第58話 魔力石
貴族や王国の重鎮や豪商達の馬車が、続々とカリンガル侯爵邸に吸い込まれていく。
玄関ホールで客を迎える執事のセグロスも、流石に連日訪れる祝い客の相手で疲れ気味だが、今日が最後と踏ん張っていた。
カリンガル侯爵に招待された客達は、晩餐会が始まるまで暫しの間大広間にて寛いでいるはずだが、多くの人は陞爵祝いに贈られた品々が飾られた一角に集まり、一際目を引く二つの魔玉石に魅入られている。
カリンガル侯爵がアラドから魔玉石を送られた場に居なかった者達は、しきりに誰からの贈り物かと興味深げに話し合っている。
その場に居あわせた者が冒険者が贈った物で、アラドと呼んで親しげで有ったと教えている。
アラドと背後に控えるサランの名は、王家の通達以上の早さで彼等の脳裏に刻まれていくが、一年以上も前に出された通達を忘れている者も多くいる様だった。
覚えていた者は、本当に王家が冒険者の後ろ盾になっていることに驚いた。
カリンガル侯爵と親交があり、尚且つサブラン公爵も後ろ盾とも取れる発言をしていると聞いて、迂闊な事はすまいと思い直した。
晩餐会は大盛況の内に幕を閉じたが、メイン料理として饗されたのはオークキングの肉であった。
アラドから提供を受けたブルーリザルドの肉は寸胴四つ分、二つを王家に贈った為に晩餐会には足りなくなる恐れがあった。
オークキングの肉は寸胴三つ分残っていたので此方を使い、ブルーリザルドの肉は親しい友人達やサブラン公爵に贈ることにした。
宴も終わり三々五々帰る招待客には、土産として美しい壺に収められたレッドビーの蜜が手渡され、カリンガル侯爵の面目を保つのに一役買っていた。
* * * * * * *
「魔石ですか?」商業ギルドの受付が聞き返す。
「そう、野獣から捕れる魔石でなく、石っころの方ね。魔玉石は魔物の魔石と石っころと両方有るだろう」
「上等な大きめの魔石を7~8個欲しいのだが何処で購えるのかな」
此奴はまた変なことを聞きにきたなといった顔つきになるが、上客なので無碍に出来ないのか魔道具店を紹介してくれた。
〔アレグ魔道具店〕マラウス通りの一角に建つ堂々たる建物で、冒険者の服から着替えておいて良かったと思わせる雰囲気。
店内に入ると行く手を阻まれて「当店になんの御用ですか」と、慇懃無礼を実践する店員に聞かれた。
小市民の服装では相手に出来ないらしいが、俺達の服は機織り蜘蛛の糸で織られた高級品なのに、見る目が無いねぇ。
面倒なのでカリンガル侯爵様の身分証を示すと、即座に態度を変えた。
流石は高額所得者を相手にする店の従業員だ、苦笑いで魔石について訊ねる。
「魔石で御座いますか・・・」
「そう、魔玉石には2種類有るのを知っているだろう。獣の魔石でなく、石っころの魔石ね」
そう伝えると頷き、カウンターに案内されて係員から魔石を提示されたが、此れは魔力石と呼ばれていますと説明を受けた。
然し、マトラの説明を受けたときに見た魔玉石とは、比べものにならない小さな魔力石だ。
此れは魔道具に使用するのだが、ゴブリンなどよりは魔力を必要とする物に使うがハイオークよりも魔力が劣るので、中級品程度の魔道具に使われていると説明された。
高品位の物は滅多に出回らないと言われてしまった。
提示された魔力石を鑑定してみたが、どれも魔力280以下で、魔玉石制作に不向きと思われた。
複数魔力石を買って、サランの土魔法で一つに纏めても魔力が増えるとは思えない。
仕入れ先を尋ねると冒険者ギルドからだが、鍛冶屋からも少量仕入れていると教えてくれた。
鍛冶屋からとの疑問に、魔鋼鉄の原石に時々混じっているそうだ。
魔鋼鉄に魔力石、そう言えば何で魔鋼鉄って言うのか知らなかった。
多分魔力も含んでいるのだろうと思われるので、後で鑑定してみよう。
* * * * * * *
アルタ通りのサンドラ鍛冶店、複数の従業員が忙しく働く繁盛店に行き、俺とサランの剣の手入れを頼む。
俺達の剣を受け取った職人が、珍しい形の剣なので繁々と見ている。
因みに俺の剣は魔力211、サランの剣は魔力224と鑑定に出た。
四方山話の序でに魔鋼鉄の原石のことを聞いてみたが、業者が持って来るそうで詳しくは知らなかった。
魔鋼鉄の原石に混じっているのなら、魔力石も同じ鉱山から採掘されていると思われるので、業者を訪ねて鉱山探しからになりそうだ。
鉱山に関し判った事は、各種鉱山は全て王国の所有で所在地の領主が委託を受けて管理しているそうだ。
貴金属や宝石類は、王家から派遣された監督官の監視を受けながら、高額の報酬で貴族が運営している。
確かに、鉄鉱石の鉱山と謂えども金のなる木なのだから、民間や冒険者に自由にさせる訳はないか
魔玉石になる様な高品質の魔力石が欲しければ、管理者の貴族にお願いするか鉱山の規制区域外で探すしかなさそうだ。
* * * * * * *
