第61話 膨れ上がる面倒事

 店の方からは、怪我人が必至に助けを求めているが、どうしてこうなったのかと問い掛ける声が聞こえてくる。


 サランには姿を消したままついしてこいと指示して、支配人室を出て食堂に向かう。

 まったく、雪玉が転がる様に面倒事が膨らんでいく、どうぞ領主まで関係していません様にと祈りたくなってきた。


 食堂に行くと、警備隊の一団が怪我をしている奴を取り囲んで、怒鳴り声をあげている。

 怪我人の男は、いきなり足や腕が折れたんだと震えながら訴えているが、そんな馬鹿な事があるかと更なる怒り声に晒される事になる。

 オーロの首に結ばれたロープを引いて、警備隊の一団に向かう。


 「ちょっと良いかな」


 〈何だ! 貴様は!〉


 「その怪我人の説明をしに来たんだ」


 〈おい! その後ろに居る男はどうしたんだ! 何故、首にロープを巻きつけている!〉


 「こいつね、此奴の仲間と共に草原で襲われたんだ。で、首謀者がこの店の支配人だって言うからさ」


 〈では、此れはお前が遣ったのか!〉


 いちいち煩いね。

 唾を飛ばして感嘆符の嵐では話しづらい。

 カルガリ街道沿いの街なら、カリンガル侯爵様の身分証の方が見慣れているだろう。

 新たに貰った、カリンガル侯爵様の身分証を示しながら、責任者を呼べと横柄に命じる。


 最近会得した、警備兵や衛兵に身分証を示しながら多少横柄な態度で振る舞うのが、自分が身分的に上だと思わせる方法だ。

 案の定、俺の示した身分証と態度で感嘆符が消えて、物腰も幾分和らいだので話が出来る状態になった。


 草原でオーロを含めた13人に襲われた事と、何故襲って来たのかと締め上げたら、この店の支配人の命令だと白状したと伝える。

 その際、俺を奴隷にする話も出たから捨て置けないので、一味の連中が逃げられない様に、手足の骨を折っておいたのだと言ったら嫌な顔をされた。


 「そう言われましても、全員手足の骨を折られては扱いが大変です。もしかして草原に放置している奴等も全員・・・」


 「勿論、逃げられない様に手足の骨を折ってやったよ」


 「なんてこったい、下手すりゃ全員野獣の餌食だぜ」


 「良いんじゃない、多数で襲い掛かって負けたんだ。殺されなかっただけでも儲けものだし、此奴が場所を知っているから引き取って来てよ。それと、此奴等の怪我は直ぐに治してやるので逃がすなよ」


 へっ、て言う間抜けな返事をする警備兵の前で、怪我人を一人一人(ヒール!)の一言で治していく。


 「治癒魔法が使えるのですか」


 「ああ、本来ならがっぽり金貨を毟り取ってやるんだが、あんた等も怪我人の世話は嫌だろうからサービスだ。その代わり逃がすなよ。後で領主様に挨拶に伺うので。名と爵位を聞いておこうか」


