第24話 欠食児童

 妖華の蜜の店内に入ると、娼婦達が微妙な顔で迎えてくれる。

 最初に地下室のある部屋に行き、奴隷の首輪を外した用心棒達を地下牢に放り込む。

 次ぎにイヴァンロの執務室に行くと、7人の男達と睨み合うカイル達、イヴァンロと金庫番の男が中に入って男達を押さえていた。


 「此奴等はなに?」


 「配下の者達です」とイヴァンロが忌々しそうに答える。

 店の異変を通報した者が居たようだが、飛んで火に入る夏の虫ってところか。


 奴隷の首輪って優秀だねぇ、目の前に配下が居るのに助けを命じられず、俺の利益に反する事が出来ない。

 カイル達を攻撃しろとも命令出来ないし、帰れとも言えない。

 結果、男達に出て行かない様に命じ、睨み合うだけの状態で俺を待っていたようだ。


 カイル達も、イヴァンロが攻撃命令を出せない事は知っているが、それでも万が一を考えて顔色が悪い。

 此処は問答無用で行動在るのみ、男達の中に飛び込み棍棒で殴り倒して縛り上げる。


 その際、お財布ポーチ持ちが四人も居たので、取り上げ使用者登録を解除させる。

 素直に従う訳も無し、口にボロ切れを突っ込んだ後、フレイムで何度も根性焼きをすると涙を流して協力してくれた。


 彼等の財布の革袋は全てカイル達の懐に移動し、お財布ポーチは俺のお財布ポーチに収まる。

 男達7人は後ろ手に縛り、隣の奴とも繋いで逃げられない様にして放置する。

 地下牢に戻り、欠食児童に食事を与えているとギルマスに率いられた冒険者達がやって来た。


 〈おらっ! 店の者は壁際に立て! 客は帰れ!〉

 いきなりギルマスが怒鳴り散らし、不満げな娼婦や下働きの者達を有無を言わさず片隅に寄せる。

 イヴァンロの執務室に案内して、縛り上げて転がしている7人を引き渡し、イヴァンロと金庫番を紹介する。


 「なんで此奴等は縛ってないんだ?」


 黙ってイヴァンロ達の首の隠蔽を解除すると、ギルマスが顔をぴしゃりと叩いて呻く。


 「此れが見えなくなる防御障壁ってやつか?」


 「首輪に掛けて見たけど、上手く行ったよ。地下室に案内するよ、牢に放り込んでいる奴等が居るから。それと拉致された人達も居るので、冒険者ギルドで保護を頼む」


 「まぁ、伯爵殿には渡せないからな」


 地下牢に閉じ込めて居た奴等も含め、数珠繋ぎにして冒険者ギルドに連行する。

 拉致されていた人々がその後に続き、周囲を冒険者達が護衛する。


 駆けつけて来た、エコライ伯爵配下の警備兵達が〈何事か! そやつ等をどうする気だ!〉と怒鳴っているが誰も気にしない。


 「後ほどエコライ伯爵殿に報告に行くから、黙って見ていろ!」


 ギルマスに怒鳴られ、腰が引ける警備隊の者達。

 40~50人居ると思われる冒険者達相手に、10人少々の警備兵では歯が立たので無理もない。


 「妖華の蜜に巣くっていた連中は全て捕獲したので、店ががら空きで物騒だから、しっかり警備してやってくれ」


 ギルマスが手を振りながらそんな事を告げて、全員でギルドに帰る。

 屑共は全員地下牢に直行、拉致されていた者達は2階の会議室に保護した。

 問題は欠食児童だ、ギルドに預けると一食しか与えられないのは目に見えている。

 鑑定で判った魔法の事も在るので、俺が直接引き受ける事にした。


 「このガリガリの奴を、お前が引き受けるって言うが、事はそう簡単ではないぞ」


 「田舎で大飯喰らいの役立たずとして売られてきたので、身寄りと言うか引き取り手は無い。見ての通りガリガリに痩せていて、食事も一食や二食じゃとても生きて行けない」


 そう伝える横で、3~4人前の食事を黙々と食べている女を見て、ギルマスも考え込む。


 「一回に5~6人前は楽に喰うぞ、毎日満足するほど食べさせられる奴が居るとも思えないから、俺が引き受けようと言ってるんだ。今回の騒動で、治療費をたっぷり稼いだから、飯代には事欠かないしな」


