第16話 尾行者

 「ブラックタイガーに襲われた事を、何故報告しない!」


 「何故?・・・私は護衛ですから、セイオス様がブラックタイガーに襲われるのが判ったから防いだ。怪我も無く無事なら、後の詳細は責任者のカリアド殿が報告するでしょう」


 「その詳細の報告に、来たのではないのか!」


 「止めろ、オルザ! アラド殿にセイオスの護衛を頼んだが、其れは遊軍としてだ。護衛部隊の指揮官はカリアドだ、弁えろ! 失礼したアラド殿、セイオスの護衛を受けていただき、またも助けて貰ったようだ」


 「いえ、ご依頼を完了致しましたので此れで失礼します。報酬は蜜の代金と合わせて、冒険者ギルドの口座に振り込んでおいて下さい」


 一礼して下がろうとしたら呼び止められた。


 「実は君の治癒魔法の噂がかなり流れているようでな、君を紹介してくれと、とある貴族から頼まれているのだが」


 「カリンガル伯爵様、申し訳在りませんが当分依頼を受ける気は在りません。暫くは森にて自己鍛錬に励むつもりです」


 「そうか、依頼を受ける気になったら連絡をくれたまえ」


 あっさり引き下がる伯爵様、執事のカルマンに街までお送りしろと命じている。


 ・・・・・・


 「セイオス、彼と居てどうだった」


 「はい、魔法に造詣が深いと思いました。私よりも半年若いとは思われません。彼から数回助言を受けて従った結果、魔法の詠唱速度が上がり命中精度も格段に上がりました。攻撃魔法を授かっていないと聞きましたが、助言は的確でした」


 「ブラックタイガーに襲われた時の状況は?」


 「五日ほど前、森の中を移動中の事です。彼が最後尾から駆けてきながら『上だ!』と叫びました。その時は斥候の冒険者数名、その後を警護の騎士達と共に中央を歩き後方にも冒険者達が居ました。彼の声に上を見ますと、真っ黒な物が私達を目掛けて落ちてきていました。周囲の誰も身動き出来ず殺られると思った時、頭上に淡い光が現れて黒い物は横に進路をずらされて落下しました。そこで初めてブラックタイガーだと判りましたが、その瞬間ブラックタイガーの周囲を取り囲む光の壁が現れました」


 「待て! それは連続して魔法を使ったと言う事か」


 「はい、詠唱などしている暇は無いはずです。後で聞いた所に依りますと、最初に私の頭上に斜めの防御障壁を張り、落ちてきたブラックタイガーの進路をそらし、落下した野獣が暴れて被害が出ないように円筒形の防御障壁で囲ったと言いました」


 「・・・だが、防御障壁で捕らえたブラックタイガーは生きているんだろう。どうやって殺した」


 「此れも彼の指示ですが、アイスを呼び寄せて凍らせろと言いました。私達は野営用の結界魔法で作られた、彼のドームを攻撃して魔法攻撃が通じない事を知っていました。無理だと思いましたが、彼の指示に従って凍らせて討伐しました」


 「凍らせるとは?」


 「氷結魔法なら物を凍らせる事が出来る筈だと言われ、ブラックタイガーが凍り付く事を念じて詠唱した結果、アイスが6回と私が3回魔法を使って漸くブラックタイガーを凍らせました」


 後を継いで、セイオスの後ろに控えていたカリアドが報告する。


 「彼の野営用ドームとは、結界魔法で作られた物で淡い光のドームで、出来たと思ったら何も見えなくなりました。此れは彼が以前見せた身体を守る防御障壁と同じだと思われます」


 「すると彼は、野営用ドームに身体防御用の結界魔法に加え、魔法障壁を2種類駆使しているのか。防御結界に治癒魔法も一流、然も空間収納も少ないとはいえ使えるときた」


 「然し結界魔法も完璧ではない様だな」


 「と、申しますと?」


 「結界魔法の中に居る野獣を攻撃出来たのなら、結界で守られていても・・・」


 「それは、円筒形の結界だからだと思われます。彼が自分の不利を曝け出すとは思えません。土魔法で防壁を築いても、左右や上方からの攻撃は防げません」


 「確かに、そうだな」


 「父上、冒険者ギルドで少し可笑しな話を聞きました。彼を鑑定した男が、鑑定魔法を弾かれたとか。もしかして鑑定魔法も使えるのか、はたまた異様に魔力が強いのかよく判らないらしいです」


 「何故、其れを早く報告せんのか!」


 「いっ、いえ情報を集めていて、不確かな噂として一部の者が囁いているだけでして」


 「不確かな情報も無いよりマシだ、それをどう判断するかは当主で在る私の仕事だ、肝に銘じておけ! もう一つ、彼が初めてこの屋敷に来た時、お前に何を言ったか覚えているか?」


 父親に厳しく言われ黙り込むオルザ。


 「私はお前に『頭ごなしに彼を従わせ様とする者に気を付けてくれ』と言った、それはお前も当てはまる。なのに先程の物言いは何だ! 彼が能力を示しその気になれば、王家は高位を与えて召し抱えるだろう。それ程の人材に対しお前は・・・」


