第18話 廃嫡

 陽も落ちた伯爵邸は静まりかえっているが、何かしら緊張感に包まれているようだ。

 高い鉄格子の柵を(ジャンプ!)してすり抜け、本館に向けて歩く。

 伯爵の執務室は判るが、オルザの私室が何処か判らない。

 出来れば先にオルザから話を聞きたいのだが、迷った末に直接伯爵の執務室に行く事にした。

 嫡男で領地運営の補佐をしているのなら、伯爵と共に居る事が多いはずだから。


 ドアの取っ手に手を掛けて下ろす〈カチャリ〉と音を立てたドアを、静かに押し開けて中に入るが攻撃は無し。

 押し開けたドアの左右には護衛の騎士が立っていたが、開いたドアから誰も入ってこないのを見て不審気だ。

 執務机に座る伯爵も傍らに立つオルザも黙ってドアを見ている。


 「アラドか、待っていた」


 伯爵の声に、護衛達が剣を抜くが〈誰も動くな!〉と静止を命じる。


 「話しにくいから姿を見せてくれないか。それと、警備隊の者を何故殺したのか教えてくれ」


 執務机の前で隠蔽のみを解除し、伯爵と対峙し聞き返す。


 「理由が判らないと?」


 「少なくとも、断りも無く屋敷に侵入される理由は無い」


 「ではオルザに聞こうか、何故付け回す?」


 「付け回す?」


 「答えろオルザ!」


 「どう言う意味だ、オルザ」


 「父上の申しつけ通り、アラドの全てを知る必要が在ると思ったので尾行を付けました」


 「ただの尾行か、ボルゾンは俺を犯罪者に仕立てるのかと聞いたら『冒険者の一人や二人、どうとでもなるさ』と答えたが」


 「私はそんな事は命じていない」


 「其れを信じろと、俺を付け回す奴から二度ほどお前の名が出ているし、結構長い間付け回してくれたよな。俺の全てを知るのに付け回す必要は無い、ホルムの街に行けば全て判る事だ」


 「父上、この男は危険です。現に無断でこの屋敷に侵入して堂々と我々の前に立っています。姿の見えなく為る防御結界など、何時暗殺者になるか知れた物ではない。危険な芽は早めに摘み取るべきです」


 「ほーん、危険な芽は早めに摘み取るね。その意見には賛成だね」


 お財布ポーチから長剣を抜き出し、オルザの胸に突きつける。


 「待ってくれ! アラド、待ってくれ!」


 「カリンガル伯爵、オルザの言葉には俺も同意する。だからこの男を殺す! 何か問題でも」


 「私は君を害する気は無いし、問題を起こす気も無い」


 「だが、この男は違う意見のようだが。俺は面倒な問答をする為に来たのではない、カリンガル家が敵になるなら相応の対応をするだけだ」


 「その点は私も残念に思っている、彼には二度忠告したのだが通じなかったようだ。君がオルザを殺せば、私も貴族として否応なく敵対しなければならない。そこで提案だが、彼を廃嫡して隠居させる事で収めてくれないか」


 「父上! まさか嫡男の私を廃嫡すると? こんな賤民の戯れ言一つで、この私を廃嫡する気ですか?」


 「私は二度、お前に肝の命じろと言ったが、二度背かれた。三度目にはカリンガル家が滅びる事になりそうだ。騎士団長を呼べ!」


 ドアの傍らに立つ騎士に命じ、背後の護衛にオルザを自室に連れて行き見張っていろと命じた。

 護衛達に両腕を取られて連行されるオルザを見送り、カリンガル伯爵から預かった身分証を机に上に乗せる。


 「お返しします。以後は一介の冒険者として生活しますので、余計な手出しは止めて下さい。今回は警告の為にボルゾンを生かしておきましたが、次はありません」


 「オルザを御しきれなくてすまない。だが君と敵対する気は無い、私の力が必要なら、何時なりと訪ねて来てくれ」


 一礼して執務室を出ると、即座に隠蔽魔法で姿を消し転移魔法を使って屋敷外に(ジャンプ!)、二度目の(ジャンプ!)で鉄柵の外に出ると冒険者ギルドに向かう。

 冒険者ギルドの裏で人目が無いのを確認してから、隠蔽魔法を解除してギルドの食堂に向かう。


 ・・・・・・


 アラドが部屋を出ると執事のカルマルを呼び、離れの一室をオルザの隠居部屋に用意しろと命じる。

 カリンガル伯爵はカルマルの問いかけに、オルザは二度と部屋を出る事は無いと告げた。


 三日後に自室から連れ出されたオルザは、騎士に見張られる生活から解放されたが、本館から連れ出された先は離れの一室だった。

 嘗ての自室の1/4も無い居間に其れより狭い寝室とトイレルームのみ、石壁に鉄格子が嵌められた窓、ドアは頑丈で内からは開けられない。

 部屋も家具調度も簡素極まりなく、マジックポーチの類いも全て取り上げられた。


 室内を見回し、自分の未来が完全に閉ざされた事を知り、簡素な椅子にどっかりと腰を下ろす。

 やはりあの男は危険だ、森に向かった時に殺すべきだったと思ったが、もうどうしようもなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アラドは土砂降りの雨の中、辺境カルガリと王都を結ぶカルガリ街道をウインザ目指して歩いていた。

