第7話 伯爵家の客人

 冒険者ギルドの前を素通りし、馬車はひたすら走り大きなお屋敷に向かっている。

 勘弁してくれよ、お貴族様になんて用は無いんだから。

 俺のぼやきを無視して、馬車は正門から走り込み車回しを通って玄関前に停まる。


 既に連絡が届いているのだろう、メイド達が右往左往している中に、如何にも貴族って風体の者達が居る。

 扉を開けると屈強な男が待ち受けていて、少年を抱えて屋敷内に消える。

 その後カリアドが降り、豪奢な身形の男の前に跪き報告を始めた。

 豪奢な馬車の中に引きずり込んでおいて、放置プレイかよ。


 「その少年冒険者は?」


 「はっ、セイオス様の安全の為に馬車に同乗してもらい、馬車の中で待機しています」


 「礼を言いたいので降ろしてくれ」


 おいおい、止めろよな。このまま厩にでも行ってから引きずり下ろされた方がましだよ。


 「降りてくれアラド、御領主様が礼を言いたいと仰っている」


 ほんと、助けたのを後悔しそうだよ。

 逃げ隠れする場所も無いし、諦めて馬車から降りた。


 「お初にお目に掛かります。冒険者のアラドです」


 首を刎ねられないように丁寧に挨拶する。


 〈貴様、御領主様の御前である、跪け!〉


 やれやれ、だから逃げようとしたのに、カリアドのおっさんが強引に連れて来るから怒鳴られる事になる。


 「良い、アラドとやら、息子の命の恩人を跪かせる訳にはいかん。立ってくれ」


 少しは話の判る貴族のようだが、面倒になったら隠蔽で逃げ出すか。然し名前を知られてしまったしなぁ。


 「アラド、セイオスの容体が安定するまで、様子を見て欲しい。勿論治癒魔法師としての正式な対価も支払おう」


 「えーと伯爵様、私も治癒魔法に自信が御座いません。運良くお命を取り留めましたが、これから先はご本人様の快復力に頼らざるを得ません。私がいても何の役にも立たないかと」


 嫌がってんだから、謝礼を払ってさっさと放り出してくれよ!


