第37話 宝石箱の処分

 セイオスの風魔法を見せて貰ったが、確かに自身で評した冬の嵐程度の風だった。


 「セイオス様、ホテルで風魔法の事を聞いたときに、コップの水を掻き回したのを覚えてますか」


 「ああ、ヒントをくれたと思ったのだが私には理解出来なかった」


 サランに言って、標的の氷柱を竜巻で包んで貰った。

 サランが腕を伸ばし〈ハッ〉と声を発すると、40メートル先の的を中心に螺旋状に風が巻き起こり、周囲の物を引き込んで上空に吹き上げる。

 天地を繋ぐ竜巻ほどではないが、周囲の物を巻き込んで吹き上げ、十分危険な魔法だと判る。


 「凄い・・・こんな風魔法は初めて見た。いや話では聞いた事があったが凄い威力だな。確かにコップの中の水の様に見えるな、サランは私と同じ氷結魔法と風魔法の才が有ったのか」


 サランが微妙な顔で俺を見るが、俺はなにも言わず肩を竦めるだけにした。 

 翌日は鳥やホーンラビットの様な小動物の狩りに出た、その際サランにはセイオスの連射速度に合わせる様に指示する。

 サランの連射は機関銃の様に間断なく射ち出すので、下手に興味を引かれない様にする。


 セイオスは一晩でアイスアローの速度を上げてきた、サランのアイスランスを何度も見た成果だろう。

 勉強熱心で、直ぐに結果を出してくるのは大したものだ。

 命中精度は似たり寄ったりで、二人とも未だまだ練習の必要がある。


 二日間の訓練を終わり、ホテルに戻る馬車の中でセイオスから、宝石商のククルス商会を知っているかと聞かれた。

 何故との問いに、ククルス商会のランゲル支店を預けられている、マトラなる男が俺の行方を捜していると言った。


 「何か不都合な事でもありましたか?」


 「ちょっとね、商談を途中で打ち切ったのですよ。何故か宝石箱を2~3個持っているのを知っていましてね、買い取りたいと話を持ちかけられたのです。然し私は宝石に興味が無く価値が判りません、専門家との交渉は不利と思い、良い様にされる前に打ち切った次第ですよ。それと魔玉石に興味が湧き、少し試したい事が出来たのでマトラ殿を放置している状態なんです」


 「魔玉石ですか、話には聞いた事がありますが本物を見たことが無いですね。それはそうと、その宝石箱って例の・・・」


 知っている様なので黙って頷いておく。


 「ホテルに戻ったらお見せしますよ」


 そんな話をしながらトゥルクホテルに帰り着くと、支配人がやって来てお客様がお待ちですと告げてきた。

 支配人の視線の先にはマトラと、如何にも貴族然とした衣装の男が酒を酌み交わしている。

 少し離れた壁際に、揃いの軽鎧を身に纏った護衛が四人いる。


 あの馬鹿! 物の出所を思えば、ホテルの食堂で話す様な物では無い。

 然も貴族らしき奴まで連れて来ているとは、間抜けにも程がある。


 思わずセイオスと顔を見合わせていると、マトラが俺達に気がついた。

 連れの男に何事か告げると、満面の笑みで俺達の所にやって来る。


 セイオスと背後の護衛に目を向けるが、貴族の一員に見えない服装のセイオスには興味がない様だった。


 「アラド様お待ちしていました。ご紹介したい人も居ますのでどうぞ」


 気障に指を鳴らして給仕係を呼び、グラスの用意を命じている。

 背を向けても良いが、相手が誰だか確認しておく必要がありそうだ。

 ちらりとセイオスを見ると、黙って頷く。

 この辺は貴族の子弟だ、よく判っていらっしゃる。


 マトラが、俺を貴族らしき男の前に立たせて仰々しく紹介を始めた。


 「アラド殿、此方に御座しますお方はブレスト領ランゲルのご領主様であられる、モルデ・グランド侯爵様です。ご挨拶を」


 しれっと言いやがったが、挨拶をする気など欠片も無い。

 マトラとグランド侯爵の顔を、じっくりと見比べる。


 俺がなにも言わず、二人の顔を見比べるのが気に入らない様で、侯爵様の額に血管が浮かび上がる。

 俺は殺気を浴びせて黙らせる芸当など出来ないので、先制攻撃・・・口撃を仕掛けることにした。


 「先般レニンザ領ウインザの領主、モルザン・エコライ伯爵のお屋敷で騒動が御座いました。娼館の主と御領主様が懇ろの関係で御座いましてねぇ。まぁ、仲が良すぎて色々問題も有りました。その騒動の最中、色々消えた物が御座います。例えば木箱とか」


 俺が口を開いて挨拶をすると思っていたのが、ウインザの騒動の話を始めたので侯爵様は面食らっている。

 マトラは消えた木箱と聞いて、顔が一気に青ざめる。

 お前のパパが知らせてきたのは宝石の事だけで、その経緯を知らなかったのだろう。


 「御領主様と、街に住まう領民の者とは何かと中が宜しい様で・・・特に大店の主とは。まっ、それはどうでも良いのですが問題は木箱なんですよ。モルデ・グランド侯爵様でしたっけ、マトラと組んでただ同然で手に入れよう何て無理ですよ」


