第12話 蜂蜜騒動

 「アラド、レッドビーの蜜はあれだけじゃ無いだろう。有るだけ出せ!」


 「ギルマス、怒鳴らなくても聞こえるよ。もう少し持っているけど売る気は無いよ」


 「どうしてだ、レッドビーの蜜は品薄で引っ張りだこだ。高値で売れるぞ」


 「ティカップ一杯のお茶と同じ量で銀貨7枚と聞いてるよ、でも試しに売るだけで残りは自分で使うから出さないよ」


 「自分で使うって・・・」


 ギルマスも鑑定使いのおっさんも、珍獣を見る様な目付きで俺を見ている。


 「お前、自分が何を言っているのか判ってるのか?」


 「判ってるよ、レッドビーの蜜ってお茶に入れてもパンに塗って食べても美味いんだ」


 〈美味いって〉そう言ってギルマスは頭を抱えているし、鑑定使いのおっさんは首を振りながら奥に帰って行った。


 「まぁいい、売るも売らないもお前次第だが気を付けろよ。お前が預けた物だけで、取り敢えず一時金として105万ダーラ渡す。あれはオークションに出すので差額分は手数料を引いて後ほど精算だな」


 「それなら差額分は俺の口座に入れておいて貰えるかな」


 「判った、精算の者に言っておく。それと伯爵殿がお前に会いたがってるぞ、行ってやれ」


 ギルマスはそれだけ言って、査定用紙を差し出して行ってしまった。

 ギルマスが居なくなると、周囲で聞き耳を立てていた冒険者が群がってくる。


 〈よう、お前エラーって言ったよな。どうやってレッドビーの蜜を集めたんだ〉

 〈レッドビーの巣は何処に有ったんだ!〉

 〈お前一人で集めたのか?〉

 〈俺達のパーティーに入れてやるぞ!〉


 「あー、何処のパーティーにも入らないよ。レッドビーの巣は、北門を出て西に半日も行った森の境界辺りだな」


 〈どうやって採取したんだ。方法を教えろ!〉

 〈そうだぞ! お前一人で美味い汁を吸うつもりか!〉

 〈俺達にも分け前を寄越せ!〉


 「うるせえ! 場所は教えたんだ、勝手に行って死ね! 何が一人で美味い汁だぁ、分け前を寄越せだとぉふざけるな!」


 〈おー意気がってんな、いっちょう模擬戦でもやるかぁ〉


 「模擬戦なんて面倒な事をするか! 俺に用が有るなら北門から西に行った森で待ってろ、皆殺しにしてやるから」


 〈おーし、忘れるなよその言葉〉

 〈俺達に喧嘩を売って、一人で何が出来るんだ〉


 「言っておくが、俺は結界魔法が使えるんだ。お前等の攻撃は効かないが、俺はお前達を殺し放題だからな。好き放題言いやがって忘れないからな、森で合ったら覚悟してろ!」


 そう言って、俺を取り囲む冒険者達を見回すと、目をそらしてばつが悪そうに離れていく。


 〈面白い小僧だな、なら模擬戦で一丁その結界魔法を試してやろうか〉


 「聞いて無かったのか、模擬戦なんて面倒な事はやらねえよ。何なら明日西の森で一勝負するか? あそこなら死体の始末も必要無いぞ。人や獣の死骸がゴロゴロしているかなら」


 そいつの目を見ながら挑発すると、青筋立てて睨んできたが返事をしない。

 ラノベお約束の模擬戦なんて、かったるくてやってられるか!

 魔法攻撃禁止と言っても、防御禁止じゃないんだから負ける要素がない。

 まぁ、結界魔法を使える奴がどれ程いるのか知らないが、魔力120の俺が結界を張れば、魔法攻撃にも耐えられるだろうと思う。


 「どうする、ここまで餓鬼相手と意気がったんだから逃げたりしないよな。明日の朝北門から出て西の森に向かうから来いよ。見なよ、周りの奴等は期待しているので、逃げたらこの街に住めないぞ」


