第26話 アラドの行方

 流石は貴族、地下室もなかなか立派で羨ましい。

 瀟洒な装飾の施された家具類に陶磁器類、魔物の剥製や角が所狭しと収められている。

 頑丈な扉の中は革袋の山、文字通り山とっなて積まれている。

 三方の棚にも革袋が有るが、木箱や重要書類と見られる物も多数有り、置ききれず床に置いたのだろう。


 貴族って稼ぎが良いのねと感心したが、これなら少々手間賃として頂いても問題あるまいと思い、イヴァンロから金貨20袋なので伯爵からは5割増しで頂く事にした。

 金貨30袋、イヴァンロ分と合わせて50袋5億ダーラ、何も仕事をせずに金が増えていくなぁ。


 棚の一角にマジックポーチを発見したが容量が判らないので、後ほど伯爵に確認する事にして探索を続ける。

 木箱は宝石類・・・と言うか貴金属類がごっちゃに入っている、他の木箱は宝石で飾られた刀剣類に本物の宝石箱も複数みっけ。


 他に酒蔵もあり。様々なビン類が整然と並んでいる。

 此れは無視できないのでイヴァンロから取り上げたランク5のマジックポーチに遠慮なく詰め込んでいく。


 マジックポーチを持って伯爵の前に戻り、容量を確認するが妙に言い渋る、主人の問いに答えないので奴隷の首輪が発動し、のたうち回った末に喋った。

 最高ランク12のマジックポーチが二つとランク10が二つ、使用者登録もされておらず中は空だと言った。

 ランクの見分け方は袋に刺繍された花や星の数で判るらしい、確かに星の模様が輪になっていて12個と10個の物がある。


 二人の表情を見て気付き、マジックポーチを出せと命令する。

 渋い顔で二人は、ランク12の最高級品を腰から外して差し出す。

 マジックポーチの中には金貨100袋と着替えに旅に必要な全てが収まっていると答えた。

 え~と、一袋金貨100枚で1,000万ダーラ、それが100袋で・・・10億ダーラ

 二人して金貨200袋20億ダーラを準備していた事になる。

 悪党なりにいざという時の準備を怠らなかった様だが、彼等には必要無くなったので俺が有り難く没収する。

 地下室って、お宝が埋まっている所だと再認識した。


 結局今回の騒動で25億ダーラ稼いだ・・・稼ぎになるのか疑問だが懐に有る。

 ささやかな冒険者生活が、登録一年もせずに生涯賃金を稼ぎ出してしまった気がする。

 ちょっと落ち込んだが、欠食児童の面倒をみるというお仕事で気を紛らわそう。

 全属性魔法を授かっている奴を鍛えたら、どうなるのか興味もあるしな。


 サランが自分の魔力溜りを見つけるのに五日かかったが、魔力操作に熱心な為に、2週間も経つ頃には体内に魔力を張り巡らせる事が出来るようになった。

 何せ、サランにすれば飯は食い放題だし、望んでいた魔法が使えると教えられたので、俺の教えに何の疑いも持たず従う。

 これで上達しない訳がない。

 最初に教えるのは目に見えるものが良かろうと、水魔法を教える事にした。


 攻撃魔法が使えない俺でも、水魔法の基礎は生活魔法の応用で何とか見本を見せられるから。


 「サランよく見ていろ、此れは生活魔法だが水魔法に応用できる」


 そう言って水球を目の前に浮かべて見せる。


 「此れと同じ物を隣に作って見ろ、ただの水の玉だから気楽にやれば良い」


 「あのアラド様、ぶつぶつ何か言わなくても良いんですか?」


 「ぶつぶつ・・・ああ、詠唱の事か。頭の中で、同じ物を作れとお願いしてみな、きっかけとしてウォーターボールくらい言っても良いかな」


 「ウッ、ウォーターボール! エイ!」


 俺の浮かべた水球の隣に水の玉が出来たが、水面に映る月の様にゆらゆらと揺れ、形を保てず地面に崩れ落ちた。


 「でっ、出来ました♪ 私って魔法使いなんですね」


 感激しているところを悪いが、俺の水球の所に連れて行き突かせてみる。

 恐る恐る指で突いていたが、段々大胆になり指をめり込ませたり引っ張ったりと遊び始めた。


 「おんもしろーい♪ アラド様どうなっているんですか」


 遊んでいる水球に魔力を込めて段々固くしていくと、へっと言って撫で回している。


 「まぁ、魔法ってのは、自分の思い通りに出来るものだ。ウォーターボールをどんな硬さにするかも想像して、ウォーターボールって唱えてみな」


 水遊びを室内でする訳にもいかず、目立たぬ庭の一角を立ち入り禁止にして結界のドーム作り、日々水球作りをさせた。

 夜もドーム内にキャンプ用ベッドを出して寝るが、魔力の放出を日課にさせた。

 サランの魔法は魔力を1/100使用しての魔法の発現だが、魔力が少ない為に水球も頼りないもので、30cm程の球体を作るのも無理だった。

 此れが、魔力60以下の魔法使いが魔法部隊に居ない訳かと納得した。


 魔力放出を始めてから一月、3月の半ばにサランの魔力が56になった。

