第9話 絶叫

 「貴族の方や豪商達が身に纏う魔法付与の服を作ると、800万~1,200万ダーラ掛かりますよ」


 と、半笑いで言われてしまう。

 いいよいいよ、そう見られても仕方がないしね。

 黙って伯爵様から貰った金貨の袋を二つ、カウンターの上に置くと笑いが凍り付く。


 「詳しく聞かせて貰えますか」


 掌くるりんと返し、カウンター奥に在る商談スペースに案内され、係りの者を呼んで参りますと一礼して下がる。

 完全に鴨が来た! と思っている顔だ。


 分厚い見本帳を抱えたお姉さんに替わり、見本帳を開きながら説明してくれる。

 「魔法付与が出来る織物は、大森林の奥に生息する〔機織り蜘蛛〕の糸から織られる特殊な物で、上着一着分で400万ダーラは掛かりますが宜しいですか?」


 「どの様な魔法を付与できるのですか」


 「先ず、魔法攻撃防御と防刃打撃防御に体温調節機能ですね。それぞれに魔法付与代金が100万ダーラ掛かります。それとブーツもそれなりの物が必要になりますが、如何なさいます」


 どうせひょんな事から手に入った金だ、当面の生活費が有れば手元に残す気もないので注文する事にした。

 直ぐに仕立屋が呼ばれ、別室にて採寸と希望を聞かれる。

 見掛けは完全な冒険者スタイルにして貰うが、ジャケットにフードを付け左ポケットを細工してお財布ポーチを付け外し出来る様にして貰った。


 仕立代は上下で100万ダーラ、合計1,500万ダーラ。

 ブーツが100万ダーラで魔法付与を加えて400万ダーラ、有り金一掃セールになってしまった気がする。

 残金50万ダーラに少し足りない位になったが、当面の生活に影響なし、快適な生活の為には必要だ。

 一週間後の受け渡しを約束して商業ギルドを後にした。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 「父上、ホルムの冒険者ギルドからの返答と、彼の生家を調べていた者からの報告です」


 嫡男のオルザが、父親に報告書を差し出す。


 「やはり魔法を授かったと思われたが、聖刻盤には何も現れ無かったようだな」


 「それですが、聖刻盤に何も現れず、神父が読み取れなかった者が魔法を使えると聞いた覚えは在りません。どうお考えですか」


 「神様のエラーと言われる現象だ、魔法が使えることも聖刻盤のエラーとしか言いようがない。現にアラドは魔法を使っているし本人も認めている」


 「姿が消える結界魔法に一流の治癒魔法、確かに秘密にしたくなりますね」


 「防御障壁とも呼ばれる結界魔法が、どの程度のものか判らないが、治癒魔法の能力からみれば魔力も相当高いとみて良いだろう。それにしても6人兄弟の末子とは言え酷い扱いを受けているな」


 「彼は奴隷よりましと言ってましたが、巣立ちの日に冒険者登録をしていますが、ボロ着に粗末なバッグ一つで、家を放り出されています。面白い事に、彼は登録を済ませて街を出ていますが、それっきり街に戻っていません。が・・・」


 「が、とは?」


 「彼が街を出た翌日、厨房から大量の食料が盗まれ大騒ぎになっています。その翌日には、両親の部屋から440万ダーラが消え、又大騒ぎになり両親からアラドの仕業だと訴えがでていました。然し、アラドは巣立ちの日の昼過ぎに街を出て以来、一度も街に戻っていませんので訴えは却下されました」


 「可能だと思うか」


 「姿が見えなくても鍵の掛かった部屋に侵入して隠していた物だけを持ち出すのは不可能でしょう。それに二日間結界を張り続けられるとは思えません」


 「考えられるとしたら・・・転移魔法だが」


 「益々厄介な存在になりますよ、今の内に手を打った方が宜しいのでは」


 「私は利用したり敵対する気は無いぞ。彼が冒険者生活を望む限りそう扱うつもりだ。肝に銘じておけ」


 彼の信頼を得れば先々我が家の為にもなるが、敵対すれば姿も見せずオーク7頭を一人で討伐する実力者を敵に回す事になる。

 父はその為彼に、カリンガル家の紋章入り身分証を与えたのだろう。

 オルザは父の言葉に真剣な顔で頷いたが、思いは少し違っていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 頼んでいた服とブーツを受け取り、数日後には短槍とショートソードを受け取り街を出た。

 魔力を巡らせて防御障壁を張っているとは言え、魔法付与付きの衣服は上等で着心地が良い。

 その上体温調節機能付きともなれば、6月の日差しも快適だし魔法攻撃防御と防刃打撃防御まで付いて安心度も格段にアップしている。


 セイオスを助けた方向とは反対方面に向かう、森との境界辺りは雑木や棘の木が密生して近寄りがたい。

 この辺なら冒険者も近寄るまいと思い、キャンプ地に定めドーム状の結界を張り隠蔽を掛けておく。

 今日から本格的に魔力増強を始めることにし、一日二回の魔力切れをノルマとする。

 キャンプベッドとテーブル、ディレクターチェアに似た折り畳み椅子をセットし、一回目の魔力放出を始める。


 目覚めると魔道コンロを使ってお茶を入れ、のんびりと時間を潰してから魔力放出。

 三日目に鑑定により魔力が104になっているのを確認、予定通りなら十日間で魔力が4増えることになる。

 食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活が十日も続くと流石に寝疲れてきたので、周辺の散策に向かう。