 アスフォールの街からイルクツ→オストーク→ラジカフ→オルニーゼ→ウラジ→ウインザとなる。

 王都は遥か先だがアスフォールの街を出る時、次ぎに人口の多い街はウインザと聞いて向かっている。

 確かに途中の街はアスフォールと比べて見劣りするので通過するにとどめた。


 それも、隠蔽を使って出入り口を通過し野営を繰り返したので、俺がこの街道を辿っている形跡が残らない。

 カリンガル伯爵は敵対しないと言ったが、オルザの様な奴は何処にでも居る。


 二日間降り続く雨の中、ローブを買っていて良かったとつくづく思う。

 フードを被ったローブの中は乾燥していて快適、冒険者用の衣服もフードを被れば濡れないが。合羽を着ているのと同じなので快適性が違う。

 但し野営場所にドームを作っても、地面が濡れているので湿度が高く布団が出せない。

 次は魔法を付与した寝袋を作ろうと思うが、機織り蜘蛛の生地で作った寝袋は此の世界初になるだろう。

 多分生地代だけで1,000万ダーラを越えるんじゃないかと思うが、温度調節機能付きとなれば快適性は保証付きだろう。


 途中何時もの獲物を狩りに草原や森に寄っていたので、ウインザの街に到着したのは、アスフォールを出てから半月程経っていた。

 お陰で魔力が130に増えたし、魔力回復迄の時間も6時間少々になった。

 ウインザの街の手前で一泊し、早朝から出入り口で開門を待つ列に並ぶ。


 早朝の冒険者ギルドは混み合っていたので、食堂でゆっくりと朝食を取った後で買い取りカウンターに行き、獲物を沢山持っていると伝える。

 上から下までジロジロと見られお財布ポーチ持ちかと尋ねられた。

 頷くと横の通路を示して奥に行きなと指差された。

 まっ、俺みたいなペェペェの冒険者で、お財布ポーチ持ちなんて居ないからな。

 いるとすれば貴族の次男三男とか、裕福な家庭の子弟でスリルを求める奴等だろう。


 中で暇そうに掃除をしている係員を呼び止め、何処に出せば良いのか確認する。


 「おっ、初めて見る顔だな。何を持ってきた」


 「ホーンラビットが20位にヘッジホッグが15前後だね。それとチキチキバードとカラーバードも10羽づつ位持っている」


 「えらい大雑把だな」


 「一週間以上掛けて狩ったから、数はうろ覚えなんだよ」


 指定された場所にホーンラビットから出していく。


 ホーンラビット、21羽

 ヘッジホッグ、13頭

 チキチキバード、11羽

 カラーバード、13羽


 「おいおい、一つも傷が無いけど、どうやって狩っているんだ」


 「ん、此れでぶん殴ってるんだ」


 お財布ポーチから短槍を取り出して見せる。


 「魔鋼鉄の槍か、使い方を間違ってる気がするがな」


 呆れた様に言われたが、変なところに傷が付くより良いと言われてるんだよな。

 冒険者カードを預け、食堂で飲んでいると伝えて解体場を出る。


 食堂ではジロジロと品定めの視線が痛い。

 エールにオークのステーキを食べていると、先程の親爺がやって来てギルドカードと査定用紙を差し出した。


 ホーンラビット、42,000ダーラ

 ヘッジホッグ、45,500ダーラ

 チキチキバード、44,000ダーラ

 カラーバード、468,000ダーラ

 合計、599,500ダーラ


 カラーバードは美食家垂涎と言われるだけあって良いお値段だ、満足して頷く。


 「お前、暫くこの街に居るのならカラーバードを中心に頼む」


 「此奴ってそんなに美味いのかな」


 「手に入ったら、御領主様と街の豪商達が即座に買い上げてくれるし、無ければ催促されるからな」


 「多分、暫く居る事になると思うから、獲ったら持って来るよ」


 「頼むぞ、俺はゴルトンだ、何時でも奥の解体場に来てくれ」


 「アラドだ宜しく、ゴルトンさん」


 残りのステーキをエールで流し込んでいると、隣の席から声を掛けられた。


 「初めて見る顔だな、何処から来た」


 二十歳前後の4人組で、リーダーらしき男だった。


 「オルニーゼの方からだ」


 ウインザの二つ隣と答えておく。


 「ウインザに暫く居るつもり何だろう。地理が判らないだろうから、俺達のパーティーに加わらないか。ゴルトンが声を掛けるんだ、其れなりの腕は持っているんだろう」


 「悪いな、一人で適当にやるのが性に合ってるからいいよ」


 ゴルトンの話から、俺を引き込めば稼げると思ったのだろう、断ると残念そうに引き下がった。


 〈止めとけ止めとけ、そいつはエラーと呼ばれている男だぞ〉


 少し離れた横からダミ声が聞こえてきた。

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