第42話 派遣軍

 王城の大広間に集められたのは、王国騎士団と王国防衛軍から選ばれた精鋭240名に、王家の使者としてサブラン公爵邸に赴く人員20名の合計260名。

 それ以外の人間は誰も近づくなと厳命されているので居ない。


 グルマン宰相に続いてカリンガル伯爵が大広間に入り、その後を俺とサランが続く。

 居並ぶ騎士や防衛軍兵士が、興味深げに俺達二人に注目する。

 グルマン宰相の秘書官らしき男が俺の前に立ち、トレーを差し出す。

 トレーには四枚のカードが置かれている。


 黄金の輪に交差する槍と剣に吠えるドラゴンの物が2枚。

 真紅の輪に交差する槍と剣に吠えるドラゴン・・・だが、ドラゴンが少し小さい気がする。

 王家と公爵家の格の違いが、ドラゴンの大きさになっているのかと思わず吹き出しそうになる。


 「アラド殿とサランの二人分の身分証だ、それぞれに血を落としてくれ」


 トレーに置かれたカードに、用意されている針を使って血を垂らす。

 サランも同じようにするが、色違いのそっくりなカードに面食らっている。


 「アラド殿とサランが指揮を執るが、最高指揮権はアラド殿にある。皆心せよ!」


 グルマン宰相の声に、大広間の騎士と兵が一斉に敬礼する。

 頷くグルマン宰相が秘書官に頷くと、合図を受けて大広間の奥の扉に向かう。


 「国王陛下です」


 高らかに声を張り、国王の入室を告げると全ての人々が一斉に跪く。

 例外は俺とサラン、グルマン宰相とカリンガル伯爵が中央より下がり跪く後ろに立ち、軽く一礼して済ます。


 「今より、お前達の指揮権をアラドとサランに預ける。極秘任務故、詳細は彼から説明されるだろうが無条件に従え!」


 〈ハッ〉200数十名の返答に、大広間の空気が震える。


 国王が退室すると、改めてグルマン宰相より「明日早朝王国騎士団と王国防衛軍兵士の合同訓練が始められる。日程は60日の長期に渡る実戦形式の為、気を緩めることなく行動せよ!」との訓示で締めくくる。