 隣のテーブルの奴に、俺に挑発されて突っ立って居る馬鹿の名を尋ねる。


 「じゃあな、ランドさん恐けりゃ何人でも連れて来な」


 それだけ言って精算カウンターに行き、5万ダーラだけ口座に入れて貰う。

 伯爵様の所に行くのはもう少し後だな、面倒事はさっさと片付けるに限る。


 〈ようランド、そいつはオーク7頭を無傷で倒す強者だぞ、相手が小僧だと舐めてると死ぬぞ〉

 〈マジかよ、あの話は本当だったのか〉

 〈ああ、俺達はオーク8頭に襲われ危うく死ぬところを助けられたからな〉

 〈ランド、頑張れよー明日は応援に行ってやるからな〉

 〈俺なら街から逃げ出すね〉


 * * * * * * *


 翌朝北門に行くと、冒険者が多数屯して俺が来るのを待っていた。

 ランドは来たかと訊ねると、未だだとの返事。

 衛兵に断って門の傍で待たせてもらう事にしたが、お昼になっても現れ無いし、興味津々の冒険者達も待ちくたびれて三々五々帰って行った。


 俺も阿呆らしくなり、カリンガル伯爵様の所に顔を出すことにした。

 ご立派なお屋敷の通用門に行き、身分証を見せて伯爵様に呼ばれていると告げると即座に中へ通された。

 教えられた建物の入り口には既に身形の良い男が立っていて(アラド様ですか)と問いかけてくる。

 何か罠に足を突っ込んだようで、警戒警報が頭の中で鳴り響く。


 執事カルマンの補佐をしている、エイベルと名乗った男の案内でカリンガル伯爵の執務室に案内された。

 執務室に入り、一礼して伯爵様に問いかける


 「カリンガル伯爵様、何か御用でしょうか」


 「呼び立ててすまない、君に護衛を頼もうと思ってね。それと頼み事も出来たのだよ」


 俺が首を捻っていると説明してくれたが、セイオスの戦闘訓練の護衛を頼みたいとの事だ。

 オークに襲われた時も、野外戦闘訓練の為に野営をしていて襲われたとのこと。

 通常ならオークは3~4頭で行動するので、その様に対処していたら別方向からも現れて8頭になり、寝起きのテントを襲われたのだそうだ。


 「セイオスを助けてくれた時の君の闘い方と、結界魔法があれば大丈夫じゃないかと思ってね」


 「申し訳在りませんが、その依頼はお受け出来ません。先ず護衛任務をやった事が無いのが一つ、他人にあれこれ指図されて動くのは嫌いです。そして対象者と常に行動を共にするのは無理ですので」


 いやー、壁際に控える護衛騎士達の視線が痛い。

 俺の視線が騎士達に向いたのを察したのか、言葉を変えてきた。


 「彼等のように、四六時中傍に居なくても良いのだ。近くに居て、万が一の時に駆けつけてくれれば良い。君は冒険者をして稼いでいるのだから、一日銀貨5枚を支払おう」


 「先ず、セイオス様以下誰も私の言動に文句を言わない事と、私は馬にも乗れませんよ。それで良ろしければ、半月程度ならお受けします」


 「有り難い、宜しく頼むよ。もう一つは、君がギルドに持ち込んだレッドビーの蜜についてだ。ギルドに持ち込んだ以外にも結構な量を持っていると、ギルマスのオーランド殿から聞いている。王家への献上品にしたいので少し分けてもらえないか」


 「お分けするのは宜しいですが、お値段が判りません。ギルドに渡した壺一つ仮払いで銀貨105枚を貰いましたが、残りはオークション後の精算となってます」


 「判った、オークション価格の5割増しを払おう」


 流石は貴族、太っ腹だねえ・・・しかし寸胴は空間収納に入れてるんだよな。

 自分用はお財布ポーチに入れてるから出せるが、困ったねぇと思ったけど、空間収納の設定を思い出したので見せる事にした。


 「伯爵様、厨房からワゴンを一台と鑑定使いか料理長をお呼びいただけますか」


 用意されたワゴンに左ポケットに仕込んだお財布ポーチから壺を取り出し、隣に空の壺を並べる。

 やって来た料理長に蜜の確認を頼むと、真剣な顔で蜜を眺めスプーンに極僅かを滴して香りと味を確かめる。


 「レッドビーの蜜に、間違い御座いません」


 「此れが、壺に入れていない残りの全てです」


 そう言って空間収納から蜜の入った寸胴を取り出し、ワゴンに乗せる。


 「アラド・・・君は・・・空間収納も使えるのか?」


 驚愕気味に尋ねてくる伯爵様に、予定の返事をする。


 「はい使えます。でも空間収納はエールの樽8個分程度で、お財布ポーチの方が容量が大きいのです。空間収納は専ら食料庫みたいなものですね」


 「結界魔法と治癒魔法を使い熟し、その上空間収納まで使うか・・・神様のエラーとしては前代未聞だぞ」


 転移魔法と隠蔽魔法に鑑定も使えるけど、教えてやんないよ。

 ワゴンの横で呆けている料理長に言って、空の壺にも8分目まで蜜を入れて貰い、二つの壺を空間収納とお財布ポーチにそれぞれ仕舞う。


 「伯爵様、寸胴に入っている蜜は全て差し上げます。代金は冒険者ギルドの、私の口座に振り込んで下さい」


 そうお願いするが、伯爵様は吃驚しすぎたのか頷くだけだった。

 空間収納の設定もある程度は信じたようだし、お財布ポーチを買っておいて良かった。

 執事のカルマルから、寸胴の内容量を聞かれたが、判らないのでお任せしますとだけ言っておく。

 貴族だから誤魔化したりしないだろうからね。


 カルマルが伯爵様と相談して、最上級の壺に蜜を入れて献上する事に決め、料理長に不純物を綺麗に取り除くように指示している。

 確かに、俺が食べる分には微少な不純物は気にしないが、王家に献上するのなら綺麗な布で漉した方が良さそうだな。


 俺は又金が出来たので、遠心分離機を作るには誰に頼めば良いのか真剣に考える。

 鍛冶屋に頼めば日数も金額も莫大になるだろうから、ここは腕の良い大工に頼む事にしよう。

 等と考えているとセイオス様の護衛の話になり、慌てて気持ちを切り替える。


 三日後の朝、北門の前で落ち合って10~15日の予定で護衛をする事が決まった。

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