 目にする果実や花に草の実や茸と手当たり次第に鑑定をする。

 〔果実・食用不可〕〔花〕〔茸・毒〕〔薬草〕〔蜂・危険〕・・・そりゃー危険だろうさ、体長10センチ越えで羽音もブーンと低音を響かせて飛んで行く。

 身体は黒みを帯びた赤で、羽ばたく翅は透き通った紅色に輝き綺麗だ。

 此れほど雑木が密集していたら、獣も近寄より難いのだろう獣道も無い。

 そんな事を考えながら歩いていると、次々と蜂が同じ方向に飛んでいくのに気づいた。


 防御障壁が有るとはいえ、蜂の集団に襲われるのは気が進まないので引き返す。

 途中ゴブリンの死骸が転々と転がっているのを発見、古いのは白骨化しているので短槍でつつき魔石を探すが見つからない。

 ゴブリン以外にもオークと思われる白骨死体や猪らしきものと新旧様々な死骸が転がっていた。

 多分、あの蜂に襲われたのだろう、あの大きさで危険と出るのだから縄張り内には近寄らないことにした。


 二十日が過ぎて魔力は111になったが、飽きてきたので一度街に戻る事にした。

 森の境界沿いを歩きながらチキチキバードやカラーバードを狩る。

 以前に獲った物と合わせると、チキチキバード16羽,カラーバード9羽,ヘッジホッグ7頭にホーンラビット24羽になった。


 ・・・・・・


 アスフォールの出入り口は相変わらず大混雑、のんびり待ちながら周囲の人々を観察する。

 鑑定魔法を使っても良いが、日本人の倫理観と鑑定を使っているのがバレた時の危険性を考慮して控える。

 自分の番になった時、試しに伯爵様の身分証を見せてみた。


 態度が明らかに変わり、じっくりと身分証と顔を見比べてから敬礼して通してくれたが、以後貴族用通路をお通り下さいと言われた。

 周囲の好奇の目が痛いし、冒険者達がひそひそ話しをしていて嫌な感じである。

 まぁ見掛けはまるっきりの冒険者だが、背負子もバッグも持たずに一人で居る、注目するなという方が無理だろうな。

 等と思いながら、冒険者ギルドに急ぐ。


 そこそこ混雑しているが、薬草買い取りの婆さんにオラルスさんの所に行くからと言って通して貰う。

 解体場には、如何にも荒くれ冒険者と言った風情の男達が、でかい猪を持ち込んでオラルスさんに何か言っている。

 体長3メートル以上で鋭い牙と小さな角が見える。

 角が有るって事は魔獣で魔石を持っているんだよな、然し大きさと色は別にして、丸っきり日本で見た猪と同じだ。


 暫くすると男達は出て行ったが、すれ違い様の値踏みする様な目付きは気分が悪い。

 オラルスさんが、持ち込まれた猪を示して何か指示を出した後振り向いた。


 「アラドだったな、チキチキバードは捕れたか」


 「まぁ、そこそこ採れました。それよりこいつは何て名前なんですか?」


 「ん、こいつはただのビッグボアだぞ。ちょっと小さいかな、魔石込みで銀貨18枚ってところだな」


 此れで小さい方なんだ、感心して見ていると、持っている物を出せとせっつかれる。


 ホーンラビット、24羽

 ヘッジホッグ、7頭

 チキチキバード、16羽

 カラーバード、9羽を並べる。


 全て撲殺のうえ死後硬直もしていないので、部下を呼んで血抜きを急げと怒鳴っている。


 「何処でこんなに獲ってきたんだ。ああ言わなくて良い、冒険者に聞くのは野暮だよな。此れからも頼むぞ」


 ご機嫌で言ってくるので、蜂の事を聞いてみた。


 「10センチ位の大きさの蜂で、黒みを帯びた赤い胴体に透き通った紅色の翅だと・・・お前、北門から出て西に行ったのか!」


 頷くと盛大に毒づきだした。


 「いいか、死にたくなければ彼処には近寄るな! あれはレッドビーと呼ばれる死の蜂だ。蜜が金になるので、時々馬鹿が蜜集めに挑戦するが、失敗して死んでるな」


 「でも金になるって事は、蜜を採取している奴も居るんだよな」


 「ああ、居るぞ。然しそいつ等は特殊な装備で森の奥に行き採取してくるんだ。あそこは雑木林で茨の木も密集しているから、誰も入れないんだ。もたもたしていると獣も出て来るしな」


 「因みに、そのレッドビーの蜜のお値段はどれ位なの」


 「教えて遣らねえよ、お前はカラーバードとチキチキバードで稼ぎな」


 「でも俺はそこで二十日ほどキャンプしてたよ」


 「はぁーーーぁぁぁ」


 解体主任オラルスの絶叫が、解体場に響き渡った。

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