第49話 アラドの要求

 カリンガル伯爵より、王国側が教皇達との話し合いの立会人になる事を了承し、翌日グルマン宰相がやって来ると聞かされても軽く頷くだけだった。


 アラドが夕食後世話係のメイド達を部屋から追い出し、紙に何かを書き始めたと報告を受け、今度はどんな要求が出るのか気になる伯爵だった。


 ・・・・・・


 グルマン宰相はカリンガル伯爵の執務室で、アラドから聞かされた話に唸り声を上げた。

 アラド曰く、教皇達教会から治癒魔法師と薬師及び鑑定使いを全て解放させるつもりだが、彼等を王国に引き渡すつもりは無いと言われた。

 教会の軛を外し、自由に職に就かせるが、王家が正当な待遇と賃金を支払い雇用するのは自由だと。


 但し、一度雇ったといって半永久的な雇用は認めない、一年程度の契約でその都度賃金を決めるなら何の問題も無い。

 各領地の貴族達も王国に準じた方法で雇用するのは勝手だが、王国は彼等の自由と安全を常に見守る事。


 其れとは別に、家に帰りたい者や自由に商売したい者は、王国が貴族や豪商達から彼等の自由と安全を保証する事。

 治癒魔法師ギルド、薬師ギルド等の圧力や強制入会を許さない事、常に彼等の自由と安全を王国が監視し保証する。


 それが出来ないなら、彼等の待遇改善だけに止める事になる。

 その場合には教皇と大教主は死んで貰うし、教会本部は完全に破壊する事になると言われた。


 此れは、アラドの話に乗るしか無い事は考えるまでも無い。

 教皇と大教主全員の死亡と、教会本部壊滅などとなれば大騒ぎでは済まなくなる。

 国内及び各国の教会と信者を敵に回すのは確実だし、教会の力が強い国との争いにもなりかねない。


 「君の考えは判った。私にも異存は無いので陛下にもその様に報告し、教皇達との話し合いに同行しよう」


 「感謝します。取り敢えず、教皇達に要求する原案です」


 そう言ってアラドが差し出した用紙を見て、又々グルマン宰相は唸る事になった。


1、全ての治癒魔法使い、薬師、鑑定使いを教会の拘束から解放する。

 その際、教会に拘束された年月に応じて謝罪金を支払う。

2、謝罪金は治癒魔法使いには一ヶ月金貨六枚、薬師と鑑定使いには金貨四枚で計算する。

3、解放する全ての者にお財布ポーチを持たせるが、二年未満のものは無料支給、三年未満のものは金貨5枚を徴収、四年未満のものは金貨10枚を徴収する。

 四年以上の者は金貨15枚の徴収を許す。


 尚、教会に留まりたいと申し出た者は、謝罪金とお財布ポーチを受け取った後賃金の交渉を許すが、教会の勝手な雇用と給与体制は認めないし、進退の自由を保障させる。


 アラド自身は金品を何一つ要求していない。

 彼は治癒魔法で騒がれ無理矢理治療を要求される事が嫌なのだ、教会が抱え込む治癒魔法師や薬師を解放すれば自分に掛かる要求や圧力が少なくなる、バカ高い治療費も値下がりするだろうと考えいてる

 治癒魔法師ギルドと薬師ギルドに教会の三者が、暗黙の了解の元に治療代を押し上げていると考えている。

 需要と供給のバランスを崩さないと、高値安定は下々の者が困るし自分も迷惑だ、有る意味教会が自分に手出しをしてくれたのは好都合で在った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 約束の日時、教会本部の前に一台の馬車が停まった。

 外観は何の変哲も無い乗合馬車だが、中にはカリンガル伯爵とグルマン宰相が、クッションが無いに等しい椅子に尻を攻撃され、痛みに耐えていた。

 周囲には王国騎士団の中隊が待機しているが、誰の目にも見えていなかった。


 見えない騎士団の指揮者は、サブラン公爵邸制圧に同行したリヤライン派遣軍隊長と、その部下達が静かに待機している。

 魔法障壁と思っているが、隠蔽魔法に全幅の信頼を置いているのがその顔を見れば良く判る。


 俺とサランは正午の鐘の音を聞きながら大聖堂に足を踏み入れる。

 教皇と大教主が三人・・・三人って、ボラベ大教主様は生きてたのね、悪運の強い奴って素敵♪、二度殺せるわぁ、と思わずお姉言葉になる。


 教皇猊下のご尊顔を拝し、恐悦至極って訳ねぇだろうが!


 「サラン?」


 「周囲に多数の者が潜んでますね」


 「じゃぁ、任せるね♪」


 「お任せ下さい」


 そう答えた瞬間サランの姿が消え、周辺で悲鳴と怒号が湧き上がったが気にしない。

 俺は笑顔で教皇達が待つ、大聖堂の中央に向かう。


 「歓迎準備は、無駄になりそうですねぇ~」


 にっこり笑って言う俺を、悪魔でも見るような目で見る教皇猊下と大教主三人。


 「ボラベ大教主様って、悪運強いんですねぇ。てっきり死んだと思ってましたよ、もう一度こんがり焼かれて見ますか?」


 そう言っているそばから、サランが現れる。


 「あれっ・・・何でこの人生きてるんですかぁ」


 真っ青な顔になり蹲るボラベ大教主、サランちゃん酷い!


