第38話 交渉
「セイオス様、私は奴隷の身から助けられ首輪を外して貰ったとき、終生アラド様にお仕えすると誓いました。アラド様が私を不要と言われてもついていくつもりです」
「おいおいサラン、俺は興味本位で助けただけだから恩に着る必要は無いぞ。条件の良い働き口が在れば遠慮なく行って良いぞ」
「いいえ、娼館の地下室でお腹を空かせて痩せ細り、死を覚悟していた時に助けられました。奴隷からも解放して貰い、お腹一杯食べさせて貰った事は決して忘れません。魔法を教えて貰い、アラド様のお役に立てると判り嬉しかったです」
初めて聞くサランの決意に顔が赤くなりそうだ。
全属性の魔法を授かった者に対する好奇心で助けただけなのに、こうもはっきりと言われると恥ずかしい。
「まっ、まあ先の事はその時に考えればいいさ。サランの好きに生きれば良いから、今決めることじゃないぞ」
「アラド殿は攻撃魔法が無いので、サランの攻撃魔法は重宝するよね」
此奴はまた余計な事を、俺は臣下が欲しい訳じゃ無いんだよ!
自由気ままに生きるのに、臣下は不要なんだよ!
宝石箱の処分は父と相談すると言って引き受けてくれたので良しとする。
しかしセイオスも貴族の一員、一つお願いが在るのですがと交換条件を出してきた。
宝石箱を丸投げして受けて貰った手前、俺の信条に反しない頼みなら良いよと返答する。
そのお願いとは、俺に治癒魔法を施して欲しいと頼まれていると言うものだった。
そう言えば、以前そんな話を聞いた覚えが在ったなと思いだした。
「確かセイオス様の護衛任務完了報告の時に、そんな話がありましたね」
「覚えておいて貰えて話が早いです。未だに貴方を指名しての治療依頼が父の元に届きます。相手が公爵家ともなると、父も無視する訳にもいきませんので是非ともお受け願いたいのです」
「公爵家か・・・意に反する事には従わないし、無理強いするのなら死人が出るよ。それで良ければ受けるよ」
「有り難う御座います。サブラン公爵様を随分待たせているからね」
依頼主のサブラン公爵は王都の屋敷に居るそうで、治療相手も王都の屋敷で伏せっていると言われて、王都ハイマンに行く事になってしまった。
何れは王都を見てみたいと思っていたので別に構わないが、面倒事は止めてくれよと思う。
サランは純粋に王都見物が出来ると喜んでいるが、どんな美味しい物が有るのだろうと期待に目を輝かせている。
* * * * * * *
カリンガル伯爵は、セイオスからの知らせを受けて安堵した。
以前アラドに治療依頼を断られてから1年半、サブラン公爵からアラドと連絡はつかないのかと問われ続けていた。
その度に自由気ままな冒険者相手なので、王家ですら居場所を掴めず難儀しておりますと言葉を濁してきたのだ。
サブラン公爵に知らせるのはアラドが王都に到着してからで良いが、王家にはアラドが伜セイオスと共に王都に向かって居ると知らせねばと、急ぎグルマン宰相に書簡を送ると、翌日王城への出頭を促す返事がきた。
* * * * * * *
「良く王都へ呼ぶ事が出来たな」
「陛下、呼び寄せたのでは御座いません。彼が我が領内に居たときに治癒魔法の噂が流れました。それを聞きつけたサブラン公爵殿からの依頼を、彼に伝えていたのです。此の度その依頼を受けても良いとの返事を貰いました。只今、伜のセイオスと共に王都に向かっております」
「彼と話し合う事は出来るか?」
「恐れながら、伜からの知らせでは厳しい条件を付けられていますので、無理かと存じます」
「条件とは?」
「依頼主がサブラン公爵家と伝えたとき、彼の返事は『意に反する事には従わないし、無理強いするのなら死人が出るよ。それで良ければ受ける』と申したそうです。私もサブラン公爵殿に引き合わせる時には、その条件を受けなければ紹介するつもりはありません」
「傲慢な男よのう」
「陛下、彼にはそれが出来るのです。愚息オルザが彼は危険だと思い行動した結果、我が屋敷に堂々と侵入された挙げ句、私の執務室で剣を突きつけられた。と、以前も申しました。姿も見えず強固な防御障壁に守られた男を、どうやれば倒せると思いますか。エコライ伯爵も完全に手玉に取られて、あの有様です」
「しかし、その治癒魔法の腕を見てみたいものよな」
「陛下、サブラン公爵殿には彼の条件を受け入れさせて、結果の報告を聞こうではありませんか」
「それが宜しいかと、私も彼の治療に立ち会って見届けてまいります」
* * * * * * *
ランゲルの街から王都迄13日、座席のクッションに助けられたが退屈極まりない旅だった。
日数は掛かっても、歩いた方が退屈せずに済むと思うが、ひたすら歩くのも修行僧の様で嫌だ。
