第21話 治癒魔法騒動

 約束通り、街の案内と周辺の草原や森の境界を案内してもらい、五日目に冒険者ギルドに顔を出した。

 カイラやレビィ達が手を振って迎えてくれて、彼等の今日の予定を聞く。

 今日から暫くはカイラ達ウインザの風と共に森に行き、ゴブリンの魔石の抜き取り方や、他の野獣の解体と魔石の場所などを教えて貰う事にした。


 彼等と共に街を出たが、街の周辺を仕事場にしているので背負子と武器だけを手にした軽装だ。

 聞けば薬草とゴブリン以下の動物しか獲物にしないので、稼ぎは少ないが危険も少ないと笑っている。

 皆次男三男で、家族と共に住んでいるので無理はしないそうだ。


 夕暮れ時街に戻り、ギルドに行くと何故か注目の的である。

 しかも視線は俺に集中しているが、誰も何も言わない。

 薬草を提出しに行ったカイラとアビスが、何とも言えない顔つきで戻って来ると、俺に指名依頼が来ていると教えてくれた。


 ブロンズ相手の指名依頼なんて有る訳ない、多分知れ渡った治療依頼だろうが周囲の反応が気になる。

 受付に行って名乗り、指名依頼って何の事だと聞いてみた。


 受付のお姉さんが複雑な顔になり、ギルマスに聞いてみますと奥に消えたが、直ぐに戻って来てギルマスが呼んでますと案内された。

 ギルマスの部屋は、ザ・仕事部屋って感じで質実剛健で風情の欠片もない。


 ギルマス曰く治療依頼だが、依頼主が問題らしい。

 娼館〔妖華の蜜〕の支配人イヴァンロで、ウインザの裏家業ナンバーワンと言われる男からの依頼である。


 冒険者ギルドと言えども、迂闊に逆らう訳にはいかない相手で正式に依頼が出されている。

 ブロンズに依頼しても何の意味もないが、治癒魔法使いの俺が拒否したらどうなるのか興味が湧いて聞いてみた。


 「お前も厄介なのに目を付けられたな」


 「どれ位、厄介なのかな」


 「奴等を敵に回せば、ギルドも迂闊に動けなくなる。戦力では此方が上だが、奴等は後ろから攻撃してくるからな。寝込みを集団で襲われて見ろ、だから表だって敵対しにくいんだ。明確な犯罪行為の為に、御領主殿が逮捕命令を出したときだけは、堂々とやれるけどな」


 「それって、此方も明確な犯罪行為をしなければ、お咎め無しって事だよね」


 「お前、それを笑いながら言うか。まぁ、殺されないように気を付けてやれとしか言えねえけどな」


 ギルマスの執務室を出て依頼掲示板を見ると、〔指名依頼アラド、怪我の治療報酬、金貨5枚〕って何よ。

 思わず吹き出しそうになってしまった。


 受ける気が無いので依頼を無視して食堂に行き、エールとつまみの串焼きを持ってテーブルにつく。


 「娼館、妖華の蜜の支配人は何かと噂になるが、誰も手が出せないんだ。アラドも、不味いと思ったら街から出た方が良いよ。相手が悪すぎる」

 「配下も娼館の護衛以外に相当いるらしいけど、数がさっぱり判らないそうだ」

 「冒険者の中にも、息の掛かった者が相当数いるらしいからね」


 ボソボソと周囲に聞こえないように気遣いながら教えてくれた。

 何処にでも居る裏稼業だが、相当力が有るらしい。

 防御力と逃げ足には自信が有るので、此処は無視して成り行きを見守ることにした。


 見守るつもりが見守られていたらしい。

 エールを美味しく飲んでいるのに、冒険者に見えない奴等がどやどやと食堂に入ってくると俺の周囲に立つ。


 「エラーだな」


 またエラーって鬱陶しい! 兄貴分だろう男が問いかけてくる。


 「いんや、俺はエラーって名前じゃない、人違いだろう」


 「嘘を言うな、紫の髪に緑の瞳でチビはお前しか見当たらない。舐めた事を言ってないでついてこい!」


 「チビって失礼な奴だね。礼儀知らずにはついて行くなって教わってるんで、お断りだな」


 「お前、大人しく言う事を聞いた方が身の為だぞ。じゃなきゃ、この街を歩けなくなるぞ」


 「判ったよ、行けば良いんだろう」


 素直に立ち上がり、兄貴分の顎に右フックを一発。

 素人の見よう見まねの右フックは、威力が足りなくて軽く後ろに倒れるだけだった。

 魔力を纏ってこの体たらく、反省!

