第15話 詠唱

 気づくのが遅いが気づいただけマシか、さて、どう答えたものかねぇ。

 口内で短縮詠唱しているとでも答えてやるか。


 「口内で、短縮詠唱を呟いています。防御結界を張るのに、のんびり詠唱していては間に合わなくて死にますから」


 「確かにそうだね。参考の為に、アラド殿の詠唱を教えて貰う訳には・・・」


 「お断りします。私も冒険者の端くれです、他人に手の内は晒しません。セイオス様にも、魔法の手ほどきをしてくれた師が居たはずですが、教えられた事以外何も考えなかったのですか」


 「痛い事を言うね。確かに教えを守り練習はしたがそれだけだと思っていたよ」


 「ヒントを一つあげましょう。戦闘時に魔法を使うにあたり、必要最低限の詠唱って何ですか」


 考えに浸るセイオスを放置して、従者のオランに断り自分のドームに戻った。


 翌朝、野獣討伐に出る前に、セイオスが少し魔法の練習がしたいと言い出した。

 大岩の十数m手前に立ち、口内でブツブツと呟きアイスアローを放つ。

 以前より格段に魔法の発現が早くなっているが、連射出来る程ではないし、命中率も悪そうだ。

 放たれたアイスアローの着弾点がバラバラなので、詠唱が早くなっても魔力を損失をしている。


 ちょっとセイオスを鑑定してみる〔セイオス・男・16才・風魔法・氷結魔法・魔力80〕ふむ、魔力量を重点的に見てみる〔魔力80、12/100〕???

 魔力80で後ろの12/100って何だよ、セイオスがアイスアローを射つ度に13/100、14/100となっていってる。

 此れって魔力80で、使用する魔力は80の1/100って事か、なら俺の魔力120はどうなんだ。


 俺の魔力が増えても100分割で表示されているって事は一回に使用する魔力量が増えているって事か?

 魔力が増えても使用回数100ってのは燃費が悪すぎる、一回の魔力使用量は100の時と同じにして、使用回数を増やす方向にシフトしなければ魔力を増やす意味がない。

 自分の魔力量について考えていると、セイオスから声が掛かった。


 「アラド殿、如何でしょうか」


 「進歩してますが、命中率が悪すぎますね。アイスアローの最大飛距離がどれ位か知りませんが、十数mでの着弾点に結構ずれがあります。最大飛距離になれば、ずれではすみません。当たらなければ二度三度詠唱して時間と魔力の無駄です。先ずその距離で、確実に当てる事から始めた方が宜しいかと」


 それからも魔力の変化を鑑定で監視していて、一つの疑問が湧いた。

 魔力が少ない者、あるいは魔力が50程度の者でも100分割で魔法を使っているのだろうか?

