第25話 操り人形

 怪我人を運び出す傍らで棒立ちの男は誰だと聞き、執事だとの返事に嫡男を呼んで来させた。

 執事の名はバルム、嫡男の名はクルサンと確認し二人が来たら、バルムとクルサンだけで話が有ると言って誰も部屋に入れるなと命令する。


 執事バルムと共にやって来たクルサンは、エコライ伯爵によく似た面立ちの男だった。

 扉が閉まったのを確認し、執務机に向かって歩く二人を背後から襲って奴隷の首輪を嵌める。

 三人の奴隷をソファーに座らせ、姿を見せずに何故こうなっているのかを説明してやる。


 「モルザン・エコライとクルサン・エコライ、お前達が便宜を図っていた娼館の支配人、イヴァンロは現在冒険者ギルドの地下牢に居る。勿論配下の者共と一緒にな、此れが何を意味するか判るよな」


 姿無き声にそう言われて真っ青になる二人と、硬直する執事のバルム。

 伯爵が何か言おうと口を開き掛けるが、質問を許す気は無い。

 三人に、過去の所業についての隠蔽工作を禁じ、王国からの沙汰があるまでこのままの生活を続けるように命じる。

 家族の避難や財産の移動も禁じておいたので、後でじっくり検分させて貰おう。

 逃げる事も隠す事も出来ず、敵の姿が見えなく手の打ちようが無いので、

 脂汗を流して頷いている。


 見えないが首には確かに首輪が存在すると知り、王家直属の秘密部隊の長〔シャドウ〕だと名乗ったので、逃げ道は無いと絶望に打ちひしがれる三人。

 青い顔で硬直する彼等を放置して、今後の事を考える。


 冒険者ギルドが送り出した早馬が王都に到着し、王都の冒険者ギルドがどう反応するかが第一の問題。

 次ぎに無事書面を王国に提出出来たとして、王国がどう動くかだが、貴族の不正を冒険者ギルドに知られている事。

 便宜を図っていた一味を捕縛する為に、多数の冒険者が動いているので何れ噂が王都に届く、エコライ伯爵は俺に禁止されたので証拠の隠滅や処分が出来ない。

 王国か王家か知らないが、エコライ伯爵を処分しない訳にはいかなくなる、2,3ヶ月は掛かると思って間違いなさそう。


 伯爵に命じて幼児達の所に案内しろと言ったが、世話係に任せていて胸くその悪い行為の時以外は知らないと言いやがった。

 嫡男クルサンにイヴァンロから送られた少女は何処に居ると問えば、自室に侍らせていてメイド代わりに使い、夜の相手もさせていると答える。

 嘘偽り無く話せと命じているが、聞いていて気分が悪い。


 執事に命じ客間を一つ少女達と幼児に宛てがい、専属の世話係を用意させる。 その隣にもう一室用意させ、朝夕の食事の搬入以外誰も入らせるな、出入りには必ず執事が同行せよと厳命。

 食事は毎回8人分を用意し、片付けは次の食事を運び込む前と定める。

 それ以外は変わらぬ日常を送るように言い置き、夜明けを待ってホテルに戻る事にした。


 ・・・・・・


 トローザクホテルに戻ると、サランが待っていたので食堂に行き、好きなだけ食べろと言いどれ位食べるか確認してみた。

 ホテルの厨房は良い迷惑だったろうと思う。

 スープ四人前にパン6個、サラダと温野菜に肉7人前を急遽追加で作る事になり、給仕をする女性が驚いている。


 〈いったい何処にあれだけの量が消えるのかしら〉って呟きが聞こえたが、それは俺も知りたいところだ。

 四次元ポケット・・・胃袋か、若しくは異空間に通じているやも知れないので詮索はしない。

 ガリガリの容姿でも一応女性だしね。


 食後のお茶をのんびりと済ませ、サランの服を買いに出る。

 一応俺のお古を着せているが、だぶだぶだしちょっと丈が足りない。

 目立たないようにローブを羽織らせて街に出るが、田舎から出てきて奴隷にされたので、外が珍しいらしくお上りさん丸出しだ。


 ワンピースもズボンもチェニックに似た上着も、だぶだぶで合う物が無い。

 古着屋の主人も、サランがフードを外した瞬間ギョッとした顔になる。

 ボサボサの髪にドクロかと見まがう顔と、どうすれば此れだけ痩せるのかって程に痩せているのだから。

 その為、ワンピースもチェニックもフード付きにしたが、二月の末なのでフードを被れば殆ど目立たないので助かる。

 ブーツを買ったら冒険者ギルドに直行し、ギルマスに面会を求める。


 受付も大騒動を引き起こした張本人が来たと、即座にギルマスの執務室に案内してくれた。


 「今度は何の用だ!」


 「やだなぁ、面倒事を取り省いたから報告に来たのに」


 「面倒事・・・今以上の面倒事は何処に在る」


 「だから、伯爵と嫡男を押さえたから会って欲しいんだよ」


 「押さえた・・・誰を?」


 「伯爵様と嫡男に執事を」


 「まさか・・・首輪を使ったのか」


 思わずピンポーンって言いそうになったが、お口にチャックで頷くだけにした。

 ギルマスは椅子に深々と座り込んで溜め息を吐いている。


 「なら伯爵なんて放っておけば、そのうち王国が何とかするだろう」


 「その前に、街中に潜む仲間達を協力して排除したいのよ。衛兵と警備隊の協力者は伯爵に何とかさせるからさ。伯爵邸に居る不当に拉致された女性と幼児は、一応隔離して安全を図っているけど、証人だから動かせないんだよ。冒険者の方は捕まえたの?」


