第40話 内戦の予感

 そんな話を振られても困ると思ったが、カリンガル伯爵には為す術が無いし、有ったとしても後々王家に恨まれるか目を付けられかねないので、何も言えない。

 偉い事に巻き込まれてしまったと思っている所に、グルマン宰相が余計な事を言い出した。


 「カリンガル殿、彼の結界魔法・・・防御障壁は姿が見えないと言われていましたな」


 その手は不味いと言いたいが、余計な事を教えてしまったと後悔する。

 何れ知られる事だが、報告するのが早すぎた様だった。

 彼を使えば、王家が防御不能の暗殺手段を持っていると公言する事になる。

 それは王家に対する恐怖と反発を招きかねない、伯爵の懸念を余所に国王と宰相の二人は、アラドを使って嫡男を制圧する話が纏まりだしていた。


 「恐れながら、その案には重大な欠陥が御座います」


 「何故じゃ?」


 「彼は貴族で有る私に対し、勝手気儘に生きると公言する者です。今回実現した依頼も以前断られていましたが、伜セイオスの機転で実現しました。然し厳しい条件付きでしたし、危うくサブラン公爵の首が飛ぶ所でした。それもサブラン公爵殿を目の前において『お前の事など知った事か! 内部抗争か他人の恨み妬みかは知らないが、俺を巻き込むな!』と叱責し『皆殺しにされて公爵家を破滅させるか、好きな方を選べ!』と恫喝する男を自由に使えるとお思いですか? 下手をすれば、臣下の面前で陛下を罵倒し斬り捨てる事も厭わないでしょう」


 カリンガル伯爵に其処迄言われて、漸くアラドの危険性に思い至った。

 防御障壁を纏い姿が見えない相手だと忘れがちだが、敵に回せば勝ち目が無い。

 姿が見えていても防御障壁を纏ってないとは言えないので、魔法による奇襲攻撃も失敗する確率が高い。

 鑑定魔法が使えるのであれば、毒殺も不可能だ。


 「陛下、彼を味方に付けたいので在れば、対等の立場を維持し約束を違えぬ事です。そして真摯に事のあらましを説明し、協力を求める事に徹すべきです。それでも協力を得られる事は、非常に困難だとお思い下さい。それと彼の地を制圧しようとすれば多大な人的被害と費用が嵩み、その上国内が荒れます」


 国王陛下と宰相にカリンガル伯爵の三名が、事の当事者を外して相談している所にサブラン公爵が呼び出されてやって来た。

 国王と宰相にカリンガル伯爵の三人を見て、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 当然だろう、つい先刻まで自分の屋敷に居た伯爵が、陛下と共に自分を待っていたのだから。


 碌な挨拶もせず、詰問調に国王に尋ねる。


 「陛下、此れは何事ですか!」


 「伯父上・・・いやサブラン公爵、貴方の領地の荒れ様は目に余るものがある。伯父としてではなく、サブラン公爵に対して、釈明を聞きたいと思い呼び出した。放蕩息子を放置した結果、危うくオルトを毒殺されそうになっても決断できないのか!」


 甥っ子と思い侮りを含んだ物言いが、厳しい言葉を投げ返されて萎縮する公爵。


 「サブラン公爵に出来ないのであれば、王家がブレッドを排除しブラジア領を制圧する事になるが」


 「お待ち下さい陛下、ただ今臣下に命じ毒を盛った者の割り出しと、命じた者を探させております」


 「命じられた実行犯などどうでも良いのだ、誰が仕組んだことかは判っていよう。領地を荒れさせ、自分の身を守ろうとする者が誰か言えぬのか!」


 国王に叱責されても、何も言えず決断できない公爵を哀れに思うが、手助けしてやれることは無い。


 「のう、サブラン公爵、カリンガルが骨折って手配した治癒魔法師の約束すら守れず、怒りを買って危うく家を潰しそうになっても決断できぬか」


 「カリンガル、その男とは未だ連絡を取れるか?」


 「今夜は我が屋敷に滞在していますが、明日は好きな所におくると言ってあります」


 「彼にオルデンの街制圧と、ブレッド・サブランの捕獲を依頼してくれ。必要な物は全て用意するし、条件は全て呑むと言ってな。依頼報酬は金貨10,000枚と伝えてくれ。サブラン公爵殿、費用くらいは用意出来るな」


 国王に全て決められ、費用だけ出せと言われても何も反論できないサブラン公爵は冷や汗を流して頷くしかなかった。

 また、とんでもない王命を受けて冷や汗もののカリンガル伯爵だったが、逃げ道だけは確保することにした。


 「陛下のご命令は承知致しましたが、相手は気まぐれな冒険者で陛下の威光は通用しません。ご用命は伝えますが、受けて貰える保証は御座いませんが宜しいでしょうか?」


 「判っておる。無理なら王国騎士団と王国防衛軍に、周辺領地の領主軍を使っての戦になる。素早くやらねば西方の隣国パンタナル王国の挑戦を受けることになるが、それだけは避けたい」