 俺やセイオスなら100分割で魔法を発現出来る、アイスやフレイムの魔力量も鑑定してみる事にしたが、その前に如何なる魔法を授かったのか確認してみる。


 セイオスの訓練を見ているアイスとフレイムに授かった魔法名と魔力を聞いてみた。

 アイスが氷結魔法のみで魔力70、フレイムが火魔法のみで魔力80・・・駄目だ、参考にならない。


 カリンガル伯爵所属の騎士団には魔法部隊員が現在21名、皆魔力60以上の者で構成されているって。

 それ以下の魔力だと、魔法に威力がないか戦闘に不向きな回数しか魔法を撃てないと聞いた。

 戦闘に不向きな回数しか魔法を放てない・・・ここ重要ポイントだな。

 少ない魔力で魔法を放つには、しょぼい魔法で回数を稼ぐか、魔力を集約して回数を減らすかの選択が出来る事を意味する。


 セイオスの魔力使用が、47/100になっているので練習を止めさせた。

 今日のポイント、使用魔力量の調節と消費した魔力の回復時間の確認だ。

 幸い目の前にセイオスという見本が居るので、今日は魔力の回復具合を見学させて貰おう。


 野獣捜索と討伐をしながらではあるが、セイオスの半減した魔力は4時間程で回復した。

 俺の場合は、魔力ゼロから6時間半で満タン回復だから、半減からの回復は3時間少々の計算になる。

 と言っても治癒魔法か転移魔法を乱発しなければ、半減する事も無さそうだ。


 本日の戦果はバッファローとエルク各1頭、詠唱が早くなったので一発目が急所に当たらなくても二の矢が早くなり、戦果が出た。

 夕食時にセイオスから「短縮詠唱の示唆を有り難う御座います」と礼を言ってきた。


 「アラド殿、練習での着弾のずれをどうすれば治せるでしょうか。お気づきの事があれば、遠慮なくご指摘下さい」


 「弓でもそうですが、的から目を離していませんか。腕を標的に向け魔法を放つ時に、身体が揺れている気がします」


 そう言っただけで、翌日には標的射撃で身体の揺れをカリアドに見て貰い修正に励んでいる。

 なかなか熱心だね、俺は気楽な冒険者稼業なので見物しているだけ。

 最後の三日間は、ホーンラビットやチキチキバード等の小動物を狙ってみろと進言して、命中率向上の成果を実感させて訓練は終わった。


 2週間の訓練期間中、夜はひたすら魔力分割の練習に励んだ。

 魔力操作で、魔力を平たい板状にし、其れを縦10横12の120分割する練習だ。

 其れが何とか出来る様になると、今度は1/120の1個を半分にしたり2個を纏めて一つにしたりと結構面白かった。


 そうして小分けした魔力を使い、30cm程の結界を作っては壊すを繰り返した。

 結果1/120の魔力を8分割して、極少量の魔力で作った結界の球体なら棍棒で叩き壊せる事。

 8分割した2を使えば、手槍で思いっきり殴れば壊せると判ったが、3では俺の力では壊せなかった。

 しかし、隠蔽を掛けていない30cm程の球体が、殴られても壊れずにドーム内を飛び回る光景はシュール。


 アスフォールの街に戻ると冒険者ギルドに立ち寄り、冒険者8名が依頼完了報告する。

 護衛騎士の一人が、解体場でマジックポーチから訓練中の獲物を護衛の冒険者達に引き渡す。

 訓練中に討伐した獲物は、護衛に就いた冒険者の物との取り決めが出来ているらしい。

 俺にもその権利が有ると言われたが、俺は直接伯爵様に雇われていて、その取り決めの対象にはならないと断った。

 俺は一日銀貨5枚の報酬を貰っているので、2週間で金貨6枚60万ダーラの稼ぎになる。


 さあ、護衛任務も無事に終わったと思いエールを飲みに行こうとしたら、いきなり首根っこを掴まれた。


 「カリアドさん、任務は終わったんだよ。それに俺は猫の仔じゃないよ」


 まったく、馴れてきたら遠慮がなくなってきて扱いがぞんざいだ。


 「さっき自分で言っただろう。アラドは伯爵様に直接依頼されたとな。依頼完了報告と報酬を受け取るのは、伯爵様へ直々にする必要が在るんだよ」


 「えー、セイオス様が屋敷に帰ったら無事だと判るし、カリアドさんも報告するんでしょう。報酬だけ冒険者ギルドの口座に振り込んで貰えれば、それで十分ですよ」


 冒険者ギルドの中なので、一緒に護衛に付いた冒険者達に笑われながら、首根っこを掴まれて馬車に放り込まれた。


 「セイオス様、笑ってないで依頼完了報告ぐらいして下さいよ」


 「御免ごめん、でもアラド殿は屋敷に来ていただかないと困ります。依頼者はあくまでも父上ですから」


 執事のカルマルに迎えられ、セイオスの後に続いて玄関ホールに入る。

 「お帰りなさいませ」一斉に頭を下げるメイド達に迎えられて、鷹揚に頷くセイオスと居心地の悪い俺。

 メイド喫茶なら、ご主人様って言葉が続くんだろうな。

 末子のセイオスで此れだ、当主の伯爵様のご帰還となれば、ずらりとメイドが並ぶんだろうなと思う。

 中二病患者なら涙を流して喜ぶ所だが、生憎おれは中二病を患っていない。


 セイオスはさっさと自室へ着替えに戻り、俺はカルマルに導かれてカリンガル伯爵様の執務室に向かう。

 ノックと共に〈アラド様をお連れしました〉と告げると、間髪を入れず「入れ!」の声を受け、扉を開けてくれる。

 貴族の面倒臭さが鼻につくが、一礼して室内に足を踏み入れる。


 執務机の傍らに、嫡男のオルザが立ち伯爵様の補佐をしている。

 執務机の前に行き、一礼してセイオスの護衛を無事に終了した事を報告する。


 「セイオスは、君から見てどうかな」


 「質問の意味が判りません。私はお約束通り、セイオス様の周辺を彷徨いていただけですので」


 オルザの目が光るが、その時ノックの音と共に「父上、セイオスです」と声が掛かった。

 俺の隣に立ったセイオスは、父親に帰還報告をすませると質問に答えている。


 「アラド殿の防御結界は、素晴らしい物です。アイスとフレイムの魔法攻撃にも楽々と耐え、頭上から襲い掛かって来たブラックタイガーの攻撃を防ぎ、そのまま囲い込み逃げられなくしました」


 「セイオス、詳しく話せ!」


 オルザが、苛立たしげにセイオスに命じる。

 嫡男と部屋住み末子との差がもろに出ていて、実家を思い出して気分が悪い。


 「先ず、アラド殿の防御結界は、アイスとフレイムの魔法攻撃にびくともしません。そして先日訓練中に、樹上より襲い掛かって来たブラックタイガーの攻撃を一瞬で防ぎ、そのまま捕らえました。私の魔法も、彼の助言により格段に上達したと思います」


 「それは本当か?」


 「魔法は上達したと思いますね。ご不審なら、カリアド殿にお尋ねすれば宜しいかと」


 オルザの顔には不快感が滲んでいる。

 俺という冒険者がお気に召さない様だが、知ったこっちゃない。

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