 この頃には、緩いながらも小さなウォーターボールを射てるようになり、自信も付いたのか魔法の上達も早くなってきた。

 次いで教えたのは結界魔法だが、防御障壁から教える。

 問題は隠蔽魔法を使ったとき、お互いが見えなくなる事で解決策を思いつくまで十日もかかった。


 思いつきで、サランには見えても良いと思って隠蔽を使って見ると、俺が隠蔽魔法を使っている事すら気付かず普通に接してくれた。

 試しにサランにも見えなくする気になると、瞬時に俺の姿が消えるので俺の姿を求めてキョロキョロしている。


 サランにだけ姿が見えるようにした時に、サランからどう見えているのか聞いてみた。

 俺の姿は見えるが、何か影のようなもので覆われて少し見にくいが、判りますとの返事だ。

 二人同時に隠蔽魔法を使っていても、お互いの存在を確認出来る事は大きい。

 一度伯爵の所に行き、伯爵達に見えているかいないか確認する必要は有るが、多分大丈夫だろう。


 * * * * * * *


 5月半ばに、突如エコライ伯爵邸は多数の王国騎士団と貴族軍により包囲された。

 異変を察知した俺達は兼ねての手筈通り執務室にジャンプして、駆け込んで来たエコライ伯爵達から奴隷の首輪の隠蔽魔法を解除する。

 一通の書面を伯爵に手渡し、最後の命令を下す。

 屋敷を制圧した責任者に書面を渡せと言って姿を消し、屋敷の内外を走り回る双方の騎士達を避けて外に出た。


 エコライ伯爵領鎮圧の為に集められた周辺領主軍は、ほぼ無抵抗で領地と伯爵邸を支配下に置いた。

 エコライ伯爵配下の騎士により、伯爵の執務室に案内された王国騎士団隊長ブルームスは、奴隷の首輪を付け執務室の机の前に立つ伯爵から、一通の書状を渡された。


 奴隷の首輪に面食らいながらも、受け取った書状を開くと、〔血は落としてある。奴隷の首輪解除の呪文、〈我モルザン・エコライが命じる、汝を解放する〉〕とだけ書かれていた。


 ブルームスは、目の前に立つ三人を見ながら微妙な笑みを浮かべる。

 この奴隷の首輪を嵌めたアラドって奴は、相当な皮肉屋に違いないと思いながら。

 然し、この場にアラドなる人物が居る気配がない。


 * * * * * * *


 ブルームスは三月の初めグルマン宰相に呼び出されて、王都冒険者ギルドより知らされた情報を聞かされた。


 ウインザの冒険者ギルドより王都冒険者ギルドにもたらされた書面は、翌日にはグルマン宰相の元に持ち込まれたが、事実で有る証拠が無く確証を得るのに時間が掛かった。

 証拠、問題の書面を作成した人物、娼館〔妖華の蜜〕支配人イヴァンロを王都に連行して、徹底的に取り調べた。


 その結果をもって、漸くレニンザ領の領主モルザン・エコライ伯爵を捕縛し、ウインザの街と領地を制圧せよとの命を受けたのだった。

 それに伴い王国騎士団の派遣準備と並行して、レニンザ領周辺の領主に派兵準備命令が早馬にてもたらされた。

 それも極秘で、領民や他領に情報が漏れぬようにとの厳命つきでだ。

 王都と派兵を命じられた周辺領主の元を何度も早馬が駆け、日程を調節してエコライ伯爵邸に乗り込んでみれば、事件が明るみに出る発端の人物が居ない。


 ブルームスはグルマン宰相から、エコライ伯爵の捕縛と領地制圧任務とは別に、アラドなる人物を王都に召喚せよとの命も受けていた。

  イヴァンロの取り調べで発覚した、アラドなる冒険者の類い希なる治癒能力、冒険者ギルドで模擬戦にて瀕死の者6名を連続して復活させた事。

  イヴァンロの証言でも十数名の者が重傷を負わされたが、それもヒールの一言で全て治療したと判明している。


 その様な治癒魔法使いを、冒険者として放置するのは王国の損失である。

 教会に取り込まれる前に、如何なる手段をもってしても王都に招け! 

 と、グルマン宰相からブルームスは命令されている。

 その事件の発端の人物であり、治癒魔法使いの行方が判らないのは一大事である。


 冒険者ギルドに問い合わせても、イヴァンロ捕獲後から姿を見掛けていないと返事をされた。

 数日彼と行動を共にした冒険者パーティー、ウインザの風の四人も事件後姿を見ていないと声を揃えた。


 手掛かりをなくしたブルームスは、周辺領地から集められた派遣軍指揮官を集めて、アラドなる冒険者の情報を求めた。

 一冒険者の動向を問われた派遣軍指揮官達は面食らったが、その中の一人が反応した。


 「アラドと申されたが、緑の瞳に紫の髪色で身長が165cm程度の少年の事ですか」


 「カリアド殿、御存知か?」


 「数ヶ月前にはグランデス領アスフォールの街に居ました。主君フォルタ・カリンガル伯爵とも面識が有りますが、彼はこのウインザに居たのですか」


 これ以上カリアドに喋らせるのは不味いと思い、カリアドを別室に招き口止めの上アラドの事を詳しく尋ねた。

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