第57話 カリンガル侯爵

 カリンガル伯爵邸を訪れると、何やらごった返している。

 正門は解放され次々と馬車が訪れているが、貴族の馬車だけでなく商人のだろう馬車も多数いる。

 商人達の馬車は、財力を示す様に装飾や大きさが様々で面白いが、貴族を示す紋章が無いので直ぐに判る。


 通用門に回り、執事のセグロスを呼んで貰おうとして無理だと断られた。

 カリンガル伯爵様が侯爵に陞爵され、祝い客の対応で手が離せないといわれる。

 俺がこの屋敷を訪れるのは伯爵様・・・侯爵様に会いに来た時だけなので衛兵が気を利かせて連絡を取ってくれた。


 セグロスの補佐をしていると言う男が現れ、大広間に案内してくれたが、室内を見た瞬間入室を拒否。

 冒険者スタイルの男女が、のこのこと入って良い場所では無いのは俺でも判る。

 侯爵様に俺達が来ていることだけを伝えてもらい、俺達は使用人控え室で待つと告げる。


 俺達の世話係をした事のあるメイドが、気を利かせてたっぷりの食事をサランと俺に振る舞ってくれた。

 当然の如く、サランの皿にはたっぷりと料理が盛られている。

 三度お代わりをして満足し、お茶を飲んでいる所に侯爵様がお呼びですと先程の男が現れた。


 冒険者スタイルのままで良いので、ぜひ大広間にお越し下さいと言われて渋々付いていく。

 多分俺達の顔を知らない貴族や豪商達が、余計な手出しをしない様に顔見せの意味が有るのだろう。


 大広間に足を踏み入れると場違いな服装の俺達に視線が集まる。

 案内の男の後に続きカリンガル侯爵様の元に行くが、高位貴族と思われる男女に瀟洒な服を着こなす男達。

 自信に溢れた物腰から、王都の豪商達なのだろうが目付きの悪いのが複数居る。


 「アラド殿良く来て下さった」


 にこやかに進み出て握手を求めてくる。

 ちょっとやり過ぎじゃないのかと思うが、此処で拒否など出来ないので、にこやかに挨拶をする。


 「カリンガル侯爵様、侯爵位陞爵お目出度う御座います」


 「有り難うアラド殿、来て貰えて嬉しいよ。首尾はどうだった」


 「はい、その件でお伺いしたのですが、陞爵のことを衛兵に聞いて初めて知り、お祝いが遅れて申し訳ないです」


 俺とカリンガル侯爵様の遣り取りを、周囲の者達が興味津々で見ている。

 俺と侯爵様が、対等な立場だと印象づける狙いがあるので少々大袈裟に思う。

 満座の中、然も祝いの場だ、手ぶらも不味いので出来たてほやほやの魔玉石を渡す事にした。


 空間収納から取り出した魔玉石は、乳白色の光の中に金色の煌めきが踊る物である。

 周囲の者達から響めきが上がるが、俺の後ろに隠れる様に控えるサランに手を伸ばす。

 サランが取り出したのは、真紅の煌めきが風に揺れるが如く蠢く魔玉石で、共にゴールデンベアの魔玉石に魔力を1.800程込めた物だ。


 「宝石箱の用意がありませんので申し訳ないですが、お納め下さい」


 呆けるカリンガル侯爵様に手渡すが、周囲が煩い。


 〈見て! あんな魔玉石って初めて見るわ〉

 〈炎が揺らめく様な魔玉石が有るなんて〉

 〈金色が踊る様な見事な魔玉石など聞いた事も見たこともないぞ〉


 そりゃーそうかもね。俺が作る魔玉石は治癒魔法を込めまくった物で、此れしか出来ないけどな。

 サランの魔玉石は、火魔法900と風魔法を900を込めた物で面白半分に作った物だ。

 当分魔力放出も兼ねた、サランの遊びの種になりそうな物だからね。


 受け取ったカリンガル侯爵様が戸惑っているので少し説明しておく。


 「此れは、以前の物とは関係有りませんのでご心配には及びません。それと祝いの宴に必要でしょうから解体した三頭の肉を半分お譲り致します。


 「良いのかな、楽しみにしていたんだろうに」


 「半分でも十分な量が有りますし、足りなければ又森に行ってみます。厨房の方へ案内して貰えれば、お渡し出来ます」


 「皆に紹介しておきたいのだが・・・そうだ、サブラン公爵家を継いだ、オルト・サブラン公爵殿が君に礼を言いたいと言っていたのだ、引き合わせるから来てくれ」


 カリンガル侯爵様に連れられ、歓談中のサブラン公爵の所に行く。


 「お話し中失礼。サブラン公爵殿、アラド殿をお連れしました」


 公爵と当主侯爵の話に割って入る無作法者はいないが、一歩下がった周辺で声高な呟きが聞こえて来る。


 〈アラドって、例のあれか〉

 〈本当に冒険者なんだ〉

 〈貴族にとっての疫病神なんじゃ・・・〉

 〈本当に小さいな〉


 ほっとけ! と、怒鳴りつけてやりたいが我慢我慢だ。


 「サブラン公爵様、身分証を有り難う御座います」


 「アラド殿、貴方のお陰で私も家も救われました、感謝致します」


 「お元気になられて良かったです」


