第64話 付与術師

 「あんだ~ぁ、お前ぇはよ~ぅ」


 「あんたが、腕の良い付与術士だと聞いて来た」


 そう答えると、俺とサランの服をジロジロと見て鼻で笑った。


 「見掛けによらず、良い服を着ているじゃねえか。金が払えても詰まらん仕事なら受けねえぞ」


 「多分、あんたが付与術士として初めて手がけると思うよ。付与して欲しい物は剣だが、二日後にならなければ実物を見せられない。その剣に火魔法を付与して欲しいんだ」


 「剣に・・・火魔法だぁ~ぁぁ。お前ぇは馬鹿か! 火魔法を付与するのは魔道コンロにだ、剣でお茶でも沸かす気か?」


 「腕が良いって聞いたけど、話を聞いただけで出来ないってんなら仕方がない。他を当たることにするが、あんたが認める腕の良い付与術士ってこの街に居るかな?」


 「お前ぇ、それを俺に聞くかぁ。この街に俺より腕の良い付与術士がいる訳ないだろうが!」


 「偉そうに言ってるが、魔道コンロに火魔法を付与出来ても、剣には出来ないんだろう」


 プライドを思いっきり傷付けてやると、目が据わってきた。

 こめかみがピクピクしているが、低い声で「やってやろうじゃねえか」と呟いている。


 単純だねぇ♪


 「二日後に付与して欲しい剣を持って来るよ」


 そう言うと、ぬーっと手を差し出された。


 「金貨20枚だな」


 「物も見ずに出来るのか?」


 「此れでも付与術に関しては誰にも引けを取らない自信はある。それに・・・金がねぇ」


 最後にぼそりと言った言葉に思わず吹き出したが、金貨10枚を手付けとして渡しておく。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 グルマン宰相はカリンガル侯爵と執務室横の応接室で頭を捻っていた。

 テーブルにはケルビス・オーラン男爵からの報告書が一枚置かれている。

 領内で起きた、アラドとサランに対する攻撃とその顛末の報告は受けていた。

 その後、オーラン男爵の屋敷を去るにあたり、魔鋼鉄の鉱石と魔力石を選別して持っていったの一文が、何を意味するのか理解出来ないのだ。


 二人は王都方面に向かったと知らせてきたが、それ以後の連絡は無い。

 オーラン男爵は見聞きしたことを報告するだけだ、アラドを付け回す権限は無いし、王家もそれを禁じている。


 気になるのは魔鋼鉄の鉱石と魔力石だ、二人して頭を捻っていたが、カリンガル侯爵がふと思いついた。

 サブラン公爵に書いて貰った紹介状は、オルデンの冒険者ギルドのギルマスに宛てたものだった。

 内容はブルーリザルドや他の野獣の解体を依頼したもので、魔石と指定した肉の受け取りと書かれていた。


 問題は此処だ、結果として侯爵陞爵祝いに肉も皮も気前よく振る舞っているが、魔石はどうしたのだろう。

 彼には魔石など必要無い代物だ、その魔石をどうするつもりなのだろうと考えていて冷や汗が出てきた。

 いや・・・まさか・・・。


 彼は宝石や魔玉石に何の興味もなく、エコライ伯爵の地下室から持ち出した宝石箱も、伜のセイオスにあっさり渡している。

 ならば、陞爵祝いに渡された二つの魔玉石は何処から手に入れたのか。

 彼は、エコライ伯爵とは関係の無い物だとはっきり言った。


 冷や汗を流しながら何も無い空間を睨む、カリンガル侯爵の様子を不思議に思いグルマン宰相が声を掛ける。


 「ご気分が悪いのかな、カリンガル殿」


 「一つ思い当たったのですが・・・荒唐無稽な思いつきだが、まさかと思って・・・」


 「何の事ですかな」


 「アラドはオルデンの冒険者ギルドでブルーリザルドや他の獲物を解体して貰っています」


 「王都の冒険者ギルドで出さなかった、物ですね」


 「そうです。彼は解体した獲物の魔石全てと肉と皮を引き取りましたが、魔石以外の肉の半数と皮を陞爵祝いに私は贈られました。彼に魔石は必要だと思いますか?」


 「どう言う意味ですか?」


 「ブルーリザルドの魔石が一個、ゴールデンベアの魔石が二個にブラウンベアの魔石が二個と多数の魔石をもっています。私への祝いの品として差し出した魔玉石が二個・・・鑑定使いに言わせるとブラウンベアかゴールデンベアの魔石だろうと」


 「まさか、まさか・・・彼があの見事な魔玉石を作ったと言われるのか」


 「あくまでも可能性の話ですが、オーラン男爵の所では魔鋼鉄の鉱石と魔力石を貰っています。魔玉石には2種類有る事は御存知ですよね、魔石は持っている。今回は魔力石を手に入れた」


 「その推測が正しければ、彼は無限の富を生み出せる事になりますぞ」


 「現に、オーラン男爵が差し出した謝礼の金貨をサランと二人で半分しか受け取っていません。彼にはそれで十分だったんでしょう」


 「その上サランは、土魔法も良く使い熟すことが報告されている」


 「魔鋼鉄や魔力石の保管場所に案内した者からの報告に依れば、二人とも中々の目利きだそうです。アラドは以前から、鑑定魔法も使えるのではないかと思われていましたが、今回サランと二人で魔力石の選別をしています」