 彼等と共に王城内に用意された宿舎に泊まることになったが、派遣軍と使者として向かう者達は他の騎士や兵士から隔離されていた。

 箝口令どころじゃない、徹底した秘密主義を取っているようだ。

 それも、事が始まるまでで、直ぐに何が起きているのか知れ渡るだろう。


 翌早朝、騎馬と徒歩の兵士の群れに交じって王城を後にし、野外訓練場に向かう。

 訓練場に到着しても野営準備や訓練の予定は無し。

 皆の前で直径10メートル程のドームを2個作り即座に隠蔽魔法で見えなくし、驚いて見ている騎士や兵士を中に入れる。

 此処で全員武装を外し軽鎧に剣一本の軽装にさせる。

 作戦の実行指揮を執る20名を集めて概要を説明すると、各小隊に別れさせサランと手分けして防御障壁と隠蔽魔法を掛けていく。


 此処で初めて全員に目的地を、ブラジア領オルデンの街サブラン公爵邸と告げ、オルデンの街に向かって行軍を命じる。

 途中すれ違う者達との接触や会話を厳禁、野営地までは黙って歩けと言われた男達がやれやれといった顔になる。

 野営地まで無言の行を強いられるのだ、やれやれと思うのも無理はない。


 然し、目の前で次々と仲間達の姿が見えなくなり、自分にも結界魔法が掛けられて又仲間の姿が見えて安堵している。


 王都ハイマンを旅立ってタルス、ラッペン、サブオリ、リンナ、ブラジア領オルデンの街まで、全行程5日の旅。

 俺達は使者の馬車に同乗し、宿泊地の手前で野営地を決め、野営の為のドームを用意し各自の結界と隠蔽魔法を解除する。

 使者の馬車はそのまま街に入場し、ホテル泊まりとなる。


 一気呵成に行きたいが、人数が多いと行軍自体も大変である。

 マジックポーチが無ければ、行軍速度は半分になることを思えば上々の部類だろう。


 ・・・・・・


 オルデンの街には使者の馬車と護衛の騎士達が入場するが、そこに俺と指揮を執る20名に2個小隊の61名が姿を消したまま付いていく。

 貴族専用通路ってこんな時には便利である。

 オルデンのホテルに宿泊した使者は、サブラン公爵邸に先触れの使者を出すが、俺ち達は姿を消したまま先触れの後に続く。


 王家差し回しの先触れの口上に、門衛が慌てて門を開けるのを待ち先触れの馬車と共に敷地内に侵入する。

 先触れの口上は、玄関で執事に伝えられるので邸内に侵入するには人数が多すぎる。

 後は、翌朝使者の到着を待って邸内に侵入するまで野営だ。


 2個小隊の彼等は、夜の内に周辺を確認してまわり予期せぬ事態に備える。

 俺は、各部隊の指揮を執る者達と最後の打ち合わせを済ませ、仮眠を取ることにした。


 ・・・・・・


 昼前に王家の使者を乗せた馬車がサブラン公爵邸の門前に停まり、御者が使者の訪問を告げる。

 開けられた正門を使者の馬車と共に、サランに率いられた200名が静かに通過し先に侵入していた60名と合流する。

 彼等は町の外でドーム内に待機し、開門と共に姿を消したまま街に入ってきたのだ。

 この為にサランにも指揮権を貰っていたんだ、まぁ後々サランには活躍して貰う予定だし。


 玄関ホールの扉を全開にして使者を迎え入れ、跪いて頭を垂れ口上を聞いているのがブレッド・サブランだろう。

 国王陛下の親書を受け取り、自ら使者を先導し執務室に案内する。


 公爵家嫡男とはいえ、貴族でないブレッドは使者より立場が低いので、使者に対し丁寧な対応だ。

 執務室に入りソファーを勧められて使者の男が口を開く。


 「ブレッド殿、お人払いをお願いする。陛下の親書には、重要な事が書かれていない。直々に口頭で説明せよと仰せつかっております」


 そう言って自分の従者に扉の外で待機せよと命じる。

 こうなると、ブレッドもサブラン公爵の代理として従わない訳にはいかないし、高々20名の使者一行を恐れる理由もない。

 護衛の騎士達を遠ざけ、扉が閉まると同時にブレッドの後頭部に棍棒の一撃が襲う。


 崩れ落ちるブレッドの首に奴隷の首輪が素早く嵌められ、(我ランダ・リヤラインが命じる、以後我に従え)と支配の呪文を口内で呟く。

 俺は自分の隠蔽を解除し、リヤラインに頷くと次の命令を発する。


 「以後、目の前に居るアラド殿と我の命に従え。お前が我々に反抗することは許さない! 全ては王家とアラド殿の指示に従い、反抗や逃亡証拠隠滅など自分に有利な行動を禁ずる」


 頭の痛みに朦朧としているブレッドに(ヒール!)の一言で痛みと傷を治してやる。

 痛みが消え、リヤラインの言葉が頭に染みこんでいくに従ってブレッドの顔に驚愕が浮かぶ。


 「執務机に行って座れ」


 俺の命令を無視しようとして激痛に呻き声を上げるが〈声を出すな!〉の一言で静かになる。

 激痛に耐えかねて執務机に向かい、崩れるように椅子に座るブレッド。

 その周囲を囲む、指揮部隊のリヤライン以下60名の隠蔽と防御障壁を解除して、姿を見せてやる。


 〈ヒッ〉と悲鳴を上げかけたが、声を出すなの命令違反で激痛が襲い、必死で口を押さえる。


 「見ての通り、姿の見えない王国軍兵達が屋敷の内外に居るからな。此れからの質問には嘘偽りなく答えて貰うし、協力して貰うぞ。拒否したり反抗しても良いが、痛みに耐えられるかな」


 俺の言葉にがっくりしているが、元気を出してシャキシャキ協力して貰わねば長引く。

 先ず始めに、執事とお前に絶対忠誠を誓い信頼出来る護衛達を呼べと命じる。

 同時に姿を現した60名に防御障壁と隠蔽魔法を掛けて姿を隠す。


 見えなくなる騎士達を目にし、ブレッドの顔に絶望が広がる。

 勝ち目が無いのを理解した様だ。

 奴隷の首輪が見えると不審がられるので、首輪に隠蔽魔法を掛けて見えなくする。

 力なく立ち上がると扉を開け、護衛と執事を室内に呼び寄せるが一言も発しない。


 訝しがる執事や護衛の向こう脛に棍棒の一撃が襲うと、痛みに声なき声を上げ膝を抱えて崩れ落ちる。

 遠慮会釈の無い一撃だ、そりゃー痛かろうし声も出ないよな。

 待機していた部隊の者達が口にボロ布を押し込み、素早く後ろ手に縛り上げる。


 奴隷の首輪プレゼント二人目は執事殿だ、リヤラインが素早く首輪を装着し支配の呪文を唱えると、反抗せず命令に服従するように命じている。

 後は簡単だった、ブレッドと執事から聞き出した腹心の部下を次々と呼び出し、同様の手口で拘束していく。

 猿轡をし縛り上げた奴等は隠蔽で見えなくしているので、呼ばれた者達は何の疑いもなく執務室に入って来る。

 途中で捕獲した者が多すぎるので、隣の空き部屋に詰め込む羽目になってしまった。


 同時に街の破落戸や便宜を図っている奴等の名と居場所を喋らせ、その場所を知る者に案内させてサランと2個小隊40名が捕獲に向かう。

 俺の遣ることを隣で見ていたサランと、指揮部隊の一名が同行し問題の店舗や住処に易々と侵入し捕獲していく。

 ボス格の男には躊躇いもせず奴隷の首輪を嵌め、用済みになれば解除して次の犠牲者の首に嵌める。


 娼館、奴隷商、裏家業のアジト、スラム街の拠点と次々と制圧していくのでサランは大忙しだ

 何故なら、捕獲した奴等に隠蔽魔法を施すのに引っ張りだこだ。

 捕まえた奴らは後ろ手に縛り、数珠繋ぎにして姿の見えないまま公爵邸に連行してくる。


 各所のボス格の男に奴隷の首輪を嵌め、隠蔽魔法で見えなくしてから命令して部下達を集めさせる。

 そこを各小隊の面々が棍棒で殴りつけ素早く縛り上げる。

 それを数珠繋ぎにして公爵邸におくる、という流れ作業の様になり、隠蔽魔法を使えるサランは引っ張りだこである。

 俺は別の仕事があるので頑張って貰わねばならない、頑張れサラン! とエールを送っておく。

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