第62話 結託

 オーラン男爵邸は2階建ての邸宅で、高位貴族の屋敷を見慣れた目から見ると可愛いものだ。

 俺がカリンガル侯爵様の身分証を見せたものだから、馬車は正門から邸内に向かう。


 正面玄関に立ち、不審げな顔で警備隊の馬車を迎える執事に身分証を見せて、名前を確認する。


 「お前がマルサスか」


 「左様で御座いますが、何か?」


 「ロリアンとラビンガを捕らえたと言ったら判るかな。ああ、警備隊の隊長もロリアンの店で捕まえたぞ」


 真っ青な顔になり震える執事を追い立て、オーラン男爵の元に案内させる。


 「お客様か? マルサス」


 40前後に見える、赤い髪に赤い髭が印象的な男がマルサスに問いかける。


 「オーラン男爵様、突然の訪問をお許し下さい。私はアラドと申します冒険者です。御領地の街でホテル天国の門を営んでいるロリアンと奴隷商のラビンガを、違法奴隷の取引により捕縛しました。その協力者である御当家の警備隊隊長と執事のマルサスの処分をお願いに参りました」


 「何と・・・申した?」


 「ホテルの支配人と奴隷商が結託して行う違法奴隷の取引です。御当家の警備隊隊長と、此処に居る執事のマルサスもその協力者です」


 「そんな馬鹿な! 何かの間違いだ。冒険者だと言ったな、何の権限で此処に来た!」


 黙ってカリンガル侯爵様から預かった身分証を見せる。


 「それは本物か?」


 「異な事を言われますね。此れが本物かどうか確認する術をお持ちでしょう」


 そう言って身分証を差し出した。

 受け取った身分証を掌に乗せて呪文を唱え、王家の紋章とカリンガル公爵家の紋章を確認して、漸く俺の言葉を信用する気になったようだ。

 しかし、身分証に記された俺の名前を見てブツブツと呟き記憶を探っている。


 「アラド、貴殿は王家と繋がりがあるのか?」


 肩を竦めて答える意志のない事を示しておく。


 「私の言葉を信用していただけるのなら、警備隊に多数の犯罪者を引き渡していますので後始末をお願い出来ますか。違法奴隷は鉱山に送られていて、鉱山の責任者達も奴隷商達と結託しています。ホテル天国の門の支配人ロリアンと、奴隷商のラビンガから聞き出しています」


 「マルサス! アラド殿の言葉に間違いないか!」


 オーラン男爵からの厳しい問いかけに、マルサスは蒼白な顔で震えて返事が出来ない。

 男爵は一瞬瞑目し、何かを決断する様に頷くと問いかけて来た。


 「アラド殿、何をお望みか」


 「捕らえている奴等の処分と、協力者の捕獲が第一。ついで無理矢理借金奴隷に仕立て上げられ鉱山に送られた人々や、不当に売春婦とし働かされている人々の救済です。主犯格は捕らえていますので、そう手間は掛からないと思いますよ」


 オーラン男爵は頷くと卓上のベルを振り、やって来たメイドに騎士団長を呼べと命じている。


 慌ててやって来た騎士団長は俺からの話を男爵から聞かされて、ホテル天国の門に行き、捕らえている奴等を連れてこいと命じられている。

 その騎士団長には、ホテルに行けば捕らえた奴の中に警備隊長もいるので、逃がすなよと念押しをしておく。

 賊を連れてくるときにサランの名を呼び、俺が男爵邸に来る様に言っているとその場で怒鳴る様に頼む。

 そう伝えると不思議な顔をされたが、オーラン男爵が無条件に俺の言葉に頷くので了解した。


 騎士団長が部下を引き連れてホテル天国の門に向かうのを見送り、これで面倒事を男爵殿に丸投げ出来ると安堵したが、忘れていた事があった。

 オーラン男爵から冒険者ギルドのギルマスに連絡して、血塗れのウルフ達8人を確保してくれる様にお願いした。

 血塗れのウルフ達が俺達に絡んだのが事の発端なので、奴等を逃がすのは業腹だ。

 ギルマスは治療代が回収出来なくて泣くかも知れないが、犯罪奴隷に落とせば、幾許かは回収出来るだろう。


 * * * * * * *


 オーロン男爵邸を部下20人と共に出発して、ホテル天国の門に向かった騎士団長ゴイスは、ホテルと奴隷商合わせて31人の確保が出来ほっとした。

 しかし、ほっとしたのも束の間、警備隊の者からホテルと奴隷商の店と使用人をどうしましょうと問われて、愕然とする。

 ホテルと奴隷商共々主要人物を捕らえてしまえば、後は知らぬ好きにしろとはいかない。


 急ぎオーラン男爵にお伺いの使者を立てると共に、その間警備兵を手分けして奴隷商とホテル天国の門の監視と、使用人達には営業を停止するが何時も通りの生活を続けろと言って聞かせる。

