第54話 暴風

 服の受け取りまで後四日となった朝、ホテルに訪ねて来たのはギルマスのボルゾン、開口一番〈蜥蜴を出せ!〉と吠えやがった。

 雷鳴の牙に口止めした10日間の期限が過ぎたので喋ったのだろうが、どうせこのギルマスの事だ、やいのやいのと責め立てたのだろう。


 「だから煩いって言ってるだろう。ギルマスだからって好き勝手に吠えるな! 冒険者が獲物を何処のギルドに卸そうと、ギルマスには関係ないだろうが。馬鹿みたいに吠えるから、蜜の件も王都の貴族や豪商達に知れ渡って、面倒な事になりそうなんだよ。あんたがギルマスでなけりゃ、とっくに模擬戦を挑んで血反吐を吐かせてやるところだぞ」


 「ほほう、王家の後ろ盾と、少し腕が立つと思って舞い上がっている様だな。ギルドを敵に回すつもりか?」


 「ご希望なら、模擬戦じゃなく本気で遣り合うかい」


 「ギルドを敵に回して、冒険者を続けられると思っている様だが、そうは甘くないぞ」


 「ご心配なく、死ぬまでの生活費は稼ぎ出しているし、ギルドに売らなくても買い取って貰える所は有るんだよ。気楽だから冒険者をしているだけだ」


 そう言ってサブラン公爵とカリンガル伯爵発行の身分証を見せてやる。


 「・・・お前、それは本物か?」


 「こんな物を偽造してどうするんだ? 別に偽造しなくても呉れるから持っているんだ。冒険者相手と侮って人の稼ぎを大声で騒ぎ立てる、王都の冒険者ギルドに我慢してまで取引する必要は無いのさ。帰れ!」


 「良い度胸だな、此れでも元プラチナランカーだ、チンピラ冒険者に舐められたまま引き下がったりはしないぞ。覚悟は出来ているんだろうな」


 「そんな事を言って良いのか、死ぬのはお前だぞ」


 「此れでも王都のギルドを預かる身だ、冒険者の一人や二人が消えた所で、俺が疑われる事はないからな」


 「命の遣り取りか・・・恐い台詞だね、お前が死ぬまで覚えておくよ。明日には忘れることになるけどな」


 椅子をけたてて帰って行くギルマスを見て、今日の予定は変更だなとため息が出る。


 「サラン俺達も出掛けようか」


 「はい、アラド様。私が殺ります」


 いやいやサランちゃん、殺る気満々になってるよ。

 馬鹿なギルマスの首を斬るのは、俺の役目だから駄目だよ。

 一度部屋に戻り、防御障壁の上に隠蔽魔法を掛けて表の道にジャンプする。


 * * * * * * *


 隠蔽魔法を掛けたままギルドに入ると、ギルド職員がピリピリしている。

 ギルマスのご機嫌が激悪の様で、何故あれ程怒っているのだろうと囁き合っている。

 何処のギルドも同じ、2階に在るギルマスの執務室に向かうと、八つ当たりをしているのか物を投げつける音が響いてくる。


 扉の外で気配を伺い、一瞬の静寂の中室内にジャンプする。

 元プラチナランカーと豪語した言葉に偽りなし、俺達の気配に気付いたのか壁に掛けていた剣を手にすると即座に抜き放ったが、誰も居ないので怪訝な顔になる。

 そう広くもない部屋に二人が飛び込めば、空気も揺らぐってものだな。


 ショートソードから伸ばした、ステルスソードを腹に突き立てると信じられないと言った顔で腹を見ている。

 何も見えないだろうから、一瞬だけ腹に突き立つライトソードと俺の姿を見せてやる。


 「言っただろう、明日には忘れると。お前は命の遣り取りをする覚悟が出来ていなかった様だが、俺は脅されて引き下がったりしないのさ。あばよ」


 何か言おうとするギルマスの首を刎ね、吹き上がる血飛沫を避けてギルドの外にジャンプする。

 完全犯罪終了、科学捜査のない此の世界じゃ、犯人は永遠に見つからないね。


 ギルマスの訪問を皮切りに、蜜を求めて集まって来る貴族や豪商の手先と、ブルーリザルドを求める者がホテルにやって来る。


 あの馬鹿ギルマスの野郎が、死ぬ前にペラペラと喋った様だ。

 貴族の使いと称した男が漏らした言葉は、ギルマスに聞いて入手を依頼していましたがお亡くなりになりましてと、言いやがった。

 豪商達の使いを追い返すのは簡単だった、サブラン公爵の身分証は良い働きをしてくれた。


 面倒なのは貴族の使者だ、冒険者と侮って高飛車に出て「ブルーリザルドを買い取って使わす」なんて言って来る。

 何度かサブラン公爵の身分証を見せて断ったが、今回の奴は一瞬怯ンだが効き目が無い。

 冒険者風情が持てる物ではないと思って信用してないし、偽物だと騒ぎ立てるので実力行使に出ざるを得ない。


 「オルセン子爵の使いだと言ったな、何処の誰から聞いたのか知らないがお前に渡す物は無い! サブラン公爵様の身分証を偽物だと馬鹿にした報いは受けて貰うぞ」


 そう言って捻りあげた腕を取り、使者の乗ってきた馬車に向かう。

 オルセン子爵邸に帰れと御者に命じて、使者と共に子爵邸に向かう。

 俺が、余りにも強気に出るものだから使者の顔色が変わり出すが、今更だ。


 * * * * * * *


 オルセン子爵邸の通用門できっちり止められたし、使者の男も強気になって俺から暴行を受けたと騒ぎ立てる。

 面倒なので、木剣を取り出して腹に一撃入れて黙らせるて、出てきた執事にサブラン公爵の身分証を見せてオルセン子爵への面会を要求する。


 「何事で御座いましょうか」


 「何事も何も、俺の所にオルセン子爵の使者だと名乗り、ブルーリザルドを買い取って使わすなんてほざくから断ったんだよ。しかも、穏便に済まそうとサブラン公爵様の身分証を示したら、事も有ろうにホテルの食堂で偽物だと騒ぎ立てやがった。オルセン子爵の顔が潰れるのは、此の間抜けを使用人として使う自業自得だが、俺の腹が納まらない」