 サブラン公爵がぼかして話すが、一時貴族達の間で噂になった大事件の発端となった当事者同士の会話だ、周囲が静まりかえってしまった。


 「皆様とのご歓談の最中に失礼しました。カリンガル侯爵様、冒険者が長居する場では御座いませんので失礼させていただきます」


 「ああ、呼び付けて済まないね。今日は泊まっていくってくれ」


 「アラド殿、何か有れば何時でも訊ねてこられよ」


 漸く、祝いの場から逃げ出せる。

 サブラン公爵様に一礼して、侯爵様の後に続くが、僅かな間に俺達の事が知れ渡った様だ。

 カリンガル侯爵様と出入り口に向かって歩けば、騒めきは静まりかえり人々が左右に分かれていく、

 執事のセグロスを呼び寄せ、厨房に案内した後は何時もの部屋の用意を命じて、侯爵様は祝いの場に戻って行った。


 ・・・・・・


 厨房に行き、料理長と鑑定使い立ち会いで肉を出すが、用意されたワゴンには乗りきらない。

 ゴールデンベアの肉が半分とは言え大量に有るし、オークキングもそれなりの量が有る。

 一番量的に少ないブルーリザルドの肉でさえ大きな寸胴に四つ分だ、出したそばらか鑑定しマジックポーチに仕舞われていく。


 ゴールデンベアの肉の多さに慌てていたが、オークキングとブルーリザルドの肉を見て〈王都でも滅多に出回らない肉が、こんなに沢山有る〉と呟いていた。

 最後にブルーリザルドの皮を出したとき、何故こんなに大量の肉を持っているのか理解出来た様で、何とも言えない顔で俺達二人を見ていた。

 ブルーリザルドの皮は鞣しに出さなければならないので、後ほど侯爵様と相談してくれとセグロスに伝える。


 ・・・・・・


 アラドを送り出し大広間に引き返すと、人々がテーブルを囲んで魔玉石を見つめている。

 テーブルの上に無造作に置かれた魔玉石の一つは乳白色に光り金色の光が煌めき踊っている。

 一対の様な真紅の魔玉石は、真紅の炎が揺らめき妖しく光っている。


 「カリンガル侯爵殿、この二つをあの二人が持って来たのですか」


 「はい、差し出されたときには驚きましたよ。此れほど見事な魔玉石を見るのは初めてです」


 「此れほどの逸品が世に有るとは、知りませんでした。祝いの品として贈るには、素晴らしすぎる」


 溜め息交じりに話すサブラン公爵に、苦笑いで答える。


 「いえいえ、序でに貰った様なものですよ。サブラン公爵殿に書いて貰った紹介状を手配した、その礼を言いにやって来ただけですから。サブラン公爵殿のお陰で無事に解体出来、肉が手に入ったそうです。私の侯爵位陞爵の事を此処に来て初めて知ったそうなんです。それで祝いの品として懐から出したのが此れですから、あの二人の底が知れません」


 「あの二人と言われるのですか」


 「はい、アラド殿だけが注目されますが、付き従う彼女は稀代の魔法使いです。私の抱える魔法部隊など足下にも及びません。その彼等に無体を働く馬鹿者が時々現れますが、結果は身を滅ぼしただけです」


 カリンガル侯爵は、周囲で聞き耳を立てる貴族や豪商達に、王家の通達を思い出させる様に話し、手出しをするなと釘を刺しておく。

 サブラン公爵は、兄がアラド率いる一団に一網打尽にされた経緯を、それとなく聞かされていたので真剣な顔で頷いている。


 然し、アラド達が寄越した魔玉石は、その忠告を忘れさせるには十分な価値が在るものだ。

 果たして、周囲で聞き耳を立てている者達に通じたか心配である。


 ・・・・・・


 カリンガル侯爵は遅い夕食後、アラドとサランをサロンに招き、祝いの品の謝礼と準備が整い次第行われる侯爵位陞爵祝いの宴、晩餐会に招待したが、あっさりと断られた。

 アラドは断ったうえで、招待客への手土産用にレッドビーの蜜の詰まった寸胴を、五個差し出してきた。


 「君は一体、どれ程の量の蜜を持っているのだね」


 遠心分離機と同じ大きさの木桶に二つと、絞る前の巣が木桶に一つ有るとは侯爵様も気付くまい。

 そんな事を思いながら、にっこり笑って誤魔化す。

 傍らには王都住まいの第二夫人と二人の娘が座っているが、冒険者と親しくする気はなさそうで、侯爵様の横で礼儀正しく微笑んでいる。


 ・・・・・・


 翌朝アラド達を送り出すと、カリンガル侯爵は国王陛下に対する謝礼の品を持って王城に出向いた。


 「カリンガル侯爵殿、なかなか大変そうですな。然しブルーリザルドとオークキングの肉ですか。最近とんとお目に掛かってない、貴重なものを良く手に入れられましたな」


 「あの二人から、陞爵祝いに贈られた物です。今回の事は何から何までアラド殿のお陰ですよ。ブルーリザルドの皮は鞣しが終わり次第お届け致します」


 そう言いながら、まったくアラドとサランが居なければ、侯爵になどなる機会はなかっただろうと思っていた。

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