 「少し逃げられたが手配したので、冒険者は続けられないな。イヴァンロの配下の奴等は逃がしたくないから、伯爵に会ってみるか」


 翌日伯爵邸へギルマスが赴く事で合意し、手筈を整えておくからと言ってギルドを後にする。

 ギルマスの名はヘブン、聞いたときにマジマジと顔を見てしまって不審がられた。


 昼間は市場で食料をたっぷりと買い込み、日暮れを待って伯爵邸に侵入する。

 道中隠蔽を使って姿を隠すが、俺はサランの姿が見えるがサランは俺の姿が見えないので、手首をスカーフで繋ぎ歩く。

 道すがら俺の魔法を色々見る事になるが、決して口外するなと釘を刺す。


 屋敷の柵をサランと手を繋いでジャンプすると〈ふわぁぁぁ〉と吃驚している。

 伯爵の執務室にもジャンプして入るが、声は絶対に出すなと前もって注意。

 案の定護衛が6人も居るので、サランを壁際に立たせて動くなと命令、一度部屋の外にでてドアをノックする。

 ノックだけで何も言わないから、護衛の騎士が用心深くドアを開け通路を伺っている。

 その隙に室内に入り、伯爵の耳元で護衛を全て下がらせろと命令する。


 護衛が全て下がると、明日冒険者ギルドのギルマスが訊ねてくるので、要請に協力しろと命令する。

 序でに、イヴァンロの手先となっている衛兵と警備隊の名を記した用紙を見せ、処分しろと言いつけておく。


 〈こんなに、居るのか〉と呟く声がするが、お前が間抜けなだけだとは教えてやらない。

 執事のバルムに案内させ、保護した女性と幼児達の部屋を見て、俺達の宿泊する隣室を確認する。

 控えの間に居間と寝室と続く客用の部屋で都合が良い、居間と寝室には決して入るなと言いつける。


 控えの間には食卓が用意され、8人分の食事の用意ができているので満足して下がらせ、サランの隠蔽魔法を解除してやる。

 俺も解除したので、俺の姿を見て安堵しているが質問は無しだ。


 「好きなだけ食べろ、足りなければ増やしてやるから遠慮するなよ」


 嬉々として食事に取りかかるサランに、食べながら聞けと言って今後の事を話す。

 暫くこの屋敷に滞在するが部屋からは出ない事、この部屋に案内した男がメイドを監視して食事の支度に朝夕来るが、絶対に顔を合わさないようにすること。

 どうしても顔を合わせるときは、フードを深く被る様にする事をくどいほど念を押す。


 「ところでサラン、お前魔法を使いたくないか?」


 「魔法は授かってませんよ、アラド様。授けの儀で神様のエラーだって神父様も言ってました」


 「あー、それな。それは神様じゃなく、神父様と聖刻盤のエラーなのさ。エラーって言うより、能力不足って言った方が正確かな。俺もエラーって言われたが、魔法を使えている。お前も結界魔法に治癒魔法と転移魔法を見ただろう」


 「はい、とっても羨ましいです」


 「誰にも言ってないけど、鑑定魔法も使えるのさ。地下牢でサランを鑑定したときに、魔力も有るし魔法を授かっていることも判ったんだ。但しちょっと魔力が少ないので、それなりの練習が必要だ。やりたいなら教えてやるぞ」


 「やります! 教えて下さいアラド様」


 「食事が終わったら基礎から教えてやるが、俺の魔法同様に教えた事を他人には決して漏らすなよ」


 食後居間に移り、ソファーに腰掛けさせて魔力の感知から始める。

 ヘソの奥に意識を集中させ、何かを感じたら教えろと言って放置。

 ソファーに座っているのに力んでしまい、カチカチになっている。

 必死にならず肩の力を抜き、ヘソの奥と周辺に意識を集中する事から教える。


 昼食はお財布ポーチに入れている買い置きを食べるように言い、俺は伯爵の執務室に向かう。

 ノックは3回と2回、暫くするとドアが開くが嫡男のクルサンが開けてくれた。


 護衛は不要の言いつけを忠実に守っている、まぁ守らなければ奴隷の首輪が地獄の苦しみを与えるので拒否権はない。

 伯爵に命じて宝物庫と酒蔵巡りの旅に出るが、宝物庫と酒蔵に案内しろと言った時の伯爵の顔たるや、絶望を可視化したような面持ちだった。

 心配するな全て掻っ攫うようなあくどい事はしない、イヴァンロの地下室で貰った程度にしてやるよ。

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