛇と出会ったら頭を冷やせ、アイスランスやアイスジャベリンは使うなと言い含める。

 その為に、出会った野獣を離れた場所から頭部を凍らせる練習をする。

 お陰で野獣の凍死体が森に転がることになってしまった。


 蛇と出会った場所に行き、樹の上から探すが見つからず、三日目に地上に降りて透明な結界を張り囮になることにした。

 直径8m程だが高さは3m程度のお皿を伏せた様な結界にする。

 それも魔力を3/100も使って頑丈極まりない物だ。


 此れなら結界に巻き付かれても締め上げられる心配がないし、万が一にも壊れることも無いだろう。

 スケスケの結界に入って二日目、周囲に野獣の気配が無くなった。

 あれだ、田舎家で天井裏を鼠が走り回っていても、青大将一匹放せば鼠が逃げ出して静かになる。

 蛇の気配に野獣達は息を潜めているか周辺から逃げ出したのだろう。


 サランに注意を促そうとしたとき〈ヴェッ〉ってサランが変な悲鳴を上げた。

 振り向くと、サランが一カ所を凝視して固まっている。

 視線の先、30m程先の巨木から、太いロープ状の物が滑り降りてきている。

 ガラスの様な目と口からシュルシュル伸びる舌をみると、背筋に冷たい汗が流れる。


 サランの後頭部を平手で叩いて叱咤し、エールの樽二つ分ほどに見える頭部を睨み凍らせろと命令する。


 「いいか、一気に凍らせろ! じんわり凍らせると逃げられるからな、目と目の間を一気に凍れと念じて魔力も1/10くらい放り込んでやれ!」


 震えるサランの手を握り、力強く声を掛け指示を出す。

 歯の根も合わないほどに震えているが、蛇に向かって手を差し伸べ〈凍ってしまえ!〉と叫ぶ。

 その一瞬で勝負はついた。


 舌の動きが止まり、次ぎに舌も頭部も白く凍り付くとパタリと頭が地に落ちた。

 首や身体を傷付けたときの様な、のたうち回る断末魔は無し。

 尻尾の先が僅かにピクピクと痙攣しているだけだ。

 同時にあの威圧感が消えた。


 サランがヘナヘナと座り込み、蛇から目をそらす。

 サランをその場に残して、蛇の頭部の横にジャンプするとつややかな胴体は緑の斑模様で、森の中では目立たない迷彩柄だと判った。

 胴体直径は60cm程度で、長さはざっと見22~25mくらいだろう。 真っ直ぐに伸びてないのでよく判らないや。


 此奴は放置しようかと考えたが、魔石が欲しいので持ち帰る事にしたが一悶着。

 あれ程従順なサランが、蛇を持ち帰るのもマジックポーチに入れる為にぶつ切りにするのも断固拒否。

 まぁ、その気持ちは分かるので蛇さんは放棄することにした。


 俺だって巨大なゴキちゃんを、マジックポーチに入れて持ち帰れって言われたら断固拒否するもんね。


 目的のゴールデンベアとブラウンベアにブラックベアは獲れたので引き返すことにした。

 ジャンプを繰り返してひたすら王都を目指していて、いきなりブラックタイガーと鉢合わせした。

 何も無いと思われた場所にジャンプしたとき、横の茂みからひょっこり出てきて鉢合わせ、無意識にショートソードを抜いてライトソードで刺してしまった。


 なにかブラックタイガーに縁があるのかな、殺してしまったのは仕方がないし、蛇の代わりに此奴の魔石を貰っておくことにする。

 思わぬ獲物も手に入ったので、ご機嫌で王都に戻った。


 王都を出発してから22日目、ランゲルから王都迄13日で王都で3日費やしたので、現在38日使っている。

 王都での解体は論外なので、必然的に解体はサブラン公爵様の領地オルデンの冒険者ギルドとなる。

 オルデンまで5日に解体に二日みて45日、残り45日在れば間に合いそうなので一安心だが油断は出来ない。


 此処は貴族の特権を借りようと思い、カリンガル侯爵邸に向かう事にする。


 * * * * * * *


 「あれっ、セイオス様何故此処に」


 「何故って、アラド殿が王家の依頼を受けられたと聞きましたので、何れは王都に現れると思いお待ちしておりました」


 それって、丸っきりのストーカーだぞ!

 しかも、王家公認の、最強のストーカーだ!


 「まあ何とかなりそうなんですが、オルデンに行きたいので侯爵家の馬車をお借り出来ないか、お願いに来たのですよ」


 「それは例の依頼に関する事でですか」


 「まぁ~、多少は関係ありますけど」


 「父の所に参りましょう」


 何故かセイオスが張り切っているのでちょっと不安になる。

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