 国王陛下の覚悟を聞いて、内戦になるよりはアラドを説得する方が楽だと、諦めの境地になる伯爵だった。


 ・・・・・・


 あてがわれた部屋で朝食を済ませお茶を飲んでいると、執事がやって来て執務室までお越し願いますと言う。

 別れの挨拶くらいはしておくかと、サランと共に執務室に入る。


 お茶の用意がされたソファーに座ると、護衛も執事も下がらせた伯爵様が真剣な顔で、話だけでも聞いて欲しいと言って喋り出した。


 「内戦が始まりそうなんだ、手間取れば西方の隣国パンタナル王国の侵攻を招きかねない。彼の国とは過去何度か遣り合っていて、隙は見せられない」


 「まさか、内戦に参加しろとは言いませんよね」


 「君には首謀者の始末か捕獲を頼みたい。出来るのであれば捕獲が望ましい」


 「あの盆暗公爵様関連ですか」


 「サブラン公爵殿は領地を嫡男に治めさせているのだが、その嫡男が領地で放埒の限りを尽くしている。その為に嫡男ブレッド・サブランを廃嫡したいが、優柔不断な公爵殿にはそれが出来ないでいる。次男・・・君が治療したオルト・サブランに領地を継がせ、ブレッドを後継者から外そうとしたのだが彼も馬鹿じゃない。領地から一歩も出ず、私兵という名の破落戸を集めて好き放題だ」


 「王家が呼び出せば良いのでは?」


 「呼び出して、ブレッドが来なければ王家の面子は丸潰れだ。次男のオルトが居なくなれば後継者の地位は安泰になるが、事が此処まで大きくなると公爵殿には任せておけない。王家はブレッドを処分、オルトに後を継がせ公爵殿は隠居させる事を決めた。

 然し、実行するとなると多大な犠牲が出るのは必至。静かに事を収めたい王家はブレッド捕獲か処分を君に依頼したいそうだ。エコライ伯爵の時のようにね、君が受けてくれるのであれば希望は全て叶えると言っている。依頼料は金貨10,000枚を提示された」


 「周辺の領主はどうしているのですか?」


 「相手は公爵家だ、静観・・・又はおこぼれに預かろうと擦り寄る者もいる」


 「それって、配下共々首謀者を制圧し、一人で公爵領を乗っ取れと言ってるのと同じですよ。然も、協力者に気付かれることなく」


 「だが君なら出来るだろう。私の屋敷に侵入し剣を突きつけた時の様に」


 「居場所さえ解っていれば、国王でも教会の教皇でも殺すのは簡単ですよ。然し、首謀者一人を殺して済む話じゃなさそうですね」


 「その後の混乱を鎮めるのも大変だとは思うが、それは王家の仕事だ」


 面倒な仕事を持ち込んで来たものだが、確かにエコライ伯爵を確保した方法を取れば、首謀者と主要な人物の確保は簡単に出来る。

 放置すれば内乱になり、その後は犠牲者や浮浪者が巷に溢れて俺達の生活にも影響が出る。

 此の国を捨てるのは簡単だが、他国に行っても安閑と暮らせる保証もない。

 教会も俺に目を付けているようだし、王国に恩を売って生き易い環境を作る方が楽だな。


 好き勝手をしている奴等を一網打尽、と迄はいかないまでも捕らえて犯罪奴隷に落としてやれば、少しは治安も良くなるだろう。


 「サブラン公爵配下の組織図と領地屋敷の図面を用意して下さい。それを検討して出来るかどうか考えさせて下さい」


 アラドの返事を受け、カリンガル伯爵はグルマン宰相に対し、急ぎブラジア領オルデンの公爵邸図面と領内に居る配下の組織図を要求した。

 グルマン宰相から図面と組織図を要求されたサブラン公爵は、領地と嫡男ブレッドの運命が、自分の手を離れ決められていくのを見ているほかなかった。


 夕暮れ前には、ブラジア領オルデンの公爵邸の図面と領地の公爵配下の組織図が、カリンガル伯爵邸に居るアラドの元に届けられた。


 公爵邸の図面は現地に到着してから必要で、現在は必要無しとして、お財布ポーチに直行。

 組織図を広げて検討する。

 公爵家直属軍、約800名

 公爵家騎士団、約120名

 オルデンの街の警備隊、約350名

 公爵邸警備兵、約80名


 これらは、ブレッドに積極的に協力している者を外せば、残存部隊を使って動きを封じることが出来る。

 後はブレッドの私兵と、これ以外の街の協力者や破落戸共だが、現地に行ってみなければ判らない。

 出たとこ任せだが、各組織の首謀者を押さえれば小物は逃げられてもよい。


 此れを実行するに必要な物と、人員の確保は王家に要求する事になるが、実行部隊だけで200~240名は必要だろう。

 難儀なことになったものだが、首謀者を押さえたら残りは王国の実行部隊を指揮して彼等にやらせようと計画を練る。

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