第41話 結界

 カリンガル伯爵を通じてアラドの要求書がグルマン宰相の元に届けられたが、受け取った宰相は一瞬目眩がした。

 此れでは、正規軍を派遣するのと変わらないではないかと思ったからだ。


 王家の使者と護衛、20名前後。

 王国騎士団及び防衛軍の精鋭を200~240名、1小隊20名として10~12小隊。

 攻撃魔法部隊全員、及び土魔法部隊全員を招集する事。

 奴隷の首輪を集められるだけと、緊縛用ロープ多数。

 彼等を指揮する為の王国発行の身分証2枚(アラドとサランの分)

 サブラン公爵発行の公爵に準ずる身分証2枚+40枚。


 此れとは別に王城の魔法訓練場に、巨木の柱三本を5m間隔で立てる事と、派遣軍全員と攻撃魔法部隊全員をその場所に集合させることを要求された。


 説明は、カリンガル伯爵と共にアラドが王城に出向き、グルマン宰相にする事になる。

 又、魔法訓練場にはアラドとサランが直接出向き説明するというものだ。


 依頼を出したのは王国側だ、それに従って必要な物を要求してきたので、断る訳にはいかなかった。

 グルマン宰相は国王陛下に要求書を差し出し、お伺いを立てる。


 「何故此れほどの用意が必要なのか、話だけでも聞かねばならんだろう。それに、アラドとやらの顔も見てみたいしのう」


 「では、選抜する兵と魔法訓練場の用意が出来次第、カリンガル伯爵に連絡して王城に呼び出します」


 * * * * * * *


 三日後に用意ができたと連絡が来たので、カリンガル伯爵に連れられて王城に出向いた。

 出迎えてくれた従者に従って付いていくと、途中から騎士と交代して建物の裏手に回る。

 到着した先は騎士達の訓練場で、片隅には標的があり、魔法の射撃訓練場も兼ねているようだ。

 その一角には三本の巨木が指定通り5mの間隔を開けて立てられている。


 ずらりと居並ぶ騎士達と、その横に控える魔法使い達が好奇の目で俺を見ている。


 「グルマン宰相殿、お手数をお掛けしました。彼がアラド殿です」


 グルマン宰相と呼ばれた男が鷹揚に頷くのに対し、黙って一礼するだけで済ます。


 「アラド殿の依頼通りの物を作っておいたが、何をする気かな? それと、何時もサランなる女性を伴っていると聞いたのだが」


 「私の背後に付いて来ていますよ」


 そう返答すると、グルマン宰相の背後に居た男が瞠目する。


 「済まんが城内で姿を消すのは止めて貰えないか」


 グルマン宰相に頼まれたので「サラン」と一声掛けると、サランが防御障壁を残して隠蔽を解除する。

 突然俺の背後にローブを纏いフードを被ったサランが姿を現したので、その場に居た人々から響めきがあがる。


 「敢えて姿を消して連れてきました。言葉で言っても信じられないでしょうし、此れから話すことを理解して貰う意味も有りましたので」


 「君の要求通りの物を用意したのだが、何に使うのかね」


 「中央の柱を結界で包みますので、攻撃魔法を授かっている皆さんで、一斉攻撃をお願いしたいのです」


 魔法部隊の長と思われる人物が不快感も露わに〈ふざけているのか!〉とか吐き捨てる。


 「自分達の攻撃力に自信がなければ、引き下がってくれても構いませんよ」


 魔法使い達の顔が強ばり、俺を睨みながら宰相に〈やらせて下さい!〉〈小僧の鼻っ柱をへし折って遣ります!〉〈おのれ、冒険者風情が!〉等と口々に叫んでいる。

 安っぽいプライドをお持ちの様だ。


 「君の思い通りにやってくれ」


 グルマン宰相の言葉を受けて、サランに頷く。

 サランは三本並んだ巨木から40m程の距離を取り、腕を差し伸べた瞬間アイスランスが右、ファイヤーボールが左の巨木に連続して吸い込まれる。


 〈ドーン〉〈ドォーン〉轟音を立てて、巨木の真ん中に穴が開き静まりかえる魔法使い達。

 アイスランスは巨木を突き抜け、ファイヤーボールは弾けて爆発したようになり巨木は何とか立っていた。


 〈何て威力だ!〉

 〈無詠唱の連続攻撃だぞ!〉

 〈氷結魔法と火魔法を切り替えての攻撃なんて、初めて見たな〉

 〈王国魔法部隊に欲しい逸材だな〉

 〈あんな実力者が居て、何故無名なんだ〉

 〈冒険者にもあれ程の実力者が居るのか〉

 〈あの若さで、見事な魔法攻撃だ!〉


 サランの隣に立ち(結界!)と呟き結界を中央に立つ巨木に掛ける。

 隠蔽は故意に掛けず、巨木の周囲に淡い光が見える様にする。


 「グルマン様、中央の標的に軽く結界魔法を掛けていますので、魔法部隊の方々に如何様な場所からでも宜しいので、全力で攻撃をさせて下さい」


 その言葉を聞いて、先程〈ふざけているのか!〉と吐き捨てた男が〈掛かれ! 必ず打ち破って見せろ!〉と叫んでいる。

 様々な詠唱と破裂音や衝突音が響き渡る訓練場を、集められた騎士達が興味津々で見ている。


 「結界魔法を初めて見るが、凄まじい耐久力だな。此れで軽く結界を張っただけかね」


