第14話 氷結魔法

 「アラド殿はそれでも、冒険者だと言われるのですか」

 

 「セイオス様、冒険者全てが野獣討伐をしている訳じゃ在りません。私は基本的に、薬草採取と小動物を相手に生活しています。結界魔法が使えるために、今回貴方様の護衛を頼まれただけです」


 セイオスが不満げに黙り込み、話は終わった。

 翌日朝食後も殆ど話しをせず、訓練の為に野獣を探して森を彷徨う。

 俺は最後尾から周囲を見回している時に、樹上で動く物に気づいた。

 斥候の冒険者達が通り過ぎるまで動かなかったが、セイオス達が通りかかった時に立ち上がったのだ。

 猫科の野獣だ、上から襲い掛かるつもりだろう頭を下げて見ている。

 セイオスの所へ全力で走りより乍ら「上だ!」と叫び、落ちてくる奴を見る。


 間に合うかどうかギリギリのタイミングだし俺では闘えない、冒険者達や護衛も間に合わないだろうから、以前から考えていた方法を使う事にする。

 イメージしていた使い方と少し違うが、基本的に板状の結界をセイオスの頭上に張る事にした。

 (結界!)セイオスや護衛の騎士達が、呆気にとられて上を見ている。

 冒険者達が駆けより乍ら剣や槍を構えるが、間に合わない。


 セイオスの頭上に斜めの結界の壁が出現し、襲い掛かって来た野獣は斜めに滑ってバランスを崩し落下する。

 セイオスより数メートル離れた所に落下し、跳ね起きようとした野獣の周囲を(結界!)の壁で囲む。

 円筒形の結界、本来なら自分を守るために俺が中に居るはずだったが、今回はイレギュラーで野獣に入って貰った。

 全員が掛けよって来るので〈周囲の警戒を怠るな!〉とカリアドが怒鳴っている。


 ヘイオスは硬直し、駆け寄った冒険者や護衛達も、結界の中に閉じ込められた野獣を見て動きが止まる。

 漆黒の巨大な猫科の野獣だ、冒険者になって一年にも満たない俺は名前すら知らない。


 〈此れをエラーがやったのか〉

 〈ブラックタイガーかよ、何でこんな所に居るんだ〉

 〈此れ、大丈夫なんだろうな?〉


 閉じ込められた結界の中で、暴れるブラックタイガーを見て困った。

 幾つか殺す方法は有るが、此処は冒険者か護衛の騎士にやらせて手の内を漏らさない事にする。


 「こいつを解き放ったら倒せるかな」


 冒険者に尋ねると、此処まで興奮していたら此方も被害は免れない、獲物と闘う時には逃げ道は開けておくのが基本だと言われた。

 逃げ道が無いと死に物狂いになる、逃げ道を塞ぐのは確実に倒せる様になってからだそうだ。

 ご尤もですが此奴をどうしよう、防御結界を狭めて身動き出来なくしてから穴を開けて突き刺すか? でもこれ以上結界を自由に出来るところを見せたくない。


 悩んで居るところに魔法使いの一人、フレイムと呼ばれた男が目に付き閃いた、火魔法じゃこんがり焼けてしまうのでアイスと呼ばれていた男を呼ぶ。


 「アイスさん、この状態で中の獲物を凍らせる事は出来ますか」


 「えっ・・・中で暴れている此奴をですか」


 「そそ、アイスアローやアイスランスを作れるのなら、街では氷を作ったりしてるでしょう」


 「そりゃー、まあ氷くらい作れるよ」


 「だから此奴を冷えひえの氷漬けにしてみてよ」


 「アラド殿、氷結魔法はその様な使い方をするものでは在りません」


 「でも物を凍らせる事が出来るのなら、野獣だって凍らせる事が出来るでしょう。ちょっと試してみても良いじゃないですか、それともフレイムさんに頼んでこんがり丸焼けにしますか」


