第31話 宝石商

 解体場の親爺が査定用紙を持って来た、全て合わせて287,500ダーラに頷いて礼を言う。

 サランが食べ終えるのを待って精算カウンターに行き、サランの口座に全て預けて商業ギルドでも下ろせる事を教えておく。


 俺も大概世間知らずだが、日本での知識がそれを補正してくれる。

 然しサランは、成人後冒険者になる事もなく奴隷として売られたので、社会生活の知識がほぼ無いので、色々教えていると親になった気分になる。


 小屋の受け取りまで後四日、食糧買い出しで時間を潰す事にして以前のホテルに部屋を取る。

 最近付け回す奴らがいるので、街のホテルに泊まると交代で寝て一人は不寝番をする。

 他の冒険者が森や草原で野営するときと同様の事を、街のホテルに宿泊する時にするとはね。

 結界のドームに馴れると、ホテルが如何に脆弱かよく判る。


 サランも今までの様に、一人ドームの中で留守番をしなくて良いので嬉しそうだ。

 冒険者ギルドでの揉め事や、イヴァンロの様な相手との立ち回り方も知っておかねば、先々苦労するだろう。

 何せ、神様のエラーなのに全属性の魔法使いだ、知られたら周囲が放っておく訳がない。

 一応全魔法を習得したし、此れからは社会生活を覚えさせなければ独り立ちさせられない。


 そんな事を考えながらサランの買い物を見ていると声を掛けられた。


 「貴方がアラドさん?」


 振り向けば如何にも育ちの良さそうな男が、護衛二人を従えて立っている。


 「左様ですが、何方様でしょうか」


 「これは失礼した。このランゲルの街ランスク通りで、宝石商ククルス商会を営んでおります、ククルスの次男マトラと申します。元ウインザの領主、モルザン・エコライ伯爵様の事にて、少しお話しが御座います」