 「一応女だよな、お前はそんな趣味があったのか?」


 「ギルマス~、俺は、骸骨と添い寝する趣味は無いぞ。元気になったら侍女として使うか、好きなところに行かせるさ」


 ギルマスの執務室で、イヴァンロから巻き上げた物をお財布ポーチから取り出して並べる。

 金貨の袋5袋を拉致されていた人々の生活費と保証に使う様に要請する。

 大量の金貨の袋にマジックポーチ多数を、ギルマスに預けて一仕事完了。

 連行を手伝ってくれた冒険者には、一人銀貨2枚を支給するとギルマスが怒鳴っているのを聞きながら、ギルドを出る。

 費用は没収した金貨から支払うので、ギルマスも気軽に言ってるね。


 欠食児童の名は〔サラン〕俺より2年2ヶ月年上と判明した。

 ホテルに向かって歩きながら、今後の事を伝える。


 「サラン、神様のエラーと言われ、親に売り飛ばされたのは知っている。お前が大飯食らいなのもな。飯はたらふく食わせてやるから、暫く俺と一緒に来ないか」


 「行きます!」


 「えらく簡単に決めるな」


 「ご飯を食べ過ぎるからと親には売られたし、普通に食べたのではお腹が減って死んじゃいます。いくら食べてもお腹がすいてどうしようもないんです」


 痩せ細った自分の腕を見ながら呟くように話す。


 「お腹一杯食べられるのなら、何でもしますから連れて行って下さい」


 サランを連れてトローザクホテルに戻ると、ツインの部屋に変更して貰い一息つく。

 支配人が大丈夫だったんですかと聞いてきたので、妖華の蜜の支配人、イヴァンロ以下配下の者は捕縛され、冒険者ギルドの地下牢に居ると教えてやる。

 序でに違法に拉致されていた、少年少女や幼児を救出したと話してやると、目を輝かせていた。


 救助に向かった冒険者達も事件を吹聴するので、明日には街はこの話で持ちきりになるのは確実だ。

 伯爵様も迂闊に動けないだろうが、もう一押ししておいてやろう。

 サランにお財布ポーチを一つ預け、買い溜めしている食糧をたっぷり入れ、腹が減ったら好きに食えと言っておく。

 ホテルの支配人に、明日の夜までには帰るので其れ迄サランの事を頼むと言いおき、夜の街に出て行く。


 ・・・・・・


 夜も更けて、静まりかえっている筈のエコライ伯爵邸だが、2階の一室に明かりが灯り慌ただしい。

 隠蔽魔法と転移魔法で悠々と邸内に侵入し、明かりの灯った2階の部屋を目指す。

 ドアの前に人影は無し、棍棒を取り出して堂々とドアを開けて中に入る。


 〈カチャリ〉と音がしてドアが開いたものだから、室内の人間が一斉にドアを見ている。

 ドアの内側左右に護衛の騎士が立っていたが、ノックも無くいきなりドアが開いたので面食らっている。

 犬猫と同じ、戸は開けるけど閉めないで放置し、左右の護衛騎士を棍棒の一撃で昏倒させる。


 エコライ伯爵と思しき人物の背後に控えていた、騎士4名と冒険者崩れらしき護衛3名が抜刀して近づいて来る。

 素早くドアの位置から横にずれ、彼等の行動を注視する。

 護衛の騎士二人が倒れたので、姿の見えない何かに攻撃されたと理解している様だ。

 冒険者崩れの護衛達の後ろに回り込むと、短槍の峰を使って膝かっくんの要領で膝裏を殴りつける。


 〈ウッ〉〈ギャッ〉とか悲鳴を上げて崩れ落ち立てなくなる。

 騎士の一人が護衛に駆けより、周辺を無差別に薙ぎ払うが残念でした。

 横から太股に一撃を入れて大腿骨をへし折ると、エッと言った顔になるがぱったり倒れて起き上がれ無い。


 〈伯爵様の傍に!〉


 騎士の一人が怒鳴ると、残り二人も伯爵に向かいながら剣を振り回す。

 優秀だが、俺の姿が見えない以上勝ち目は無いんだよな。

 剣を振り回す腕を叩き折り、向こう脛にも一撃を入れておく。

 伯爵を護衛する筈が、執務机の周辺で昏倒したり悶絶している騎士三名。


 伯爵が壁際に走り、天井からの紐を2度3度強く引く。

 此れって時代劇でよく見るやつだよね。

 急いでドアを閉め、倒れている騎士と護衛を使ってバリケードならぬ、閂代わりにドアの傍に積み上げる。


 伯爵の後ろに回り、手槍の石突きで背中を思いっきり突いてやると、机に抱きつくように倒れ込み唸っている。

 その隙に奴隷の首輪に(隠蔽!)を掛けてから伯爵の首に嵌め、〔我モルザン・エコライが命じる、以後我の命に従え〕と呪文を口内で呟く。


 痛みに呻く伯爵の耳元で、以後俺の命令には無条件に従え! 俺に害をなしたり逆らうな。全ては俺の望む事を最優先にし、その為に尽力しろ。お前の安全や保身は許さない。返事をしろ!


 「判りました」そう返事をして、エコライ伯爵が驚愕の表情になる。


 「お前の首に、奴隷の首輪を嵌めたんだ。以後俺には逆らえないさ、効果はお前も良く知っているだろう」


 耳元でそう教えてやると、首の違和感に気付いたのだろう、慌てて首に手をやり驚愕している。


 「さっき、紐を引いたのは人を呼ぶ為だろう。誰を呼んだ? 小さな声で返事をしろ」


 「護衛騎士達の控え所に繋がっています。紐を引けばこの詰め所の全員が、この部屋にやって来ます」


 エコライ伯爵がそう答えた直後、大勢の足音が部屋の前に殺到してくる。

 ドアの取っ手をガチャガチャいわせ、ドアが激しく乱打され安否確認の声が響く。


 〈伯爵様、エコライ伯爵様ー、ご無事ですか?〉


 「ドアの近くに行って、暫く待てと部下に伝えろ」


 閂代わりに積み上げた、護衛の冒険者や騎士達をドアの前から遠い所へ放り投げる。


 伯爵の命令によって静かになったので、ドアを開け表の者達に怪我人を運び出すように命令しろと囁く。

 怪我人を不審に思うはずだから、凄腕の護衛を雇って腕試しをさせただけだと説明させる。

 命令を忠実に実行する伯爵を見て、改めて奴隷の首輪の便利さに感心する。

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