王都より、カルガリ街道をアスフォールに向かい、ランゲルの三つ先にあるルビックの街に向かう。
王都より乗り合い馬車で約16日の距離にあり、魔鉄鋼の鉱山はルビックの街から東に向かって森を進むこと4日の所に鉱山用の小さな集落があるらしい。
乗合馬車の固い椅子に座っての旅は嫌なので、何時のも如くちんたら歩く旅で、ルビックに到着した時には秋も終わろうとしていた。
上等な馬車を雇って移動しようかとも考えたが、座り心地が良くても退屈極まりない旅なら歩こうと意見が一致した。
その間にも魔力切れを繰り返して、魔力増強に励んだが200を越えてからは増加が極端に遅くなり、魔力が1増えるのに20回以上の魔力切れを必要とした。
その為に俺の魔力は現在204で、サランは197となり殆ど魔力に差がなくなった。
代わりに回復時間は2時間程と随分短くなり、転移魔法も見通し距離なら遠慮なく使える。
でもジャンプしての移動は、途中に何が有ったのか何も判らず味気ないので、やっぱり歩く事が多い。
ルビックの冒険者ギルドに顔を出して、途中で狩ったヘッジホッグやチキチキバードを売りに出し、査定の待ち時間に依頼掲示板を見てみる。
鉱石運搬の仕事が有るかと思ったが依頼は無し、運搬専門の者がいるのかと考えていると後ろで怒号が起きた。
〈何だてめぇは!〉
「何をわざと、アラド様にぶつかりに行ってるんですか」
〈俺が依頼掲示板を見に行くのが、ぶつかりに行ってるだとぉ。アラド様~ぁ、こんなチビに様とは笑わせるぜ〉
傷つくなぁ、お前が相手をしているのは、剣一本でオークキングに飛び込んで行く猛者だぞ。
〈おお、どうしたグルド〉
〈おい、聞いてくれ。依頼を見ようとしたら、この女が難癖を付けてきやがってよ〉
〈なに~ぃぃ、俺達に難癖付けて来るとは良い度胸だな〉
〈冒険者の流儀で方をつけようぜ、文句はねえよな〉
〈かぁー、女をいびるのが好きだからって、そんな痩せっぽちは女の内に入らねえぞ〉
失礼な奴等だねえ、チビだ女じゃないなんて。
「田舎者が相手を見て喧嘩を売れよ。お前等どう見ても万年ブロンズだろうが、その女はシルバーランクだぞ」
〈かー、又々はったりの下手なガキだぜ〉
〈無い無い、二十歳前後でシルバーなんぞになれる訳がない。チビ助も冒険者ならそれくらい覚えておけ〉
「さっきから人の事をチビチビと、気軽に呼んでくれるが頭は大丈夫か? 他人を見下すと大怪我をするぞ」
〈おい、血塗れのウルフよぉ、煩せえからさっさと模擬戦で方をつけろや!〉
〈そうだそうだ、エールが不味くなるから静かにしろ〉
〈さっさと叩きのめされて死ね!〉
遠くから罵声が飛んでくるって、地元の人間じゃないのかよ。
「あっらー、随分嫌われてますねぇ。静かにしろって言われてますよ、怪我をしないうちに出て行けばぁ~」
〈このチビ助、俺達をおちょくっていやがる〉
〈新人の癖に良い度胸だな、模擬戦で方をつけてやろうじゃないか〉
〈おお、血塗れのウルフが模擬戦を挑んだぞ〉
〈おい新人、そいつ等を叩きのめしたらエールを奢るぞー〉
〈よーし、新人に銀貨一枚〉
〈おいおい、応援するのならもう少し賭け金を上げろよ〉
〈でもよぉ、あの二人はどう見てもアイアンだぞ〉
〈さっき自分でシルバーって言ってたぞ。そんな簡単にバレる嘘は言わねえだろうが〉
〈じゃーお前が新人に金貨でも賭けろよ〉
〈生憎エールを飲んだらオケラになる予定だ、賭け金を貸してくれ〉
なにを吉本みたいな事を言っているのやら、気が抜けるギルドだね。
喧嘩慣れしているのか手際が良いのか、ギルマスを呼んだ様で血塗れのウルフがしきりに俺達の事を罵っている。
「お前達、見たこと無い顔だが模擬戦を受けるのか」
「相手は何人なの。俺達は二人だけど、全員と一斉にやらせてくれるのならやるよ」
〈おい! 2対8でやるってよ〉
〈おー、豪儀だねぇ〉
〈やっぱりシルバーランクに間違いなさそうだな〉
〈シルバーでも、2対8は厳しいだろう〉
〈随分舐めた事を言ってくれるよな〉
〈ギルマス、俺達は受けるぜ〉
〈8対2で勝つ気でいるチビ助を叩きのめしてやるよ〉
〈俺はあの細っこいのをバラバラにしてやるよ〉
「良いのか、1対1にしろ」
「ギルマス、大丈夫だよ。サランって、オークに飛び込んで行く様な奴だから負けるはずがないよ」
「お前は大丈夫なのか?」
「サランより落ちるけど、万年ブロンズ相手なら問題ないね」
ギルマスが肩を竦めて訓練場に向かうので後に続く。
サランはオークにって言ったけど、オークキングに飛び込んで一突きで倒すと言っても信じて貰えないよな。
〈おいおい8対2の模擬戦なんて初めて見るよ〉
〈とか、本気だったのかよあのチビ助〉
〈でも、本当にあの二人がシルバーなら良い勝負になるかもな〉
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