 未だにエコライ伯爵の名が出て来るか、それも官憲でなく宝石商からとは、

 興味が湧いたので話を聞いてみる事にした。


 「此処では話せない事かな」


 「人の耳は何処にあるかも知れません。出来れば父の店にと申したいが、馬車の中では如何ですか」


 そう言ってちらりと俺の肩越しに目を走らせる。

 サランが買い物を止め、俺の背後に立ったのだろう。

 体力を取り戻し魔法の腕が上がるにつれ、森や草原でも俺を守るような動きをしていたが、最近は特に顕著になってきている。


 市場を出て表通りに止められた馬車に向かうと、御者が素早く降りてきてドアを開ける。

 俺を馬車にと促すマトラ、サランを先に乗せようとすると〈お連れの方にはご遠慮願います〉と制止される。


 「彼女に聞かせられないなら、話は無しだ」


 サランの顔をマジマジと見て〈彼女・・・〉チェニック風の上着を着ていなければ女に見えませんって顔で呟くマトラ。

 暫し考えて受け入れた様だ。

 馬車の中で向かい合い、話を切り出した。


 「王都の本店に居る父からの知らせで、元ウインザの領主、モルザン・エコライ伯爵様秘蔵の宝石箱が、幾つか消えているとの情報があると知らせてきました」


 此れだから、貴族や豪商達は油断がならないんだ。


 「面白そうな話だが・・・何処まで知っている?」


 「どの程度お話しすれば、取引に応じて頂けますか」


 「知りうる全てだな。話を聞いた上で考えるよ」


 貴族や豪商達の、情報収集能力を確かめたくて要求した。

 宝石商が取引と言うのなら、消えた宝石箱の中が欲しいのだろう。

 その宝石箱の事をどの程度知っているのかで、情報収集能力がある程度推測できる。


 マトラが話し始めて判ったが、俺がウインザに来てからの事はほぼ知っていた。

 ランドの事と、無頼の剣との模擬戦とその結果に治癒魔法の事。

 その後、娼館妖華の蜜でイヴァンロとの闘いと捕縛の事を喋った。

 全て王都の本店に居る父親ククルスからの書簡で知ったと言った。

 その後一段と声を潜め、エコライ伯爵邸を急襲した王国騎士団の取り調べで、寸前まで俺が居た事と大量の金貨と宝石箱が数点なくなって居る事が判明。


 此れに対し、取り調べに当たった王国騎士団も王国も沈黙を守っている事。

 つまり俺に対し何の咎も無い、彼の父親ククルスはそう判断し、商機につなげたいと思ってマトラを俺との交渉に差し向けたのだろう。


 そしてイヴァンロとその配下達捕縛の報奨金が、受取人である俺の行方が判らなくなり、俺の口座に振り込まれたままになっていると教えてくれた。


 流石は豪商、金の匂いのする情報はきっちり掴んでいるね。

 この様子だと、カリンガル伯爵との事も知っているだろうが、話す気は無さそうだ。


 イヴァンロから金貨2,000枚を徴収し、エコライ伯爵からは金貨3,000枚と合計5,000枚5億ダーラ、別に逃走資金の20億ダーラ頂いたから忘れていたよ。

 まっ、冒険者ギルドの金は当分放置だな。


 「話は判った、確かにエコライ伯爵から迷惑料として、金貨と木箱を数点貰っている。然し、中を確かめた訳では無いので宝石なのかどうか知らないんだ」


 木箱の蓋を開けたら、カットされただけの宝石が綺麗に並べられ詰まっていたので、そのままお財布ポーチに投げ込んだんだけどな。

 見るからに宝石箱ってのは、イヤリングやネックレスにペンダント等がぎっしり詰まっていたが、興味なしなので放置したんだよ。

 中を見たのは一つだけ、残り二箱は知らないのでどうしたものか。


 「私の店で確認の上、宜しければお譲り頂く訳にはまいりませんか」


 「その前に、俺達が市場に居るとどうして知った」


 「冒険者や街の警備の者の中にも知己はいますので」


 そう言って笑っていやがるが、悪意の無い笑いで怒る気にもならないけど、交渉してみれば本性が判るだろう。

 要請に応じ、宝石商ククルス商会に向かった。


 ・・・・・・


 豪邸・・・頑丈って言うより、質実剛健って言葉の似合う建物だ。


 裏口から建物内に入るが、裏口にも護衛が居て、宝石商の厳重な警戒の一端が伺える。

 虚仮威しのような装飾の施された室内に案内され、お茶の後で本題に入る。


 「お見せ願えますか」


 「出しても良いが、テーブルが傷むよ」


 そう言われて、テーブルにクッション代わりのシーツを畳んだ物を敷き、その上に木箱二つと千両箱に似た大きさの宝石箱を一つ置く。

 木箱は宝石箱より二回りは大きく無骨な作りで、鍵も頑丈な物だ。


 「自由に見てくれ」


 そう言うと、マトラが宝石箱に手を伸ばし慎重な手付きで蓋を開ける。

 紫紺の布が敷き詰められ窪みに埋められた宝石が輝いている。

 縦横12×18列程の窪みに、小指の爪ほどの宝石がずらりと並ぶ様は壮観だ。


 マトラが声にならない溜め息を漏らす。

 一段ずつ持ち上げるが、8段に積まれた宝石の玉座は下に成る程に粒が大きくなり、8段目には親指の爪以上の大きさの物ばかりだった。

 然も全てダイヤモンドと思しき物ばかり。

 慎重に元に戻すと、次の木箱の蓋を上げる。


 此方は8×14列で、同じ紫紺の玉座に収まるのは色とりどりの宝石やダイヤだ。 仕切り板は5段だが、収まる宝石は親指の爪以上の大きさで、一番大きな物はウズラの卵二つは確実に超える大きさだ。

 マトラは声も無く見つめていたが、呆けていては仕事にならない。


 俺に促されて三つ目の木箱を開けると、光が溢れて来る。

 光の正体はピンポン球より二回り程大きい物で、真紅,紫,茜色等様々な光を放ち煌めいている。


 〈見事な魔玉石ばかりだ!〉


 魔玉石って何だと思ったが、感嘆の面持ちで宝石を眺めるマトラに声を掛けにくい。

 此の箱は3段になっていたが、下1段は魔玉石でも石の欠片を滑らかにした様な様々な形をしていたが、その煌めきは変わらなかった。

 中には2色3色の色が混ざり合い煌めくネオンのようで宝石に興味の無い俺でも見とれてしまった。


 マトラの咳払いで、止まっていた時が動き始める。


 「失礼しました、商談に入りたいと思いますが宜しいでしょうか」


 「その前に一つ聞かせて欲しい。魔玉石って何ですか?」


 「ああ、一般には知られていませんが、文字通り魔力を含む魔石や鉱石の事ですよ」


 「魔石の中に、こんな綺麗な物が有るとは知りませんでした」


 「いえいえ、魔物から獲れる魔石は黒色ですよ。魔力の多い奥地の野獣やドラゴンですらもね。但し魔力の多い魔石は漆黒の魔石で、ゴブリン等の魔力の少ない魔石は茶色く濁った物ですよ」


 横でサランが頷いているが、俺って魔石の取り出しなんてした事無いので知らないや。


 「此の丸い魔玉石は元々魔物の魔石なのです」


 「意味が判らないんだが?」


 「此れは、魔力の多い魔石を浄化し、その後魔力を込めた物です。つまり作られた物ですが、現在此れを作れる者が、殆どいないと言われています」


 「殆どって事は、作れる者もいるのですか」


 「多分居ると思います、作り方は判っています。漆黒の魔石を浄化し、透明になった魔石に魔力を送り込むだけだと言われています」


 「浄化ってのがよく判らないんだが?」


 「浄化とは、教会の言葉ですよ。貴方もお使いになる治癒魔法の事です。協会関係者は光の魔法とか、癒やしの魔法と言ってます。魔力80以上の者が行う治癒魔法を光の魔法と呼び、魔力80以下を癒やしの魔法と呼んでいる様ですが」


 「へえー、治癒魔法にそんな呼び名があるんですねぇ。でも、魔力を込めるって・・・」


 「これは噂ですが、魔力80以上の者が、魔石に昼夜魔力を注ぎ込んで作るそうですが、秘密の部分が多いのです。それに今はそれが出来る者も少ないとか。この綺麗な色も、注ぎ込む魔力によって様々に変わると言われています」

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