 「セイオスが目覚める迄で良いので頼む」


 伯爵様が頭を下げたよ・・・後ろの連中が睨んでいるし、此処で断ったら打ち首かな。


 「セイオス様が目覚める迄で宜しければ、それ以上は私にも生活がありますのでご辞退させて貰えますか」


 「無理を言って済まぬ、其方の部屋を用意させよう」


 執事に部屋の用意を命じている、ほんと! 勘弁して欲しいよ。


 「アラド様、ご案内致します」


 執事の慇懃ながら有無を言わせぬ声に促され、伯爵邸の中を歩く事になってしまった。

 こんな場所は、俺に取って此れじゃない感が半端ない。

 俺よりメイドの方が、綺麗で立派な服を着ているぞ。


 案内されたのは客間、ゴテゴテに装飾された部屋は落ち着けそうにない。


 「執事様、使用人部屋で宜しいのですが」


 「それは致しかねます。旦那様よりお客人として遇せよと申し使っております。私にも様は不要です、私の事もカルマルとお呼び下さい」


 げんなりしている所へメイドが現れ、お茶を入れてくれる。


 「アラド様のお世話係のシルカとマリエムです。何なりとお申し付け下さい」


 恭しく一礼する二人を見て、本物のメイドだぁー♪ と、喜ぶ趣味はない。

 執事のカルマルはそう告げた後、恭しく一礼して下がって行った。


 つくづく失敗したと思う、子供を助ける為とはいえ大勢の前で治癒魔法と隠蔽を見せてしまった。

 然もあの場には、冒険者も数名居たのでいまさら口止めも不可能ときた。

 隠蔽は防御結界・障壁の上位版だとか何とか誤魔化せるだろうが、治癒魔法は誤魔化しようがない。


 瀕死の者を二人もバッチリ治してしまったからなぁ、魔力1の使用であれ程の治癒能力を発揮するのも誤算だった。

 こうなると魔力操作で治癒魔法使用時にもっと少ない魔力で済ませる方法も探す必要が出てきた。

 風邪や切り傷一つ治すのに、魔力を1使用するのは不経済だし、重傷者を少しずつ治して能力を誤魔化すのにも不都合だ。


 食事の時間になり、メイドに案内されて食堂に行くとアニメか映画で見る光景が広がっている。

 長テーブルの正面に伯爵様が座り左右にご婦人と御子息達、軽く一礼しカトラリーが用意されている下座と思われる位置に向かい、メイドの引いてくれた椅子に左から座る。

 興味津々で見られているのが判るので緊張する、テーブルマナー講座で習った事を思い出しながら行動する。


 「アラド、作法は気にせず気楽に食事を楽しんでくれ」


 「有り難う御座います、伯爵様」


 返事をしてから気がつき、冷や汗が出そうになる。

 俺って中の下のホテル経営者の末子で、奴隷よりましだったけど礼儀作法の欠片も知らない筈なんだ、テーブルマナー講座なんぞ思い出して行動したら駄目だ。

 無作法にならない程度に、給仕してくれる者から聞きながら食事をしよう。


 こんな食事は肩が凝って仕方がない、カトラリーをガチャガチャ鳴らさないように気を使っているので味がしない気がする、美味いけど。

 食後の後お茶を出され、初めて気が楽になった時に伯爵様から質問された。


 「カリアドから聞いたのだが、オークを倒す最後になってやっと君の姿が見えたと聞いたが、如何なる魔法なのかね」


 「結界魔法です」


 「ほう、結界魔法で姿が見えなくなるものかね」


 「存じません、他者の結界魔法を見たことが有りませんし、自分がどう見えているのかも判りませんから」


 「結界魔法と治癒魔法以外に何か授かっているのかな」


 この、伯爵様は油断ならない感じだな。


 「判りません」


 伯爵様や、他のご家族の方達も首を傾げている。

 俺もそれを聞かれると困るんだよな。


 「判らないとは?」


 「私は、授けの儀の時に魔法を授かってはいません。と言うより魔法を授かったと思いましたし、神父様も授かったと思い聖刻盤に手を置くようにと言われました。三度手を乗せましたが、神父様には何も読み取れませんでした。結論として、私は神様のエラーだと言われました」


 「・・・神様のエラーか、話には聞いた事があるが」


 「それなら魔法が使えない筈では無いのか」


 横から嫡男だと紹介された、オルザ・カリンガルが口を挟んでくる。


 「神父様にもそう言われましたが、実際に私は魔法が使えます。その事について、私を客人として遇して下さいますなら、お願いが御座います」


 伯爵様とオルザが顔を見合わせ考えていたが、頷いてくれた。


 「治癒魔法を使って、切り傷や擦り傷程度しか治療した事が無かったのですが、今回の事で騎士の方々が驚かれていました。血止め程度と思っていた私も、此れほど効果が出るとは思いませんでした。治癒魔法使いの事は色々聞き及んでいます、此れを内密にしていただけないでしょうか」


 「それは難しいのではないのか、既に冒険者や多数の騎士に目撃されているからな」


 「それは仕方がないことですが、私の名までは知られていません。あの場に居た者では、カリアドさん以外に名を 知られていない筈です」


 「それは判ったが、どうだね、我がカリンガル家に仕える気はないかな」


 「申し訳在りませんが、誰かに仕えようとは思っていません」


 「然し君ほどの治癒魔法師なら、何れ知れ渡り無理矢理に囲い込もうとする者が出て来るぞ」


 「そうなっても逃げ切る自信は有ります。ただ煩わしい事は、なるべく先送りにしたいだけです」


 「何故それ程嫌がる、君なら富も名声も直ぐに手に入ると思う。冒険者をする必要はないだろう」


 「私は、安ホテル経営者の末子として産まれました。6人兄弟の末子で頭の可笑しい子と思われて、奴隷より少しましな生活をして成人しました。成人したその日に、着の身着のまま着替えだけが入った肩掛けバッグ一つ投げ与えられ、二度と帰って来るなと念押しされて放り出されたのです。其れ迄の生活では、ホテルの周辺と教会への道以外殆ど知りません。やっと自由に行動出来るのです、誰にも邪魔をされたく在りません」


 「それは判った。だが冒険者と言うのなら、依頼は受けて貰えるんだろう」


 「依頼内容に依ります。ただ他人に跪いてまで依頼を受ける気はありません」


 壁際に控える護衛達が身動ぎする、それをチラリと見て話を続けた。


 「初めてお目に掛かりました時に、騎士の方から跪けと怒鳴られましたが、罵倒され殴られる生活はもう御免です!」


 伯爵様は、苦笑いして頷かれた。


 ・・・・・・


 「どう思う」


 「二月前に、冒険者登録した歳の者とは思えません」


 「立ち居振る舞いも、奴隷並みの生活をしてきたと言ったが、礼儀はまもっているが堂々としていて、我々や騎士達を恐れていないしな」


 「少し調べてみましょう」


 「それと、頭ごなしに彼を従わせ様とする者に気を付けてくれ。彼は神様のエラーと言ったが、そんな者が魔法を使えると聞いた事が無い、それも調べておいてくれ」


 「治癒魔法と結界魔法、囲い込みにくると言ったときに逃げ切る自信は有ると言っていた。他にも何か魔法が使えそうですね」


 ・・・・・・


 食後セイオスの容体を見てくれと言われたが、薬師でもないので本当に見るだけだと断りメイドの後に着いていく。

 豪華な部屋には、母親のエーリナ・カリンガルと長女のエメール・カリンガルが、ベッドの傍らに座り眠るセイオスを見ている。

 譲られた椅子に座りセイオスを見る、血の気のない顔で静かに眠るセイオスを見て疑問が一つ湧いてくる。

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