 「はっ、ケルビス・オーラン男爵様であります」


 支配人室に転がしている奴等も引き渡した後、警備兵を支配人室から追い出し店の警備を任せてロリアンの所に戻る。


 「ようロリアン、隣の奴隷商に挨拶に行くが余計な事を喋らずに案内しろ。逃げたら今度は丸焼きにしてやるからな」


 此処まで言って思い出した、俺って結構間抜けだね。

 ロリアンを跪かせ、空間収納から奴隷の首輪を取り出して首に嵌め(我アラドが命じる。以後我の命に従え)と、素早く呪文を唱える。


 呆然とするロリアンに止めを刺す。


 「判っていると思うが、俺から逃げたり敵対する行為を禁じる。全ては俺の利益の為に働き、誠心誠意仕えよ。返事は?」


 〈ウワッ〉返事の代わりに悲鳴を上げて蹲ったが、反抗的な態度の為に首輪のお仕置きを受けた様だ。

 首輪に隠蔽魔法を掛けてから、奴隷商の所へ向かう事にした。


 地下通路の突き当たりの壁を引くと小部屋に出たが、室内はは掃除道具を収めた小さな部屋とはね。

 そして部屋の左右の壁には掃除道具と共に不要品が置かれている。

 つくづく凝った作りが好きな連中だが、片方が完全制圧された時の事は考えていなかった様だ。


 小部屋を出ると地下牢が並び見張りが一人退屈そうに椅子にふんぞり返っているだけだった。

 俺に背中を押され足を踏み出す。


 「ロリアンさん、どうしたんですか」


 「ラビンガに用が有ってな」


 ロリアンがそう答えながら親指で耳を掻く。

 何かの合図と思ったサランが、すかさず男を叩きのめして縛り上げ、腰にぶら下がった鍵を奪い出入り口の鉄格子を解錠する。


 泣きそうな顔のロリアンの尻を蹴り上げ、「さっさとやれ! 余計な事をして、また火炙りになりたいのか」と脅しつける。

 見えないサランに殴られ縛られた男が、ロリアンしかいないのに声が聞こえることに驚いている。


 一階は来客用スペースと、食堂や従業員達の休憩場所になっているとロリアンに聞いたので素通りして、二階のラビンガなる奴隷商の執務室に向かう。

 二階の一室の前に一人の男が壁に凭れて立っている。


 「どうしたんですか、ロリアンさん。お一人とは珍しいですね」


 「ああ、ラビンガは居るかい」


 「はい」


 返事と共にノックをすると、ドアに付けられた覗き穴が開き鋭い目がロリアンを確認して鍵の開く音がする。

 ドアが開くと同時にサランが室内に飛び込み、中に居る男達を叩き潰していく。

 俺はのんびりとドアの前に居た男の腹を蹴りつけ、蹲った所を室内に蹴り込む。


 一人ソファーにふんぞり返る男が、目を見開いてロリアンを凝視すると詰問してくる。


 「此れは何事だ、ロリアン!」


 「いや・・・此れは、そのー」


 蹴り込んだ男を縛りながら室内を観察すると、ドアの両脇とソファーの後ろに二人ずつ倒れている。

 立ち尽くすロリアンを放置してラビンガの後ろに回り込み、頭に一撃を入れてから素早く奴隷の首輪を装着する。


 何時もの隷属の呪文と禁止事項を呟き、驚愕に固まるラビンガの前に姿を現す。


 〈誰だ! お前は!〉俺を見て怒鳴りだしたが、次の瞬間頭を抱えて蹲った。


 「何を偉そうに怒鳴ってるの、ご主人様には丁寧な言葉と態度ってものが常識でしょう。奴隷商の癖に、そんな事も知らないとは情けない」


 「なっ・・・何故?」


 「何故って、お前の首に奴隷の首輪をプレゼントしたからさ」


 〈そうじゃない!〉と怒鳴って再び頭を抱えて倒れ込むラビンガ、学習能力が無いのかな。


 「立て! この屋敷の中に、お前が不当な奴隷売買をしている事を知り、手助けをしている者を一人ずつ呼び寄せろ」


 奴隷の首輪を見えなくしロリアンとラビンガをソファーに座らせ、一人ずつ呼び寄せては殴り倒して縛り隠蔽魔法で姿を隠す。

 簡単で楽なお仕事は直ぐに終わり、残りは食事係やメイドなどの使用人だけになった。

 此処からは馴れたお仕事を始める事になる。


 「領主に便宜を図って貰ってるか?」


 「いいえ、男爵は堅物で貢ぎ物を送っても見返りは期待出来ません」


 ほーん、領主が敵に回らないのなら、後は楽で簡単だ。

 鉱山奴隷をどうやって集めているのかを聞けば、ロリアンの店を使い、ツケ払いでたらふく飲ませてたり女をあてがって借金漬けにする。

 ツケで首が回らなくなると借金奴隷にと、極めてオーソドックスな手口がメインらしい。

 ロリアンの店の売春婦も、亭主や親を借金漬けにして女房や娘を無理矢理差し出させているって。


 それでも訴えられると不味いので、オーラン男爵の執事と警備隊の隊長を抱き込んでいるそうだ。

 金で縛り、部下も金を握らせてコントロールして訴えを握りつぶすので、男爵に気付かれる事は無いと答えた。

 領主の男爵も、部下を信用するのは良いが管理出来てないね。

 まぁ、耳目を塞がれた状態なら仕方がないところも在るが、自分専用の耳を用意しておけよと言いたい。


 鉱山でも、鼻薬を効かせた鉱山監督官や現場主任が奴隷の食事を極端に悪くし、もっと食べたければと掛け売りで食事を与えて、借金を増やすシステムになっているとほざきやがった。


 勿論、血塗れのウルフや俺達を襲ってきた連中も町の外で冒険者や旅人を襲っていると白状した。

 オーラン男爵には、キツいお説教をしておかねばならない。

 サランに二人を見張らせておいて、地下道を通ってホテル天国の門に戻る。

 警備隊の一団を連れて奴隷商のところに戻ると、全員を引き連れてホテル天国の門に移動させる。


 警備隊の隊長と執事が敵なら、このまま引き渡しても無罪放免は確実なので、サランを残して俺が男爵に直談判するかと悩んでいると問題の一人がやって来た。


 〈此れは何事だ!〉


 警備隊の隊長の怒声に、兵士達が直立不動であたふたしている。

 此処は問答無用で事を運んだ方が遣り易い、無言で警備隊長の手足を叩き折ると、付いてきた兵達が動揺している。


 「喧しい! 此れが何だか判るよな、カリンガル侯爵様から預かる身分証だ。

この男は奴隷商やこの店の主から金を貰い、悪事を見逃していた。今から俺がオーラン男爵のところへ行って説明わするので、馬車を用意しろ!」


 怒鳴りつけると数人が店を飛び出して行く、やはり身分を振りかざして高飛車に怒鳴りつけると、素直に言うことを聞くようだ。

 サランには姿を消したまま残ってもらい、取りこぼした奴等が仲間を救出に来た時に対処しろと命じる。

 警備兵の眼前でサランの姿が消えると周囲から響めきが上がる。


 「言っておくが、サランも俺と同じ身分証を持っているし、見たとおり防御結界で姿を見えなくする事も出来る。余計な事をせずに、此奴等をしっかり見張っていろ」


 用意の出来た馬車の座席に座りながら、魔力石を求めてルビックに来たのに何でこんな事をしているのかと、ぼやきたくなる。

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