第39話 鑑定結果
サブラン公爵邸にカリンガル伯爵の馬車が滑り込んでいく。
正面玄関には執事が一人佇み馬車を出迎えると、カリンガル伯爵に一礼すると俺とサランを一瞥して病人の居室に案内された。
伯爵の後に続いて邸内を歩く俺達に、各所に立つ護衛騎士達の険しい視線が突き刺さる。
カリンガル伯爵に連れられてとはいえ、得体の知れない冒険者が2名公爵邸内を堂々と歩いているのだ。
血筋と名誉を重んじる騎士達に取っては、我慢がならないのだろう。
サランは肩身が狭そうに小さくなっていて、出発前に命じた事を忘れていなければ良いが。
華麗な彫刻が施された扉をノックし「カリンガル伯爵様をご案内致しました」と告げると、即座に扉が開けられる。
開かれた扉の内側に2名の騎士が立ち、扉を支えている。
ドアなんて可愛い物じゃ無い、人の背丈の2倍以上は有る扉だ。
権力と金の象徴の様で、思わずカリンガル伯爵邸の扉と比較しそうになる。
執事が室内中央に据えられたベッドの横に進み出て、奥に控える男に一礼してカリンガル伯爵様の到着を報告する。
左右の壁際に各5名の護衛が控えていて、報告を受ける男の背後にも四名の護衛と魔法使いらしき三名が控えている。
サブラン公爵だろう、傍らに同年配の女性が控えるが病人の母親のようで心配そうに見つめている。
ベッドの足下にメイドが二名控えているが、目付きからして武術の心得がありそうだ。
警戒厳重、これでもかってくらい護衛を配置しているが、余計な事をしなければ襲わないよ。
伯爵様に促されてベッドの脇に歩み寄る。
ベッドを挟んで睨み付ける男を若くした顔の病人は、窶れていて顔色は土気色に近く呼吸も浅い。
病人の顔色を確認していると、以前感じた何かが侵入してくる感覚に襲われる。
あれだ、冒険者ギルドにレッドビーの蜜を売りに行った時に、鑑定された時の感覚だ。
その感覚を思いっきりぶっちぎってやった。
魔法使いらしき三人の内の一人が〈ウワッ〉と一声あげると頭を抱えて崩れ落ちる。
悲鳴を上げて倒れたのに、傍らの魔法使いらしき二人以外誰も気にしていない。
残り二人と公爵と思しき男を睨み付けてから、病人を(鑑定!)・・・〔男・火魔法・魔力30・衰弱・弱毒〕
思わずサランの顔を見ると、サランも鑑定結果に驚いている。
ローブのフードを目深に被った顔が、意味有り気に頷く。
やれやれ、お家騒動か他家の恨みか知らないけれど、弱毒とはねぇ。
最も、強力な毒は迅速確実だろうが、毒物自体を発見される確率も格段に跳ねあがる。
遅効性の弱毒なら露見しても何時からなのかすら特定しにくいし、下手すりゃ毒とすら判らないので、何時何処で毒を盛られたのかも悟られないだろう。
鑑定では今日明日に死ぬ事は無さそうなので、先に毒の事を説明するかと思案していると伯爵様から声を掛けられた。
「アラド殿、治療をお願いしたい」
そう言われて取り敢えず(ヒール!)の一言で治療をすませてから、伯爵様に病人の事でお話しがと小声で伝える。
怪訝な顔を向ける伯爵様に、毒を盛られている恐れが有ると伝えると、一気に顔色が悪くなる。
そりゃー嫌だよなぁ、他家の、それも公爵家の騒動に巻き込まれる恐れが出てきたのだから。
「公爵様お一人に伝えて下さい。それと先程倒れた男は鑑定使いと思われますが、信頼出来る者に監視させて下さい」
「彼が犯人なのか?」
「いえいえ、彼の能力次第では、知っていて黙っていた可能性が有るだけです。普通は主人やその家族相手に鑑定魔法は使わないでしょうから、多分知らなかったと思いますが・・・」
「暫く待ってくれ」
そう言うと、伯爵様はサブラン公爵の傍らに行き、人払いを頼んで小声で何事かを告げている。
俺は病人の顔色を観察して、血の気の戻った顔色に安堵する。
治癒魔法が毒にも効き目が有ると判った。
鑑定で確認しても〔男・火魔法・魔力30・衰弱〕と弱毒が消えている。
最も俺の魔力量からすれば、教会の光魔法と同じく汚れを祓ったのかもしれない。
魔石の魔力を浄化出来るので、毒素を浄化したのだろうとも推測できる。
メイドや護衛達を壁際に追いやり、サブラン公爵とカリンガル伯爵が真剣に話し合っているが、小声の為に聞こえない。
ただ、カリンガル伯爵とサブラン公爵の真剣な話し合いから、何かが起きていると察して、好奇の目が二人と俺に注がれる。
「皆、誰もそこを動くな!」
サブラン公爵の声に、緊張が一気に高まる。
「アラド殿とサランは来てくれ」
カリンガル伯爵に言われて隣室に移動するが、サブラン公爵の護衛は二人のみ、それにカリンガル伯爵様と俺にサランだけ。
「毒を盛られているのは間違いないか」
