第48話 傍若無人

 教皇と大教主は揃って頭を上げたが、声の主を探してキョロキョロしている。


 「何処を見ている、と言っても見えないか」


 俺だけが隠蔽を解除して姿を現して教皇猊下とご対面。


 「お前は? 誰だ!」


 「お前だぁ~、人を無理矢理連れて来て誰だとは、何事だぁー!」


 一声吠えるとビクついて土下座してしまった。


 「ボラベって野郎が、光の剣士として教会の騎士にしてやるとほざいていたが、知らないとは言わないよな。教会の信者集めに扱き使う予定だってなぁ」


 「めっ滅相も在りません。アラド・・・アラドですよね」


 「ああ、そのアラドだ。信者に何を吹き込んだか知らないが、街ではジロジロ見られ人が離れて行く。かと思えば、教会の騎士が無理矢理馬車に乗せてボラベって野郎の前に引き摺ってくる。然も馬車は囚人でも運ぶような頑丈で中からは出られない構造ときた」


 「その様な扱いをしろとは命じていません。貴方とお連れの治癒魔法は教会にとって貴重なものですので・・・」


 「それそれ、何で俺やサランが、お前達の都合で使われなければならないんだ」


 「囚人並みの扱いをしておいて、貴重なものだぁ~、舐めてんのかぁ!」


 木剣で床を叩くと、叩き付けた蛙の如く平伏し震えている。

 まっ、室内の惨状を見れば震えたくもなるだろうが、俺達を自由に使役しようとしたツケだ。

 きっちり、ツケの代金を払わせてやるから覚悟しろよ。


 「サラン姿を見せてやれ」


 俺の声に、不思議そうな顔をしていた三人が驚愕の表情に変わる。

 俺の時には恐怖の為に精神が麻痺していたのか驚かなかったが、今回は目の前で姿を現したサランに、驚愕の表情のまま硬直している。


 「今日から三日後の正午、大神殿でお前達と話をしよう。俺達を殺したければ、護衛の騎士や魔法使いを幾らでも揃えて待っていろ。皆殺しにしてやるから。その上で今回のツケの代償の話をしようか」


 「三日後・・・」


 「今お前達に要求を突きつけても逃げるか、迎え撃つ準備をするだろう。だから、その機会を与えた後に話をしようじゃないか。あっ、逃げ出しても良いが教会本部は破壊し、お前達の腰抜け振りを満天下に晒してやるから好きにしろ。それと俺達の事を信者に吹き込んだ事を即刻訂正しろ!」


 「判りました。お二人に、無礼を働かないよう神父を通じて伝えます」


 「三日後の正午、大神殿でだ。忘れるなよ」


 それだけを伝え、彼等の目の前で隠蔽魔法を発動して姿を消した。


 残された教皇と大教主達は、姿を消したアラドとサランの居た場所を何時までも見つめていた。

 迂闊に喋ったり動けば、二人が居るかも知れない攻撃されるかも知れないとの思いからだ。

 彼等が自由に動き出したのは、数時間後のことである。

 護衛騎士や警備の者達が、何の動きも無く静まりかえった教皇の住居に恐る恐る確認に来たのを見て、漸く安堵して大きな溜め息を吐いた。


 ・・・・・・


 王都屋敷に滞在するカリンガル伯爵は、執事からアラド様が伯爵様に面会を求めてお越しですと伝えられた。

 サブラン公爵家の騒動に何とか片が付き、此れで領地に帰りのんびり出来ると思っていた伯爵は、嫌な予感に襲われた。

 然し、会わずに追い返せる相手ではない、彼が直接訊ねてくるとは何事かと興味も湧いた。

 然しカリンガル伯爵は、執務室のソファーで向かい合ったアラドからの言葉に、理解が追いつかなかった。


 「いま・・・今何と言った?」


 「俺達を無理矢理呼び付けた、教皇と大教主にそのツケを払わせる立会人になって欲しいんですよ。三日後の正午に大神殿で会い、ツケ払いの請求内容を伝えるつもりです。伯爵様と出来れば王国の代表者も交えてね」


 「済まないがアラド殿、始めから筋道を立てて説明して貰えないか」


 まあ、確かにそうだなと思い、カールスホテルで朝食を取っていたときに、教会の騎士達に無理矢理教会本部に連れて行かれた事から話し始めた。

 始めは真剣に聞いていたカリンガル伯爵も、話が進むうちに頭を抱えたくなってきた。

 教会関係者の無知というか世間知らずというか、少しは相手の事を調べてから行動しろと文句を言いたくなっていた。


 市井の信者相手になら、創造神様の名を振りかざせば通用するだろうが、よりにもよってアラドを相手にとは、無謀を通り越して自殺志願としか思えない。

 痛む頭を振って質問をする。


 「で、大教主の一人は死んだのですね」


 「確認はしていないが、出血多量と護衛から射たれた火魔法の巻き添えで大火傷を負ってましたから、多分」


 「教皇と残り二人の大教主は無事ですよ、今のところはね。まあ、護衛の騎士や魔法使い達が相当数巻き添えになったので大変でしょうが」


 「他人事の様に言われるが・・・」


 「それは仕方が在りません。敵対した相手に従う者は、全て敵ですから。今回は、残り三人を殺して終わらせても次が在りそうなので、生かしておく代わりに教会の力を削ぎ落としてやろうと思いまして」


