第36話 ゴブリン子爵
夕食時のセイオスの顔は見物だったが、ホテルの給仕係も面白かった。
本来なら、貴族のセイオスは食堂の中央席に案内されるのだが、俺達の為に隅のテーブルについた。
六人掛けの丸テーブルにはセイオスと俺にサラン、護衛達は隣のテーブルについたが、全員がサランの食欲に驚愕することになる。
カトラリーを準備する給仕係に、彼女の食事は7~8人前が必要になるので厨房に伝えてくれと告げる。
この時点でセイオスがポカンとした顔になり、俺に言われた給仕係も同じだ。
「食事代だ支配人に渡して、今言ったことを忘れず伝えてくれ」
そう言って、給仕係に金貨一枚を渡す。
追撃としてスープはマグカップで、前菜も主菜も全て一つの大皿で運ぶように言いつける。
疑問符満載顔の給仕係は、金貨を手渡されては支配人に伝えない訳にはいかない。
支配人の所に行き、厨房と繋がるカウンターから料理人に何事か伝えている。
「セイオス様、彼女は大量の食事を必要としますので、お気を悪くしないで下さいね。ご気分を害されるようでしたら、別のテーブルに移動しますから」
支配人が俺の元にやって来て、疑わしげな顔つきで食事の事を確認する。
間違いないと伝えて食事を運ばせて、サランには何も気にせず食べろと言っておく。
マグカップのスープをお代わりし、山盛りの前菜も主菜もパン籠のパンと共にサランの胃袋に消えていく。
給仕係は途中から泣きそうな顔で食事を運んでくるが、牛や馬に餌を運んでいる心境だろう。
特に山盛りのサラダを運んでいるときには。
セイオスは自分の食事を忘れてサランの食べっぷりを見つめているし、周辺のテーブルで食事を楽しんでいた客達も、呆気にとられて運ばれる皿を見ている。
〈見て! あの卑しい食べ方〉
〈まるで、残飯に頭を突っ込んで貪っているような奴だな。不快極まりない、支配人を呼べ!〉
聞こえよがしどころか、食堂中に響き渡る声で支配人を呼ぶ声が響く。
サランが真っ赤な顔で俯いている。
「サラン気にせず食え! オークの雄叫びに恐れるお前でもあるまい」
〈オッ・・・オークだと、貴様我をオークと侮辱したな!〉
「煩いぞ、ゴブリン野郎。オークと比べて悪かったな、オークの方がもう少し上品だよ」
護衛と思しき四人が腰の剣に手を添えて近づいて来る。
サランが素早く立ち上がり長剣を取り出すと、セイオスの護衛達も立ち上がる。
「セイオス様、護衛達を下がらせて下さい。貴族どうしの揉め事は後々尾を引くと思います。冒険者相手なら、彼等も遠慮無く地位を振りかざせますからね」
四人の護衛の足にライトサーベル改め、ステルスサーベルを突き立てる。
崩れ落ちた四人の前に立ち警告だけはしておく。
「ゴブリンの命令に従って死ぬか、黙って見ているか好きにしろ」
それだけ告げて、ゴブリン達の前に立つ。
「キンキラキンの服を着たゴブリンなんて、初めて見たよ。世の中には珍しい生き物が多いと聞くが、服を着て人語を話すゴブリンって名前はあるのかな?」
「貴様ぁー、儂の護衛達に何をした! 子爵たる我をゴブリンなどと侮辱してただで済むと思うなよ」
「えっ、ゴブリンが爵位を持ってるの。ホーランド王国って変わってるね。ゴブリン子爵様ご尊名を伺っても宜しいか、隣のメスゴブリン共々お聞かせ願いたいのですが」
「まっ、ま、まぁ~ぁぁ、なんて何て無礼な!」
煩いので、口の中に水球を詰め込んで黙らせる。
序でにオスゴブリンの口の中にも水球をプレゼントする。
息が出来ず床に倒れて藻掻く二人が、白目になる寸前に解除してやる。
ゼエゼエ言っているゴブリンに優しく訊ねる。
「人語を話し、爵位を持つゴブリンなら名前くらい有るんだろう。聞いてやるから名乗れ」
「アラド殿、その辺にしておいて貰えないだろうか」
「駄目ですね、こういった輩は貴族だろうが街のチンピラだろうが、弱そうな者を見つけて甚振るのが趣味なんです。他人を甚振れば遣り返されると、骨の髄まで叩き込んでおく必要があります」
ゴブリンが腰の剣に手を伸ばしているので、ステルスサーベルを肩にプレゼントして、少し捻って痛みを倍増させてから消す。
ギャアギャア喚いて煩いので、腹に一発蹴りを入れて黙らせる。
「セイオス様、下がっていて下さい。此れは俺達に売られた喧嘩です。冒険者の流儀に従って、このゴブリン二匹には生死を賭けて貰います」
「おっ、お前は、王国の子爵たる我と王国を侮辱したのだぞ! 覚悟しておれよ」
「人の心配するより、今の自分の心配をしろよ。やっぱりゴブリンって阿呆だわ」
「私はフォルタ・カリンガル伯爵が四男、セイオス・カリンガルと申します。子爵と名乗られたが、ご尊名を伺いたい」
「セイオス様、邪魔ですよ」
「アラド殿、少し待って下さい。お願いします」