 「あー・・・サラン、悪運って言葉を知ってるか?」


 冗談はさておき、待機しているカリンガル伯爵とグルマン宰相を呼び寄せるが教皇達には護衛の騎士達は見えていない。


 「どうする攻撃手段が無くなったようだが、俺に対する迷惑料を払うか、其れとも死ぬか選べ!」


 周辺に配備した魔法使いや騎士達がサランに倒されてしまい、為す術が無くなったのでどう返答しようかと、四人が顔を見合わせて言葉に詰まっている。

 面倒なので魔鋼鉄の長剣を抜き、3メートル程のライトソードにして突きつける。


 ボラベ大教主の顔色が一気に悪くなるが、残り二人と教皇の目が輝きうっとりとライトソードを見ている。

 一人の大教主の肩に、ライトソードを延伸させて突き刺し一捻りして短くする。

 〈ギャァーァァ〉悲鳴が心地よい・・・と言いたいが豚の鳴き声に聞こえる。

 隣に立つもう一人にもライトソードを突き立てると、白目を剥いて昏倒してしまった。

 教皇猊下は跪いて、許しを請いだしたしボラベ大教主はへたり込んで頭を抱えている。


 「遊びに来たのではない。迷惑料を払うか死ぬかの返答を聞きにきたのだが、返答無きは死を選んだと思って良いのだな」


 「は、はら、払いますぅぅ、金貨でも財宝でもお望みの物をお支払い致します」


 「教皇猊下♪ ボラベ大教主様がああ言っておられますが、猊下のお考えをお聞かせ願います」


 「ま、間違い、間違い在りません。アラド様に対するご無礼の数々、平にお許しを・・・」


 「残りの二人は?」


 大教主様、肩の傷を押さえて震えているが、必死で頷き同意を示している。

 安らかにおねんねの奴の腹にはフレイムを乗せて、臍の黒焼きを作ってやる。

 汚い悲鳴と共に飛び起きたが、俺の顔を見るとバッタの如くお辞儀をして止まらなくなっている。


 「四人の同意を得たと思われるので、要求書を渡すね」


 そう言って用意の要求書を教皇猊下に手渡す。

 震える手で受け取った用紙を、読み進む猊下の顔が強ばってくるのがよく判る。


 「此れを呑めと申されますか?」


 大教主達に用紙を渡しながら、噛みついてくる猊下、血の気が戻っているね。


 〈馬鹿な!〉

 〈無茶苦茶だ!〉

 〈なんて、事を〉


 おっ、皆さん気力が戻った様で何より。


 「嫌なら別に嫌でも宜しいよ・・・では、死んで貰いますか」


 そう言ってライトソードを伸ばし、ボラベの腹に突き立ててそのまま上に摺りあげた。


 〈ヒェー・・・〉悲鳴が途中で途切れる。


 次の男に剣先を向けると手を組んで謝罪し、お望みのままに致しますと必死に叫ぶ。

 残り二人も五体投地の如く平伏してお許しをと懇願してくる。


 「お前達と交渉しに来たのではない。死ぬか俺に対する迷惑のツケを支払うかを聞きにきたのだ! 間違えるな!」


 「従います! 全てお望み通りに従います!」


 「良いだろう、俺の後ろに居る二人を知っていると思うが一応言っておく、グルマン宰相とカリンガル伯爵だ。この取り決めの見届け人で在り、お前達が完全に従うかの監視を務める事になっている。忘れるな! それからお前達の周囲をよく見ろ」


 俺に言われて三人がキョロキョロしていると、サランがリヤラインとその部下達40名の隠蔽を一人ひとり順番に解除していく。

 教皇と俺達の周囲をぐるりと取り囲む、リヤライン達の姿を見た教皇達が、声も無く震えている。

 完全に俺の掌の上で踊らされていた事が判ったのだろう。


 「アラド殿の要求書を読まれたのなら、明後日の正午までに王都内に居る治癒魔法師と薬師に鑑定使いを此処に集めて下さい。それとホーランド王国内全ての教会に所属している者達も、順次呼び戻して貰います。彼等には如何なる要求もしないで下さい、宜しいですね」


 「判った・・・判りました。アラド様のお望みのままに致します」


 「忠告しておくがこの約束に関して、教会に都合の良い方法は認めないからな。但し命を賭ける気なら好きにしろ」


 そう教皇達に告げてサランに合図をする。

 俺達を取り囲む、リヤライン達兵の姿が次々と消えていくのを見て、がっくりと肩を落とす教皇猊下と大教主様達。


 俺一人との約束を破っても逃げられるが、見えない兵士が多数いるとなれば隠し事は無理だし逃げられない。

 漸く其処に思い至ったようだが、気付くのが遅すぎるな。

 このデモンストレーションの為にだけ、用もない兵士を連れて来たんだから。


 グルマン宰相とカリンガル伯爵の乗る馬車に同乗する前にリヤライン達の防御障壁と隠蔽を解除する。


 「グルマン宰相カリンガル伯爵様、後の事は宜しくお願い致します」


 「最後まで見届けないのかね」


 「その程度には王国を信用していますから」

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