第55話 オルセン子爵

 「オルセン子爵の執務室は何処だ?」


 突きつけられた剣を凝視している男に声を掛けると、何を問われたのか理解出来ずポカンとしている。

 突きつけた剣で胸を押しながら再度問いかける。


 「聞こえないのか、オルセン子爵の執務室は何処だと聞いている。答えなければ死ぬことになるぞ」


 〈なんで・・・こんな、俺は夢を見ているのか?〉


 「現実だよ、現実だから、お前のご主人様の部屋は何処かと訊ねている」


 男の剣で胸をツンツンしながら問いかけるが、頭が混乱してしまっているのか一人でブツブツ言い出した。


 〈剣が喋るなんて、そんな馬鹿な・・・でも精霊が宿ったら〉

 〈でも・・・でも、支給品の剣に精霊が宿るなんて、そんな馬鹿なことが〉


 駄目だ、別世界に行ってしまっている。

 後頭部を殴って意識を刈り取り、目覚めた時には正常に戻ることを祈っておく。


 さて、道を尋ねようとしても誰も居ない、と思ったが2階に上がると一カ所だけ扉の前に騎士が立って居る。

 剣を抜いて周囲を睨んでいるが、人影がないので緊張感は薄そうだ。

 相手は6人、サランと手分けして木剣で叩きのめすと、扉の内で緊張感が高まる気配がする。


 アイスバレットで扉の蝶番を叩き壊し、倒してしまえと命じる。

 〈ドッカーン〉〈ドッカーン〉と、轟音が6回響き渡り7回目のアイスバレットの轟音と共に扉が室内に弾き飛ばされる。


 剣を構える護衛騎士10名と、猫背で貧相な身体の男が豪華な衣装に身を包み震えている。

 青い顔で、扉の無くなった入り口を見ながら〈なぜだ・・・俺が何をした、どうなっているんだ〉と、ブツブツ呟いている。


 俺とサランが、背後に立っていることに気付くはずも無く、全員が倒れた扉と入り口を見ている。

 取り敢えず護衛の10人が邪魔なので、剣を持つ手を叩き折り向こう脛を砕いて無力化してから姿を見せてやる。


 「お初にお目に掛かります、オルセン子爵様」


 いきなり姿を現した俺とサランを見て、一瞬で執務室の机の影に逃げ込むオルセン子爵。


 〈だ、だ、だだだ誰だ!〉


 「誰だってぇ~、人のブルーリザルドを買い上げてやると言って、無礼極まりない使いを寄越した相手ですよ。貴族だからって、何でも思い通りになると思ってませんか」


 「お前がブルーリザルドを討伐した冒険者か?」


 「そうだが何か文句が有るのか? 人が丁寧にサブラン公爵様から頂いた身分証を見せ、ご希望には添えませんと断っているのに、お前の使いは何様のつもりなの」


 「ぼ、冒険者風情に、サブラン公爵殿が身分証を渡す訳がなかろう。身の程を弁えろ! 貴族の屋敷で狼藉を働いたんだ、覚悟は出来ているのだろうな」


 「馬鹿かお前は、周囲を見ろ! お前が貴族の権威を振りかざしても、お前を守る騎士の一人も居ないじゃ無いか。サラン、そいつの手足を叩き折れ」


 俺の言葉にギョッとした顔になるが、次の瞬間〈ギャァァ アッァァァ〉と盛大な悲鳴を上げる事になった。


 「煩いよ、泣いたって誰も助けに来ないから諦めろ。まぁ、殺せと口にしなかったから命は助けてやるが、次は無いよ。判ったかな」


 〈ヒッ、ヒィーィィ〉


 「判ったかって聞いているの。此れから冒険者の獲物を勝手に買い上げてやるなんて言ったら、殺すぞって言ってるのが判らないの」


 「ヒッ・・・わっ、判りました、お許し下さい」


 「あっ、それとサブラン公爵様の身分証を信用しなかったって、報告しておくからね。貴族の癖に、身分証を確認もせずに偽物だと決めつけたってね」


 ・・・・・・


 通用門まで行くと、塀の外に多数の人の姿を見る事になった。

 あれだ、静かな貴族街で時ならぬ暴風が吹き荒れたので、周辺の住人が何事かと集まって来た様だ。

 ちょっと派手に遣り過ぎたかなと反省。


 鉄柵に群がり、オルセン子爵邸の様子を窺う人々を避けて街路にジャンプ。

 街路に溢れる人々を避けて歩いていると、見知った顔を見つけた。

 カリンガル伯爵様の執事・・・セグロスだったかな。

 数名の配下を従え、さかんにオルセン子爵邸の様子を窺っている様だ。

 セグロスの背後に回り、周囲に聞こえない様に声を掛ける。


 「セグロスさん、アラドですが声を立てない様にして下さい」


 背後から静かに声を掛けたが、ビクンと身体が跳ね慌てて振り向く。


 「姿が見えないでしょうからキョロキョロせずに、少し他の野次馬から離れて下さい」


 「確かにアラド様声ですが、本当にお姿が見えないんですね」


 「まあね、オルセン子爵邸の様子を教えますから伯爵様に伝えて下さい」


 「この騒ぎは、アラド様が関与していると仰せですか」