ゴブリンの前に立ち、頭を下げるセイオスの頼みを聞いて暫し待つことにした。
「名乗られないのなら、爵位詐称とみなしますが宜しいか」
爵位詐称と言われて「ヴァーサ・ポルボー子爵だ」と、ゴブリンが慌てて名乗った。
「ご婦人の名は?」
「ナタリン・ポルボー、第二夫人だ」
「では、ポルボー子爵様にお尋ねしますが、アラドと言う名に心当たりは無いと」
セイオスの声が、周囲に聞こえ難いように低くなる。
「そんな、無礼な奴など知らん!」
「では、王家の通達を知らないと仰せですか。困りましたねぇ・・・王家の通達を無視して問題を起こすとは、ポルボー子爵家も長くは無さそうですね」
「ちょっと待て・・・待ってくれ。今、いま何と言った」
「お忘れですか? 冒険者で緑の瞳と紫の髪でアラドと名乗る・・・」
セイオスの小さな呟きを聞き、ハッとした様に俺の顔をマジマジと見つめる子爵様。
〈まさか・・・まさか〉ブツブツ呟きながらセイオスの顔を見る子爵に、セイオスが真面目な顔で頷く。
「一応役目ですので、此の事は父カリンガル伯爵を通じてグルマン宰相閣下に報告させて頂きます」
「おっ、お許しを! 何卒、何卒ご内聞に願いたい、セイオス殿!」
ポルボー子爵とセイオスの遣り取りを聞き、気が抜けたので二人を放置してテーブルに引き返す。
後ろに控えていたサランも呆気にとられている。
貴族が絡んだ揉め事に気を揉んでいた支配人が、俺を見て困った顔をしているので、後はセイオスが鎮めるから下がっていろと言ってお茶を頼む。
サランがすっかり食欲をなくして俯いている。
折角お肉が付き始めていたのに、此れで又激やせに戻ってしまったら、ゴブリン子爵の野郎は暗殺してやるからな。
お陰で朝食のとき、食べるのを躊躇うサランを説得するのが大変だった。
おまけに折角食べ始めたと思ったら、腐れ子爵夫婦が現れて土下座紛いの謝罪を始めやがった。
あんまりに煩いので、口の中にフレイムの小さいのを放り込んでやったが、余計煩くなってまいった。
* * * * * * *
セイオスの馬車に同乗して、ランゲルの街から小一時間の草原にきていた。
昨日のお礼代わりに、風魔法の指南をしてあげようってのは口実で、セイオスの魔法がどれ程上達しているのか見てみたいからだ。
鑑定では〔セイオス・男・氷結魔法・風魔法・魔力80〕と変化無し。
やはり魔力切れを積極的にして、無理矢理魔力を上げない限り魔力は増えない様だ。
サランに氷の的を作って貰うが、セイオスの前では氷結魔法と風魔法のみ見せても良いと言ってある。
多分セイオスよりサランの魔法の方が上だから、魔法練習の見本にしようと思ってだ。
それに何れサランの魔法の実力は知れ渡るだろうから、少しずつバラしていくつもりだ。
「へぇ~、サランも氷結魔法が使えるんだ。ぜひ腕前を披露して欲しいね」
「それは良いですけど、先ずセイオス様がどの程度上達しているのか見せて貰えますか」
標的との距離は約40m、先ずセイオスのアイスランスから始める。
5発射ったが、軽い山なりに飛び速度も遅い。
以前見た時は気にならなかったが、サランを鍛えるときに放物線を描く飛び方を修正した為に、セイオスのアイスランスの飛び方が気になって仕方がない。
「セイオス様、もう一度アイスランスを射って貰いますが、サランも同時に同じ的を射ちますのでよく見て下さい」
そう告げて、サランにはセイオスが射った後に直ぐ射てと指示する。
二人並んで的に向かい、セイオスが口内で短縮詠唱を唱えてアイスランスを射ち出す。
サランは其れを見た瞬間、伸ばした腕からアイスランスを打ち出すが、的にはサランのアイスランスが先に到着して衝突音を立てる。
「セイオス様、判りましたか」
「あぁ、私のは弓なりの軌道だが、サランのはほぼ一直線に飛んでいるね。どうしてだろう」
「見本が違うんですよ。セイオス様は多分、弓の練習を見て矢の飛ぶ速度や軌跡を見ていたのでしょう。この距離なら、弓なりに飛ばさないと届きませんから。サランは石弩です、それも5人張りと言われる強弓の矢の飛ぶのを見て練習しました。その差だと思いますよ」
そう言って、サランにもう一度的に向かって射たせる。
イメージ力の差だとは言わない、気付くかどうかは本人次第だ。
それにサランを、最強の魔法使いにさせようって俺の思惑もあるからな。
セイオスが何度もサランに頼み、アイスランスを射ってもらって真剣に見ている。
本当はライフル弾の様に、射った瞬間的に当たるくらいの早さが欲しいが、見本が無いし説明も難しい。
結果、自分の射ったアイスランスを追い越す様に射てとしか言えない。
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