 「具体的にどうするのか、教えて貰えないかな」


 「教会が抱えている、治癒魔法師と薬師に鑑定使いの解放です。ウルブァ様に仕えていると言えば聞こえは良いが、教会が半強制的に抱き込んで安く働かせていますよね。彼等をその軛から解放します。教会の力を削ぐのは、王国にとっても損の無い話でしょう」


 アラドに言われるまでもない、教会の重鎮達を王家の支配下に置く事は何処の国にとっても最重要課題だ。

 その重要課題が転がり込んで来ようとしている、此れを拒否する愚者はいるまい。

 その重要問題を、アラドはさらっと王国側に差し出そうとしている。


 頭の良いアラドはそうしても自分に被害が及ばず、王国が勝手な事を出来ない手筈は考えている筈だ。

 なぜなら自分やセイオスが、アラドの事を逐一王家に報告している事を知っている。

 知っていながら放置しているのは、オルザの様に彼の生活に干渉せず、知り得た事のみを王家に伝えていると判っているからだ。


 そして、王家がカリンガル家をアラドとの繋ぎに使う事を決めた様に、アラドもサブラン公爵の一件で王家との遣り取りにカリンガル家を使う事にした様だ。

 王家に重用されるのは貴族にとっては栄誉で在り、実利にも繋がる事で拒否する理由は無い。


 執事にアラド達の為に客間を用意させると、グルマン宰相と相談する為に王城へ出向いた。


 ・・・・・・


 「カリンガル伯爵殿、急ぎの案件とは?」


 「実はアラドが教会と衝突しました。その結果、教皇猊下と大教主二名がアラド殿から迷惑料の取り立てを受ける事になりました。私と王家がアラドと教会との約定の立会人になって貰えないかとの申し出をアラド殿から受けました」


 「カリンガル伯爵殿、言っている意味がよく判らないのだが」


 「アラド殿が話した事は、教会から治癒魔法師と薬師に鑑定使いを解放するそうです。その手助けを王国に伝えてくれと、頼まれたのです。彼は自分に害をなす教会の力を、そぎ落とすつもりの様です。詳しい事は陛下も交えてお話ししますので、急ぎ取り次いで貰えますか」


 教会から治癒魔法師と薬師に鑑定使いを解放する、この言葉はグルマン宰相に衝撃を与え、即刻国王陛下に伝える為に自分の応接室を飛び出して行った。


 暫く待たされたが、呼びに来た侍従に従って国王陛下の執務室に向かうと、興奮気味の国王とグルマン宰相から、事の経緯を詳しく話せとせっつかれる。

 アラドに聞いた事の顛末を話すと、国王も宰相も喜びを隠せない様子だ。

 そりゃーそうだろう、目の上のたんこぶ、何かと創造神ウルブァ様の名を出しては、国政に嘴を突っ込む教会の力を削ぎ落とせるのだから。


 「カリンガル、その方とグルマンがアラドの後見人として付き添え! これで教会を王家の支配下に置けるな。耳達から、教会本部の奥深くで騒ぎが起きていると報告が有ったが、アラドと教会の争いで在ったか」


 「陛下、お喜びのところを申し訳御座いませんが、事はそう単純には終わりそうも在りません」


 「何故じゃ? 教会は、アラドに対する無理を押しつけたツケを払うのだろうが。アラドは『教会から治癒魔法師と薬師に鑑定使いを解放する』と申したのだろう。彼等を王家が引き取れば、教会の力は地に落ちたも同然ではないか」


 「陛下お忘れですか、ついこの間ブレッド・サブラン捕獲の際に示したアラドの手際の良さと、そのやりようをみれば判ります。彼はただ単に治癒魔法師達を解放し教会の力を削ぐだけでは済まさないでしょう。王国が、王家が彼等を囲い込む事を、簡単に許すとは思えません。此処は彼と話し合ってみるべきです」


 カリンガル伯爵の言葉に、国王も宰相も考え込む。

 ブレッド捕獲に際し、思いもよらぬ準備と手際で、作戦を実行し指揮したアラドだ。

 カリンガル伯爵の言うとおり、優秀な治癒魔法師や薬師達を何の策も無く王国に引き渡すとは思えない。

 アラドが、教皇達に約束した三日後の正午、大聖堂で要求を突きつけるのだから急がねばならない。


 「アラドと会って、話し合わねばならんな」


 「彼は現在当屋敷に滞在致しておりますので、出来ればグルマン殿にお越し願えれば・・・」


 アラドとの交渉に備え、解放される人々の受け入れなどを検討する為に、グルマン宰相と国王は徹夜で知恵を絞る事になった。

 カリンガル伯爵は屋敷に戻り、翌日王国の代表としてアラドとの交渉にに望むグルマン宰相を迎える準備に取りかかる。

 アラドには、王国が大聖堂で教皇や大教主との話し会いに立ち会う事を了承し、明日グルマン宰相が当屋敷を訪れると告げた。

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