 「関わってきたのは彼奴らの方だけどね。俺は多少お仕置きをしただけだよ」


 「もしや、ブルーリザルドとかレッドビーの蜜に関する事でしょうか」


 「蜥蜴のことを知ってるの?」


 「今、王都の貴族達の間では一番の関心事で御座います。各申す旦那様も、その事でアラド様に会いたがっておられます」


 「因みに聞くけど、他の貴族が俺からサブラン公爵家の身分証を見せられたら疑うかな」


 「アラド様をですか、それとも身分証をですか?」


 「身分証だ、オルセンの馬鹿は見もせずに偽物と決めつけてきた」


 「その事を、主人に詳しくお話し願えませんか。如何なる貴族の身分証で在ろうとも、確認もせずに偽物と決めつけたのは大問題で御座います」


 面倒だなと思ったが、オルセン子爵邸の出来事は王家の耳にも届き、原因究明に動き出すだろう。

 騒ぎの元が俺となれば、またぞろグルマン宰相達が出張ってくるだろうし身分証の事もある。


 ・・・・・・


 執事セグロスの案内でカリンガル伯爵邸に出向き、一部始終を話した。


 「成る程、サブラン公爵殿の身分証を、見もせずに偽物と決めつけ自分の要求を通そうとしたのですね。貴族と王家や王国発行の身分証は、例え市井の子供が持っていても提示されれば確認の義務が在ります。不正に持てば終生犯罪奴隷ですし、おいそれと偽造したり所持は出来ません」


 そう言って自分の身分証を取り出し、掌にのせ何かを呟くと身分証の上に王家の紋章が浮かび上がり消えた。

 裏返してもう一度呟くと、今度はカリンガル家の紋章が浮かび上がる。

 何それ、中二病患者が随喜の涙を流して手に入れようとするアイテム。


 「見ての通り、全ての貴族が発行する身分証は王家が発行し管理しています。我々の発行する身分証は、その上に二重に魔法を付与した物ですので真贋確認は直ぐに出来ます。真贋確認をしなかったと言うことは、身分証の存在自体を危うくする行為です。見もせずに偽物と決めつければ、如何様にも悪事を働けますし、制度そのものが崩壊してしまいます」


 「まっ、そう思ってお仕置きはしてきたけど」


 「それがあの騒ぎだと?」


 「今頃、腕の良い治癒魔法師を探せと喚いていることでしょうね」


 伯爵様が暫し考えてから、慎重に口を開く。


 「その・・・問題の発端になったブルーリザルドだが」


 「これは駄目ですよ、魔石もお肉も売るつもりは有りませんからね。王都の冒険者ギルドの連中が、蜜の件で騒ぎ立てるからこんな事になったんです」


 「それだが、前回のアスフォールでは蜜を売ったのに、今回は何故売らないのかな?」


 少しくらい売っても問題なかったので伯爵様には売ったが、ギルド職員の態度とギルマスが強欲すぎたことを話した。

 奴等が騒ぎ立てたお陰で、連日蜜を求めて豪商達の使いがホテルに現れて煩いし、貴族の使いの中には今回の様な傲慢極まりない者もいると告げた。


 「そんなに、王都の冒険者ギルドは酷いのか。先程、ブルーリザルドの魔石も肉も売るつもりは無いと言ったが、皮も売らないのかね。オルセン子爵も皮と肉を求めて、君の所へ使いを出したと思うのだが」


 「皮ですか? 別に要らないですよ。何に使うんですか」


 「鎧や籠手等に使用するんだが、ブルーリザルドの皮はしなやかな上に、丈夫で美しいから人気なんだ。それに、ブルーリザルドは滅多に見つけられないし討伐も難しいから余計にね」


 防御障壁と結界が有るので、鎧なんてまるで興味が無かったが中々の珍品らしい。

 解体手段が無くなったので、遠くの冒険者ギルドで解体を頼もうかと思っていたが、何処か信用出来る場所を紹介して貰おう。

 見返りはブルーリザルドの皮で良かろうと思い、伯爵様に相談した。


 近い所でなら、ブラジア領オルデンの街ならサブラン公爵の領地なので融通が利くだろうと教えてくれた。

 常々疑問に思っていたことを聞いてみた。


 「何故サブラン公爵領なのに、ブラジア領オルデン何ですか」


 「それはホーランド王国が成立したときの、初代領主の名を残しているからだよ。領地替えや失脚に貴族位剥奪などで、元の領主の家系がその地に今も居ることは無いがね。それと領主が変わる度に地名を変更すれば、混乱するし地図を変更したりと大変なんだよ」


 成る程、変更すれば実害と言うより、改正費用が大変だから放置しているって事か。

 伯爵様の計らいでサブラン公爵から、オルデンの冒険者ギルドのギルマスに紹介状を書いて貰えた。

 サブラン公爵の身分証と紹介状を、オルデンのギルマスに見せれば余計な妨害は受けないだろうと言われる。

 注文の服を受け取り次第、オルデンに向けて旅立つことにした。

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