第19話 無頼の剣

 振り向くと、何処かで見た事のある男が俺を指差して半笑いで喋っている。


 〈そいつは授けの儀で、神様のエラーと言われた疫病神って専らの噂だ〉

 

 思い出したアスフォールの冒険者ギルドで絡んで来た奴で、模擬戦は面倒なので街の外でやろうと言ったら逃げた、ランドだ。


 「思い出したよ。俺に絡んで来て、街の外で方をつけようと言ったら逃げた、勇者ランドだったよな」


 大分飲んでいるのだろう、赤ら顔が益々赤くなり俺を睨む。


 「模擬戦なんぞ面倒だからと誘ってやったのになぁ。あの朝、皆がお前の死ぬのを見物に集まっていたのに逃げやがって、お前は腰抜けのランドって名を上げたぞ」


 半笑いで挑発をすると、ブルブル震えているがそれ以上は何も言わずに顔を伏せた。

 同じテーブルにいた男達が、ランドを見て笑っている。


 〈ほおー、勇者ランドって凄え二つ名だな〉

 〈小僧に喧嘩を売られて逃げたのか?〉

 〈神様のエラーか、本当にいるんだな〉

 〈そのエラーから逃げるって、腰抜けにも程があるな〉


 あ~あ、凄い言われ様だわ。

 馬鹿のせいで、またエラーって呼ばれてるじゃねえか、覚えていやがれよ。 もっとも此処で俺を倒さなければ、又逃げ出す事になるがどう出るかな。

 仲間の手前、酔って気が大きくなったんだろうが、そうは烏賊のゴールデンボールだ。

 いかん、俺も切れの悪いギャグしか思いつかない。


 「ランド、回りを見ろよ! 皆期待の籠もった目でお前を見ているぞ、酔った勢いで良いから殺る気を出せよ。俺も死体の始末くらいは協力してやるぞ」


 俺の挑発に、此処が何処だか思い出して周囲を見回し、酔いも覚めた表情で冷や汗を流している。


 そりゃそうだ、酔った勢いで俺を馬鹿にしたが、声が大きかったので食堂が静まりかえり注目の的になっている。


 「どうする、勇者ランド。この街から消えて俺の事は忘れるか、そこのお仲間と共に俺と遣り合うか決めろ」


 〈止めてくれよ、俺達は一緒に飲んでいただけだぜ〉

 〈お調子者と飲めば面白いからな、それだけの間柄だぞ〉

 〈遣るのなら、二人だけで頼むわ〉


 あららら、見捨てられてやんの。

 結局詫びを入れて街を出る事を選んだランドは、冒険者の嘲笑の中食堂から出て行った。

 一件落着と思っていたら、出て行くランドとすれ違った男達が俺の前に来てダミ声を上げた。


 〈よう、エラー。あんなちんけな男相手に意気がってないで、俺達と一勝負しようぜ〉

 〈そうだな、賭け金はお財布ポーチでどうだ、勿論俺達は全財産を賭けるぞ〉


 俺の身形を見て、お財布ポーチを合法的に巻き上げる気になったようだ。


 「全財産? 金貨の1枚も持ってなさそうだが、それで賭けになるのか?」


 〈何だ恐いのか、さっきの大口はどうした〉

 〈所詮弱そうな相手にだけ強くなるタイプだな〉


 「その言葉、そっくり返してやるよ。お財布ポーチを賭けて模擬戦したけりゃ、一人頭金貨2枚位は賭けろよ貧乏人! 7人も居るんだから半額で手に入るチャンスだぞ」


 〈よーし、模擬戦を受けたな!〉

 〈ギルマスを呼んでこい!〉

 〈逃げるなよ餓鬼が、口だけで無い事を見せろよ〉


 此奴等、賭け金無しで遣るつもりの様だが、命を賭けてもらうぞ。

 黙って騒ぐ奴等を見ていると、一人が受付カウンターの所に行き、模擬戦をするからギルマスを呼んでくれと騒ぎ立てている。

 今日は何て注目される日なんだろうね。


 仏頂面で足音荒く現れたギルマスはひげ面で機嫌が悪そう。


 〈この小僧が模擬戦を要求してきたので受けた。審判を頼みたい〉

 〈小僧から虚仮にされては、〔無頼の剣〕として見逃せない〉

 〈流れ者に舐められては恥だ!〉


 かったるそうに無頼の剣とやらの申し出を聞いていたが、俺に向き直る。


 「そうなのか?」


 「全然違うな、お財布ポーチを賭けて模擬戦をしろと要求してきたのさ。だから受ける条件として、一人頭金貨2枚を要求したら騒ぎ出しただけ」


 「では、模擬戦は受けないんだな」


 「ギルマス、要求を受けてくれたら模擬戦はやるよ」


 「その前に、お前のカードを見せろ!」


 そう言われてギルドカードを差し出す。


 「お前、未だ16才じゃねえか! 模擬戦は・・・何でブロンズなんだ?」


 「あー其れね、オークを倒したら、勝手にブロンズにされたんだよ」


 「オーク1頭でか?」


 「7頭だね。他にも冒険者や騎士もいたけど、結果として俺一人の功績になったんだ」


 ギルマスがカードを俺に返しながら首を振っている。


 「で、条件とは何だ」


 「7人全員と一度にやりたい。この条件なら受ける」


 ギルマスがお口あんぐりで俺を見ているけど、涎が垂れそうですよ。

 俺とギルマスの話を聞き、無頼の剣の連中が顔を真っ赤にして睨んでくる。


 〈とことん舐めてくれるな〉