 「そうです。何時もの様に全力で結界を張れば、目標が見えなくなって攻撃どころではないでしょうから」


 時々〈何をやっている! 全力攻撃と言っているだろうが! もっと力を込めろ!〉なーんて声が聞こえるが、魔法は力じゃないんだよ。

 10分程度攻撃が続いたが、魔力切れを起こして倒れる者が出始めたので宰相が攻撃中止を命じた。


 中央の巨木は、何事もなかったの様に立っている。

 魔法部隊から火魔法を使う者を一人残して、帰って貰った。

 見物の騎士は巨木の周りに集まってもらい、結界魔法を纏った巨木を示しながら演説だ。


 「皆さんは何も聞かされず集められましたが、結界魔法の防御力を理解出来たと思います。この後グルマン様から任務を授かると思いますが、その時には私が皆さんに全力の結界魔法を掛けて、任務に当たって貰うことになります。此れから結界魔法を纏っていると、攻撃を受けたときにどうなるのかを実験して見せます」


 そう言って中肉中背の騎士を指名して、結界魔法だけを掛ける。

 皆の前に立つ騎士の周囲を淡い光が包むと、そこ此処から驚愕の声が上がる。

 俺は魔鋼鉄の長剣を抜き、腕や肩を刃先で叩いていくが斬れるはずもない。


 「見ての通り斬れたりしません。お手持ちの剣を使い全力で斬りかかって見て下さい。万が一怪我をしても、治癒魔法が使えますので即座に治して差し上げます」


 そう言っても誰も腰の剣を抜かない、城内での抜刀は御法度なのは知っている。

 グルマン宰相が許可をして初めて剣を抜き、意気込んで斬りかかるが、切りかかられた方は無意識に避ける。

 〈周囲から取り囲んで一斉に斬りかかれ!〉

 遠くからの声に、次々と抜刀して斬りかかっていくが誰一人斬り得た者はいない。


 但し、斬りかかられた男は衝撃を受けて前後左右に振り回されている。

 皆が斬りかかるのを止めるのを待ち、火魔法使いにファイヤーボールでの攻撃を頼む。

 標的にされた男がゲンナリした顔で巨木の前に立つと、火魔法使いが詠唱を始め、サランより劣るがそこそこのファイヤーボールを射ち出す。

 〈ドーン〉と破裂音と共に男が吹き飛び、見ていた騎士達から悲鳴や罵声が漏れる。

 しかし、吹き飛ばされた男は怪我も無く立ち上がり、自分の体を調べている。


 グルマン様に実験は終わりだと告げて、騎士に掛けた結界を解除する。

 後は土魔法使いの能力が知りたいので、野営用の地下トンネルをどの程度作れるのか試して貰ったが、大人数用の物は造れないと判った。


 「結界魔法と言うか防御障壁の凄まじい防御力と言うか、此れで軽く掛けただけとはなぁ」


 「本格的にやると、見えなくなって標的の意味が有りませんからね。最後に集団に防御障壁を掛けて有効なら、依頼を受けましょう。その時は王国と公爵家の身分証を用意して俺とサランに指揮権を預けて下さい」


 「それは判ったが集団に防御障壁とは?」


 20名を整列させ、その集団を一発で防御障壁を掛け即座に隠蔽魔法も掛けて見た。


 〈エッ〉

 〈えっ・・・〉

 〈消えた・・・〉

 〈んな・・・馬鹿な〉

 〈アラド殿此れは?〉


 〈あー、整列して貰った方々は隣の人が見えていますか? ・・・ 返事は!〉


 〈あっ、はっ、はい見えていますけど・・・〉

 〈本当に俺達の姿が見えないんですか?〉

 〈ちょっと影になって見えるけど、俺達は別に何ともないです〉


 〈俺達からは、全然見えねぇよ!〉

 〈本当に元の場所に居るのか?〉

 〈こんな相手と闘ったら、絶対死ぬわ〉

 〈俺、あの二人とは絶対敵対しないぞ〉


 好き勝手言っているのを無視して(解除!)すると

 〈ウオォォォ〉

 〈居たぁぁぁ〉

 〈凄えぇぇ〉

 と、又々歓声が上がる。


 「グルマン様、彼等を使えばブレッド・サブランとその一統や協力者を一網打尽に出来ますよ」


 「この防御障壁は、どれ位の時間有効なのかな?」


 「普通に使えば24時間程度は有効ですね」


 グルマン宰相とカリンガル伯爵が、盛大な溜め息を吐いている。


 「君の希望する物は全て用意しているので、何時でも出発できるが、陛下の御前で君に指揮権を預ける必要がある。明日もう一度、伯爵と共に王城に来てくれたまえ」


 帰りの馬車の中、カリンガル伯爵に確かめてみた。


 「グルマン様の後ろに居た、平服の男は国王様ですか?」


 「気付いていたのかね」


 「あの場所で平服だし、誰も疑問に思ってない割には近寄ろうともしないし話しかけもしない。だから周囲から浮いてましたよ」


 「君には適わないな。サランが火魔法も使えるとは知らなかったぞ」


 「冒険者は、手の内を見せないのが基本ですからね」


 伯爵様は、サランが結界を自分で解除したことに気付いていないね。

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