 ・・・・・・


 伯爵邸をお暇し、商業ギルドまで送ってもらう。

 受付に行くと、今日は何の御用ですかと愛想良く迎えてくれる。

 腕の良い木材加工職人か工房を紹介してくれと頼む。


 ゴロドス通り〔オダエル木材加工所〕主人のオダエルさんに遠心分離機の部品製作を依頼する。

 直径90センチ程の車輪もどきを二つ、一つはスポーク代わりの板だがもう一つは一文字、車輪の間は鳥かごのように細い丸棒をびっしり並べて繋ぐ。

 一文字の車軸には支えの板を取り付けられるようにし、中心からハンドルを付けて回せる様にする。

 もう一つは桶、注文の品物が中で回る様に上下左右に5センチ程の隙間を空け、下部には水抜きの穴を作り蛇口のようにする。

 同じ物を後二つ、こちらは水抜き用の穴の無いただの桶だ。

 俺の説明を聞いていたオダエルさんもこんな物は初めてだとぼやいている。

 しかも使用する木は最高に堅くて水に強いものとの指定付きだ。

 30万ダーラで話が付き、五日後の受け渡しを約束して何時ものホテルに向かう。


 食糧調達とエールにお茶などを五日間で買い集め、注文の品を受け取りアスフォールの街を出る。

 その間、ずっと誰かに見られている様に思われ、全然休まらなかった。


 自分の身の安全が確保されているせいか、どうも索敵能力が甘い。

 四六時中誰かに監視されている様で仕方がなかった。

 街を出たら、姿を隠して行動するので誰も俺を監視出来ないだろうが、街中はどうも苦手だ。


 尾行の確認だけはしておくかと思い、ゆっくりホテルを出て北門に行き貴族専用通路を使って森に向かう。

 草原に入ると(隠蔽!)で姿を隠し暫くそのまま佇んでいた。


 〈えっ・・・確か此処に来たと思ったのに〉

 〈おい、姿が消える訳が在るか!〉

 〈だけどまわりに姿を隠せる場所は無いぞ、見失ったなんて報告したら〉

 〈黙っていては、オルザ様を余計に怒らせるから報告するしか在るまい〉


 なーる、オルザが俺の事を調べているのか、独断か伯爵の命令か・・・暫く様子見だな。


 今は魔力を上げる事と魔力の分割使用法の確立が優先だ、レッドビーの蜜は帰る間際で良かろう。

 夕暮れから二回連続の魔力切れと、早朝のチキチキバードとカラーバード捕獲を続ける。


 昼間は生活魔法のフレイムとウォーターを使った攻撃方法を模索する。

 ウォーターはレッドビーの蜜採取の時の方法、水球が有効なので此れを磨く事にした。

 ピンポン球大から30センチ程度までは出来るが、これ以上は大きくならないので方向性を変える。


 水球の粘度というか表皮を強力にして一度包めば解除するまで水球の形を保つようにした。

 そのまま放置すれば一日の命だが極めて有効なので此れが攻撃のメインになるだろう。

 最大有効範囲は不明だが、目視距離なら多分大丈夫だと思う。

 最近はホーンラビットとヘッジホッグの捕獲は、水球を使っての窒息死で獲っている。


 フレイムも水球と同じ様にピンポン球大から30センチ程度、飛ばないのも同じで出現するだけなので使い勝手が悪い。

 冬のストーブ代わりには便利だと思うが、口の中に火球を放り込んでも煩いだけだと思うと使う気になれない。


 15日間で魔力が6上がり、現在は魔力126となる。

 魔力操作では1の魔力を半分の半分と切り分け組み合わせ、0.5~0.25迄の段階的な操作ができ、今は0.25の半分を使う練習中だ。

 まっ、元々が治癒魔法に利用するつもりだったが、生活魔法で攻撃する時に便利なので使っている。


 狩りはレッドビーの巣周辺が行動範囲なので、この周辺のチキチキバードやカラーバード等が段々獲れなくなってしまった。

 一カ所での狩りは駄目だね。

 レッドビーの蜜採取の為に転移魔法の練習を始める、できるだけ遠くの物を転移魔法で任意の場所に移動させる方法だ。

 小さな物は見えないから無理だが、見えていれば遠くの物を手元や任意の場所に移動できるし、手元の物を送り出せる様になったのは三日後。

 魔法はイメージだ、ラノベの言葉を信じて良かったと嬉し涙にくれる。


 今回は、レッドビーの巣から30メートル以上離れた所から、巣に群がるレッドビーを片っ端から上空に転移させる事から始めた。

 一匹づつは面倒なので、枯れ草で玉を作り巣の傍に転移させると、一斉にレッドビーが枯れ草の玉を敵認定。

 巨大な蜂団子が出来た所で、上空に放り投げるが用意の枯れ草の玉10個は直ぐに無くなる。


 後は近くの物を手当たり次第に巣にぶつけて蜂を混乱させ、その隙に巣の表皮を転移魔法で剥ぎ取り、蜜の詰まった所を転移魔法を使って用意の桶の中に放り込むだけ。

 用意の桶二つが一杯になったら、巣から遠くへ桶を移動させてドームで覆えば最後の仕上げだ。


 蜜と共に桶の中にいるレッドビーの生きているのを、転移でドームの外に放り出すだけだ。

 お待ちかねの遠心分離機、テレビで見たブリキ製の遠心分離機と原理は同じなので蜜を絞れる筈だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る