第28話 王家の思惑

 カリンガル伯爵は、王家の呼び出しを受けて王都に馳せ参じて、王都ハイマンの屋敷に到着するとグルマン宰相に王都到着を報告する。

 グルマン宰相からは、翌日王城に出頭せよ連絡が来た。


 * * * * * * *


 グルマン宰相の応接室で、アラドの事を訊ねられると思っていたカリンガル伯爵は、挨拶する間もなく宰相と共に王城奥深く国王陛下の面前に跪く事になった。


 「楽にせよ、その方の領地に居たアラドなる冒険者の事について色々と訊ねたい」


 後を継いでグルマン宰相が、ウインザでの出来事を話して彼を王国で召し抱えたいのだと告げた。

 カリンガル伯爵は、それなら自分を呼び出す必要は無いがと思っていると、エコライ伯爵邸に王国騎士団が踏み込んだ時にはアラドの姿が消えていて、以後、杳として行方が知れないのだと言われた。


 「その冒険者をそ方は一時雇い入れていたと聞き、どうすれば連絡が取れるのか知りたい。冒険者は変わり者も多いと聞くが、どうすれば其奴を王国で召し抱えられるか、知りうる限りの事を申せ!」


 「恐れながら陛下、彼を王国や教会の支配下に置く事は無理かと存じます」


 「何故じゃ、治癒魔法と結界魔法を良くするものならば、如何様にも取り立ててやるぞ」


 カリンガル伯爵は、アラドとの出会いから四男セイオスが助けられた経緯。

 セイオスの野外訓練に護衛として雇い、彼の護衛としての能力と結界魔法を自在に使い熟す能力のこと。

 その後嫡男オルザの不用意な行動にて、危うく彼を敵に回す寸前になった事などを話して、アラドの生い立ちと彼の心境を話した。


 「彼は立身を望んでいません。彼と初めて出会った時も、私が貴族と知っても跪こうとすらしませんでした。部下の叱責により嫌々跪こうとしたのを止めましたが、後に暴力や叱咤により動かされるのは御免だと、はっきり言われました」


 「だがその方は一時期、其の男を雇い入れていたと聞いたが」


 「はい、四男セイオスの訓練中の護衛として雇いましたが、条件はセイオス以下誰の命令も受け付けないと言うものでした」


 「良く、それを受け入れて雇ったな」


 「彼の護衛としての能力では無く、戦闘力を買ったのです。陛下、防御障壁を身に纏い、姿が見えない相手と闘いたいと思いますか。伜セイオスがオークに襲われた時、十数名の護衛に対しオーク8頭の奇襲を受けて壊滅寸前でした。その時に姿の見えない彼が、オーク7頭の戦闘力を奪って助けられました」


 「姿が見えなく為ると報告がきておるが、如何様なものか?」


 「まったく姿が見えませんし、気配すら感じられません。先程話した嫡男オルザの不始末の際に、私の屋敷に侵入して執務室まで堂々とやって来ました。扉を開けられて誰もいないので、彼が来たと判り声を掛けましたが、然もなくば皆殺しになっていたでしょう」


 「どうやって、それを止めたのですか」


 「グルマン殿、私は彼に敵対する気は無い事を伝え、嫡男を廃嫡しました」


 「嫡男を廃嫡とは・・・また思い切った事を」


 「いえ、彼には何度もアラドの事に際して注意をしていましたが、考えが浅く面前に剣を突きつけられてすら、それが理解出来ない愚息でした」


 「彼の結界魔法が如何様なものか、詳しくご説明願いたい」


 「一つは先程申し上げた身に纏う防御障壁と、野営用のドーム型結界です。このドーム型結界も半球状に出来るときは淡い光に包まれていたそうですが、完成と同時に見えなくなったと聞き及びます。後二つ、伜セイオスがブラックタイガーに襲われたときには、頭上に板状の結界を作って防ぎ、その直後円筒状の結界でブラックタイガーを閉じ込めたと聞きました」


 「それは連続して魔法を使ったと言う事ですか」


 「その様に報告を受けました。伜から聞いた限りでは、短縮詠唱か無詠唱だと思われます」


 「その男、本当に冒険者になったばかりの16才なのか?」


 「彼の生家と生い立ちを調べましたので、間違い在りません」


 「治癒魔法と結界魔法か、予の側近に欲しいものだが危険でもあるな。だが支配下に置けるなら此れほど頼もしい存在もない」


 「私の知る限り、治癒魔法と結界魔法以外に、容量が少ないながら空間収納が使えます。未確認ですが、鑑定魔法も使えるのではないかとの報告も来ております」


 「何故それ程の者が無名なのだ?」


 「陛下、彼は、神様のエラーと呼ばれる者です」


 「神様のエラーとは、魔法を授かった兆候は有るが、聖刻盤にはなにも現れず魔法が使えない者の事だったな」


 「神様のエラーと言われる者が魔法を使えるなど、聞いた事がありませんぞ。しかし、配下に加えるのが無理となると、危険極まりない存在になりますな」


 「そのお考えは捨てた方が宜しいかと、愚息オルザがその考えに基づき行動した結果、危うく死にかけてカリンガル家が消滅の危機に瀕しました。私は彼を同等の存在として遇し、敵対する行動は一切取りませんでした。故に護衛依頼も受けて貰えましたし、剣を突きつけられても生きています。彼と交渉するのなら、立場を笠に着ての物言いや行動は厳に慎むべきです。王国にとっての宝石は、水の如く移ろいやすいのです。先程グルマン殿が言われたが、彼をこのホーランド王国から追いやれば、周辺国は挙って彼を抱き込もうとするでしょう」