 〈命乞いしても無駄だからな〉

 〈他の奴等の見せしめにしてやるさ〉


 「お前、模擬戦の経験は?」


 「無い、首から上と魔法攻撃は禁止なんだろう」


 「後悔は無いんだな」


 頷く俺を見て溜め息を吐き、無頼の剣に7対1なら遣ると言っているが、受けるのかと確認している。

 勿論奴等に異存は無かろう、楽にお財布ポーチが手に入るチャンスだ。


 〈おい、無頼の剣と7対1だってよ〉

 〈かー、無茶苦茶な野郎だな〉

 〈野郎ってよりお坊ちゃまだな。無敵な僕ちゃんを気取ってるのさ〉

 〈ばーか、ギルマスとの話を聞いて無かったのかよ〉

 〈何だよ、何の話しだ?〉

 〈だからお前は何時も、賭けに負けるんだよ〉

 〈16才でブロンズ、然もオーク7頭を殺ったってよ〉


 ガヤガヤ言いながら野次馬の冒険者達が、何方に賭けるか言い合っているのが良く聞こえる。

 無頼の剣9以上に対し俺が1にも満たない大穴の様相だ。


 ギルマスに続いて訓練場に入る。

 ギルマスの面前でお財布ポーチを台に乗せ、無頼の剣達の持ち物を全て台の上に置かせる。


 「お前はそれだけか?」


 「当たり前だろう。お前達はお財布ポーチを要求し、代わりに全財産と言ったんだ。極めて公平だろう。金貨2枚は勘弁してやるんだ、文句が有るなら止めるだけだ。それとも恐いのか?」


 模擬戦用の武器に、撲殺用の棍棒を選ぶ。

 以前の物と違い、長さは1.4メートルで太くて堅い。

 日頃は棍棒を使うが、長剣を使う時に戸惑わない様に作った物だ。

 軽く素振りをしてギルマスの前に立つ。


 「改めて言っておくが、魔法攻撃と首から上の攻撃禁止だ。それと止めと言ったら即座に止めろ! 止めなければ俺が相手だ」


 10メートル程離れて向かい合うと〈始め!〉とギルマスの声が響く。

 横一列に並んだ無頼の剣の面々、余裕の薄ら笑いを浮かべているが、もうすぐ泣きっ面に変えてやるよ。


 合図と共に半円を描くように位置取りしようとするが、即行で正面の奴に踏み込んでいく。

 魔力を纏って本気の踏み込みは初めてだが、魔力を纏えば常人の2~3倍の反射速度と力を発揮する、今日は存分に其れを確かめるつもりだ。

 ほぼ一呼吸もせずに跳び込んで来た俺に仰天し、構える事も出来ずに袈裟斬り気味の棍棒を受けて崩れ落ちる。

 序でに左隣の男に、横殴りの一閃。

 腕が砕けたのだろうが、胸も陥没している様だ。


 〈エッ〉

 〈殺れ!〉

 〈逃がすな!〉


 叫ぶより構えろよ、くの字に崩れ落ちる隣の奴の背後に回り、力一杯蹴り飛ばす。

 次は自分だと焦る男を無視し、始めの男の右隣を狙って地面を蹴る。

 自分から遠ざかっていると油断していた奴は、必死の形相で木剣を構え直すが、その木剣の付け根を思いっきり叩きつける。

 木剣が吹き飛び、両手首が砕けたのだろう膝から崩れ落ちて腕を見ている。


 あと四人、振り向きざまに踏み込んで来る奴を躱して胴薙ぎの一撃〈グエッ〉て聞こえたが気にしない。

 更に左から撃ち込んでくる木剣を受け、腹を蹴りつけて姿勢を崩した所を肩に打ち込む。

 俺に蹴り飛ばされた奴が、必死の形相で立ち上がった所を狙って突きを入れる。


 残り二人、二人とも腰が引け気味だが、降参される前に方をつけてやる。

 上段に振りかぶって踏み込み、受けようとした木剣が上がる前に肩を一撃する。

 残り一人と振り向けば、背を向けようとしているので棍棒を槍投げの要領で投擲する。

 背中に受けた棍棒の衝撃で転倒し、動かなくなったので試合終了となった。


 「ギルマス、終わったよ」


 「あっ、ああ、とんでもない奴だなお前は」


 〈ウォー、見たかよ一瞬だぜ〉

 〈クッソー、無頼の剣に銀貨3枚も賭けたんだぜ〉

 〈俺はオーク7頭と聞いたから、エラーに賭けて大儲けだな〉

 〈新人と聞いて油断した報いだな〉

 〈あれは油断で負けたんじゃねえよ、完全な実力差だよ〉


 さっさとお財布ポーチに奴等の賭けた品々や剣を入れると、ギルマスに審判の礼を言って背を向ける。


 「おい、アラドと言ったな、せめてポーションくらい残してやれよ」


 「何故・・・此奴等はお財布ポーチを俺から掻っ攫う気だったんだ、そんな野盗もどきの奴に掛ける情けはないね。ギルドに借金してポーションを買えば良いのさ」


 食堂に戻ると、祝杯を挙げる奴と無頼の剣を呪う奴等がエールを酌み交わして模擬戦の批評をしていた。


 俺の顔を見て〈エラー、儲けさせてもらったぜ〉なんて声も掛かる。


 「無頼の剣の武器を格安で売るぞ、欲しい奴は手を上げろ」


 〈ウオーーー〉


 大歓声が上がり、俺の周囲に皆が殺到する。

 希望者多数のため、欲しい武器の前に集まった奴らでコイントスをして、最後に残った奴に銀貨2枚で売り渡した。

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