 「と言う事は、サランも鑑定魔法が使えると言う事になるな。結界魔法に治癒魔法、氷結,風,火,土に鑑定・・・」


 「今思い出したのですが、教会本部に乗り込んだときに、姿が消えたのはサランだけでした。五分程の時間で、広い回廊の護衛全てを倒すのにはサラン一人では無理です。二人でも無理でしょう・・・となると」


 「まさか、転移魔法もか!」


 グルマン宰相の、悲鳴の様な声が室内に響く。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 テボリエ鍛冶店の親爺は上機嫌で待っていた。

 二振りの長剣とショートソードを差し出したが、長剣は俺とサランに合わせている。


 鑑定してみると(魔力531)と出た。

 試しに振り回してみるが違和感なし、柄もしっかり造られていてしっくり手に馴染む。

 ショートソードも片手で振り回す事が多いが、すっぽ抜けの心配も無さそうだ。

 サランも剣の感触を確かめ、満足そうである。


 あんたは、野獣や敵の中に飛び込んで行くから剣が頼りなんだろうけど、自分が全魔法を使える無敵の魔法使いって事を忘れてるぞ。


 テボリエの親爺が言うには、以前サランの為に打った剣より強度が高く

多分鉄の5倍程度の強度になっている筈だと教えてくれた。

 魔力200少々で鉄の3倍程度の強度と聞いたが、魔力531で5倍程度とは、魔力に比例して強度が上がる訳ではなさそうだ。


 親爺に礼を言って店を後にし、カラツバ通りのウランデの元に急ぐ。


 ・・・・・・


 ウランデは受け取った剣を抜くと、じっくり眺め〈魔力は中か〉と、ぼそりと呟く。

 どうやら鑑定魔法が使える様だ。


 「出来るかな」


 「出来るさ、やってみせるが問題がある。こいつに火魔法を付与しても、魔石を取り付ける場所が無い」


 「それは必要無い、魔力は俺達が直接流すから付与だけしてくれ」


 「流す・・・自分でか? 剣を振りながらだぞ、それに魔力を流すって何だよ。お前は魔石の代わりに魔力を出せるのか?」


 俺は魔力が209有るんだぞとは口な出さないが、ウランデを見て笑っておく。

 サランだって魔力が202になり、無敵の魔法使いと化しているんだ。


 「取り敢えず、その1本に付与してくれ。出来上がったら魔力を流してみせるから。言っとくが、コンロじゃ無いんだからな。剣先か刃先から炎が出る仕様にしてくれ」


 ウランデの口がぽっかりと空いて、何も言わない。

 此奴は本気で、剣でお湯を沸かす仕様にするつもりだった様だ。

 剣を振り回している最中に、お湯を沸かしてお茶を入れるところを想像して見ろと言えば、どんな顔をするのか見てみたい。

 俺はそんなに器用な人間じゃないので、お湯を沸かす剣なんて要らないからな。


 俺の言葉に固まってしまったが、頭はフル回転している様で目付きが段々鋭くなってくる。

 やがてブツブツと呟きながなら室内を歩き始めた。

 このタイプは知っている、一つの考えに没頭すると周囲が見えなくなる。

 もう何を言っても上の空だろうから、サランを促して部屋を出る。


 「アラド様、いいんですか?」


 「今、彼奴に話しかけても上の空で生返事しか返ってこないよ。2~3日後に出直してこよう」


 やることが無くなったので久し振りに、冒険者ギルドに行き朝の運動がてら獲ったチキチキバードとカラーバードを売りに行く。


 獲物を預けて査定待ちの間にエールを飲むのが楽しみだ。

 いっそ樽で買い付けて、サランに氷を出して貰い冷やしながら飲むってのも考えたが、空き樽の処分のことを考えて断念した。

 エコライフとか無闇に物を捨てないとか、日本人の性が時々顔を出す。


 「サランちゃん、久し振りね」


 声を掛けられて振り向くと、暁の星のメンバーが立っている。


 「ロンドさんお久し振り」


 「お久し振りじゃねえよ。どうしたランゲルに戻ってきたのか」


 「ルビックに行ってたんですけどね、この街のテボリエ親方の所で、剣を打って貰ってたんですよ」


 「あんた達に剣なんて必要無いでしょう」


 リーナが、遠い目をしてサランを見ながら呟くと、他の五人もウンウンと頷く。


 「でも一応冒険者だし、剣の1本も持って無いと恥ずかしいじゃないですか」


 「それにしちゃー、ショートソードしか下げているのを見たことがないぞ。てか新調の剣を持っているのなら見せてくれ」


 ヤロスやカザンが興味津々で見せろと言い出した。

 男の子だねぇ、剣やナイフには即座に喰いついてくる。

 サランがお財布ポーチから新旧2本の長剣を取り出して渡すと、二人が其れ其れの剣を抜き刀身を眺めている。

 古い方も研ぎ直しているが、新しい剣と並べるとその色合いが明らかに違う。


 同じ魔鋼鉄の剣でも黒色と漆黒、魔力531の剣は闇を切り出して剣にした様な趣が在る。

 テボリエ親方の打った、高魔力の魔鋼鉄の剣は伊達じゃない魅力がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る