 身構え襲い掛かってくる奴等の腹に、蹴りを入れて吹き飛ばす。

 やっぱり手より足の方が威力が有るしなれているよな。


 兄貴分が悪態を吐きながら起き上がって来たところを狙って、顔面キック。

 歯を撒き散らしながら吹き飛び昏倒する。

 後は乱闘・・・になる前に全て叩きのめしたが兄貴分には念を入れて痛めつけてやった。


 「何事だ!」


 「あーギルマス、お騒がせしました。もう話は終わったので引き上げるそうです」


 ギルマス、食堂の惨状を見て顔が引き攣っているが「無茶はするなよ」と言って引き返してくれた。

 うん、話の判るギルマスは大好きだ♪


 唸っている兄貴分の所に行き、怪我の具合を検分。


 「うわー、酷い怪我だねー。ポーション飲んでも当分ベッドの上かなぁ」


 「でめぇー、がくごしゅれろよ。かならるごろしれゃる」


 もう少し痛めてからかなと思い、棍棒を取り出して手足の骨を砕いてやる。

 もう何も言わず、怯えた目で俺を見ているので交渉開始。


 「俺の治癒魔法が必要なんだろう。効果の程は、お前の怪我で試させてやるよ。但し俺も冒険者だ、教会の様な慈善事業じゃない、判るよな。金貨10枚出せば一発で治る、格安だろう無理にとは言わない。このままポーションを飲んで治すのも有りだな。但し骨を砕いているので、怪我が治っても元の様には動けないだろうな」


 〈ひでぇなぁ〉

 〈悪辣だねえ〉

 〈可愛い顔をしてるのに〉

 〈やる事が極悪非道の見本みたいだな〉

 〈奴等も相手を見て意気がれよ〉


 「だのむ、なおじて」


 前払いで貰おうと思ったが、身体が動かないので無理か。


 手を差し伸べ(ヒール!)の一言で、兄貴分の身体が淡い光に包まれる。


 〈やっぱり凄えなぁ〉

 〈ああ、何で冒険者をしてんだろう?〉

 〈治癒魔法でがっぽり稼げるのにな〉


 「毎度ありー、金貨10枚になります」


 きょとんとして反応が無いので、ちと脅しておく。


 「払ってくれないならもっと酷い怪我をするよ。つけ払いは無しね」


 兄貴分が、慌ててお財布ポーチから革袋を出して金貨を投げ出す。


 「あーん、投げた金を拾えってか!」


 俺に言われて、投げた金貨を慌てて拾う兄貴。

 今回は初回限定、出血格安大サービスだと念を押して帰らせた。

 さて、妖華の蜜支配人イヴァンロがどう動くかだが、ウインザの裏家業ナンバーワンの面子を潰したんだ、黙ってはいないだろう。


 カイラ達には2~3日会わない方が良いからと伝えて、イヴァンロの動きを待つ事にした。

 だがイヴァンロの動きは速かった。


 トローザクホテルで朝食を取っていると、見るからに凶悪そうな男達がフロントで俺の名を告げていた。

 受付の女性が、怯えた顔で俺の方を指差している。


 あーぁ、肩で風をきってやって来るが、此れって全人類の共通項なのかね。

 俺のテーブルの前に来ると、一人が黙って椅子に座り残りの者がテーブルを取り囲む。


 「マルメドをえらく可愛がってくれたそうじゃねえか。イヴァンロさんが偉くお怒りでよ、お前を呼んで来いとさ」


 「よく此処が判ったな」


 「なーにカイラって餓鬼共から聞いたのさ、お前が来なきゃ、奴等はウインザから居なくなる。奴等の家族もな」


 「ほんと、嫌になるくらい堂々と悪事を働くな。良いよ、飯を食い終わったらイヴァンロの所に行ってやるよ」


 * * * * * * *


 迎えに来た男達に取り囲まれて娼館に向かうが、すれ違う人々が道の端に寄り目をそらす。

 娼館〔妖華の蜜〕早朝営業しているのかと思うくらい人が居るが、華やかさに欠ける客が十数人いる。

 テーブルの間を通り奥に向かう俺を値踏みしているが、皆自信満々でせせら笑いを浮かべている。


 粗末な部屋に蹴り入れられて、くたびれたソファーの前に立たされた。


 ソファーの後ろには、カイラ達四人が縛られて転がされているが、顔の形は変わり服は裂け血が滲んでいて身動きもしない。


 「生きているんだろうな」


 「余計な事を言うな!」


 「あんたが、イヴァンロで間違いないのかな」


 「何故そんな事を聞く?」


 「いやね、依頼主の顔も知らないって恥ずかしいじゃないの。で、誰を治して欲しいんだ」


 目の前の男が顎をしゃくる。

 両脇を支えられてやって来たのは顔見知り、と言うか両腕を砕いた男だった。

 焦燥しきって頬が窪んでいるが、俺を睨む目は蛇も真っ青って目付きだ。


 「あれれ、街から放り出されたんじゃなかったの。今頃ゴブリンの腹の中だと思ってたのに、存外しぶといんだね」


 「余計な事を言わず、そいつを治して貰おうか」


 「此奴は治療を放棄したから、今回で3度目だと金貨15枚になるけど支払えるのかな」


 「見事治したら、欲しいだけ支払ってやるぞ」


 にたりと笑い、愛想良く答えるが支払っても、難癖付けて取り上げる気だろうな。

 男の前に立ち(ヒール!)と一言、顔色は悪いが腕の浮腫みや変色は綺麗に無くなった。

 痛みが無くなったのか、ほっとした顔になり腕を動かして感触を確かめている。


 腕が動くのを確認するとニヤリと笑い、いきなり殴りかかってきたので、拳を額で受けてやった。

 俺は親切な男を自称しているので、拳の威力を増す為に額を拳に向かって素早く突き出してやった。

 皮膚の下に魔力を纏い、防御結界を張っているのに無謀な奴だ。

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