 そう言っている間にも、警備の者や騎士達が集まって来て取り囲まれた。


 〈冒険者風情が、オルセン子爵様の使いに乱暴狼藉とは許し難い〉


 「お待ちなさい。失礼ですが、サブラン公爵様の身分証を拝見させて貰えませんか」


 サランが、俺から受け取った身分証を執事に手渡すが、油断なく周囲を見回している。


 「主に伝え、ご面会が適う様に取り計らいますので、暫しお待ち下さいませんか」


 「良いだろう。此の馬鹿を連れて行って詳しく話させろ」


 俺と執事の遣り取りに、騎士達の敵意剥き出しの態度が変わる。

 執事が使者の男を連れて屋敷内に姿が消えたが、待てど暮らせど戻ってこない。

 余り良い結果になりそうもないな、と思ったら一人の騎士が駆けてきて、何事かを周囲に居る騎士達に囁いている。


 こりゃー、第二幕の幕開けかなと思った時、周囲を取り囲んでいた騎士や警備の者が一斉に抜刀する。


 「おい、痴れ者。サブラン公爵様がお前の様な冒険者に、身分証を渡すはずは無いと子爵様が申されたそうだ。大人しく縛に就け!」


 ありゃー、もの凄い時代がかった物言いをしてきたよ。


 「仕方がない、サラン強制的に馬鹿子爵の頭を殴りに行くぞ。邪魔になる奴は手足の骨を叩き折れ!」


 そう言って隠蔽魔法を発動して姿を消す。


 〈えっ・・・〉

 〈何で・・・〉

 〈消えたぞ!〉

 〈馬鹿な!〉


 転移魔法を疑わせる様な事は出来ないので、騒いでいる正面の騎士達を叩きのめして前進だ。


 剣を叩き落とし向こう脛を殴りつけて排除して、偉そうに『大人しく縛に就け!』なんてほざいた奴は念入りに殴りつけておく。


 〈糞ッ・・・何処に居る!〉

 〈馬鹿! 無闇に振り回すな!〉


 そう、仲間を叱りつけた男を蹴り倒す。


 〈嘘だろう〉

 〈小僧、卑怯だぞ! 姿を見せろ!〉


 「おいおい、冒険者二人を何人もで取り囲んでおいて、何を卑怯なんてほざくんだぁ」


 〈其処かー!〉


 声のした所に打ち込んだつもりが、サランが待ち構えていて叩き潰されている。


 ばーか、サランが居ることをすっかり忘れていやがる。

 姿の見えない相手に勝てると思っているのかねぇ、少しは冷静になれよ。

 助言をするより、執事が消えた扉を開けて邸内に入る。


 〈いかん、屋敷内に入られたぞ。子爵様に伝えろ!〉


 開いたままの扉に殺到してくるが、人の姿が見えないからって居ないって事にはならないんだよ。

 先頭の男の向こう脛を叩くと、膝を抱えて転倒し、それに躓いた騎士達が将棋倒しになる。


 ちょっとしたコントみたいな事が、目の前で起きているので笑いそうになる。


 〈賊が邸内に侵入したぞー〉

 〈通路を塞げぇー〉

 〈子爵様を守れ!〉


 貴族の執務室って大抵2階だよな、階段を探していると抜き身を下げた騎士達が通路に殺到してくるが、姿が見えないので戸惑っている。


 〈賊は何処だ!〉


 此処だよー♪、声を出さずに返事をして、叫んだ男の後頭部に一撃を入れると反対方向の男の腕を叩き折る。


 〈ギャー〉

 〈ウワッ〉

 〈何か居るぞ!〉


 面倒になったので、サランに通路の掃除をして貰う事にした。

 一緒に吹き飛ばされたくないので、手近な扉を開けて室内に入り風魔法が収まるのを待つ。


 無風の筈の通路に一陣の風が巻き起こると、扉や窓が吹き飛び轟々と音を立てて風が吹き荒れる。


 〈んな、馬鹿な〉

 〈嘘だろう〉

 〈糞ッ、奴は魔法使いだったのか〉

 〈女も居たはずだぞ!〉


 騒いでいる間も風は強さを増し、通路に有る物が手当たり次第飛んで行く。

 身を屈めて耐えていた者も、飛んでくる絵画や椅子、果ては飛ばされた仲間と衝突して共に転がり消えていく。


 本当に何もかも吹き飛ばしてしまったので、絨毯の無い通路に俺達の足音が響く。

 子爵様はどこかいな♪ 人っ子一人いない通路を歩き階段を見つける。

 手すりに掴まり、強風に耐えた男がほっとした顔で汗を拭っている所に出会したので、道案内を頼むことにした。


 向こう脛を叩き、声なき悲鳴を上げて蹲った所で剣を取り上げて質問。

 涙目の男は、自分の剣が空中に浮き突きつけられて声も出ない様だ。

 軽く頭を叩いてから、男の胸に軽く突きを入れて子爵の執務室は何処かと訊ねる。

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