王都のカリンガル伯爵邸に馬車が滑り込んだとき、嫌な思い出が蘇る。
馬車を降りると案の定、執事とメイドのお出迎えだ。
セイオスに続いて俺とサランが降りると、メイド達の目に好奇の色が浮かぶ。 そりゃーそうだ、お坊ちゃまの後から冒険者が二人降りてきたのだから。
「お着替えの前に、お客人をお連れして旦那様にご挨拶をお願い致します」
執事に促されセイオスの後に続くが、サランが緊張の余り俺の服の裾を掴んで離さない。
エコライ伯爵邸以来の貴族の屋敷だが、貴族とまともに対面するのは始めてだから緊張が半端ない。
俺と行動を共にするのなら、俺が跪かない限り跪く必要は無いと言ってあるが、忘れているだろうなぁ。
余計な事を喚く、護衛が居ない事を祈ろう。
セイオスが到着の挨拶を済ませると、カリンガル伯爵様が用件を伝えてくる。
「頼みを聞いてくれて有り難う。君の条件を相手に伝えて了解を貰う様にするよ。万が一にも手違いが起きないように、私も立ち会うので安心してくれたまえ。それとセイオスに託した宝石箱は、王家に提出する事にしたよ」
「それは伯爵様にお任せします」
「ところで後ろの者は、君の従者かね?」
「いえ、仲間です。公爵邸へ伺うときも同行しますので、宜しくお願いします」
用意された部屋に下がると今回も客間だよ、サランがメイドに傅かれておどおどしているのが可哀想だが、諦めろとしか言えない。
少しでも馴れていないと、公爵邸に行った時にヘマをしかねないからな。
* * * * * * *
「ご苦労だった。彼は良く承知したな」
「宝石箱の処分を頼まれましたので交換条件にお願いしましたところ、以前父上が依頼した事を覚えていましたので受けて貰えました」
「そうか。で、あのサランと言う少女もお前と同じ魔法を使うのか?」
「はい、氷結魔法と風魔法ですが、私より遥かに強力ですし魔法の発動も早いです。彼女もアラド殿の指導を受けていると思われます」
「彼女の事で、他に判っている事はあるか」
「話ではエコライ伯爵の関係で助けたと、奴隷として監禁されていて、痩せ細りひもじくて死ぬ寸前のところをアラド殿に救われたそうで、忠誠を誓っています」
「先の話と合わせれば、彼が連れ歩く実力は十分に有ると言う事だな。取り敢えずサブラン公爵殿に彼の事を伝えて、如何なる干渉も無しとの約束を取り付けねばならん」
* * * * * * *
当日夜、サブラン公爵邸にカリンガル伯爵からの使者が訪れ、一通の書簡を差し出して返書を求めた。
執事の差し出す書簡を受け取り、読み進む公爵の顔が綻ぶが段々と険しいものに変わっていく。
「此れをどう思う?」
書簡を手渡された執事は読み進む打ちに、その内容に戸惑ってしまった。
書簡には、アラドなる治癒魔法の使い手が治療に当たる条件として、アラド本人と連れの女性一人を同伴するが、如何なる指示命令も受け付けない事。
サブラン公爵殿と対等の関係である事を認め、その様に扱えるのなら治療に伺うと記されている。
追記として、国王陛下の命により、アラドの治療に際してカリンガル伯爵が見届け人として同行すると書かれている。
「これは・・・国王陛下も、アラドなる冒険者に注目しているという事で御座いますね。噂通りの能力であれば王家が召し抱えるでしょうが、噂では神出鬼没と申しますか、貴き身分の方々を敬う心が無い男のようですので・・・」
「だが、数多の治癒魔法使いに治療を依頼したが、一時的にしか改善しなかったからな。瀕死の者を次々と治せる能力が本当に有るのなら、あるいは・・・オルトの病も治せるやもしれん」
「カリンガル伯爵殿より、アラドなる冒険者の事を詳しくお尋ねになられては如何でしょうか」
執事の助言を受け、サブラン公爵はカリンガル伯爵を一夜私邸に招き、アラドの事を詳しく訊ねた。
その結果、アラドに改めて治療を依頼する事にして、カリンガル伯爵の申し出を全て受け入れると約束した。
カリンガル伯爵邸に投宿してから5日目、漸くサブラン公爵がカリンガル伯爵の申し出を受け入れたので治療を頼むと伝えられた。
その間サランはセイオスと共に、屋敷裏でアイスアローを使って標的射撃の練習に励んでいた。
標的までの距離は約50m、人体と同じ幅50cm高さ180cmの標的に対して、サランは10発中8~9発の命中率に達していた。
セイオスが10発中5~6発の命中率なので、セイオスが必死になって練習している。
カリンガル家に仕官している魔法使いや騎士達が常に見学しているので、裏庭は賑やかであった。
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