 周囲を取り囲み興味津々の、冒険者や護衛の騎士達が嫌な顔をする。


 「仕方がない。アイス試しにやってみろ!」


 カリアド隊長に命じられ、アイスさんが難しい顔で前に出て来ると、何やら真剣な顔で考え込む。

 皆に注目されながら考え込んでいたが、徐にブラックタイガーの前に進み出ると詠唱を始めた。


 〈乞い願う、凍てつく風に潜みし氷の精よ、我の願いを聞きたまいて其れを凍らせよ〉


 何を真剣に考え込んでいるのかと思ったら、中二病全開の詠唱を考えていたのか。

 思わず吹き出しそうになるが、ここは空気を読んで真剣な顔でブラックタイガーを見つめる。


 〈おい、見ろよ凍り始めて・・・〉


 漆黒の毛に霜が付き始めたが、周囲の歓声をよそに其処迄だった。

 カリアドが〈もう一度遣れ!〉と怒鳴り、アイスが再び詠唱を開始する。

 3度目の詠唱をしている横では、セイオスがじっとブラックタイガーを睨んでいる。


 「セイオス様も、アイスと交代でお願いします」


 俺にそう言われ、自分も氷結魔法が使える事を思い出している。

 アイスの詠唱を真似てセイオスが詠唱を開始する。


 〈乞い願う、凍てつく風に潜みし氷の精よ、我の願いを聞きたまいて其れを凍らせよ〉


 明らかに動きが鈍くなり、毛に霜が付き白くなるブラックタイガーを見て声援が飛ぶ。


 〈見ろ! 弱って来ているぞ〉

 〈頑張れ! あと少しだ!〉

 〈セイオス様、あと少しです〉


 アイスランス一本作るより、動き回る野獣を凍結させる方が遥かに魔力を使用するのは間違いなさそうだ。


 アイスが6度セイオスが3度詠唱して、ようやくブラックタイガーの氷漬けが出来上がった。


 「いやー、遣ってみるもんですねぇ」


 「お前が遣れと言ったんだろうが!」


 礼儀を投げ捨てたカリアド隊長に、怒鳴られた。

 酷い! 折角氷結魔法の新しい境地を伝授してやったのに。

 結界魔法を(解除!)し、凍り付いたブラックタイガーをじっくり見てるみる。


 体長3.5メートル程度かな、猫科の体長は伸び縮みするからよく判らないけど、こんなのに不意打ちされたら確実に死ぬわ。


 「アラド殿、有り難う御座います。また貴方に助けられました」


 「お前達、冒険者なら気がつくはずだぞ!」


 「カリアド隊長、それは無理です。最後尾に居た私でも、此奴が太い枝から立ち上がるまで判りませんでした。影が動いて初めて気がついたのですから、猫が獲物を狙うように気配を消して居ましたからね」


 カリアド隊長に怒鳴られてばつが悪そうな冒険者達が、俺に感謝の目を向け会釈してくる。

 凍り付いたブラックタイガーをマジックポーチに仕舞うと、再び訓練は続く。


 セイオスは、刀槍を使って野獣との闘い方は訓練を受けているだけ在り、俺より遥かに上手く安定している。

 ただ、16才という身体が護衛や冒険者から見ると一段落ちる。

 俺の場合は、魔力を全身に巡らせ身体能力を上げているので、護衛や冒険者より優れているだけだ。


 別に戦闘訓練をして技術を磨こうとも思っていないので、セイオス達の闘いの見物に徹する。

 防御障壁と隠蔽を使っているので、見物は姿が見えないのを良い事に特等席の特権を使ってだけど。

 結界で地面に固定されている時と違い、防御障壁の状態でブラックタイガーやバッファローに吹き飛ばされたらどうなるのか、興味は有るが『君子危うきに近寄らず』の教えを守る。


 キャンプ地に戻り、夕食時にセイオスから質問攻めにされる。


 「アラド殿は、何故あの様な魔法の使い方を思いついたのですか?」


 「逆に聞きたいのですが、セイオス様は氷結魔法を授かり訓練をしましたよね。何故教えられた事以外、出来ないと思ったのですか」


 セイオスが食事の手を止めて考え込んでいる。


 「質問を変えましょうか、氷結魔法って何ですか?」


 「そうか、氷の魔法・・・物みな凍らせる事が出来るのか」


 「授かった筈の魔法が無い、それで授かった出あろう魔法について考えました。自分の住居と周辺しか知らず、魔法にも無知でした。其れなのに授かった魔法が無い、他人が授かった魔法について真剣に考えましたよ。風,水,火,土,氷,雷,など、攻撃魔法の事をね。風魔法とは何か、水魔法とは? 人から聞く話は攻撃の事ばかりです(嘘ですけど)例えば火魔法は基本的にファイヤーボールですが、生活魔法のフレイムも火魔法ですよね」


 そうセイオスに話しながら、生活魔法を攻撃に使用する方法について、真剣に考える時だと思った。


 「あの時、ブラックタイガーを凍らせろと言ったのは、アイスアローやアイスランスでは結界を破れない勿論火魔法でも、ではどうするかと考えた時凍らせればと思いついたのです。今なら足だけを凍らせて動けなくするとか、地面に着いた足と地面を凍らせればどうなるか・・・とかね」


 「常に自分の使える魔法について考えておけって事だね」


 「例えばですね、このグラスの中に小さな氷を作る事は出来ますか」


 水の入ったグラスを指差し、ピンポン球程の大きさを指で輪を作って指定する。

 セイオスが呆気にとられて俺を見るが、グラスを掲げて遣れと促す。

 真剣な顔でグラスを睨み、ブツブツと詠唱を始めるがグラス全体が真っ白に凍り付く。

 俺の手も凍りそうな感じがしたが、魔力障壁を張っていて良かった。

 防御結界は発動した後の魔法は通さないが、発動前の魔法も通さない事が確認出来た。


 「急には無理ですか。例えば今のように小さな氷から大きな氷や物を凍らせる事は、日常的に訓練しておいた方がいざと言う時に役立つと思いますよ。今は野外訓練中ですので、お屋敷に帰ったら遣ってみてはどうですか」


 「有り難う、屋敷に帰ったら色々な事を想定した訓練に切り替えるよ。もう一つ聞きたい事が在るのですが、宜しいですか?」


 「答えられる事でしたら」


 「アラド殿は魔法の発現が早いですが。無詠唱で魔法をお使いですか」

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