第53話 二枚のカード

 食糧調達を済ませ明日には王都から出ようと思っているところへ、思わぬ訪問者が現れた。


 「どうしたのですか、セイオス様」


 「アラド殿は今、王都ではちょとした時の人となっていますよ。父からの伝言です、大聖堂の件で明日屋敷までお越し願いたいとの事です」


 「あれは王家に丸投げした筈なんだけど・・・」


 「父が嘆いてましたよ、後始末が大変だって」


 「で、時の人って何の事?」


 「冒険者ギルドに、王家の耳が居る事は御存知ですよね」


 「王家以外もね」


 セイオスが苦笑いしながら肩を竦める。


 「噂の元はギルマスなんですが、レッドビーを探しに森の奥へ行った者がいるとね。彼等が帰ってきたのは良いが、ギルマスが騒ぎ立てた事に腹を立てた冒険者が、獲物を何一つ出さなかったと・・・今や王都中の貴族や大商人達が、レッドビーの蜜を求めて右往左往しているそうですよ」


 あの馬鹿! だから騒ぐなと言っているのに喚くから知れ渡るんだ、少しは冒険者の事も考えろよと言いたい。


 「何せ、ティーカップ一杯のお茶と同じ分量で銀貨7枚と言われてますが、常に品薄で倍以上で購おうって者が多数いますから」


 隣でサランが食べているパンに、塗られているのがレッドビーの蜜だとは知らずにセイオスが小声で話す。

 サランがパンに塗られた蜜を繁々と見ていたが、お値段よりも食欲に負けて口に入れている。

 俺も教えていなかったので、何時も食べている蜜がそれ程高い物とは知らなかったからな。


 どのみちお茶に入れる砂糖代わりに収穫した物だし、世間相場がどうであろうと関係ない。

 美味しいお茶に入れたり、クッキーやパンに塗るための物だからしーらねっ。


 ・・・・・・


 翌朝、ホテルに横付けされたカリンガル伯爵家の馬車に乗り込む。

 ホテルの支配人が、馬車を最敬礼でお見送りしてくれるのがこそばゆい。

 中堅ホテルのちょい上クラス、貴族の馬車がお迎えに来るなんてのは支配人にとっては一生一度の出来事だろう。

 俺も貴族とは縁なき存在なんだけどなぁ、創造神ウルブァ様にも(健康で安心安全な生活が送れる魔法をお授け下さい)ってお祈りしたのに、安心安全・・・とはちょっと違う生活の様な気がする。


 迎えの馬車は貴族街を抜けカリンガル伯爵邸に滑り込んで行くが、正門から入って行く。

 又、執事とメイドのお出迎えかと思うと気が重くなってくる。


 通されたのはサロンでカリンガル伯爵とセイオスに・・・何でグルマン宰相が居るのよ。

 嫌そうな顔の俺を見て、グルマン宰相がソファーを進めて口を開く。


 「アラド殿、君の希望通り教会に従属させられていた、治癒魔法師と薬師に鑑定使い全員の解放が終わった。彼等は王国の身分証を貰い王国や貴族に仕える者、故郷や各街に住まう者達と自由に生活出来る様にした。又、授けの儀で有益な魔法を授かった者には、王国の身分証を与え生活と職業の自由を保障する体制を整える事が出来た。王国として深く感謝する」


 「それは、良かったですねー」


 完璧な棒読みになったが、王家も国政から宗教的な制約を取り払えたのは大きいので、感謝の言葉くらいは寄越すだろう。


 「表だって君を貴族に取り立てたり褒美を与える訳にもいかないし、君もそれを望まないのは判っている。何か希望はあるかね」


 「何も有りませんから、気にしないで下さい」


 「まぁ、そう言うだろうと思ったが一つ受け取って貰いたい物がある。サブラン公爵は隠居の身となり、公爵家は君が治療したオルト・サブランが後を継いだ。彼から公爵家を救って貰った謝礼として、金貨2,000枚と此れを渡して欲しいと預かっている」


 グルマン宰相の合図で、宰相の侍従が金貨の袋を乗せたワゴンと、トレーに乗せた2枚のカードを差し出す。


 「サブラン公爵家家臣の様な扱いになるが、公爵家の高位家臣の地位を示す身分証だ、自由に使ってくれと言っているので受け取ってやってくれ」


 躊躇う俺に、カリンガル伯爵様が、街の出入りやホテルに泊まるときに役立つから持っていなさいと笑って言う。

 それに、此れから何かと煩くなるので、虫除けにも役立つだろうと言って自分の執事にも頷いている。


 彼も又トレーを捧げ持って俺も前に立つが、此れも2枚のカードが乗せられている。

 サブラン公爵家の身分証では使い難い事も有るだろうから、それも自由に使ってくれと言われてゲンナリしてしまった。

 有って困る物でもないし、礼を言って貰うことにした。

 どうせ食料補給の時の街の出入りにしか役に立たないと思うが、多少はホテルの部屋も良いものが確保できるだろう。


 お茶を出されて寛いでいると、伯爵様が咳払いをして一つ頼みが有るのだと切り出された。


 「先程グルマン宰相殿も言われた冒険者ギルドでの一件の事だが、レッドビーの蜜を持っているのなら譲って欲しい。と、王家から君に伝えてくれと言われてね。以前、私が払ったと同じ値段で良ければ支払う用意があると言っているのだが、どうかね」