「鑑定では〔火魔法・魔力30・衰弱・弱毒〕と出ましたので間違いないでしょう。但し、現在は弱毒は消えています。それよりも、私を鑑定しろと命じましたか? 公爵様の背後にいた三人の内、倒れた男は鑑定使いでしょう」
「確かに、お前を鑑定しろと命じたが何故判った?」
返事が気に入らないが、その質問を無視する。
「病人を鑑定しろとは命じなかったのですか。聞けば幾人もの治癒魔法使いを招いているそうですが、何人もが治療して治らないのであれば、他に原因を求める筈です」
「奴にも鑑定させたが、一言も毒の事など話さなかったぞ!」
「彼の能力は?」
「王都でも指折りの鑑定使いだ」
「では彼以外の鑑定使いを招き、病人の周辺に有る飲食物全てを鑑定してみれば何か判るかも。但し、何も判らなかったら彼の鑑定能力が低いって事もありえますね」
俺にそう言われて、サブラン公爵は考え込んでしまった。
「カリンガル伯爵様、用は済みましたので帰らせて貰いましょう」
「待て! 今日見聞きした事を口外するのは許さんぞ!」
「お前の事など知った事か! 内部抗争か他人の恨み妬みかは知らないが、俺を巻き込むな!」
護衛が剣の柄に手を掛け睨んでくる。
ご主人様の命令があれば、即座に喰いつく気満々の犬っころと同じだ。
「約束を忘れたのか、後ろの護衛がやっても同じだぞ。黙って俺達を帰すか、皆殺しにされて公爵家を破滅させるか、好きな方を選べ!」
「サブラン公爵殿、お約束を破るなら責任は持ちませんよ! 私に彼を止める力は有りませんので」
サランは既に剣を抜いているし、公爵の護衛は歯を剥き出して唸っている。 伯爵様が隣の部屋から執事を呼んできて帰るぞと告げているが、サブラン公爵は唸るばかりだ。
「サラン、追って来るようなら吹き飛ばせ!」
何が起きたのかは判らないが、一触即発状態なのは判ったのか、顔面蒼白の執事の案内で玄関ホールに向かう。
馬車が公爵邸を出て自宅に向かって走り出したところで、カリンガル伯爵が大きく息を吐く。
「止めて欲しいね。寿命が縮まるよ」
「あの間抜けな公爵のせいですよ。約束の何たるかも知らない様だし、あれで王家に連なる血筋の高位貴族とはね。何人も治癒魔法使いに治療させて治らないのなら、原因は別に有ると考えるのが普通ですよ」
「後で公爵殿には改めて、そう伝えておくよ」
* * * * * * *
カリンガル伯爵は屋敷に戻り、アラドには明日にでも好きな場所に送るからと言って泊まらせると、自身はそのまま報告の為に王城に向かった。
アラドの言った様に、内紛か他人の恨み嫉みかは知らないが、公爵家が揺らぐのは国の安定から見ても非常に不味い。
グルマン宰相はカリンガル伯爵の訪問を待ちわびていたが、もたらされた報告に仰天した。
サブラン公爵家は何かと問題を抱えた家で、その最たるものが跡目争いである。
領地に籠もる嫡男と王都から動かぬサブラン公爵。
耳達の報告ではサブラン公爵の領地ブラジア領オルデンの街は、正妻の嫡男ブレッド・サブランが放埒な性格で好き放題に領地を運営している。
運営と言えば聞こえは良いが、放蕩無頼な集団を率いて好き勝手な事をしている。
母親に甘やかされた放蕩息子を廃嫡して、生真面目で優秀な次男を後継者の座につかせたい公爵との確執が、毒殺といった手段に出ては放置も出来ない。
カリンガル伯爵と共に、国王陛下の元に報告に向かった。
カリンガル伯爵からサブラン公爵邸での一部始終を聞いた国王は、即座に公爵を王城に呼び出した。
「しかし一介の冒険者が、天下の公爵に対して『皆殺しにされて公爵家を破滅させるか、好きな方を選べ!とは』豪儀よな」
「陛下、笑い事ではありません。彼が引き上げるときに、連れの少女に言った言葉は何だと思います。『追って来るようなら吹き飛ばせ!』ですよ。彼女の魔法は氷結魔法と風魔法です。吹き飛ばすような魔法では無いはずです・・・あの少女も並みの魔法使いでは無さそうです」
「ふむ、その少女の調べはついているのか?」
「最近まで奴隷として売られていた境遇ですし、冒険者登録を済ませたばかりですのでよく判っていません」
「鑑定魔法を見破り、毒を盛られている事を看破したと言う事は、彼は鑑定魔法も使えるという事だな」
「陛下、それよりもサブラン公爵の領地の荒れ様を何とかしなければ、隣接する領地も荒れてしまい、国力が落ちて周辺国の挑戦を受けかねません」
「伯父上も、気位は高いのに気弱で決断力がないのは困りものだな。領地どころか、息子一人も御しきれないとは情けない。我が血族で無ければ爵位を剥奪して追放ものだぞ。カリンガル、彼の領地を鎮める良い案はないか?」
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