 「カリンガル、どうすれば良い?」


 「彼の行方を追っていると申されましたが、彼と接触する者は決して地位や立場を笠に着ての言動を禁止すべきです。こう申しましても、愚息オルザの様な者が必ず出ます。上官や高位貴族と相対すると思って行動し、交渉しろとしか申せません」


 「難儀な男よな」


 「彼が隣国に流れる事があれば、特にパンタナル王国にでも流れる事を思えば、敵対せずに済ますだけで危険は少なくなります」


 「判った、ウインザと周辺に出している彼の捜索と召喚には、十分気を配るよう通達を出しておけ。カリンガル、その男が現れたら王国に招くか、無理なら伝を離すでないぞ」


 会見は終わったが、カリンガル伯爵はアラドの行方を捜す事の大変さに、気が重かった。

 彼が訓練の為に一度姿を隠すと、一月や二月は現れ無い事を良く知っていたから。


 * * * * * * *


 サランと商業ギルドで注文の服を受け取り帰ろうとすると、懐かしい声に呼び止められた。


 「アラド殿、お久し振りです」


 冒険者の様な身形のセイオスが、二人の男を従えて立っていた。


 「セイオス様、珍しいところでお会いしますね。その身形はどうしました?」


 「少し話が有るのだが、私の逗留しているホテルまでお越し願えますか」


 背後の男達は無表情で俺達を見ている。


 「どうして此処に現れると?」


 「貴方がウインザに現れたと聞き、貴方が現れたら知らせてくれと各所に頼み込んで待っていました。冒険者ギルドやホテルなどは王家の手配がありますが、商業ギルドは盲点だろうと父が申しておりましたので。父からの依頼があるのですが、詳しくはホテルで話したいのでお付き合い願えれば」


 表だって話せないらしいので付き合う事にした。


 ホテルの一室で向かい合ったが、護衛の姿がない。

 俺は背後にサランを立たせて向かい合う。


 「伺いましょうか」


 「父からの連絡で、王家がアラド殿を召し抱えたいと言って来ているらしいのです。父はそれは無理だろうと伝えたのですが、せめて貴方と繋ぎだけでも持ちたいので会わせろと。現在アラド殿と面識があり、王家と繋がりを持てるのは父しかいません。父も陛下の頼みとあれば断り切れません」


 「では、カリンガル伯爵様に伝えて下さい。用件も判らない相手と会う気はないと。例え国王陛下だろうと、それは同じだと」


 「ですが、王家はウインザと周辺領主に貴方の手配をして探しています。貴族やその配下、王都騎士団達と問題を起こされると困るのです」


 「それは心外ですね。私から問題を起こした事は一度も在りませんよ。まっ、問題が起きて困ると言うのなら、暫く姿を消しますのでご安心を」


 「アラド殿、せめて連絡が付く手段は残して貰えませんか」


 「困りますねぇ。セイオス様もご承知のように、私は一介の冒険者、流民ですよ。それが王家が手配しているとなったら」


 そう言って、肩を竦めておいた。

 誰にも邪魔させない! 自由気ままに生きると決めているのだ。此の国の王家に何の義理も無い。


 「私の一存では確約できませんが、父に伝えて手配を解除するよう働きかけて貰います。出来ればアスフォールの屋敷か、王都の屋敷に何処に居るのかご連絡を貰えないでしょうか。私も個人的に風魔法についてご教授願いたいと思っておりますので」


 「煩く付き纏われないなら・・・」


〈ドン ドン ドン〉いきなりドアを激しくノックする音が室内に響いた。


 〈王国騎士団のジュアンデだ! 此処を開けろ!〉


 「こういう奴が居るから嫌なんですよ。俺達は姿を隠すので、部屋に招き入れてくれますか」


 頷くセイオスの見守る前で、サランの手を取り隠蔽魔法を掛けて壁際による。


 「連絡をお待ちしております」


 セイオスは一言呟いてドアに向かい、一息吐いてから徐にドアを開けた。


 「此処にアラドなる人物が居るだろう!」


 あ~あ、典型的な虎の威を借りるタイプだな。

 ジュアンデ、ねっ、その顔覚えておくよ。


 「失礼だが、王国騎士団と仰いましたか」


 「そうだ! 貴様何故直ぐにドアを開けなかった!」

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