 伯爵様、此れから何かと煩くなるって言ったその口で蜜が欲しいって・・・

 まぁ、伯爵様は王家の頼みを断れないのだから、伝言係に徹する気の様でそれ以上は何も言わない。

 金は腐るほど有るけど、身分証の謝礼代わりに少し渡しておくことにした。

 金貨の袋を乗せていたワゴンに寸胴一つと壺を四つ乗せた。


 「多少不純物が混じっていますが、大きな容器は王家に、壺は伯爵様とサブラン公爵様へ身分証のお礼です」


 そう言って頭を下げたが、寸胴には八分目程レッドビーの蜜が入っていて甘い匂いを振りまいている。

 以前伯爵様に渡したのは寸胴に1/3強、四分目程入っていたので今回は丁度倍程度のお値段になる。


 「此れほどの量を出して、大丈夫なのかね」


 「自分達で使う分は、たっぷり確保していますから大丈夫ですよ」


 「後学の為に聞かせて欲しいが、どれ位持っているのかね」


 グルマン宰相が興味深げに聞いてくる。


 「その寸胴十個分以上ですね。元々蜂自体が大きいので巣もちょっとした小屋以上の大きさですので、蜜も大量に採れます」


 そう言ってレッドビーを寸胴の隣に置き、蜂の巨大さを実感させる。


 「ほう、大きい蜂とは聞いていたが、レッドビーの由来は翅の色からきているのか」


 「私の領地でもレッドビーの蜜を採取していたが、アスフォールの巣は小さかったのかね」


 「アスフォールの街の巣も大きかったですよ。あの時は、蜜の採取方法が稚拙でしたので少なかっただけです。巣の場所はアスフォールの冒険者なら皆知ってますが、この大きさの蜂が大量に襲い掛かって来ますから、収穫は困難を極めるんです。蜜採取専用の装備ですと野獣に対応出来ませんので」


 「だが、時々冒険者達が蜜を採取してきて、オークションに出品しているではないか」


 「寸胴一杯も無いでしょう。巣に辿り着く迄が大変ですし、巣を切り取って蜜の詰まった部分を持ち出しても。万を越える蜂に群がられてはねぇ。専用の装備をもってしても、おいそれとは採取出来ないのですよ」


 「君なら専用の装備は要らないから、採取は簡単だと思うが」


 冒険者は手の内を晒さないのが基本、肩を竦めてノーコメント。

 万を越える蜂に群がられる気持ち悪さを説明しても、判って貰えるとも思えないし。


 ・・・・・・


 少しはマシなホテルに泊まることも出来るので、そんな時の為に冒険者に見えない街着を用意することにした。

 こんな時には商業ギルドが便利、王都の商業ギルドは始めてだから冒険者スタイルの俺達への扱いはぞんざいだ。

 早速サブラン公爵の身分証と、公爵家の紋章入り金貨の袋を二つほどカウンターに乗せる。


 公爵家の身分証より、金貨の袋の方が効き目が有ったね。

 即座に態度が変わり、御用命を賜りますと揉み手をせんばかりに聞いてくる。

 機織り蜘蛛の生地で服を作りたいと告げると、上客専用と見られる個室に案内された。


 係りの者に要望を聞かれ、機織り蜘蛛の生地で服を作り市場や街の商店で買い物をしたり、少しマシなホテルに泊まるのに不都合の無い物が欲しいと告げる。

 但し、装飾はなるべく簡素にし目立たないことを優先させ、左右のポケットにはお財布ポーチとマジックポーチを仕込めるようにと頼む。

 魔法付与は、魔法攻撃防御,防刃打撃防御に体温調節機能を付与すると注文した。


 俺の注文を聞いていて、見本帳を持つ者の目付きが段々と変わってくる。

 俺は上下一式と、短靴でなく目立たないブーツを頼み、サランはパンツと裾が長めのチェニック風上着にワンピースと俺と同じ様なブーツを注文する。


 俺の物は、上下一式にフード付きローブとブーツで、総額1,800万ダーラ。

 サランが、フード付きチェニックにパンツとワンピースにローブとブーツで2,850万ダーラ。

 縫製料は二人で400万ダーラ支払ったから、ウインザの街より少し安く仕上がった。

 総額50,500,000ダーラ、ウインザを思い出したので支払いはエコライ伯爵の紋章入り革袋五つと金貨五枚で支払う。


 サブラン公爵の身分証を見せて、支払いがエコライ伯爵の革袋なのでちょっと怪訝な顔をされたが、金貨に変わりはないのであっさりと受け入れた。

 数が多いので引き渡しは二週間後となり、暫く王都に滞在することになってしまった。


 サランは食糧補給の合間に嬉々としてお茶や菓子類を仕入れて空間収納にせっせと溜め込んでいるが、俺がサランの弟に見られることには閉口した。

 確かにサランより2才年下だし背も低いが、サランは俺の事をアラド様と様付けで呼んでいるのに、何故弟なのか解せぬ。

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