 そこまで言うと、侯爵様のお顔が真っ赤っかに染まる。


 「貴様ぁー、冒険者風情が・・・」


 「グランデス領アスフォールの領主、フォルタ・カリンガル伯爵が四男、セイオス・カリンガルが、モルデ・グランド侯爵様にご挨拶申し上げます」


 ちょっ、おまッ、ここからが楽しいのに・・・


 「カリンガル伯爵の四男だと? 嘘はあるまいな」


 「はい、私の身分証で御座います」


 そう言ってセイオスは、カリンガル伯爵発行の身分証を差し出す。

 受け取ったグランド侯爵は狐につままれた様な顔になる。


 「何故、カリンガル伯爵の身内が此処で出て来る?」


 「先程アラド殿が話されました、ウインザの一件が絡んでおります。父カリンガル伯爵が、国王陛下より関係者の保護を仰せつかり、私もその関係でご挨拶も無く御当地に滞在致しております」


 マトラは気付いたが、侯爵様は盆暗か?マークが頭上に浮かんでいるのが判る。

 セイオスも痺れを切らしたのか、一段と声を落とし侯爵相手に脅しにかかった。


 「ウインザの一件で失脚したモルザン・エコライ伯爵様ご一家は、犯罪奴隷として王城で貴族達の使い走りを致しております。私も陛下の命で逐一報告の義務が御座います、何卒言動には十分なご配慮を頂ければ幸いです」


 此処まで言われて漸く、俺に手を出すな王家が見ているぞと言われている事に気づいた。

 そして、迂闊な事をすればエコライ伯爵の二の舞になると判った様だ。

 俺はそんな気は無いけどな。


 然しセイオスも、侯爵様を脅したりして人が悪いね。


 セイオスの言葉を理解し、一気に顔色が悪くなる侯爵様だが言葉が出てこない。

 そりゃそうだ、犯罪奴隷になるのも耐えがたいだろうが、奴隷の首輪を付けて貴族の使い走りをさせられる屈辱を想像したのだろう。

 気不味い雰囲気に耐えられなくなったのか、グランド侯爵は幾度か咳払いをし、片付けなければならない用事が有ると言って帰って行った。

 何代続いた家系か知らないが、世襲貴族の間抜けさがもろに出た人物だね。

 マトラの奴は、セイオスが侯爵を脅している隙に逃げ出していた。


 「セイオス様、侯爵様を脅したりしても良いんですか」


 「アラド殿もご存じの様に、貴方に関する事は一部始終報告する事になっていますから。私が報告しなければ怠慢の誹りを受けます」


 「まぁね。街に居れば、常に誰かの目が有るのは知ってますよ。敵意が無いから放置しているだけ。気に入らなくなったら、王様の喉首を掻き斬ってやるさ」


 「アラド殿! それだけは止めて頂きたい! 絶対に!」


 「だから言っといてよ、あんまり煩くするなって。俺は気儘に生きるって決めてるのだから」


 セイオスの護衛が微妙な顔で俺を見ているが、それが出来る事を知っているので冗談に聞こえない様だ。


 ・・・・・・


 食後セイオスの部屋に行き、宝石箱を取り出して魔玉石を披露する。

 セイオスは薄紫,緑,茜,真紅と色とりどりに煌めく魔玉石を見て言葉も無い。 俺も初めて見た時には言葉が出なかったからな、こんな宝石が存在するなんて思ってもみなかったから。


 「なんと・・・これら全てがエコライ伯爵が秘蔵していた物ですか」


 「全てじゃなですね。色々面倒を掛けてくれたから、手間賃の序でに嫌がらせで小さいのをお財布ポーチに放り込んだだけですよ。ククルス商会のマトラが現れる迄、すっかり忘れてました」


 〈忘れていたって・・・〉


 セイオスのぼやきとも取れる呟きを無視して提案をする。


 「俺には興味も必要も無い物です。差し上げますから好きに処分して下さい」


 今度こそセイオスも、俺の言った事が即座に理解出来なかった様で、ポカンとして俺を見ている。

 俺は真面目な顔をして頷く。


 「何故?」


 「成り行きで大量の金貨を手に入れました。それこそ一生掛かっても使い切れない程のね。それとその宝石箱は俺には必要無いし、騒動の元になりそうだからです。捨てても良いのだが、捨てに行くのも面倒です。それなら他人に丸投げするのが一番楽ですから」


 今度はがっくりと肩を落として何かブツブツ言ってるが、しーらねっ。

 サランはそんなセイオスを不思議そうに見ているが、魔玉石には何の興味も無いようだ。


 可哀想になったので、エコライ伯爵の酒蔵から頂いたボトルを取り出し、一杯注いで差し出す。

 鑑定では〔古酒〕とだけ出た物で、味は悪くない酒だ。

 一口飲んで熱い吐息を吐き、暫し考えた後サランの事を聞いてきた。


 「サランって、アラド殿の何?」


 「何って言われてもねぇ、エコライ伯爵の関係で助けたんだが、ガリガリに痩せて死ぬ寸前だったんだ。親にも捨てられていたし行く所もない、放置すれば死ぬだけだったから引き取ったってところかな」


 「それで魔法の手ほどきもしていると」


 「ああ、俺は攻撃魔法は使えないし、暇潰しには丁度良いだろうと思ってね」


 「サランも冒険者だろう、何時までアラド殿と一緒に居るのかな? アラド殿と別れるときはぜひ我が家に仕えて欲しいね」


 「セイオス様引き抜きですか」


 「パーティーには見えないし、配下でも無さそうだしね。良い人材が居れば勧誘しろと、常々父に言われているんです。サラン食事はたっぷり出すよ」

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