 それと同時に、使用人達に店から出歩く事を禁止した。


 連絡を受けたオーラン男爵も困った、貴族として領地や鉱山運営はそれなりにそつなく熟してきた。

 だが2店舗の責任者と主立った者を捕らえて、残った店舗と使用人をどうしましょうと言われても何も思い浮かばない。


 噂話と王家の通達から、年は若いが経験豊富そうなアラドに腰を低くしてどうすべきか尋ねる事にした。


 「アラド殿、2店舗の後始末を如何すべきでしょうか」


 そんな事を問われても俺がこまる。

 それは領主の権限で処理すべきだろうと思ったが、男爵からすれば一生に一度在るか無しかの大事件だ。

 丸投げした手前、勝手にしろとも言えず手伝うことになってしまった。

 魔力石のことも在るので、此処は恩を売りまくっておこうと決めて残務処理に取りかかる。


 先ず館にいる警備兵や騎士達をホテルに向かわせ、捕縛した連中は現場の者に男爵邸まで連れて来させる。

 交代した彼等を半数に分け、ホテルと奴隷商の管理を任せるが明日以降は、ホテルと奴隷商の財産接収と従業員に手当を与えて解雇する。

 奴隷として捉えられている者達には事情を再確認して、不当に奴隷にされた者は解放する。


 「アラド殿、ホテル天国の門と奴隷商の財産接収とは、全て召し上げることですか」


 「此れは領主様の取り分ですよ。犯罪者は取り調べの上処罰する、後に残る財物を放置すれば略奪されて犯罪の温床になります。また、接収した財産から被害者救済の資金を捻出しなければなりません」


 「成る程、この様な事は初めてなので。ご指示感謝します」


 ラビンガが言っていた『男爵は堅物で、貢ぎ物を送っても見返りは期待出来ません』てのとは少し違ったな。

 不正をする気が無いだけで、出来ない事知らない事を他人に尋ねることを躊躇わない柔軟さもあるし、貴族の体面より事件の処理を優先させている。

 惜しむらくは部下を信用しすぎて監督出来ていなかった様だが、王家や他家のように耳を各所に配置して、日々報告に目を通していれば防げたことである。

 為政者としては抜けている所も有るが、権力を振るって横暴な事をしないだけマシで、80点ってところかな。


 「男爵様、ロリアンとラビンガの二人には奴隷の首輪を嵌めています。取り調べに対し嘘は言わないと思いますが、言葉の綾で言い逃れを企むでしょうから、罪状はきっちり調べ上げて下さいね。それと警備隊長と鉱山監督官や現場の部下に協力者がいますので逃がさない様に」


 「はっ、承知致しました。必ず一網打尽にしてみせます」


 あんた、俺の部下じゃないんだからもっと威厳を持てよと言いたいが、協力的なのは良いことだ。

 此れなら魔力石採取にも協力してくれるだろう。


 * * * * * * *


 夕暮れ時、数珠繋ぎにされ2列縦隊で捕らえた31人が連行されてきたが牢が足りない。

 サランに首枷と足かせを土魔法で作らせて問題を解決すると、男爵様が感心している。


 「ほほ~う、土魔法でこんな事も出来るんですね。この女性の方は部下の方ですか」


 「サランは俺と同じ身分証を持っています」


 そう伝えて、サランにカリンガル侯爵様の身分証を提示させる。

 帰って来た警備隊の責任者からは、警備隊長の協力者数名が逃げた様だと報告を受けたが、雑魚は手配して永遠に追われることになるだけなので放置する。

 草原に放置していた奴等は無事だったが、全員手足の骨を折られているので運ぶのが大変だったと愚痴られた。


 31人+12人で43人の犯罪者と血塗れのウルフ8人を足せば51人の犯罪奴隷の出来上がりだ。

 これに鉱山関係者と警備隊の協力者に執事を含めれば、60名を下らない人手が確保出来て鉱山の採掘も捗るってもんだ。

 『売り飛ばしてやるよ』の一言を聞いて、殺さないでおいて良かった。

 奴等には、しっかり働けよと言ってやりたい。


 男爵邸に泊めて貰い、夕食に招かれたが気兼ねなく食べたいので別室に用意して貰う。

 下位貴族の男爵家としては、鉱山を預かっているので裕福だと使用人からの話で判る。

 小さな街一つの領主がどの程度の生活かは知らないが、質素極まりないって感じはない。


 食後サロンに招かれてお茶を飲みながら明日の予定を決める。

 オーラン男爵と共に、ロリアンとラビンガを連れて店に戻り、定番の地下室か隠し金庫を開けさせる事に決めた。

 それと、奴隷商に捕らわれている者達の首輪を外して、奴隷落ちになった詳しい経緯を確かめる必要と、奴隷の首輪の回収だ。


 二人とも溜め込んでいたねぇ。

 二人分合わせて革袋237個2,370,000,000ダーラと、ラビンガが酒の収集をしていたので300本程の酒瓶を回収した。

 オーラン男爵は、思わぬ金額の多さに顔が紅潮し手が震えていた。

 俺は手数料として、酒瓶の半分を貰うことにする。


 野営で小屋を出したときにしか飲まないが、旨い酒の収集は止められない。

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